魔人さんと無欲少女   作:ほやしろ

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#5-1 無欲少女とお買い物

「地味に(いて)ぇな……」

 

 ひょう太は小さくつぶやきながら二の腕をさすった。

 その日は休日で、いつもなら彼は魔人と買い出しに行くころなのだが、できなかった。側にいる魔人も心なしか動くのを控えているようだった。それもこれも昨日の件のせいである。

 なんとなく宿題に取り掛かってはみたものの、身体の節々の痛みでひょう太は集中できずにいた。

 

 いっそ寝てしまおうかと考えていたところに、ぎこちないノックが部屋のドアから聞こえた。返事をしたが応答はない。重い身体を引きずりドアを開けると、(さき)が何かを後ろ手に持ち、気恥ずかしそうに立っていた。

 

青柳(あおやぎ)せんぱい! どうしたんすか?」

「……小日向(こひなた)くんこそ、どうしたの? 身体が傷だらけなような……」

「これは——」

 

 ひょう太は話そうか一瞬迷った。だが咲は魔界のことを知っているし問題ないはずだ。と、自分が傷だらけの理由を語った。

 ひょう太と魔人は昨日、メムメムに強制的に魔界に連れて行かれ、極厳修行場という、メムメムの上司が罰として彼女に与えた試練に無理やり付き合わされたのだ。

 大変な目にあったと話す内、咲の顔はみるみる青ざめていった。

 

「……それは、とても大変だったね……」

「ハイ。マジで大変でした。それで先輩の用って……?」

「それなんだけど……昨日は魔人さんも一緒だったんだよね? 疲れてるだろうし、やっぱり大丈夫——」

「私なら何の問題もありませんが」

「!」

 

 魔人はそれまで静かに横たわっていたが、咲が彼の名を出した瞬間、ひょう太の後ろから顔を出した。目が合うと咲ははにかんで会釈(えしゃく)した。

 

「何かご用でしょうか?」

「あの、お願いがあって……」

「! なんなりと」

 

 成り行きで咲と食事してからいく日か経っている。そろそろまた咲の部屋へ訪れようとしていた魔人は、その手間が省けたと"願い"を促した。咲は隠していた一枚の紙を見せながら言った。

 

「これなんだけど——」

「……?」

 

 魔人には謎の文字列にしか見えず、首をかしげていると、ひょう太があっと声を上げた。

 

「それ、近くのでかいスーパーでやってる冬の特売イベントすよね?」

「うん。これから行こうと思ってて。買いたいものが結構あるから、魔人さんがもし大丈夫なら、手伝ってもらえたらと思ったんだけど……」

「それはもちろん構いませんが……」

 

 まさかそれだけなのか? 魔人は言葉にはしなかったが少々拍子抜けしていた。その表情から、咲は何かしら察したようだった。

 

「……もしかして、これも願いにはならない?」

「もし相当するなら私は小僧の願いを何度も叶えていることになります」

「そっか……いつもは小日向くんとお買い物に行くんだね」

「いつもではありません。宿飯の借りを返しているだけです」

 

 相槌を打ちながら咲は明らかに落胆していた。見せていた紙を丁寧に折りたたみ、その場を去ろうとしていた。願いが叶わないから一人で行くつもりなのだろう。

 魔人は昨日の件で魔力をあらかた消費した。休息が必要なのは彼自身分かっていたが、魔人は無性に彼女を引き止めたくなった。

 

「やっぱり今日は私一人で大丈夫だから、二人ともゆっくり休んでね」

「私も参ります」

「気にしなくていいよ。願いじゃないのに、申し訳ないし」

「以前食事をいただいた礼です。借りは返す主義なので」

 

 

 そうして食い下がった魔人と根負けした咲の二人は、言葉少なに雑談を交えながら、商店街から少し離れた大型スーパーの目の前までやって来た。

 周りの建物に比べて一際大きく目立っている。ひょう太と買い物に行く時はコンビニなどの小さな店に行くことの多い魔人は、しげしげと建物を眺めた。

 

 咲は疲れたひょう太の代わりに買い出しを引き受けていた。スマホのメモと広告用紙を見比べたあと、魔人に向き直った。

 

「それじゃあ魔人さんは、さっき説明した野菜を袋に入れるのをお願いします」

「承りました」

「去年も同じイベントがあったんだけど、私は袋詰めに夢中になっちゃって……」

 

 咲はそう言って項垂れたが、すぐに顔を上げ、両手でグッとこぶしを作ってみせた。

 

「でも、今年は魔人さんが一緒だし、効率的に回れるはず……!」咲はどこか気合いが入っているようだった。

「毎年この日は——戦場になるから」

「⁉︎」

 

 魔人は耳を疑ったが、咲の表情は真剣で、瞳には熱が宿っている。さながら大型魔獣を討伐に行く悪魔の兵士である。

 戦場というのは当然咲の例えなのだが、魔人には途端に大型スーパーが異質なオーラを放っているように見えた。そんな彼の心情を知らず、咲は両手を下げ落ち着いた表情を見せた。

 

「といってもイベントは朝から始まってるし、今は少し落ち着いてるだろうから、ゆっくりで大丈夫なんだけどね」

 

 そう言っておだやかな笑みを見せたが、心なしか期待のこもった眼差しを感じる。魔人は首を縦に振る訳にはいかなかった。

 

「いえ——引き受けたからには死力を尽くしましょう」

「尽くさなくていいよ!」

 

 慌てた咲は早速スーパーへ入ろうと促した。

 屋内へ足を踏み入れた瞬間、咲は目の色を変えた。その理由は魔人にも分かった。中は熱気を帯びており、ところどころ人間がかたまっている。我先に進もうとひしめき合い、落ち着くどころではなかったからだ。

 

「くじ引き、去年はなかった……チラシにもないし……だから人が多いんだ……」咲は小難しい顔で顎に手を当てた。

「魔人さん、野菜、二袋分詰めてもらってもいい?」

「承知しました」

「場所は左のすぐそばにあるよ。私は何か所かまわるから、あそこにあるレジで待ち合わせで良いかな」

 

 魔人は黙ってうなずいた。咲はよろしくお願いしますと頭を下げると、買い物かごをさっと手に取り、くるりと背中を向けた。

 

「咲、ご武運を」

 

 その背に向けて魔人が声をかけると、咲は振り返り照れ笑いを浮かべた。返事する代わりにうなずき、迷わず歩みを進めて行った。

 咲を見送ったあと、魔人は左に目をやった。人間が特に群がっているところがある。咲に指定された場所で間違いないだろう。

 

「しかしうるさいな……」

 

 耳を塞ぎたくなるようなざわめきだ。魔人は眉をひそめた。だが死力を尽くすと答えた手前、彼の矜恃(きょうじ)が許さない。事実魔力は尽きかけている。とはいえ本当に朽ち果てるのはごめんだった。

 

 魔人は右の白い手袋をおもむろに外した。ズズズ……と地響きのような音を立て、右手があらわになる。陶器のような白く冷たい肌、ではなく、鱗や鎧を彷彿とさせる頑丈でかたい皮膚におおわれた、鋭い爪の生えた黒い手だった。

 

 異形の右手を掲げたまま、魔人はつかつかと野菜コーナーに歩み寄った。まわりにいた人々は魔人を目にした途端ギョッとして、一人また一人と退いていく。道は海を割ったようにひらけていった。

 

「さて——さっさと済ませるか」

 

 魔人は右手をギラリと振りかざし、目にもとまらぬ速さで野菜を詰め始めた。そのインクレディブルな手さばきはのちに伝説となった。

 

 

 

 その日、メイドのプルはいつも以上に張り切っていた。

 クリスマス前の商戦として毎年このスーパーで開催される特売イベント。今年は突発的に千円ごとに一回引けるくじ引きが追加されたこともあり、彼女が狙って午後に足を運んでも、人の波は収まっていなかった。

 

 しかしプルはさほど気にする様子もなく、人だかりの中へとずんずん進んでいく。大柄で高身長な彼女にとって、多少人波が増えたところでどうということはない。人々を見降ろしながら、彼女は狙いである冬の旬の野菜たちを次々とかごの中へ入れていった。

 

 そんな中、プルは一人の少女に目を留めた。少女は周囲と同じような背丈でやや華奢な体つきながら、混雑した客の間を器用に縫って歩いていた。計算したような無駄のない動きに、プルは興味を持った。少女のかごの中をちらとのぞくと、長ネギ白菜大根ゴボウ——プルと同じく旬の物を狙っているようだった。

 

 とすると次は里芋舞茸あたりだろうかと、プルは少女の動きを見守った。予想通り少女は遠巻きにそれらのコーナーを眺めていたが、かすかに首を振ったかと思うと、売り場から遠ざかろうとしていた。

 列はできているが少し待てば買えるはずだ。プルは思わずその少女に声をかけていた。

 

「買われないのですか?」

「! 私、ですか?」

「里芋と舞茸なら、あなたの番まで売り切れにならないと思いますよ」

「時間がかかりそうなので他のところに行こうと思います」

「諦めるのですか?」

「その分他の方が買えますし」

 

 少女は周りの混雑を気にしてか少し早口だった。それではと一礼すると、少女は再び縫うようにして野菜コーナーを抜け出て行った。時間の都合があったのかもしれないが、それでもこの場で他の客に譲るという言葉が出てきたことにプルは驚いていた。

 

 少女が去ったあとプルは列に並んでいた。自分の番となり、プルは思い立って里芋と舞茸を余分に入れた。そして少女を追うようにしてその場を後にした。

 

 

 

 咲は精肉コーナーへ向かっていた。スーパーの入口から一番遠いところにあるからか、人は割合少ない方だった。

 

 歩みを緩めながら、咲はつい先ほど出会った女性のことを思い返していた。白の長いローブをまとい、中からメイド服がのぞいているという、周囲から浮いた格好。物腰は柔らかで、どこかの店員というよりは誰かに仕えているような雰囲気があった。

 

 咲が自然とそう思ったのは魔人の影響が大きかった。もちろん魔人を従者などとは思っていない。咲は心の中で強く思った。

 じゃあ、魔人さんは私の何になるんだろう——?

 ふと立ち止まって咲は考えた。が、適切な言葉が浮かばない。

 

 一旦考えを振り払い、咲は豚肉を手に取った。

 今日の夕飯に旬の野菜をふんだんに使った豚汁を作ろうと考えていたのだ。

 

『里芋と舞茸なら、あなたの番まで売り切れにならないと思いますよ』

 

 先ほどの女性に言われたことをふと思い出し、咲は自分の頬が赤くなるのを感じた。

 学生で自炊の咲には中々手が出ない里芋と舞茸。今日の特売日なら、と考えていたが、他の野菜に比べ人気だったようで遠慮してしまった。きっと食べたいという気持ちが表情に出ていたから女性に話しかけられたのだろう。咲は自分に呆れ笑った。

 

 だが今はどうだろう。売り切れたか、もしくは行列が短くなっている可能性もある。確認するだけなら……。咲は恥ずかしさをこらえ、もう一度野菜コーナーを覗いていこうと歩き出した。

 

 しかし、案の定というか、残念ながら二つともすでに売り切れていた。けれどひょう太に頼まれたものや他の目当ての食材は全てかごにある。それらを買えただけ良かったと、咲は魔人との待ち合わせに指定したレジへ向かおうと振り返った。

 

「あっ」

「先ほどはどうも」

 

 あの白いローブの女性だった。お互い頭を下げたあと、野菜コーナーを横目に女性が言った。

 

「売り切れてしまいましたね」

「そうだろうなとは思っていたんですけど……未練がましいですね」

 

 咲は苦笑いでそういって別れようとした。すると、女性が引き止めるようにかごに手を入れ、二つの袋を差し出した。里芋と舞茸だ。意図が分からず咲は首をかしげた。

 

「実は、間違って余分に入れてしまったようです」

「でも……」

「余りの分ですから遠慮なさらず」

 

 女性はほとんど強引に咲のかごに袋を差し入れた。その押しの強さに咲は困ったように、だが嬉しさから笑みがこぼれた。

 

「……ありがとうございます!」

 

 女性は穏やかに笑みを浮かべ返事の代わりに深くうなずいた。彼女も買い物を終えたとのことで、自己紹介を交えつつ、二人はレジへと向かった。

 

 

 やがて魔人の姿を見つけた咲は、プルに目配せして彼の元へ駆け寄った。

 

「待たせてごめんね魔人さ……⁉︎」

 

 魔人が両手に持った袋を見て、咲は驚きその場に固まってしまった。

 じゃがいもと玉ネギが隙間なくぎちぎちに詰められ、パンパンになった袋の口からは溢れんばかりの人参がこれでもかと刺さっていた。

 

「す、すごいね……!」

 

 咲は袋をまじまじと見つめて言った。その目は興奮で輝いている。あまりに無邪気な様子に、魔人は目を見張ったがとっさに平静を装った。

 

「教えられた通りやっただけです」

「ううんそれ以上だよ! ありがとう!」

 

 咲は興奮したまま顔を上げた。あどけない笑顔をまっすぐに向けられ、魔人はその視線から逃れるように両目を閉じた。

 

「……お役に立てて何よりです」

 

 一方咲に追い付いたプルは、二人のやり取りを見て訝しげにつぶやいた。

 

「あれが彼女の同伴者……?」

 

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