魔人さんと無欲少女   作:ほやしろ

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#2-2 無欲少女と魔法のランプ

 名前を呼ばれ、(さき)はびくりと肩を震わせて我に返った。

 

「! あれ、え? 私……って小日向(こひなた)くん⁉︎」

 

 おずおずとひょう太がうなずく。

 咲は慌ててあたりを見回した。知らない天井、ではないが見覚えのない部屋だ。

 というかさっきまで階段を上っていたはずだ。

 

「ここってもしかして、小日向くんの部屋……?」咲は気まずそうに聞く。

 

 ひょう太が再びうなずいたあと、二人は同時に口を開いた。

 

「先輩どうしてオレの部屋に……」

「私どうしてここにいるのか……」

 

 その疑問に答えたのは背後にいた何者かの声だった。

 

「ここに連れて来たのは私です。階段の踊り場で気を失っていたので」

「‼︎」

 

 聞き覚えのある低く端正な男性の声。

 咲は記憶を辿りながらゆっくりと振り返った。

 

「あ……っ」

 

 思い出した。この人は階段で女の子とランプを受け止めたあと、突然現れた男性だ。

 和洋室の質素な部屋にそぐわない、ややカジュアルな燕尾服。しなやかに背筋を伸ばし、革靴のまま堂々と正座している。

 

 オールバックの髪型に生えた触覚のようなもの、長く尖った両耳を飾る黒と金の角ばったピアス、赤々と鈍く光る瞳。

 改めて見ても人間からはほど遠い特徴しかない見た目。咲は無意識に身構えた。

 

 ふと自身の両手にはランプがしっかりと握られたままだったことに気付く。

 それならあの女の子はどこへ行ったのだろうと考えていると、いつの間にか膝元にちょこんと座っていた。

 どこか不安気な顔をしているようにも見えるが、咲はひとまずほっとした。

 

 側には女の子が持っていたであろうお菓子や、自分の買い物袋が置かれている。

 つまりこの男性が全て運んで来てくれたのだ。

 

 咲は徐々に男性への警戒をゆるめていく。

 あの時は見た目や声音などの雰囲気に恐怖してしまったが、きっと悪い人ではないはず。

 そもそも見た目で判断するのも失礼な話だ。

 

 一呼吸置いてから、咲は男性に向かって深々と頭を下げた。

 

「助けていただいてありがとうございました……それで、あなたは——?」

「魔人です。あなたが抱えているそのランプの」

「…………へっ?」

 

 魔人? ランプの? どういうこと……?

 恐怖こそしなかったものの、現実とあまりにかけ離れた言葉に、咲は情けない声を出してしまった。

 追い討ちをかけるように"魔人"と名乗る男性は続ける。

 

「どういう経緯か分かりませんが——あなたがランプのフタを開けたということで間違いないですね?」

「フタ、ですか……?」

 

 彼の言葉の意味を理解しようと咲は頭をひねった。

 直後、考える隙を与えないかのように女の子に膝を揺すられる。

 

「あたしのせいにされるんで早く認めてください」

「み、認める? 何を……?」

 

 子どもらしからぬ発言に、咲は訳が分からずますます混乱してしまった。

 

「今後に関わるのではっきりさせたいのですが」「違いますよね? あたしじゃないっすよね?」「???」

 

 

 咲は魔人とメムメムの質問責めに合いおろおろしていた。普段学校などで挨拶を交わす時の、冷静で落ち着いた雰囲気のある彼女とはまるで別人だ。

 実は大家の上の娘、(あんず)に気のあるひょう太だが、そのギャップについ、「青柳(あおやぎ)先輩、かわいいな……」ともらしてしまった。

 

 しかしあの様子では魔界のことはおろか、魔人やメムメムのことなど何も知らないのは確定である。

 さすがにこのまま放置するわけにもいかない。

 ひょう太は腕を組みどう説明しようか考えながら、3人の仲裁へと入っていった。

 

 

「————というわけなんです」

「……二人は魔界の……そんな世界が……」

 

 ひょう太の説明を一通り受け、咲はメムメムと魔人を横目にそう呟いた。

 咲はこれまで、童話や漫画などのファンタジーな世界とは無縁に生きてきた。

 半信半疑ではあるが、実際二人を目の前にしているのだからやはり信じざるを得ない。

 

 しかしなるほど魔人の風貌が人間離れしているはずだ。

 そしてメムメムも普通の女の子ではなかった。角や羽やしっぽは全て本物で、おゆうぎでもハロウィンのせいでもなかったのだ。

 自分の勘違いに苦笑してから、咲はあっと小さく声を上げた。

 

「そうか……階段を落ちて来たと思ったけど、私の勘違いだったんだね」と言い、咲は続けて「ごめんね」とメムメムに謝った。

 

「本当ですよ。次は気を付けてくださいね」

「お前はなんで偉そうなの?」

 

 メムメムにそうつっこんだあと、ひょう太が咲に尋ねる。

 

「っていうか階段で何があったんですか?」

「それは——」咲は魔人を盗み見た。

 

 彼が怖くて気絶したとは言いづらい。

 咲はそのあたりのことは誤魔化しつつ、先ほど起こった出来事を語った。

 

「お菓子が散乱してその中にランプがあったって……やっぱお前のせいじゃねーか! しかもオレのお菓子また勝手に開けたな!」

「〜〜〜〜っ‼︎」

 

 部屋に響くひょう太の怒鳴り声。メムメムは図星だったのか何も言えず、大粒の涙をその目にためている。

 メムメムが悪魔であることは分かっていても、はたから見るとひょう太にいじめられているように見えてしまう。

 

 かわいそうに思った咲がひょう太をなだめようとすると、しばらく無言だった魔人が空気を割くように言った。

 

「となると——やはり正式なマスターはあなたということになりますね」

 

 魔人は明らかに咲を指していた。

 3人は態度を一変させ同時に「えっ」と驚く。

 

「大方ランプを掴んだ拍子にフタが開いたのでしょう。

 マスターは()()()ランプを持ち出しただけ——ならばそう考えるのが妥当かと」

 

 魔人は含みある言い方をしてから冷ややかにメムメムを一瞥した。心当たりがあったのかメムメムはギクリとし、白々しい愛想笑いを浮かべた。

 

「あっあぁ〜〜っや、やっぱりあたしがフタを開けちゃったような気がしないでもないですねぇ〜〜」

「ついさっきまで必死こいて身の潔白証明してただろ」

「く、くそぅ……短いマスター人生だった……」

「マスター人生って何だよ」

 

 メムメムとひょう太のやり取りを無視し、魔人は粛々とした様子で咲に視線を送る。

 高貴で深みのある紅色の瞳で視点を定められ、咲は身を強張らせた。

 怖いというより凛々しいが勝った顔。

 目を離すことができない。

 

「ゆくりなくも我が魂を呼び起こし者よ……」

 

 言いながら魔人は左手を腹部に当て恭しく頭を下げる。彼の常套句なのだろう、なめらかな声で流れるように言葉を紡いでいく。

 

「魔人の掟にのっとり願いを一つ叶えてしんぜよう——さぁマスター、望みをどうぞ」

 

 メムメムとひょう太がゴクリと唾を飲んでこちらを見ているのが分かる。その場が緊張に包まれ、軽々しいことは言えないような空気をひしひしと感じる。

 

 しかし咲にはどうしても耐えられないことがあった。

 

「あの……そのマスターと呼ぶのをやめてもらえないでしょうか……恥ずかしいので……」

「はあ、では、ミストレス」

「⁉︎」

 

 聞き慣れない上よけいに恥ずかしさの増した呼ばれ方に、咲は動揺を見せた。それを察したのか、魔人は続けてつらつらと単語を挙げる。

 

(あるじ)——お嬢様——主君——マドモアゼル——雑種——」

「ま、待ってください……!」

「なんですか?」

「あの、そういうことではなくて、普通に——」

「普通?」と、魔人は眉をひそめ首をかしげる。

 

 彼がメムメムへ向けていた態度を思い出し、怒られるかもしれないと思った咲はあわてて付け加えた。

 

「な、名前で! 咲で構わないのですが……!」

「!」

 

 刹那、魔人は面食らったかに見えたがすぐに真顔に戻る。

 

「サキ、ですか……承知しました、咲」

 

 名前を呼び捨てるようお願いするのは良くなかったかもしれない。

 けれど元々偶然手にしてしまった権利だ。マスターやミストレスなどと呼ばせる方がおこがましい。

 

 貴族に仕える執事はきっとこういうものだろう、と容易に想像できるほど丁寧な、魔人の立ち居振る舞い。

 そうさせてしまうのも咲には申し訳なく感じていた。

 

 ともかく魔人が受け入れてくれたことに咲は胸を撫で下ろし、笑みを浮かべて「ありがとうございます」とお礼を言った。

 

「…………」

「…………」

「先輩、願いは⁉︎」

 

 

 窓から差し込む日差しは、変わらずぽかぽかと心地良く部屋を照らしている。

 少しの間穏やかな時が流れていたのを、ひょう太がぶった切った。

 

 役目は終えたと言わんばかりの満足気だった咲の顔が、やや困惑し始める。

 ひょう太は呆れ気味に続けた。

 

「……まさか今のが願いとか言いませんよね?」

「だ、ダメかな?」

「いやダメっていうか……願いに入るんですかこれ?」

 

 同意を求めひょう太がたずねると、魔人も首を横に振り、

「魔力を伴わないので望みを果たしたとは言えないですね……」と、毒気を抜かれたような顔で答えた。

 

 それを聞いた咲は心底ショックを受けたようだった。

「そんな……どうしよう……」と、真剣な顔で青ざめている。

 

 そこまで⁉︎ と出かかったつっこみを抑え、ひょう太はなんの気なしに提案した。

 

「普通にお金にすれば良いんじゃないすか?」

「お金……未成年がいきなり大金を手にしたら怪しまれるよね、部屋に置くわけにもいかないし。

 逆に働けば手に入るぐらいのお金なら、お願いする必要もないかなあ」

「……じゃあ、なんか欲しいものはないんですか?」

「欲しいもの……あ、お米と醤油は重いから、今日は買うのやめておいたんだった」

 

 名案を思い付いたという顔で、咲はさっそく魔人に願おうとしている。

 貴重な願いをおつかい感覚で叶えようとする先輩を、ひょう太は敬語も忘れて引き止めた。

 

「そういう日用品じゃなくて! もっと大きな……たとえば家とか」

「そもそも土地なんて持ってないし、勝手に家を建てたら違法だよね?

 もし建てられたとしても税金は払えないだろうし、やっぱり無理だろうなあ」

「それなら………れ、恋愛……好きな人とかは……」

 

 ひょう太が半分照れながら聞くも、咲は表情を変えないまま、

「好きな人はいないし……魔力? で人の心を変えるのって整合性がなくなって後々面倒なことになりそう……。

 これってどの願いにも言えそうなことだけど」と、生真面目に答えた。

 

 現実的な咲にことごとく自分の意見を否定され、ひょう太は「た、たしかに……」とそれ以上何も言えなくなってしまった。

 

 

 そんなひょう太と咲のやり取りを、魔人は物珍しげにながめていた。

 冒頭で出会うなり気絶し、マスターと呼ぶのをやめるよう願った咲を、初めは臆病で能天気な娘ぐらいにしか見ていなかった。

 しかし思慮深く堅実に生きてきたような受け答えに、魔人はその考えを改めていた。

 

 人間界は魔界に比べ社会的な制約が多い。

 だが、過去魔人を召喚した人間たちは、そんなことなどお構いなしに欲望を醜く吐き散らしていった。

 

 魔人には"願いを叶えた少し先の未来"を示唆することもできたが、どの主人も——人間も悪魔もおしなべて——目先の欲に飛び付くばかりで、助言を聞き入れる余裕など持ち合わせちゃいない。

 むろん、願いを叶えたあと実際に主人たちがどうなろうが彼のあずかり知ることではないが。

 

 彼から見れば人間だろうが悪魔だろうが皆ひとしく強欲であり、それを黙って叶えるしかできない自身もまた、欲にまみれた存在であると甘受(かんじゅ)していた。

 新しく主人となったこの人間の娘は今までにないパターンのようだが——

 

「あの、魔人さん……?」

 

 考えに(ふけ)っていた魔人に、咲がそっと話しかけた。

 魔人がなんでしょうと返すと、彼女の口から予想外の言葉が飛び出した。

 

「たとえば、願いを叶える権利を放棄したい、という願いはありですか?」

「‼︎」

 

 ランプを手に入れるには対価がいる。

 魔界でいえば魔石、人間界でいうなら(かね)

 シンプルではあるが大抵の者にはまずそろえることが不可能な膨大な量を要求される。

 ゆえにランプは魔界でも別格とされる貴重な道具なのだ。

 

 それをただ同然で手にしておいて、権利を放棄したいと、たしかに咲は言った。

 これまでにないパターンだ。魔人は驚きで言葉を失った。

 側で聞いていたひょう太も目を丸くしている。

 

「前例がないので……何とも……」

 

 言葉に詰まりながら言った魔人に、咲も驚いたようだった。

 目をそらし考える素振りを見せたあと、

「……もしかして、今すぐに決める必要はないんですか?」と、胸のつかえが下りたようにたずねた。

 

 どうやら本気でそうするつもりは無かったらしい。

 何のことはない。あくまで例えばの話だ。

「それは問題ありません」と返したあと、魔人はすでに落ち着き払った様子で言葉を続ける。

 

「ただ、決めあぐねて発狂したり老衰で死んだマスターもおりましたので——、あまりに先延ばしするのはおススメしませんね」

「‼︎」

 

 淡々と説明する魔人に対し、咲とひょう太はわずかに肩を震わせた。

 冷静さを取り戻し納得した咲が、ふたたび魔人に質問した。

 

「ちなみに……願いを保留している間、私はマスターではないですよね?」

「と言いますと」

 

 一体今度は何を言い出すのか。

 咲の言葉の真意を汲み取れず、魔人は短く返してその先を促す。

 

「その間は、メムメムちゃんがマスターということになりますよね?」

「エッ?」呼ばれたメムメムはガバッと起き上がる。

 

 自分がマスターでなくなったと判明してから、メムメムは自ら蚊帳の外に行き、使い魔と一緒になってふて寝を決め込んでいた。

 しかし咲の言葉で即座に顔がほころび、メムメムは期待の眼差しで魔人を見つめた。

 

 メムメムと再会した際、魔人は自らの意思で彼女をマスターと呼んだ。そのため始めからメムメムがマスターでなくなったわけではなかった。

 とはいえ実質的には咲が本来のマスターにあたる。それは咲本人も分かっているはずだ。

 にもかかわらず、どういうつもりなのか、彼女はあえて二番手に収まろうとしている。

 

 どちらにせよマスターが二人に増えた事実は変わらない。どちらが上か下かなど、彼にとっては軽微で瑣末(さまつ)なことである。

 魔人は目をつむり、いかにも考慮したという表情で、

「まあ……そうですね」と肯定した。

 

 その言葉を聞いたとたん、メムメムは上機嫌になり、ひょう太の部屋の中をぐるぐると飛び回った。

 

「おまえは意外にいい人間ですね! これあげます」

「物理的にも上から目線だな! っていうかそれオレのお菓子だから!」

「ふふ、良かったねメムメムちゃん」

 

 咲は口に手を当て、メムメムとひょう太のかけ合いにくすくすと笑っている。

 魔人はハッとした。

 

「もしや始めからこのつもりで……?」

 

 メムメムから見えないようにして、咲は魔人に向かって嫣然(えんぜん)と微笑んだ。

 

「まさか、マスターの権利を前マスターに戻すためだけに、嘘とはいえ願いの放棄をするとは……」

「……嘘のつもりはないし、できるならその願いを叶えて欲しいです」

「!」

 

 苦笑ながら咲の声音は真剣そのものだった。

 例え話ではなかったのだ。

 魔人はふむ、と今度はちゃんと考慮してから答えた。

 

「それは結局何も叶えないのと同義です——主人の願いを叶えるのが私の仕事である以上、私も放棄はできかねます」

 

 なにしろ前例がない。

 そう答える以外の解を魔人はもっていなかった。

 

 咲は至極残念そうな顔で、

「……そう、ですよね。困らせてごめんなさい」と伏し目がちに言った。

 睫毛の奥に隠れた瞳が憂いにあふれている。

 願いを叶えるという、たったそれだけのことのはずだが、強い拒絶のようなものを感じとれた。

 

 魔人が瞬きをした内に、咲は取り繕うように、硬かった表情をパッとゆるめていた。

 

「願いについて、ちゃんと考えてみます。もう少しだけ、待っていてもらえますか?」

「承りました」

 

 その返事に咲はいくらか安心したようだった。微笑を浮かべ、丁寧にお礼をいう。

 それから間もなくして咲は全員に挨拶を告げると、しずしずとひょう太の部屋から出て行った。

 

 かたくなに願いを叶えようとしない無欲な少女に、魔人は不思議と興味を抱いたのだった。

 

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