魔人さんと無欲少女   作:ほやしろ

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#2-1 無欲少女と魔法のランプ

 太陽が南中を越えてから数時間後。気温はその日の最高に達していた。

 しかしこのごろはやっと夏の名残から解放されたようで、窓から差し込む日差しがぽかぽかと心地良く部屋を照らす。

 

 五木(いつき)荘202号室、小日向(こひなた)ひょう太の部屋に、二人と一匹。本人は買い物に出かけていてこの場にはいない。

 だがかれらはそんなことはお構いなしに、それぞれが思い思いに過ごしていた。

 

 当たり前のように居座るかれらだが、ひょう太は同居人として認めていない。

 すべてうやむやの内にそうなってしまったことだ。

 追い出そうにも追い出せないのは、かれらが全員()()()()()()、魔界の住人だからであった。

 

 

 その内の一人——魔人——は、どこからか出現させた自前のリクライニングチェアで優雅に寝そべっていた。

 執事のような風貌にふさわしい、気品あるチェア。

 よくよく見ると角が生えていたり、ギョロリと動く大きな目玉がついていたりと不気味な装飾がされている。

 

 白い手袋をはめた手には、グラスをくゆらせるようにランプを持っていた。

 どこか古めかしい、ランプというよりは水差しに近い細長い形状。取っ手はなく、かわりに注ぎ口らしき突起が4ヶ所ある。

 そして中央に貼られた"封"の字の札。

 およそ本来の用途として使うものには見えない。

 

 このランプは魔界のとある宝物庫に保管されていた、何でも一つ願いを叶えることのできる貴重な道具であり——魔人はそこに封印されていた、いわゆるランプの精的存在である。

 

 今はひびが入り穴の空いてしまったそれを、魔人はおもむろに見つめていた。

 原因は一週間前。

 その時宝物庫を清掃していた悪魔——メムメム——によってランプを落とされ、壊れてしまったのだ。

 薄々わかってはいたが、初めに壊された時となんら変わった様子はない。

 

「ううむ…………」

 

 魔人は壊れたランプから、そして現実から目をそらすように両目を伏せた。

 というのも、ランプにキズが付いた場合、キズをつけた本人の魔力でしか直すことができない。

 また、彼自身の身体も魔力でもって構成されている。身体を顕界(げんかい)に維持したり魔術を使用するためには、原因であるメムメムの魔力が必要不可欠なのだ。

 けれども困ったことに、彼女のそれは魔界にただよう塵以下だったのだ。

 

 この一週間のあいだ、魔人はランプの修復のため、何度かメムメムに魔力を注入させたことがある。

 が、彼女にできたのは辛うじて——最低限の身体の維持と数回の魔術使用であった。

 ランプにも戻れず仕事も続けられないため、彼はやむを得ずひょう太の部屋に居候しているのだった。

 

 実は魔人はすでに、メムメムに一度喚び出され願いを叶えてやったことがある。

 "魔人"として幾星霜を過ごしてきた彼でも、メムメムと出会ってからは予想外の事態が起こるばかり。

 思うところがあってメムメムを非正規にマスターとしながら、魔人はどうしたものかと深いため息をついた。

 

 

 そんな魔人の心境もつゆ知らず。

 ランプをキズつけた加害者であり、そして最初にひょう太の部屋へ居候し始めた悪魔、メムメムはというと。

 のんきにキッチン下の棚へもぐり込んでいた。

 

 メムメムは元々ひょう太の魂を狩るためにやって来たサキュバスの類いである。

 しかし"エロいことが怖い"という本末転倒な弱点にポンコツな性格、本来のサキュバスとは大きな壁がある幼児体型が災いして、まともに仕事をしたことがない。

 ひょう太になつくようになってから、そのサボタージュ癖は加速していた。

 

「ふふ、隠したってあたしにはお見通しですよ……」

 

 誰に言うでもなく、メムメムは暗がりの中から未開封の袋たちを両手いっぱいに抱えて棚から這い出た。

 そしていそいそと袋の中身を確認する。

 

「中からこんなに……アメとチョコが……!」

 

 ひょう太がいない間、こうして様々な場所を漁っては、お菓子やらジュースやらを勝手に飲み食いする。

 それが彼女の日常だった。

 

 瞳をキラキラさせ、メムメムは慣れた手付きでお菓子の袋を開け始めた。

 

 

「中から?」

 

 その最中(さなか)、魔人がメムメムの台詞にぴくりと反応した。

 以前ランプの修復を試みた際、魔人はその表面に魔力を注がせていた。

 もしメムメムの魔力を変換しランプの中からも注入可能ならば。そのあいださえランプに戻れれば。

 ランプの構造を知っている自分の方が、多少なりキズを早く回復させられる可能性がある。

 

 だがそこには一つリスクがあった。

 ランプに戻っているあいだ封印を解かれれば、当然新しい主人の願いを叶えなければならない。

 はっきり言って彼は"魔人"という仕事に対し情熱や意欲などなく、それどころか倦厭(けんえん)しているほどだった。

 

 それでも万が一魔力が枯渇し、自分自身が朽ちてしまうより断然ましである。

 何よりこれまで不自由なく魔術を使用してきた彼にとって、この身体はめっちゃ不便であった。

 要はフタを開けられさえしなければ良いのだ。

 

「試す価値はあるか……」

 

 そう呟くが早いか魔人はすっくと立ち上がり、メムメムを見下ろした。

 視線に気付いたメムメムは魔人を見上げると、チョコレートを頬張った口を不満げに開けた。

 

「え、もしかして、食べたいんですか?」

「結構です。そんなことよりマスター、私はしばしランプの中に戻ります。

 その間ランプに触らぬよう、特にフタは——いえ、とにかく動かさないよう気をつけてください」

 

 メムメムは忙しなく口を動かしながら、オッケーオッケーと軽い調子で小さな丸を小さな指で作ってみせた。お菓子に夢中になっているのは見え見えだ。

 魔人はズイッと顔を近付け圧を加える。

 

「聞いていましたか? 触ってはダメで——」

「ハイッ」

「では、くれぐれも気をつけ——」

「ハイッ」

 

 

 食い気味に威勢よく返事を繰り返し、メムメムは魔人の姿がランプに吸い込まれるのを、背すじをシャキッと伸ばした状態で見送った。

 

「フュイ〜……何とか死守したか……」

 

 魔人の姿が完全に見えなくなったところで、メムメムは死地を脱したかのような顔で額の汗をぬぐう。

 そして再び死守したお菓子に手をつけようとした。

 

 しかしそれを止めるように、羽織っている黒のマントを後ろから引っ張られる感覚があった。

 メムメムが後ろを振り向くと、そこにいたのは小さな何か。

 ずんぐりした全身をおおう赤いフード付きのローブ。顔らしき部分にはでかでかとしたモノアイ。

 ひょう太の部屋に居候する一匹、そしてメムメムの上司であるレースの使い魔だった。

 

 メムメム自身、2頭身という幼稚園児並の小ささだが、使い魔はさらに小さく、彼女の両手におさまるほどのサイズしかない。

 しかしながら、使い魔はメムメムの監視役として派遣されただけあって、力は彼の方がはるかに強い。

 それでもこの頃はメムメムの悪影響か、彼はここでの生活を楽しんでいる様子があった。

 

 邪魔するなよとでも言いたげにメムメムがむっと使い魔を見ると、彼は窓の方を一生懸命指し示している。

 疑いつつメムメムは窓の方へちらと視線を向けた。

 そこには両手にスーパーの袋を持った誰かが、五木荘の玄関に向かって歩いて来るところだった。

 

「ヤバ……!」

 

 この状態がひょう太にバレるのはよろしくない。

 ここは一まず大家の下の娘である、幼稚園に通う(ゆず)と一緒に食べるつもりだったと切り抜けるのが良策。

 メムメムはもったいぶったようにアメを口に放り込む。

 

 そういう自分の罪を隠蔽することには定評(?)のある彼女。広げたお菓子の袋たちを素早くかき集め、何とか両手に抱きかかえると、逃げるようにそこから飛び出して行った。

 

 部屋の絨毯の上には机や座布団などの家具以外、何も残されていなかった。

 一匹残された使い魔がその場にランプがないことに気付き慌てふためく。

 右往左往してはみたもののどうすることもできないので、ほどなく彼は隅の方で昼寝を始めたのだった。

 

 

 

「ふう……ちょっと寝過ぎちゃったかな」

 

 五木荘へ帰って来たのはひょう太ではなく(さき)だった。

 平日より遅く目覚めたせいだろう。まだ少しまぶたが重い。

 咲はゆっくりと瞬きしながら、昨日美由(みゆ)や大家に言われたことを思い出した。

 

 やはり今週は少し働きすぎたようだ。しかし一週間分の買い物はこれで済んだし今日は休みだからゆっくりできる。

 来週のシフトをあまり入れなかったのは正解だったなと、あくびをかみ殺して階段を上がっていた時だった。

 

「やばいやばいやばい」

「! 危ない‼︎」

 

 大量のお菓子の袋を抱え、前が見えないまま1階へ飛び下りていくメムメム。

 咲にはそれが、小さな女の子が階段を踏み外し落ちて来るように見えた。

 とっさに持っていた袋をその場に落とし、少女を受け止めようと両手を差し出し構えた。

 

「‼︎」

 

 咲は少女に触れることはできたが、反動でお菓子が四散してしまった。散らばったアメやチョコの袋が土砂のように降り注ぐ。

 そしてその中には——なぜそんなものが紛れているのか分からないが——古風なランプ、のようなもの。

 

 これは絶対に落としてはいけない……!

 咲はなぜだか強くそう思った。

 当然落としたら壊れるからだ。しかし理由は別にある気もしていた。

 漠然と考えながら、咲はランプも少女も力任せに引き寄せて、ぐらりと後ろに倒れた。

 

「い、たた……」

 

 バランスを崩したものの、階段の踊り場に尻もちをついただけで済んだ。

 両手にはしっかりと少女とランプの感触がある。

 咲は安堵のため息をついた。

 

「良かった……大丈夫? 痛いところない?」と、咲は目の前に向かってやさしく話しかけた。

 

 少女の頭には黄色い2本の角の飾りがちょこんと乗っている。背中のマントには小さな黒い羽と、ちらちらと見え隠れするしっぽ。

 幼稚園のおゆうぎかハロウィンが近いからかな、と咲がぼんやり考えていると、少女がかすかに動いた。

 が、どこか様子がおかしい。

 

「あ、ああ……」

「どこか痛むの⁉︎」

 

 膝の上で小刻みに震え始めた少女に、咲はさっと顔を近付け様子をうかがう。

 少女は何かに恐れおののくような表情をしていた。

 

「どうしたの——あれ? 何これ……」

 

 いつからだろうか。

 気付けばあたりにはうっすらと煙が漂っていた。

 瞬間、咲は火事を疑ったが焦げる匂いは感じない。

 むしろどことなく上品な香りがする。

 

「この煙は一体……?」

 

 羊の毛のようにもこもこと濃くなっていく謎の煙。

 元を辿ると、いつの間にフタが開いていたのだろう、抱えたランプの中からだった。

 何か危険なものがあるのかもしれない。

 咲が遠目に覗こうとしたその時。

 頭上から男性の低く苛立った声が突然降ってきた。

 

「……あれほど触るなと言ったのですが……マスター?」

「ヒィィ」と、少女はかすかな悲鳴をあげる。

 

 階段を上り下りする音は全く聞こえなかったのに、この人は一体どこからやって来たのか。

 咲はおそるおそる声がした方を見上げた。

 

「……‼︎」

 

 そこには黒いスーツを着た細身で長身の男性が、威厳に満ち満ちた態度で立っていた。

 ウェーブがかった黒髪に所々入った白いメッシュ。さらにオールバックという特徴的な髪型が高圧的に見える。

 耳は鋭く長く尖っているし瞳は赤く爛々(らんらん)としていて——正直言って人間には見えない。

 そしてなぜかものすごく怒っている。

 

 ピリピリと張り詰まった空気を感じ、咲は怖ろしさから目を離せず……そのまま意識を手放してしまった。

 

 

「ち、違うんす……あたしは何もしてないんす……」

 

 一方、魔人は無言でメムメムだけを見据えていた。

 ランプを壊された時に聞いた台詞とまったく同じ態度のメムメムに、魔人は疑いの目を向ける。

 

「本当っす! っていうかこいつが勝手に……!」

「こいつ?」

 

 魔人にまとわりついていた煙が、まわりの空気に馴染んで散り散りになっていく。

 メムメムは見知らぬ娘の膝の上に乗っており、その娘の手にはランプがかたく握られていた。

 

「これは……」

 

 ランプがさらにキズついた様子はない。

 経緯は不明だが、メムメムの言う通りこの娘がフタを開けたようだ。

 魔人は片膝をついて目の前に尋ねる。

 

「ランプのフタを開けたのはあなたですか?」

「…………」

 

 しかし娘は何の反応もなく微動だにしない。

 魔人が訝しげに顔を覗き込むと、その視線は一点に集中したまま固まっていた。

 

「この娘、気を失っているようですね」

「えぇ……」

 

 メムメムがなんで? という顔で娘の顔面に向かって手を振ったり頬をつついたが動かない。次に腕を揺さぶってみるがそれでも動く気配はなかった。

 彼女の顔にだらだらと冷や汗が浮かんでいく。

 

 初めは腰に手を当てその様子を傍観していた魔人だったが、このままでは(らち)が明かないと思い始めた。

 

「……仕方ない」

 

 魔人は軽いため息をつくと、すっと人差し指を立てた。

 その周りにフッと金属らしき輪っかが浮かび上がり、フォンフォンと風を切ってぐるぐると回り始める。

 彼のもっとも得意とする、転移の魔術であった。

 

「とりあえず小僧の部屋へ戻りましょう。話はそれからです」

 

 そう言って魔人はこの場にいる3人全員と、娘の側に落ちていたスーパーの袋や散乱したお菓子の袋も全て対象に入れ、輪っかを使って魔術を発動させた。

 

 

 

 それから5分以上が経ったころ。ひょう太は五木荘に帰って来た。

 自室の前まで来るとやけに静かで、メムメムたちはどこかへ行ったのだとひょう太は期待した。が、それは大きく外れた。

 ひょう太はドアを開けるなり、

「何事⁉︎」と叫んでしまった。

 

 部屋の真ん中には散乱したお菓子や袋が置かれ——その中心には見慣れない女性が座り——メムメムは汗だくになりながらその女性をつついてはぶつぶつ呟き——そして魔人は我関せずという感じでそっぽを向いていたからだ。

 

「おい〜早く起きてくれえぇ〜……あたしの身の潔白を……証明できないだろおがぁ〜……」メムメムは必死の形相だ。

「本当にどういう状況⁉︎」

 

 女性は眠っているのか静止したままで、何か怪しげな儀式をしているように見えなくもない。

 ひょう太はこの中では一番まともであろう魔人に説明を求めた。

 

「魔人さんこれは一体……?」

「娘が起きないことには何とも」

 

 異様な光景にも動じず、魔人はぽつりと言ったきり再びそっぽを向いた。

 ひょう太は仕方なく二人に向き直る。

 メムメムは未だ無防備な女性の身体のあらゆるところを揺さぶっている。

 ほんの一瞬だけ羨ましいと思いつつひょう太は近付いていく。

 そしてハッとした。

 

「えっ! この人……」

 

 この女性は向かいの部屋隣、206号室に住む青柳(あおやぎ)咲——ひょう太の先輩である。

 休日でアロマなおねえさんよろしく、私服だったこともあり全く気付けなかった。

 突然の訪問にそわそわしながらも、ひょう太は咲に話しかけた。

 

「あの、青柳先輩……? 大丈夫ですか?」

 

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