魔人さんと無欲少女   作:ほやしろ

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#7 無欲少女とクリスマス

 その日、ひょう太と魔人はクリスマスケーキを求めて商店街を歩いていた。行き交う人々の表情が明るい中、ひょう太はケーキ屋を探し、魔人はいつもと違って派手な装飾をした街や人を物珍しげに眺めていた。

 

「ケーキ屋は確かこの先だったような……」

「その辺りに人だかりがありますね」

 

 魔人の指した先にくろねこケーキと描かれた看板を見つけ、ひょう太たちが向かうと、ケーキ屋の入り口を囲むようにして大勢の客が固まっていた。その多くは男性で、カメラやスマホで中心にいる何かを熱心に撮っているようだった。

 

 ひょう太が隙間からのぞくと、黒猫とサンタを組み合わせた可愛いらしい衣装を着た女の子が声を張り上げていた。

 

「お客さま押さないでください! クリスマスケーキ購入の方はこちらに並んでお待ちください……!」

「人すご! ってかこの声って——」

 

 ひょう太は目を凝らしてその中心を見た。

 

「やっぱ青柳(あおやぎ)先輩じゃん! けどこれじゃ声かけらんないか……って魔人さんは?」

 

 忽然と姿を消した魔人を探そうとひょう太が見回していると、突然人だかりからどよめきが起こった。

 

(さき)! これは一体何事ですか‼︎」

「まっ魔人さん⁉︎」

 

 魔人は人の壁をすり抜け咲の前に現れた。

 コスプレ会場で積極的なカメコからレイヤーを守るため現れた警備員のごとく、咲の周りを固める群衆を制し立ちはだかっていた。(魔人自体レイヤーのようだが、とひょう太はひそかに思った)

 咲は驚きつつも魔人に答えた。

 

「今仕事中で……」

「これが……⁉︎ 詳しく説明を——」

 

 そう言って魔人は後ろを振り返ったが、咲の胸元や太ももがあらわになった衣装を直視すると、何も聞かずに人だかりへ向き直り無言で周りを威圧した。彼の覇気に耐えられず群れは段々と薄れ、最終的にはケーキを購入する客の列のみがその場に残った。

 

「覇王色かな……?」

 

 ひょう太はそう呟いたあと魔人と咲の元へ歩み寄った。

 

小日向(こひなた)くん! そっか、二人でお買い物してたの?」

「はい。にしてもさっきの人すごかったっすね」

「あはは……いつの間に人がいっぱい集まっちゃって……。ちょっと派手だもんねこの衣装」

 

 咲が肩をすくめると、それに合わせて彼女が身に付けている猫耳としっぽが可愛く揺れる。普段は大人っぽい彼女の恥じらう姿+黒猫サンタ衣装はひょう太にはこうかばつぐんだった。

 

「衣装のせいだけじゃないと思うけど……」

「?」

 

 ひょう太がぽそりと頬をかいていると、魔人が間に割って入るように言った。

 

「小僧、ケーキを買いに来たのでは?」

「あっ」

「そうだったの? ちょっと待っててね」

 

 咲はケーキ待ちの列が途切れたのを確認したあと入口横で街頭販売しているカウンターへ向かった。

 隣に設置されたショーケースには大小様々なケーキがまだいくらか残っている。咲はカウンター側に立っていた店長らしき人物と何やら話してから、一番大きなデコレーションケーキを取り出しレジに金額を打ち出した。

 

「先輩、そっちの小さいのと値段がいっ——」

 

  ひょう太が言いかけたのを咲は唇の前に指を立て「しーっ」とさえぎった。そして苺と生クリームがたっぷり盛られたケーキをさっと箱に詰め、ひょう太に差し出した。

 

「こんな大きいやつ、いいんですか?」

「もちろん! 小日向くんたち3人で住んでるし、せっかくだから」

「住んではないです」

「でもみんなで食べるんだよね?」

「まあ、そうなんですけど……」

 

 咲はふふ、と笑ってひょう太とやり取りしたあと魔人に向き直った。

 

「魔人さんのおかげで助かったよ、ありがとう」

 

 魔人は考え事をするような顔つきで黙って頭を下げた。彼の口数が少ないのはいつものことなので咲は特に気に留めなかった。が、咲がカウンターから離れようとしたところで魔人が重い口を開く。どこか厳しい口調だった。

 

「咲はこのまま中にいるべきです。でないとまた同じ事態になりかねません」

「た、確かに。ちょっと聞いてみてから——」

「それから。咲はもう少し仕事を選ぶべきかと」

「!」

 

 有無を言わさない魔人の態度に咲は言葉が出なかった。魔人はその様子を知ってか知らずか、「では」と一礼したと同時に、ひょう太を置いて行くようにその場から去って行った。

 

「え、ちょ、魔人さん⁉︎」

 

 ひょう太が慌てて咲を見やると、彼女はわずかに表情を曇らせていた。だがひょう太の視線に気付くとすぐに口角を上げて言った。

 

「私は大丈夫だから気にしないで。ケーキを買いに来てくれてありがとう」

「先輩……。こっちこそありがとうございます!」

「どういたしまして。メリークリスマス!」

 

 

 咲と別れたあとひょう太は人ごみの中、急いであたりを見回した。

 魔人は案外店の近くに立っており、ひょう太の姿が視界に入った途端、無言のまま歩き出した。

 ひょう太が気まずさから魔人をちらちらと見ていると、魔人が前を向いたまま口を開いた。

 

「何です?」

「あ、いや、魔人さんが先輩に怒るの珍しいなーと思って……」

 

 魔人の太い眉がピクリと動いた。

 

「怒る? 私が? まさか——咲の身を案じたまでです」魔人はやや早口になった。

「初めはサンタとやらに(ふん)してプレゼントを配っているのかと思いきやアレでは逆、人間から魂をとっているも同然です。あんな、見世物(はなは)だしい衣装で……有り得ん……」

「お、おん……」

 

 魔人はつらつらと語り続けている。一理あると感じた以上にそれを怒っていると言うのでは、という言葉をひょう太は飲み込み、とりあえず頷いておいた。

 

 

 

 

「お先に失礼します。お疲れさまでした」

 

 くろねこケーキ屋の閉店後。咲は店内にいるスタッフに挨拶しロッカールームへ向かった。帰り支度を始めたものの、その動作はいつもより遅い。それは疲労のせいだけではなかった。

 

 あれから魔人の提案通り、咲はカウンター内の接客に回してもらえることになった。忙しくはあったが再び注目を浴びることはなく、無事仕事を終えることができた。それ自体は魔人のおかげだ。

 

『それから。咲はもう少し仕事を選ぶべきかと』

「……それってこの衣装のせいだよね……」

 

 咲は自身を見下ろしてため息をついた。改めて見てもこの寒い季節に外に出るには薄すぎる格好だ。

 仕事中は忙しさもあって寒さは気にならなかったが、最後に言われた魔人の台詞だけは咲の心に引っかかっていた。

 

 ——お礼はまたあとで伝えるにしても。今は会いづらいな……でも今日はもう遅いし、顔を合わさないですむはず……。

 

 咲はうつむき加減でコートを手に取り羽織った。そのことばかり考えていたせいで、咲はしっぽのついたサンタ衣装はもちろん、猫耳のついたカチューシャを外すことさえ忘れてしまっていた。

 

 外へ出た咲の口から白い息があふれる。

 商店街は相変わらずイルミネーションがきらびやかで、街をゆくのはほとんどがカップル層だった。日中はスレイベル響きわたる陽気な音楽ばかり流れていたが、客層に合わせてか今はスロージャズにアレンジされた定番の曲をピアノやサックスが歌っている。

 

 しかしそのどれもが今は虚しい。咲は重い足取りで帰路につく。

 何人かが咲を見ては頭や背中を指していったが、彼女がそれに気付くことはなかった。

 

 

 咲は五木荘へ着いても庭をゆっくり眺める余裕なく、静かに玄関を開け中へと入った。

 いつものことではあるが咲が最後に帰って来たらしい。自室に着くまでどの部屋もしんと静まり返っていたのが余計に咲を心細くさせた。

 

「あれ? 電気が点いて——」

 

 ドアノブをひねりながら咲はつぶやいた。まさか、と思った瞬間中から声をかけられた。

 

「お帰りなさい咲」

「‼︎」

 

 咲は一瞬肩をびくつかせたが、声の主がすぐに分かり愛想笑いを浮かべた。

 

「魔人さん……た、ただいま……」

「遅かったですね」

「う、うん。商店街の飾り付けを見ながら歩いてたら、遅くなっちゃった……」

 

 どうして魔人さんが? 咲は気まずさから彼に背を向け、ハンガーラックへ向かった。風が強くなったらしく窓がガタガタとゆれる。

 咲はコートのボタンを外しながらテーブルを横目に見た。その上にはバイト先で何度も箱に詰めた見慣れたケーキが一切れとワインらしきボトルが置かれていた。

 

「そのケーキって、もしかしてさっきの……?」

「はい。安く購入できたお礼として持って参り————」

「………?」

 

 魔人の言葉が急に途切れたため咲が不思議に思って振り返ると、魔人が無言で眉をひそめ、咲を見て固まっていた。

 その視線の先がやたら寒い。窓から風が入り込んだせいかもしれないと、咲は魔人の視線をたどり、そして悲鳴を上げた。

 

「そんな……私、衣装のまま……⁉︎」

 

 おそるおそる頭に手をやると、触れたのは自分の髪ではなくフサフサしたやわらかな猫耳。咲は恥ずかしさでその場にへたり込んだ。

 

「衣服はあの店にあるのですか? すぐに行きましょう」

 

 魔人が人差し指を立て転移の輪を出そうとしたのを咲はやんわり止めた。こんなことに魔術を使わせてしまうのは申し訳ないと思ったからだ。

 

「大丈夫……明日もまたバイトしに行くから……」

「明日も?」魔人の紅い瞳が鋭く光る。

「仕事は選ぶよう言ったはずですが」

「そ、そのことなんだけど……!」

 

 咲はパッと立ち上がり魔人に向き直った。

 本当はあまり聞きたくないが理由はまだはっきりと聞けていない。咲は膝の上でひらひらしている赤いスカートを無意識につかんだ。裾にパイピングされた白いファーが勝手にめくれ上がり、太ももがさらに明かりに照らされる。

 

「やっぱり……この衣装が似合ってないから、だよね?」

「は?」

「その、魔人さんならはっきり言ってくれると思って……」

 

 魔人は顎に手を当て咲を見据えた。また何か厳しいことを言われるかもしれない。咲が身構えていると、魔人は衣装から背くようにふいと視線をそらした。

 

「なぜその話になるのか分かりませんが、咲は何か勘違いしているようです」と、魔人は軽く咳払いした。

「あの時人だかりにいたのは大半が男衆——あわよくば咲につけ入ろうという品のない顔つきばかりで相応しくないと思いまして。その衣装がサンタクロースを模しているのなら」

「……!」

 

 咲はみるみる内に顔を赤くした。ちょうど衣装の色と同じくらいに。

 サンタクロースは子供たちにプレゼントを配る存在。あの状況は確かに聖なる夜には似つかわしくなかった。クリスマスの在り方を魔人に説かれた気がして、咲は自分が情けなくなった。

 

「ご、ごめんなさい……私、色々と勘違いしてました……」

「誤解を与えた私にも非がありますのでお気になさらず」

 

 魔人はおもむろにテーブルへ視線をやり咲に座るよう促した。咲はひとまずニットのアウターを羽織り、胸元を隠してから魔人の向かいに腰を下ろした(本当は着替えたかったが魔人に出て行けとも言えなかった)。

 

「……魔界にもクリスマスってあるんだね」

 

 魔人がワイン、ではなくシャンメリーを静かにグラスへ注ぐのを見つめながら咲は言った。

 

「ありませんよ」

「そう、なの? 魔人さんは色々知ってるみたいだからてっきり……」

「今日が初耳です。サンタクロースのことも、小僧に聞きました」

「そうだったんだ」

 

 グラスに6分目まで注がれた白いシャンメリーの中を気泡が上に向かって泳いでいく。子ども向けの飲料も魔人が扱えばシャンパンに見えた。

 一人で食べるのも味気ないからと、咲はケーキを半分に切り分け魔人に手渡した。

 

「少し似てるよね。魔人さんとサンタさん」

 首をかしげる魔人に咲は続けた。

「サンタさんは子どもたちの願いを叶えてくれるでしょう?」

「……あるいはそうかもしれません。時に子どもの親が用意するのだそうですね。少し人間を見直していたところです」

 

 魔人の口調に優しさがにじみ出るのを感じ咲が目を細めていると、予想外のことを聞かれた。

 

「咲はどちらでしたか?」

「どちら?」

 

 それは、まるでサンタクロースが実在するかのような物言いだった(無論、この時()()()サンタクロースがひょう太の部屋にいて、ひょう太とメムメムが代わりにプレゼントを配りに行っていることなど咲は知らない)。

 どう答えようか少し迷ったあと、どっちでもない、と咲は苦笑した。

 

「私、ここに来るまでクリスマスのことはほとんど知らなくて。だから……親にも、何も」

「…………」

 

 魔人がケーキを食べ進めていた手を止めた。咲が声をかけると魔人は思い立ったようにすっくと立ち上がった。

 

「今ならまだ間に合うかもしれません。何か欲しいものはありますか?」

「そんな、気を遣わなくていいよ! このケーキで十分——」と言いかけてから、咲はあっと考えを変えた。

「そうだね。今なら魔人さんに願いを叶えてもらうのにちょうどいいよね」

 

 だが魔人は至って真面目な顔つきで当然のごとく言った。

 

「叶えるのは私ではなくサンタクロースです」

 

 咲は呆気に取られて魔人を数秒見つめたが、とうとう堪えきれず口元を隠して小さく笑い出した。

 

「何がおかしいのですか?」

「ごめ、ふふっ……魔人さん、今からサンタさんにお願いしに行くみたいに言うから……ごめんね」

「その通りですよ。直接願った方が早いですし」

「うん、そうだよね。魔人さんやメムメムちゃんがいるなら、きっとサンタさんもいるよね」

 

 咲は顔に笑みを残したまま子どもに話しかけるように言った。魔人は「現に——」と何か言いたげにしたが、やがて首を振った。

 

「とにかく、今日はなるべく早く休んでください。サンタクロースは寝ているあいだでないとやって来ませんので」

「ふふ、うん。そうするね」

「……明日の仕事にも響きますし」

 

 魔人は腑に落ちない顔を咲の衣装に向けた。

 

「あ、明日はね、もう少し厚着することになったの。私も中で接客させてもらえるから、今日みたいなことにはもうならないと思う。魔人さんのおかげです。ありがとう」

「当然のことをしたまで……ですが一応、お気をつけて」

「はい。気をつけます」

 

 咲がはきはきと答えたのを信用してくれたのか、魔人は部屋を去る素振りを見せた。白い手袋をはめた手のひらを上に向けるとほのかに光が集まっていく。

 次の瞬間には皿やグラスやボトルが見えないトレーにのるように魔人の手に浮かんでいた。テーブルには咲の皿とグラス以外、何も残っていない。

 

「一つ言い忘れていました」

 

 魔人の身体が半分転移の輪に吸い込まれた状態で、魔人がふと口にした。

 仕事のことかと思った咲が緊張していると、次に続いたのは思いがけない言葉だった。

 

「その衣装が似合っていないのかという話なら、似合っていますよ」

「……あり、がとう……」

「では」

 

 魔人の姿は完全に見えなくなった。

 部屋には静寂が訪れ咲一人きりになったところで、咲の頬はたちまち赤く染まった。

 

「えっど、どうして……⁉︎」

 

 胸が高鳴る理由もわからず熱くなった頬をおさえる。

 

「……もう寝よう……。クリスマスで浮かれてるんだ、きっと……」

 

 

 寝支度を調えて咲は布団に入った。色々と疲れたらしくすぐに眠気はおそってきた。

 窓が再びガタガタとゆれる。今夜は風が強い。咲はぼんやり考えた。

 

 だがこの時ばかりは風のせいではなかった。

 咲が枕元に置かれた黒猫のぬいぐるみに気付くのは、翌朝のことであった。

 

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