魔人さんと無欲少女   作:ほやしろ

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#10-1 無欲少女2度目の結婚

 元日の夕方。咲の部屋に二人と一匹。咲が編み物をするからと、魔人と使い魔がその手伝いをしていた。

 使い魔は自分の身体の2倍以上はあるかぎ針を持ち、針の先に毛糸を引っかけ針を引っ張り毛糸の穴に通すのに机の上を忙しく往復している。ちょこまかと動く愛らしい様子を、咲はじっと見守っていた。

 

「使っち上手だねえ。疲れたらおしまいでいいからね」

 

 咲が声をかけると、使い魔は一つ目をぱちくりさせ小さな全身を震わせた。まだ大丈夫だと首を振ったように見えて、咲はにっこりした。

 そろそろ自分の作業に戻ろうと咲が視線を移すと、向かいから白い手袋をはめた手がスッと差し出された。

 

「咲、こちらは全て編み終えました」

 

 魔人が手を引くと、そこにはカラフルなアクリルたわしがいくつも置かれていた。それぞれ違った編み方で花や丸などの図形を象っている。咲が渡した毛玉は全て使い切ったらしい。この量なら少なくとも1年以上はもつだろう。

 相変わらず器用で手早い魔人に、咲は感嘆の声を上げた。

 

「すごいね! ありがとう、魔人さん」

「礼には及びません。そちらも手伝いましょうか?」

 

 魔人は咲の手元にある大きな編み物を見て言った。咲が編んでいるのは花形の円座で、周りを縁取れば完成だ。

 

「もうすぐ出来上がるから大丈夫だよ。ありがとう」

「以前も別の円座を作っていましたね」

「そうだね。お客さんも増えたし——今度は使っちの分も必要だね」

 

 咲が使い魔に微笑みかけると、使い魔は両手を上げてコクコクとうなずいた(ように見えた)。

 ふと視界が暗くなったのを感じ、咲はテーブルに置いていた湯のみを手にした。五木家に差し入れて余った甘酒を温め直したものだ。今はもうすっかり冷めたそれを飲み干すと、残りの仕上げを手早く進めていった。

 

「そろそろ夕食にしようか。お昼はたくさんご馳走になったからお雑煮だけにしようと思うんだけど、いいかな?」

 

 咲は出来上がった円座と編み物道具を片付けながら魔人と使い魔に話しかけた。二人がそれぞれYESの反応を示したので早速キッチンへと向かう。大家に分けてもらった餅を取り出している間に、後からやって来た魔人が隣に並び立った。彼にはお椀を用意してもらおうと棚を開けたところで、咲はハッとした。

 

「あっ……ごめんね」

「?」魔人が3個のお椀を手に首をかしげた。

「私、勝手に魔人さんと使っちの夕食も用意しようとしてた……。やっぱり小日向くんの部屋で食べるよね」

 

 魔人は咲の無意識に下がった眉と取り出した餅をしまおうとする手元をじっと見つめた。

 

「小僧の部屋でとるとも言ってませんし問題ありません。それにその量、咲一人で消費するには難しいかと」

 

 そう言って魔人は大家から教えてもらったのか、鍋やら包丁やらを準備し始めた。

 

 ——なんとなく気遣われてる気がする……。

 魔界の植物に絡まれた時。弱っていた時とはいえ、なんて大胆な発言をしたのだろうと咲は気恥ずかしくなってきた。だが同時に魔人が"友人"と言ってくれたことも思い出し、ありがとう、と小さく言い添えて一緒に準備を始めた。

 

 

 

 軽い夕食も済み、魔人と使い魔がそろそろひょう太の部屋へ戻ろうかとしていた頃にドアは鳴った。聞き覚えのある控えめで小さなノックだと咲が出て行くと、案の定メムメムがそこに立っていた。

 

「どうしたの?」

 

 メムメムは口をつぐみ、隠すように後ろ手に大きな箱を持っている。が、いかんせん全く隠せていない。その箱を見て咲は少しためらったが、とりあえず彼女を部屋に入れることにした。

 

「これで、あのっ本当、最後にするんで……! どうか、どうか……っ」

 

 開口一番メムメムはそう言った。机に置かれた"魔界転生ゲーム"をもう一度やりたいというお願いにはまるで聞こえない、尋常じゃない様子である。おそらくひょう太にはすでに断られたのだろう。そう予想できるほどの必死さだった。

 

 そんなメムメムを無下にできず、咲は思わず魔人の顔をうかがった。どうしよう? という気持ちが伝わったのか、彼は特に表情を変えず言った。

 

「私はどちらでも構いません」

「……じゃあ、これで本当に最後だよ?」

「ありゃます‼︎」

 

 メムメムはぽろぽろと涙を零しつつもちゃっかり素早くゲームの箱を開けたので、咲は驚く間もなく魔人、メムメムと共に箱の中に吸い込まれていった。

 一匹残された使い魔は「またか」と言いたげにため息をつく仕草をしたあと、咲の作った大きな円座にごろりと横たわった。

 

「咲は断ると思っていました」

 

 スタート地点に転送されてすぐ、魔人が落ち着き払った様子で咲にだけ聞こえるように言った。

 

「うん……まさかすぐに始めるとは思わなかったけど……」

 

 苦笑して咲も小さく返すと、本日2度目である亜空間を見回して気付いた。使い魔がまたいないのだ。思えば最初の時も、使い魔は側にいたが箱に吸い込まれることはなかった。

 つまり彼は今、咲の部屋に独りっきりということだ。

 咲の残念そうな、悲しそうな顔を見かねたのか、魔人が声をかけた。

 

「使い魔のことでしたら心配いりませんよ」

「心配というか……使っちはさっきもゲームに参加できなかったし、今は一人でかわいそうかなと思って……」

「あの使い魔はゴーレムの一種なので当然です」

「……?」

 

 目を丸くする咲に、魔人がゴーレムの何たるかを説明した。丁寧ではあったが咲にとっては馴染みのない言葉が続いたため、理解するのにやや苦労した。

 

「——つまり、自動で動く人形、みたいなもの?」

「そういう認識で問題ありません。このゲームは悪魔を対象としているので、魂のない使い魔はプレイヤーになり得ません」

「そうなんだ……」

 

 咲の頭に表情豊か(?)に動く使い魔が浮かんだ。魂がないと聞いてますます不思議に思ってしまう。

 

 ——けれど魔人さんには魂がある——。

 ふとよぎった考えから咲は魔人を見上げた。能力こそ人間離れしているものの、容姿は人間とほぼ相違ない。咲はまじまじとその整った姿を見つめていたらしく、魔人がですから、と話を戻したことに気付けなかった。

 

「そう気にする必要はありません」

「う、うん。ありがとう。……もしかして、顔に出てた?」

「使い魔や魔獣に対しては顕著になるかと」

「魔獣……って、魔猫とかスライムのこと?」

 

 魔人は大きくうなずいた。

 心当たりのあった咲の頬がほのかに染まっていく。恥ずかしさにうつむきながら咲は言い訳のように言葉を並べた。

 

「魔界はもっと怖い場所だと思ってたから、かわいい生き物がいるって知って余計に……。他にもたくさんいるんだよね、きっと——」

「…………実際には、」

「おーい、次よろしゃすー」

 

 魔人の言葉をかき消すように、遠くから陽気な声が二人を呼んだ。

 

 咲がそちらを見やると、眼鏡をかけ白衣を身に付け、両手に怪しげな液体が入ったフラスコとビーカーを持つメムメムがにこにこと立っていた。

 いかにも科学者という出で立ちのメムメムが立つマスには、魔道具の研究員になると書かれている。一度目にはなかったはずだ。思えばルートもどこか違う気がする。

 

「さっきとマスの並びも職業も違うよね……?」

「スゴロクですからね」

 

 当たり前と言いたげな魔人にサイコロを渡されながら、咲は妙に感心してしまった。魔界のスゴロクは良くできている。そして、そういう魔界の当たり前に驚かなくなってきた自分におかしくなり、ふふ、と思わず笑みがこぼれた。

 

「どうしました?」

「ごめんね、大したことじゃないんだけど。私、自分のことは理解してるつもりだったのに、魔人さんとメムメムちゃんに出会ってから、少しずつ変わってきた気がして」

 

 咲は笑みを残したままサイコロを放り上げた。メムメムの一つ手前を示したサイコロを魔人に渡しながら、あっと付け加えた。

 

「今、二人に出会ったのが嫌だったような言い方だったね……あの、そんなこと、全然ないからね」

 

 魔人は無言でサイコロを受け取ると、なぜか眩しそうに目を細めた。咲は一瞬にしてその紅い瞳に吸い込まれた。まるで彼が微笑んでいるかのように見えてしまったからだ。が、すぐにハッと我に返ると、はにかみながらメムメムの元へ行き急いだ。

 

 咲がたどり着いたのは"魔界の衣装屋になる"というマスだった。衣装屋? と首をかしげる咲の周りを、どこからか現れた煙が包むと、ポンッとたちまち服装を変化させた。煙が晴れたあと、その手には悪魔らしい禍々しさ満点の長い杖が握られ、丈の短いワンピースを着ていた。

 

 普段の咲なら丈が短すぎると顔をしかめていたかもしれないが、魔界の医者を経験したことと、メムメムが嬉しさのあまり大層ニコニコしていたので、咲もつられてにっこりと微笑んだ。

 

 魔人はいつの間にサイコロを振っていたらしく、メムメムを抜かした先で止まり、そして下を向いたまま固まった。魔人が煙に包まれた後も服装は差ほど変わったように見えなかったが、背を向けたまま微動だにしないので、咲は心配して声をかけた。

 

「魔人さん、大丈夫?」

「……問題ありません。マスター、サイコロをどうぞ」

 

 魔人は後ろを向いたままサイコロを後ろに回した。

 どう見ても不自然すぎる動きだったが、メムメムはそんなことなど毛ほども興味がないようだった(そもそも気付いてすらいない可能性が高い)。ニコニコとサイコロを取って転がすと、スキップで魔人を抜かして行った。

 

 一方の魔人はメムメムが通り過ぎる際も頑なに正面を見せないようにしていて、咲には違和感しか覚えられなかったが、とりあえず自分の番を進めることにした。

 咲はメムメムと魔人の中間ほどに止まり(その時も魔人は咲から背を向けていた)、衣装屋として指名がたくさん入ったらしく、ボーナス支給を受けた。

 

 しかし、衣装屋がどんな職業なのか咲にはまだよく分かっていない。衣装という名が付くからには、悪魔用の衣装を仕立てたりクリーニングを担う職なのだろうかと考えたが、その手には相変わらず装飾が不気味な、長く鋭い杖が一本あるだけだ。

 

 咲は前を向いたまま(つい後ろを振り向こうとしたのを寸前でこらえて)、魔人にたずねた。

 

「魔人さん、衣装屋ってどんな職業?」

「衣装屋にはいくつかの部門があるのですが——その杖を見るに、咲は衣装サポート部門に属しているのでしょう」

「衣装サポート?」

「主に人間界に来た悪魔の衣装のメンテナンスをしたり、新しい衣装を用意する部門ですね」

 

 悪魔の衣装には魔力が宿っており、その魔力が尽きた場合、魔界にいる衣装屋に自動的に知らされるらしい。咲はさらに杖についても魔人に聞いた。

 

「衣装屋の仕事道具で"プイプイの杖"と言います。杖を振った対象にとって、相性の良い衣装を選んで着せかえることのできる魔具です」

「プイプイの杖……」

 

 咲は見た目に反した可愛らしいネーミングの杖をまじまじと見つめた。

 魔医者になった時は、スライムに聴診器を当てると不思議と体調が分かった。きっとこの杖も、本来の衣装屋のように効力があるのかもしれない。

 思い立った咲は魔人に見えるようにして杖を振り上げた。

 

「この杖……魔人さんに向けて振ったら、魔人さんの衣装も変わるかな?」

「!」

 

 魔人が息を飲む音が聞こえた瞬間、咲は悪寒を感じた。一際低い声で魔人が口を開く。

 

「咲……見たんですね」

「‼︎」

 

 背後からビリビリと圧を感じ、杖を取り落としそうになりながらも、咲は慌てて弁明を試みた。

 

「ご、ごめんなさい! さっき通り過ぎる時に見えてしまって……! でも魔人さんの衣装じゃなくてマスに書かれてたイン——‼︎」

 

 咲が魔人の就いたであろう職業を口にした瞬間、背後から口を塞がれた。

 

「言わないで下さい。虫唾が走るので」

 

 魔人が声を押し殺して言った。明らかに機嫌の悪い言い方だった。苦虫を噛み潰したような顔をしていそうだが、ここまで感情がむき出しになった魔人を初めて知ったせいもあって、咲には想像がつかない。

 

 咲が魔人の足元で見たのは、インキュバスという職業。内容こそはっきりと分からないが、前回のゲームで杏が就いていたサキュバスと似たような響きから、おそらく魔人も露出のある格好をしているに違いない。

 

 咲は2度ほど素早くうなずいた。口を覆っていた魔人の白い手袋を身に付けた片手が離れていく。魔人は軽く咳払いしてから咲の質問に答えた。

 

「杖に関してですが、おそらく効果を発するでしょう」

「そうなんだ。魔人さんが嫌なら無理にはしないけど……」

 

 魔人は数秒黙ったあと、

「いえ、お願いしたいところですが……咲がこちらを向く必要があるので……」とぎこちなく言った。

 

 どうあっても衣装を見せたくないらしい。もちろん咲は見たいわけではないし(多少気にはなるが)、魔人の気持ちはすごく分かる。ただ、怒りを露わにしたかと思えばうろたえる魔人が珍しくて、咲の口元に思わず微笑が浮かんだ。

 

「じゃあ、これなら大丈夫だよね?」

 

 咲はくるりと振り返りながら言った。しっかりと両目を閉じている咲を見て、魔人は納得したようにはい、と返し、咲の持つ杖に触れた。

 

「この辺りに向けて杖を振ってください」

「分かった。やってみるね」

 

 咲は緊張を覚えながらも、早速その杖を振りかざした。

 

「ど、どう?」

「…………もう一度お願いします」

 

 ダメだったらしい。咲は再度杖を振った。

 

 それから咲が杖を振るうたび、

「もう一度です」「もう一度」「ダメです」「有り得ない」「なめてるのか?」と、魔人の口調は段々とすさみ怒気を帯びていく。

 

 咲に向けて言っているわけではないのだろうが、段々と申し訳なくなり、咲は杖を下ろし深々と頭を下げた。

 

「ごめんなさい……」

「咲のせいではありません。……これもゲームの仕様なのでしょう」

 

 魔人は深いため息を吐いた。表情こそ分からないが消沈しているのは明らかだ。咲は杖を握りなおした。

 

「あの、もう一回だけやってみていい? 特に案があるわけじゃないんだけど……」

「では、お願いいたします」

 

 咲はわかったと杖を振り上げた。どうか彼にとって良い衣装になるようにと強く祈りながら。

 

「これは……」

「ダメだった……?」

「いや、寧ろ……咲、何をしたんです?」

「えっ?」

 

 咲は思わず両目を開けてしまった。あっと気付いた時には魔人と目が合っていた。魔人はみだら、とは真逆の、豪華な刺繍とレースに彩られた衣装に身を包んでいた。執事服が普段着である魔人の姿を見慣れていることもあり、違和感が全くない。その着こなしに見入ったせいか咲は言いよどんだ。

 

「私は何も……ただ、良い衣装になったらいいなって考えていただけで……。魔人さん、中世の貴族みたいで、すごく——」

 

 似合っている、と続けようとした咲だったが、魔人が吐き捨てるように言った次の言葉で口をつぐんだ。

 

「なるほど。元々はこざかしい貴族が理由付けに使用していましたからね。このような衣装も納得です」

「その、魔人さん、さっき言ってくれたでしょう? ゲームだし、もう少し気楽にやったらいいんじゃないかな……?」

「……それもそうですね」

 

 無表情ながら落ち着いた様子を見せた魔人に、咲はひとまず胸をなで下ろした。まるで中世をよく知っているような言い方をした魔人にやや疑問も抱きつつ。

 

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