季節はずれの亡骸   作:紫 李鳥

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後編

 

 スミダという男から署に電話があったのだ。誰なのかと首を傾げていると、

 

「マンションの管理人です」

 

 と、本人が教えてくれた。

 

「人の出入りの件ですが、思い当たる男が一人いました」

 

「誰っ?」

 

 思わぬ吉報に興奮した。

 

「後ろ姿しか見てないんですが、佐久間さんと一緒にエレベーターに乗る、髪がフサフサした」

 

 ……フサフサした髪?アッ!そうか。そう言えば、孜子の聞き込みの結果、共通していたのは、“美人”だった。だが、アイツだけは一言もそれを口にしなかった。普通の男なら真っ先にその言葉が出るはずだ。それがなかったということは、“美人は三日で飽きる”の類ではなかったのか。つまり、飽きるほどの付き合いがあったということだ。

 

 

「佐久間さんとは、駐車場の契約がきっかけで親しくなりました。最初のうちは大人の女を感じさせ、なかなか魅力的でしたが、暫く付き合うと、妻との離婚を要求してきました。

 

『私には財産があるのよ、食うに困らないわ。奥さんと離婚して私と結婚して』

 

 佐久間さんはそう言って甘えてきました。しかし、いくら財産があっても十歳近くも上の佐久間さんと結婚する気はありません。拒む度に、口癖のように“私と結婚しないなら死ぬから”と言ってました。真に受けずにいると、いつの間にか引っ越していました。

 

 ホッとしていると、例の、“死んでお前に復讐してやる”の手紙が会社に届いたんです。半信半疑でした。けど、それっきり何の連絡もなく、本当に自殺したのではと、確信に近いものを感じていました。

 

 安堵(あんど)していた矢先、小澤が係長に昇進する内示を小耳に挟んだんです。同期の小澤に対しては異常なほどのライバル心があって。課長や部長のご機嫌を伺いながらごまをすってきたのに、それが報われず、自分が候補にも挙がらなかったのが悔しかった。

 

 その時、思ったんです。佐久間さんからの遺書を利用しようと。私と佐久間さんの関係は誰も知らない。だから、小澤の愛人に偽装しようと。だが、小澤が否定し、接点のないのが明るみになれば偽装がバレてしまう。……“死人に口なし”にするか。そうすれば、私が昇進する可能性もある。

 

 殺害方法を考えていると、世間ではO157が大々的に取り上げられていた。そうだ、それを利用しよう。食中毒にすれば、誰も殺人だとは思わないだろう。他の社員は外で昼飯を食べるが、私と小澤は弁当だった。小澤が肉好きなのを知っていた私は、妻が作ったミニハンバーグの中に排水口のヘドロを押し込んだ。

 

『女房の手作りだ。味見してくれ』

 

 そう言うと、

 

『おお、うまそうだな』

 

 と言って、口に入れた。

 

 たっぷりかけたソースでヘドロには気づかなかったようだ、小澤はうまそうに食べていた。翌日もその次の日もヘドロを押し込んだ肉団子を食べさせた。そして数日後、小澤は下痢と腹痛を訴えながら逝った。

 

 それから、佐久間さんの筆跡を真似た小澤宛の封筒に、“死んでお前に復讐してやる”の便箋を入れ、投函した。会社の郵便受けからそれを取ると、小澤の引き出しに入れました。年賀状のことを正直に言ったのは、駐車場を利用していたことが後で分かった時、隠したら逆に疑われると思ったからです」

 

 妹尾敬直は(うつむ)いたままだった。

 

「つまり、あなたは二人の人間を殺したわけだ」

 

「えっ?」

 

 山崎に顔を向けた。

 

「仮に佐久間さんが自殺していたとしたら、自殺に追いやったのはあなたでしょう。あなたは遊びでも、佐久間さんは真剣だったに違いない。これは、男の身勝手が招いた殺人ですよ」

 

 その言葉に妹尾は項垂(うなだ)れた。

 

 

 

 

 黒いコートを着た孜子の遺体が発見されたのは間もなくだった。傍らには睡眠薬の空き瓶があった。高木に覆われた山間の根雪が解けるのは丁度今頃だ。

 

 

 

 

   完


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