昨日の今日で忘れるわけがない。自身が仕える悪魔狩りの
実は昨日の極限修業場に連れて行かれたのはひょう太と魔人だけではなかった。メムメムとオルルが試練や罠に巻き込まれるあいだ、魔人とプルはそれぞれの主人の知らないところで張り合っていたのだ。
プルが見据えていると、何も知らない
「プルさん、私かごの整理をするのでお先にどうぞ」
「ありがとうございます。ではお言葉に甘えて」
この少女は一体何者なのか。疑問に思ったプルは言葉に淡々としたものを含ませて先を進んだ。魔人がプルを目にして口を開いた。
「! 貴様は……」
「……」
魔人とプルは無言のまま互いに見つめ合っていた。睨み合っていた、の方が正しいかもしれない。不穏な空気を裂くように、咲が間に入った。
「あ、あの! もしかして……お知り合い、なんですか?」
「さあ」二人の声がかぶる。空気がさらに重くなった。
関係は気になるがこれ以上聞いてはいけない。咲は瞬時に悟った。
プルの後ろに少し間をあけて咲は並んだ。順番が巡ってくるまで三人は押し黙っていた。ようやくプルの番になり、咲はひとまずほっとしながら、彼女の会計を眺めていた。
「お客様、すみませんがこちらの牛肉はお一人様一点まででございます」
レジの店員が3パックある牛肉を差して言った。
プルが何か言う前に、咲は何を思ったか、とっさにプルと魔人の腕を取って組んだ。
「私たち、家族です!」
「⁉︎」
両隣の二人に衝撃を受けた顔を向けられるのも構わず、咲は店員に訴えるように続けた。
「一緒にお買い物に来たのですが……お会計は別々にさせてもらえないでしょうか……?」
店員は考える素振りを見せた。どういう家族関係なのだろうという顔だ。不正を働いたことに良心が痛む。内心ドキドキしながら咲は二人と腕を組んだまま、(なるべく)自然な笑顔を店員に向けた。
「……そういうことでしたら、問題ないですよ」
「ありがとうございます……!」
その後の会計はスムーズに進んだ。三人でレジを抜けたところですぐ、魔人が深いため息と共に吐き捨てた。
「咲に感謝するんだな」
いつもの丁寧な口調とは違う魔人に驚きつつ、咲は慌ててプルに頭を下げた。
「いけないこととは分かっていたのですが……さっきのお礼です。ありがとうございました!」
「……お礼を言うのは私の方です。こちらこそありがとうございました」
プルは深々とお辞儀した後、魔人を射抜くように視線を送ったが魔人はしらを切った。
それから三人は突発的に開かれたイベントであるくじ引きの特設会場へと向かった。
中心に置かれたテーブルにはデジタル抽選器のタブレットが設置されている。その後ろのボードには張り紙がしてあった。千円ごとに一回引けるなどのルール説明と、一等から五等までの景品とハズレ賞の用意があるようだった。
「一等は商品券2万円分……!」咲が驚きの声を上げた。
「それが欲しいのですか?」
魔人がたずねると咲はハッとして頬を赤らめた。
「当たったら嬉しいけど、無理だろうなあ……私くじ運はあまりないから」
咲は苦笑をもらした。
もし当選すれば、彼女の残念そうな顔は再び無邪気な笑顔に変わるに違いない。考えるが早いか、魔人は咲に提案した。
「でしたら私におまかせください」
「え?」
「一等が当たるようあの機械を操作します。野菜を詰めるよりカンタンです」
「ダメだよ」咲はぴしゃりと言い放った。
「そんなこと、絶対しないで」
予想外の反応だった。それがまるで重罪かのような言い方だった。理由が分からず、魔人は言葉を詰まらせた。
「あ……っ、ごめんねせっかく提案してくれたのに……でも、そういうのは、やっぱり良くないと思って……」
咲は態度を一変させ申し訳なさそうにした。が、魔人にはその理由も"そういうの"の意味も分からなかった。
「いえ……出しゃばったまねをしてすみません」
「……ううん。列ができてるから行きましょうか」
咲は普段の調子に戻ったようだった。プルにも声をかけたあと、先に列へと進んで行く。
このまま彼女に着いて行くことに魔人はやや気まずさを感じていた。追い討ちをかけるように、プルがぽそりとつぶやいた。
「どういう関係なのか知りませんが彼女のことをあまり理解していないようですね」
「……貴様も知らんだろ」
咲の知らない間に二人はさらに火花を散らしていた。
三人がくじ引きを終えスーパーを出た頃には、空は夕焼けで緋色に染まっていた。
プルは大量の買い物袋と二等である伊賀焼の土鍋を難なく抱え、咲は五等の500円割引券2枚を入れた財布を嬉しそうにカバンに戻した。プルの帰り道も同じ方向だったらしく、咲は二人に気を遣いながら帰路についた。
やがて五木荘の門前まで来ると、咲は歩みをゆるめた。
「プルさん、私たちはここなので……」
「私もです」
「えっ⁉︎」
「正確にはこちらに用があるのですが——」
プルが詳しく説明しようとしたその時。突然何者かの怒号が五木荘の庭に響き渡った。
「下がれっ‼︎」
沈みかけた夕陽を背に、五木荘の屋根から小さな影が飛び降りる。咲はまぶしさに目を細めた。
ふわりと目の前に降り立ったのは、怒号の持ち主には到底見えない、天使のような気高さを感じさせる美少女だった。
膝丈まである白いワンピースに、金色に縁取られたあざやかな赤い上着。その手には少女の頭身を遥かに越えた、十字架のような剣を携えていた。ブロンドの長い三つ編みを凛と揺らし、少女は青く澄んだ瞳で咲を睨みながら続けた。
「貴様初めて見る顔だが……自らの
言うが早いか少女は剣を握る手に力を込め、咲に向かって一直線に突進した。
——私、ここで死ぬんだ。
咲は受け入れたように身体を凍りつかせた。両手から袋が滑り落ちた。
「⁉︎ プ、プル……どうして……‼︎」
少女は途中で踏み止まった。剣の切っ先はまっすぐに咲を捉えていたが、魔人とプルが咲を庇うように立ち塞がっていたのだ。プルの行動に余程ショックを受けたのか、少女は弱々しく声を震わせた。
「落ち着いて下さい、お嬢様——こちらの方は悪の手先ではありませんし、私は誑かされておりません」
「そっそれが本当なら、なんでお前は黙って立ってるの⁉︎」
そう言われて始めて咲は気付いた。たしかに否定する時間はあった。逃げることもできた。咲の身体が小刻みに震え出した。死を受け入れようと覚悟はしたものの、恐怖で立ちすくんだのも事実だった。咲は瞳からはらはらと涙をこぼした。
「……言っても変わらないこともあるから……それで死ぬことになってもいい……私の責任なら、誰も困らない」
咲は絞り出すように声を発した。その姿を背中越しに見た瞬間、魔人が少女の剣先を掴んだ。
「悪魔狩りは人間にも手を出すのか?」
「貴様何を……」
魔人は剣を掴む手に力を込めた。刃に指が食い込み千切れそうになっていたが、それも気にならないほど彼は感情が昂っていた。
「剣をおろせ」
「! それ以上やれば消滅——」
「貴様の耳はザルか? 剣を——おろせ」
「……お嬢様、
「く……ッ」
魔人の威圧的な態度とプルの説得に、少女は渋々剣をなぎ払い、ザンッと地面に振り下ろした。刃が深く土にめり込む。衝撃で亀裂が入り、あたりの草花がきれいに両断されていた。その重みと切れ味の鋭さに咲はゾッとしてすぐさま魔人にかけ寄った。
「魔人さん‼︎」
「ここはキケンです。すぐに避難を」
「手は⁉︎ 大丈夫⁉︎」
咲は魔人が転移の魔術を発動させようとしていた手をそっとつかんだ。その手のひらを見て、小さな悲鳴をあげるように息を呑んだ。
魔人の手は4本の指全てが根元まで裂けていたのだ。白い手袋の布一枚で辛うじて繋がっているだけなのに、指は何の問題もなく動いている。その断面からは血が出ず、ただただ黒い。よく見れば裂けたあたりが煙のように揺らめいていた。
「ど……どうなってるの……?」
咲はその痛々しい手をつかんだまま震え、かすれた声で聞いた。魔人は裂けた部分を隠すように手を下ろした。
「心配は無用です。私は魔力によって具現化されたモノですから、痛みは感じません」
「物じゃないでしょ? 人でしょう?」
「!」
ランプは道具だがその精である魔人は違う。血は通っていないようだしやや冷淡に感じられることもある……が、そういう感情のあることが人である証拠だ。と、咲は考えを巡らせた。
魔人を仰ぎ見ると、何か言いたそうな、それでいて返答に困ったような様子でいた。咲はあっと気付いた。
「人じゃなくて、悪魔……?」
「悪魔とも違いますね。魔人です」
真面目な顔でそう言われたのがなんだかおかしくなり、咲はぎこちなく笑った。
「じゃあ……本当に、大丈夫なんだよね?」
魔人はうなずいた。よかったと胸を撫で下ろし、咲はありがとうございました、と肩をすくめた。
「魔人さんには、助けてもらってばかりですね」
「主人を守るのは当然のことなので」
「……主人……」
その響きがしっくりこず、咲が再び考え始めたところで、プルが咲に呼びかけた。その後ろで少女が顔をのぞかせている。魔人がさっと間に入った。二人を牽制するように目の前に出された右手。咲はその手袋を盗み見た。指の根元は揺らめいたままで、その先から泡のような何かが漏れ出ては消えていく。
痛みはないと魔人は言った。だから安心しきっていた。
もし嘘だったら——?
咲の心に不安がよぎる。どちらにしろ良い状態でないのは明らかだった。
これ以上迷惑はかけられないと、咲は小声で言った。
「魔人さん。私なら、大丈夫です」
「しかし——」
「でも、右手……このままじゃ良くないでしょう……?」
「…………」
魔人は分かってくれたのかゆっくりと手を下ろした。
咲が二人の目の前に歩み寄ると、プルが深々と頭を下げた。
「お嬢様の非礼をお詫びします。なにより危険な目に合わせてしまったこと、大変申し訳ありませんでした」
「いいえ! プルさんのおかげで何ともありませんでした」
咲は安心させようと大きく首をふったあと、プルの後ろに気まずそうに隠れる少女を見やった。令嬢らしく、今は表情こそいたいけで可憐だが、背中に負った大きな剣が勇ましい。咲は緊張しながらも少女に向かって微笑みかけた。
「な、なっ何よ! お前がいけないんだからね! あの下僕と一緒にいるのにプルとも仲良くしてるから……!」
少女はプルにしがみつき喚いた。
思えば少女はさっきも魔人を下僕だと口にしていた。三人は顔見知りで(なぜか)敵対している。二人がどういう立場なのかはともかく、誤解を解く方が先決だと咲は思った。
「勘違いさせてごめんね。プルさんとは今日知り合ったばかりで、魔人さんは私の下僕じゃないよ」
「下僕じゃなかったら何だ!」
「大事な友達だよ。あなたがプルさんを大事に想うのと一緒で」
「!」
少女はプルと咲を交互に見比べた。プルが同意するようにうなずく。少女は苦々しい顔で数秒考えたかと思うと、フンと鼻を鳴らしながら片手を差し出した。
「オルル・ルーヴィンスだ! 非礼をわ、詫び……わるかったな!」
「私は
咲はにこりと握手を交わした。オルルの白く小さな手は、やはりというべきか見た目に反して力強かった。
「自らの無礼を認め謝罪まで……ご立派です、お嬢様」
「当たり前でしょこのくらい!」
咲はプルとオルルのやり取りを微笑ましく見つめた。夕陽はアパートに隠れてあたりが暗くなり始めている。咲はそうだ、と両手を合わせた。
「そろそろ夕食の時間ですね。良かったら一緒にどうですか? 材料もたくさんあるし……鍋もありますし」
そう言って咲はプルに目配せした。意図を汲んでくれたらしく、プルもにこりとうなずいた。
手放していた荷物を取りに戻ろうと咲が振り返ると、魔人が難しい顔をしていた。やはり傷が痛むのだろうか。
咲が不安そうに声をかけようとすると、魔人はぽつりと
「……トモダチ、ですか」とつぶやいた。
「咲は私を友達だと思っているのですか」
「! 友達だなんておこがましいよね、ごめんなさい……でも主人とかマスターは、やっぱり私には身に余るというか……」
何より魔人を下僕だと思われるのを避けたくて咲はオルルに友達だと言った。魔人には不快だったかもしれない。
だが彼はそこには触れなかった。
「……友達とは具体的にどういう間柄を指すのですか?」
「えっ⁉︎ 親しい間柄、かな?」
「親しい間柄……」
「ええと、対等な関係で——」
あらためて聞かれると"友達"さえうまく言葉にしづらい。咲はもっとわかりやすい言い方はないかとスマホで調べ始めた。
互いに心を許し合う。一緒に過ごすと楽しく、安心する。
——もしかして、ちょっと違う……?
咲が疑問に感じていると、魔人もまた同じことを小さく口にした。
「いや……アレは、違うな……」
「"アレ"? あ……っ!」
魔人が何を指していたのか気付いた咲は、自分のした大胆な行動に赤面し魔人に弁解する羽目になった。
『私たち、家族です!』