そこは蝋燭の灯りに照らされ、古い構造物の中だった。
陽光が一切挿さず、僅かな隙間風が蝋燭の火を揺らす。
黒茶髪の1人の男が足跡を反響させながら、確かな足取りで通路を進む。
男はしばらく通路を進むと、亀裂だらけの壁の前に足を止める。
すると男は掌を壁に当て。
「《偽りを暴き真実を顕す時、我が前に道開かれん》」
呪文を唱えると亀裂だらけの壁が幻の如く消え、灯りが漏れる扉が現れた。
男は扉を躊躇なく開く。
「遅いぞ。一体今まで何をしていた?」
頬にタトゥーが刻まれた男性が咎める。
「追撃部隊を振り切るのに手間取った」
「……ヴァンとも有ろう者が、手間取るだと?」
ヴァンと呼ばれた黒茶髪の男が頷く。
「軍総司令官自ら出張られたんじゃな」
「英雄相手じゃあ仕方ないか」
「それで? いつ始まるんだ」
「先ずはメンバーが全員揃ってからになるが、お前を先に呼んだのはやって貰いたい事が有るからだ」
「雑用か」
ヴァンは退屈そうに肩を竦めると男が咎める様な眼差しを向ける。
「雑用と侮るな。協力者の提供品を受け取り此処に運び込む」
「……受取り場所は?」
男はヴァンに一枚の紙を手渡す。
そこには書かれているのは魔術が施された暗号文だった。
古い情報のやり取りにヴァンは、暗号を一つ一つ解いていく。
すると紙が輝きを放ち、指定場所と日時が浮かび上がる。
ヴァンが場所と日時の把握を終えると、紙は仕込まれた魔術によって独りでに燃えた。
「了解した。……早速出発するとしよう」
「操縦士の為に」
「自由の為に」
問答を終えたヴァンは元来た道を引き返す。
潜伏者は動く為に備える。
彼らが動く時、操縦士の生徒達は嫌でも事件に巻き込まれることになるだろう。
▽ ▽ ▽
放課後、クオン強化からアルバイト許可証にサインを貰ったガイはフルグス書店に向かう。
店を訪れたガイをヴェイグが待っていたと言わんばかりの笑みで出迎えた。
「待っていたよ!」
言うか早いか、前掛けをガイに手渡す。
ガイは手早く前掛けを着け、
「先に許可証の提示を求めるもんじゃないのか?」
「ああ、そうだった。嬉しさのあまりすっかり忘れていたよ」
うっかりしていたと笑うヴェイグに、許可証を手渡すと。
彼はクオン教官のサインに笑みを零す。
「へぇクオン教官が担当なのかぁ。彼は結構厳しいでしょ?」
ガイは授業を振り返りながら答える。
「厳しいとはまだ感じちゃあいないが、教官の良いところは口調や態度を指摘しないところだな」
「あー、あの学院はその辺りは緩いからねえ。本来なら君は僕に対して礼儀正しく接しなきゃならないんだけど……僕は堅苦しいのが苦手だから、ありのままの君で頼むよ。あっ、でもお客様には出来る限り丁寧な接客を心掛けてね」
「善処はする」
「うーん、まあ接客態度の悪い店員はもう1人居るから今更かなぁ」
そう言ってヴェイグはカウンターに振り返った。
そこには赤い瞳に菫色の髪の少女がカウンター越しの椅子に座り本を読み更けていた。
少女が本からわずかにガイとヴェイグに視線を向けると。
「チッ」
盛大な舌打ちを放ち、本に視線を戻す。
明らかに店員の態度でも無ければ、店主に対する敬意すら微塵も感じさせない様子だ。
『ここまで態度が悪いといっそ清々しいなおい!』
頭の中でオルディスの笑い声が響く中。
「あははっ……はぁ〜」
ヴェイグは渇いた笑いを浮かべ、ため息を零す。
「それで、先ずは何から覚えれば良い?」
「早速やる気になってくれて嬉しいよ。そうだねぇ、君はレジスターは扱ったことは有るかい」
ガイには日銭を稼ぐ為に働いていた経験が有る。
肉体労働はもちろんのこと、店番や会計まで様々な仕事を転々としていたことも。
その中でも当然ながらレジスターを扱うことも有った。
「有る」
「そうか! でも一応操作して見せてくれないかな?」
ヴェイグに促されるまま、ガイはカウンターのレジスターの前に立つ。
そこには数字が彫られた操作盤と金入れに魔法陣が刻まれていた。
「解除式は?」
「《全能なる書に感謝を。我、知識を得ることを史上の喜びとする》」
実に書店らしい解除式だ。
ガイは早速適当に数字を打ち込んでから、魔法陣に解除式を唱える。
すると鍵が外れて、中の金入れが開かれた。
「お見事!」
ヴェイグが称賛の声を挙げると、少女が一言。
「教養のなさそうな奴だと思ったけど、意外」
彼女の言葉にガイは肩を竦める。
「教養の無い奴が書店で働こうなんて考えるのか? 考える前に肉体労働に向かうだろうよ」
「それもそうか。時に後輩君、そこのクソ店主は殆ど使えないから覚えておきな」
「酷いなぁ。僕だってちゃんと仕事はできるよ」
「昨日、間違えて無駄に発注したのは誰だったかな?」
「僕です」
「一昨日、配達予定の本を忘れて行ったのは誰だったかな?」
「それも僕です」
縮こまり、威厳が無いヴェイグの姿にガイは大丈夫か? と不安を抱いた。
「後輩君、私が居る限りこの店は安泰から大丈夫」
「……どっちが店長だか分かりやしねえな」
「酷い!? でもいずれ挽回させてもらうさ!」
やる気を出すヴェイグを他所に少女は、本を閉じ。
「紹介、まだだったね。私はルディカ・フルグス、そこのクソメガネは叔父に当る」
「親戚筋だったのか。俺はガイ・ディアスだ」
「因みに私は学院の3年生。あっちでもこっちでも先輩だ」
有無を言わせず、逆らえれば給料に影響が出る。
直感的に感じ取ったガイは敬意を込め、一礼してみせた。
「理解した先輩」
「よろしい」
ルディカは満足そうに頷く。
そんな2人のやり取りに、ヴェイグは思い出した様に手を叩いた。
「そうそう問題! エル硬貨は何処の通貨で、ガリオン紙幣は何処の通貨でしょ?」
交易の国と呼ばれているグランツ王国に暮らす住民として常識的な知識をヴェイグはガイに問うた。
「エル硬貨はグランツ王国の通貨だな。デュネス帝国の通貨はガリオン紙幣だ」
「常識を試すようで悪いね。じゃあ両国の交換レートは?」
「交換レートの変動が無ければ1000エル硬貨は10ガレオン紙幣の価値だ」
「正解。この店はデュネス帝国の出版社とも取引してるから問題に出したけど、心配はいらないようだね」
「ガルドラス帝国の出版社とは取引してないのか?」
「当然してるさ。一応通貨を聞くけど──」
「ペル紙幣だろ」
「正解!」
その後ガイは、ヴェイグとルディカの2人から店の事を教わる。
一通り頭に叩き込んだガイは、最後にシフトを決めることに。
彼は周囲に5日バイトの予定を入れ、学業と合わせて生活の基盤を築きつつ有った。
暗躍してる者が居るとも知らずに──