魔人さんと無欲少女   作:ほやしろ

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#8-1 メムメムちゃんVS無欲少女

「はあ……またか」

 

 メムメムはこれみよがしにため息をついて押入れのふすまを閉めた。ちらりと後ろを振り返ったが、部屋の主であるひょう太の背中は微動だにしない。

 

 ノートと教科書を机に広げているひょう太は、メムメムの声が聞こえていないのかあるいは聞こえたのを無視しているのか、ノートにカリカリとペンを走らせている。

 

 メムメムはスンと真顔になるとふすまの引き手にありったけの力を込めた。ありったけと言ってもメムメムは2頭身の幼児体型であり握力も幼児並みである。ふすまは勢いよく開いたものの、溝から外れそうになりながらガッタンガッタンと大きな音を立てた。

 

 ペンの動きが止まる。ひょう太が振り向きざまに怒鳴った。

 

「何やってんだ壊れるだろ!」

「はああ〜……もう、何なんだよぉ〜マジで〜」

「オレが聞きたいわ!」

 

 ひょう太がメムメムを軽くにらむと、メムメムは押入れの中を指差し再びため息をついた。

 

「ため息やめろ! 何だよ押入れがどうかしたのか?」

「……最近の魔人はあの娘のところばっかり行って……あたしというマスターがいながら……くそぅ……!」

 

 メムメムはぎゅっと目をつむり悔しそうに呻いた。とても幼児とは思えない台詞である。

 

「そりゃ、青柳(あおやぎ)先輩もマスターだからだろ?」

「正式なマスターはあたしですよ!」

「オレに言うなよ」

 

 眉をつりあげながらも、ひょう太は記憶を思い起こすように天井に視線を向けた。

 

「いやでもお前はランプ壊しただけなんだから、どっちかっつーと先輩の方が正式なマスターなんじゃ……」

「…………」

 

 メムメムの頬を冷や汗がだらだらと流れていく。ついでに沈黙も流れていく。ややあってメムメムは意を決して宣言した。

 

「ちょっと文句言ってきます。あたしの方が先輩なんで」

「マスターに先輩後輩あんの⁉︎」

「あの二人がそろうと卑猥じゃありません?」

「それは……いや見た目で判断しちゃ失礼だろ!」

 

 メムメムの中では男女=性的に直結する計算式ができあがっているらしかった。魔人と(さき)の美形二人から醸し出される大人な雰囲気を想像したひょう太は、一瞬同意しかけてなんとか否定した。

 

 だがつっこみむなしく、メムメムは小さな羽でふよふよ浮きながら、ひょう太が着ていたパーカーのフードをえぐいほどひっぱり始めた。

 

「行きましょう!」

「ちょっ、のびる! ってかオレ関係なくない⁉︎」

 

 握力は幼児並みでも必死のパッチのメムメムを放置しては後が面倒そうである。ひょう太は仕方なく咲の部屋へ連れて行かれることにした。

 

 

 

「どうしました?」

 

 二人が咲の部屋を訪れてからの魔人の第一声だった。

 部屋の主のように顔を出した魔人に、メムメムは露骨に嫌な表情を見せた。友達の家に行ったらその彼氏が出てきたみたいな気まずい顔だった。

 

 ひょう太もメムメムも無言でいるので魔人が怪訝(けげん)な様子で言った。

 

「用がなければ行きますよ。今大事なところですので」

「何の⁉︎」ひょう太は思わずつっこんだ。

 

 魔人はなぜか額にうっすらと汗をにじませている。

 その言動にあられもない妄想を繰り広げそうになっているひょう太とメムメムに、魔人の後ろから遅れて咲がやって来た。

 

「大丈夫だよ! もうすぐ終わるから」

「だから何が⁉︎」ひょう太は思わずつっこんだ。

 

 咲はなぜか額にうっすらと汗をにじませ、さらに頬を紅潮(こうちょう)させている。

 その言動にあられもない妄想を繰り広げざるを得なくなったひょう太とメムメムに、咲が心配そうに声をかけた。

 

「二人ともどうしたの……?」

「やっぱりお前もか……」メムメムがわなわなと震え出す。

「えっ?」

「お前だけはおっ……胸もないし大丈夫だと思ってたのに……」

 

 次の瞬間メムメムは吠えた。飼い主に怒りの牙をむくチワワのごとく。

 

「この……っ、ムッツリ色欲モンスターめえぇ‼︎‼︎」

「⁉︎ む……? モ、モンスター?」

 

 咲は言葉の意味があまり分からなかったようで困惑している。

 

「暴言にもほどがあるだろ!」

 ひょう太はメムメムにつっこみを入れたことで、いくらか冷静さを取り戻すことができた。

「あの、二人で何を……?」

 

 魔人はまだ動揺する咲を横目に見て淡々と答えた。

 

「禽獣と偶蹄類の血から生成された細胞と白い汁を合わせて濾し、蔗糖を焦がしていました」

「なんて?」目が点になるひょう太に咲が慌てて加えた。

「プ、プリンだよ……!」

「プリン」

 

 ひょう太とメムメムが唖然として復唱すると、魔人がやれやれと息をついた。

 

「まったく……勘違いも甚だしいですね。何を想像したのか知りませんが」

「だ、だってこいつが……」とメムメムはひょう太を指す。

「オレは何も言って(は)ない」

 

 ひょう太が素知らぬ顔で首をふるのを、メムメムが裏切るのかお前と無言で訴えた。見かねた咲がおずおずと口に出した。

 

「あの、何か用があるんだよね? ここじゃなんだから、中にどうぞ。お菓子もあるよ」

 

 メムメムがぱあっと顔を輝かせた。お菓子に条件反射したのは間違いなかった。そのまま部屋の中へ直行するメムメムを、「急ぐと危ないですよ」と魔人がつかつか後を追った。

 二人をにっこり見送った咲は、ひょう太に向き直り小さくささやいた。

 

「もしかして、何かあった……?」

「少なくともそんな深刻な顔をする必要がないことなのはたしかです」

「? 聞いても大丈夫?」

 

 ひょう太はマジで大した内容じゃないっすと前置きしてから、同じように小声で事情を説明した。

 

「そうだったの。じゃあ小日向(こひなた)くんは——」

「無理やり引っ張られてきました」

 

 そういうことなんで、と自室に帰ろうとしたひょう太を咲は引き留めた。

 魔人はもう幾度となく咲の部屋を訪れ、こうしてお菓子を作ったり軽食も共にするが、実はメムメムが来るのは初めてだった。事情を知っているひょう太がいた方が、話はスムーズに進むかもしれない、と咲は提案した。

 

「——それじゃあお邪魔します」

「ありがとう。今ちょっと空調の調子が悪くて少し熱いんだ、ごめんね」

「ああ、それで……」ひょう太はぼそりとつぶやいた。

 

 咲はひょう太を中へ促すと空調を切り、窓を大きく開けた。女子特有の華やかな香りと熱気が冬の冷たい風と混じりあう。

 

 間取りはひょう太のそれと一緒だが、ベッドや洋服ダンスなどの大きな家具があるため、ひょう太の部屋に比べややこぢんまりしている。清掃と整理整頓の行き届いた清楚な部屋だった。

 

「そろそろいいでしょうか」

「うん。お願いします」

 

 魔人と咲の二人はオーブンをのぞきながら言葉を交わしていた。魔人がオーブンの扉を開けるとカラメルのほろ苦い匂いがひょう太の鼻腔をくすぐった。間食にはちょうど良い時間帯だ。

 

 女子の部屋という特殊な空間、魔人と咲のできあがった空気の中、メムメムはそんなことなどお構いなしにテーブルにつきクッキーを頬張っている。

 ひょう太は拍子抜けしてメムメムの側に腰を下ろした。

 

「おい、お前ちゃんと先輩に謝れよ?」

 

 ひょう太はキッチンにいる二人の耳に入らないよう声を落として言った。が、メムメムはきょとんとした。

 

「何をですか?」

「早すぎだろ! まさか今何しに来てるかまで忘れてるんじゃ——」

「ハッ! だ、騙された! あの娘中々やりますね……」

 

 それでも口を動かすのをやめないメムメムにひょう太は完全にしらけた顔になった。

 

「騙してねーしクッキー食べてる時点でお前の負けだぞ」

「‼︎」

 

 メムメムはあんぐりと口を開けてキッチンを見つめた。

 プリンを前に咲はとても楽しげに魔人と話している。目が合うとヤバい笑い方をした(メムメム視点)。

 何を思ったかメムメムは二つ目のクッキーに手を伸ばし口に放り込んだ。当然クッキーは喉に詰まり思いきりむせた。

 

「ゲホゴホー‼︎」

「何してんの⁉︎」

 

 ひょう太が引き気味に声を上げてすぐ、魔人と咲はほぼ同時に動いた。魔人は背広の内ポケットからハンカチを取り出し咲は小さなコップに水を入れ、メムメムに駆け寄った。

 

「慌てて食べるからですよマスター」

「メムメムちゃんゆっくり飲んでね」

 

 魔人に頬を拭かれ咲に水を飲まされ、まさに至れり尽くせりといったメムメムはなぜか誇らしげで、その上機嫌っぷりを天元突破している。

 

「ところでマスターは何の用でこちらへ?」

「ふふ。あたしはマスター……あたしがマスター……」

「そうだね。メムメムちゃんがマスターだよ」

 

 魔人は訳が分からない様子でなおもメムメムに尋ねようとしていたが、咲が目配せしてそれを止めた。

 セリフと格好を除けば、どう見ても過保護な両親とその娘の一幕であった。

 

 結局メムメムは上機嫌のままその後もクッキーを食べ続けた。咲にいくつかプリンを持たされ、呆れるひょう太と共に咲の部屋を出て行ったのだった。

 

 

 

「結局なんだったんです……?」

 

 嵐が過ぎ去ったような咲の部屋で、魔人がテーブルの上を片付けながら言った。

 ひょう太から聞いた内容をそのまま話すことに負い目を感じ、咲は遠慮がちに口を開いた。

 

「ちょっと寂しくなっちゃったのかな?」

「寂しい?」魔人は首をかしげた。

 

 二人きりになったことで部屋は肌寒さが増した。空調を付ければまた熱くなりすぎる。

 咲は窓を閉めながら、

「魔人さん、最近私の部屋によく遊びに来てくれるでしょう?」

 と返すと、魔人はすぼめていた口元をさらにすぼませた。

 

「遊びに来ているのではありません。家主からの頼まれごとついでに、咲の願いが決まったかどうか確認しに来ているだけです」その口調にはやや不平がこもっていた。

「そ、そうだよね。まだ思いつかなくて……ごめんなさい」

 

 咲は首をうなだれた。

 中途半端に閉めた窓の向こうはひたすらに暗い。ガラスにはさえない顔がはっきりと写っている。

 

「……珍しいですね」魔人が静かに言った。

「え……?」

「人間が迷うのは、いや悪魔もですが——願いを一つに絞れないときなので」

 

 窓の隙間から入る冷ややかな風が腕を刺す。だが咲は両手をかたく握りしめたまま、ガラスに映る暗い瞳を見つめた。

 

「それは、その人たちが元々叶えたい願いがあったからだと思うよ。私は偶然ランプを開けただけだし——」窓を閉め、咲ははっきり口にした。

「あの時、もし魔人さんのランプだって分かってたら、私は絶対に開けなかった」

「…………」

 

 魔人が黙り込んだのに気付き、咲はあわてて振り返った。

 

「ごめんなさい! 魔人さんを否定するつもりで言ったわけじゃなくて……!」

「……本当に珍しいですね」

 

 魔人は分かっているとうなずいた。微塵も気にしていない様子だった。

 

「まあ、確認に来ているとは言いましたが急かすつもりもありませんので」

「あ、ありがとう」

 

 咲は眉尻を下げた。

 やっぱり遊びに来てくれているのでは、と思ったが、口には出さず笑みを浮かべたので、魔人に解せない顔をされた。

 

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