二学期の終業式も間近に迫ったある日の放課後。
一階は洋菓子の販売のみだが、二階はフロアの半分がイーティングスペースになっている。ちなみにもう半分は倉庫だがここ最近は従業員の衣装部屋と化している。
今はちょうど誰もおらず貸切状態な中、二人は外の景色を眺められるカウンター席に座った。
下で購入した紅茶を口にしながら、咲は商店街を見下ろした。
空は暮れかかって暗いのに対しきらびやかな街中。ほとんどの店先が電飾に彩られ人通りも多い。聖なる夜が近いせいもあって楽しげな表情がうかがえた。
「それで、どうしたの?」
店長が特別に出してくれた限定のシュトーレンに夢中になっている美由に、咲は話しかけた。小動物のように頬張っていた美由はごくんと焼き菓子を飲み込んだあと、慌てて片手を突き出した。
「待って! その前に確認させて! 今年のクリスマスの予定は?」
「バイトだけど?」
咲は即答した。美由は目をぱちくりさせうーんと腕を組み考え込んだ。
「でもアレは絶対咲だった……」
「美由、何の話?」
「先週の日曜日何してたの?」
「日曜は買い物ぐらいかな」
「誰と?」
尋問のように美由がたずねる。核心をついた質問! とでも思っていそうな顔だった。
先週の日曜といえば、咲が魔人に買い物に付き合ってもらい、プルやオルルと知り合った日だ。美由も近くに住んでいるのだから見られていてもおかしくない。だが詳しく説明するには色々とややこしい。
一瞬身が固まったが、咲は動じない風にカップをソーサーにゆっくりのせた。
「友達だよ」
「ふーん。咲にいつの間に買い物が一緒にできるくらい仲良しな大人なイケメンのオトモダチがいたなんて美由おどろきだよー」
棒読みでわざとらしい言い方をした美由を咲は軽くにらみつけた。
「美由……」
「だって! 私、咲見つけた時声かけようと思ったけどそんなことできる雰囲気じゃなかったもん!」
「どういう意味?」
「アレは完全にデートだった!」
「デ……っ!」
咲は復唱できず頬を少し赤らめた。美由はやっぱりと言いたげに意地悪く笑っている。けれどここで慌てて否定してしまっては逆に肯定を意味してしまう。
咲は自分のシュトーレンにフォークを入れた。洋酒に染みたドライフルーツとナッツの生地がとてもやわらかい。崩れそうになるのをまとめながら、咲はおだやかに話し出した。もちろんその友達が魔界の住人であることは伏せて。
「……同じアパートに住む社会人の人?」
「そう。先月知り合ってね。先週はスーパーのセールで買いたいものがたくさんあって、手伝ってもらってたの」
魔人を人間らしく設定するとそんな感じだろう。というかそれ以外に上手い言い方も思いつかない。咲は心の中で美由と魔人に謝りつつ返した。
「へ〜。じゃ、やっぱあの燕尾服ってコスかあ」
「……コス?」
「最初はセバス様かファフ君かと思ったけど髪型はバイツァ・ダストぽいようで違うし……自キャラかな?」
「???」
美由の口から出てくる単語や固有名詞が一つも分からず咲は首をかしげた。
「あっごめん。咲には分からなかったね」
「気にしないで」
そう返しつつも咲は疑問符を頭上に浮かべたままカップを傾けた。が、次の美由の言葉に紅茶を吹き出しそうになってしまった。
「分かりやすく言うと、魔界から来た悪魔の執事のコスプレしてるって感じ?」
「‼︎ そっそうかな……?」
「ってかそういう執事喫茶ありそう!」
「し、執事喫茶……?」
それこそ核心をついた発言だが美由本人は気付いておらず、目をキラキラと輝かせている。執事喫茶に夢をはせているようだった。
咲が内心ドキドキしながらシュトーレンを食べ進めていると、美由が現実へと帰って来た。
「そーいえばその人とは買い物だけ?」
「ううん。部屋で一緒にごはん食べたこともあるよ」
「⁉︎」
美由は口をあんぐりと開けたままフォークに刺していたかけらをボロボロと皿にこぼした。咲は紙ナプキンを渡したが、美由は半分ぽかんとしたような表情で受け取った。
「部屋でごはんって、え? 二人っきりで?」
「そうだけど……?」
「だ、大丈夫だったの⁉︎」
「大丈夫って、何が……?」
「いやあの、貞そ……ゲフううんなんでもない」
美由はあわてて首を振り紙ナプキンで口をぬぐったあと、急に真面目な顔で言った。
「その人紳士じゃん」
「正にね。だってあのあと——」と、咲は先週の日曜日のことを話し出した。
咲がプルたちと夕食を共にしようと提案したあと。最終的には五木家やひょう太たちも巻き込んで大所帯での鍋パーティーが開催された。
そのあいだ、咲は準備や後片付けに回っていたが、それ以上に魔人が細かい気配りに長けており、積極的にフォローしてもらっていたのだ。
「紳士っていうかスパダリ……!」
「え?」
「ううんなんでもない。でもその人ちょっとかわいそうだね咲って鈍感だから」
「私が、鈍感?」
「ううんなんでもない」
「美由そればっかり」
美由はへらっと笑いごめんごめん、と両手を合わせた。
「咲は高校生よりそういう大人な人が似合ってるって思っただけ」
「似合ってるって……」
咲は思わず魔人とそういう関係にあることを想像しそうになってしまった。が、すぐに振り払って全否定した。
「ないない! その人はそういうのじゃないから……!」
「ふーん?」
美由は納得のいってなさそうな表情だった。いっそ全て説明してしまった方が楽かもしれない。だが魔界だの悪魔だの現実離れした出来事を大っぴらに話して友人まで巻き込む訳にはいかない。
そう考えた咲としては、上手く補足を入れたつもりだった。
「その人今色々理由があるみたいで、同じアパートに住んでる一年生の
「いるって……一緒に住んでるってこと?」
「そんな感じかな? だから恋愛とかしてる場合じゃないというか……美由?」
美由はなぜだか雷に打たれたような顔をしていた。
咲には黙っているが彼女はいわゆる腐女子であり、咲の言葉によってそういう妄想をしてしまっていた。
「何その設定もう約束されてるじゃんオチが」
「美由?」
妄想の止められなくなった美由は興奮を抑えるように両手で顔を覆い、肩で息をしながら話し出した。
「……ごめん咲……私、咲を応援できないかも……」
「応援って何の?」
「このままだと咲はかませ犬だから……本当にごめん……」
「かませ犬⁉︎ さっきから何の話……?」
美由は具体的なことは何一つ言わずまだ興奮したまま。当然咲には何の話だかさっぱり分からない。彼女が落ち着くまで、咲は外のイルミネーションを眺めたりケーキを食べたりして待つしかなかった。
「ふう……ありがとう咲、身を引いてくれて……」
「う、うん……?」
「だから咲はイブも当日もバイト入れたんだね」
美由が妙に慈愛に満ちたような瞳で見てきたが、理解もままならないので、咲はとりあえず美由に合わせるようにうなずいておいた。
「それじゃ、クリスマスが終わったら咲を慰める会開くからね!」
「あ、ありがとう……?」
ケーキ屋を出て帰り際、美由にそう言われた。あまり長話をしたつもりはなかったが、空はもう陽が落ちイルミネーションに隠れて月がほんのりと輝いている。
咲は手を振りながら、一体自分は何を慰められるのだろうかとぼんやり思いつつ、魔人に関しては一応説明できたのだし大丈夫だろうとも考えていた。
咲が五木荘の自室に帰りしばらくすると、押入れからノックがあった。一見奇妙に思える状況だが咲は別段驚くこともなく、にこやかにそちらに向かって声をかけた。
「魔人さん? どうぞ」
「失礼いたします」
ふすまが静かに開いた。バスケットを抱え正座していた魔人が、ふわりと床に降り立った。押し入れからという点をのぞけば、さながらルームサービスとしてやってきたスタッフだった。
「家主からクッキーをいただきましたが、咲もいかがですか?」
「わあ、美味しそうだね。紅茶の用意してくるよ」
「私が淹れますので座っていてください」
「いつもありがとう。じゃあ、お願いするね」
魔人は承りましたとうなずいてキッチンへ向かうと、手慣れた様子でポットやカップを取り出して行った。咲は魔人から受け取ったバスケットをテーブルに置き、彼の分のクッションを向かいに用意した。
ここ最近、大家は魔人を通して菓子や惣菜をお裾分けしてくれるようになった。魔人は今も庭掃除などを頻繁に手伝っているらしく、もう立派なアパートの副管理人的存在である。格好が格好なのでどちらかというとホテリエだが。
ともかくそういう理由で魔人が頻繁に咲の部屋を訪れるようになったため、初めはノックがあるたび肩をびくつかせていた咲も、今では大分慣れ魔人を迎えられるようになっていた。
やがて魔人はティーセットをテーブルまで運んで来ると、先ほどと同様慣れた手つきでカップに紅茶を注いでいく。燕尾服に白い手袋を身に付けた魔人の優雅な所作は、やはり何度見ても執事のようだ。アパートの一室で魔人の姿は浮くはずだがそれも気にならないほど咲は見とれ、思わず口にしていた。
「魔人さんは絵になるね」
「そうですか」
魔人はカップに目を注いだまま淡々と答えた。褒め言葉のつもりだったがあまり嬉しくなかったかもしれない。というか言われ慣れているのかもしれない。と、咲は余計に恥ずかしくなった。
「熱いのでお気をつけて」
「う、うん。ありがとう」
魔人は咲の目の前に紅茶の入った白いカップとミルクピッチャーを音もなく置いた。カップから湯気と共にほのかに甘い香りが漂う。中の紅茶は深い赤褐色で底が見えないほどに濃い。咲はミルクピッチャーを手にした。冷たすぎず人肌程度に温めてある。至れり尽くせりで申し訳なく思いながらも、咲はミルクをカップに注ぎ入れた。
「おいしい……!」
紅茶を一口飲んで咲が言った。強いコクにまろやかな渋み。バイト先で飲んできた紅茶とはまた違った優しい味だった。
魔人は黙ってうなずき咲がバスケットから取り分けたクッキーの皿を差し出した。
「クッキーに合うと家主から聞きましたので」
「たしかに合いそうだね」
咲はさっそくクッキーを一つ手に取り口にした。たっぷりと生地に練り込まれたバターの風味がミルクの
しばらく魔人と二人お茶の時間を過ごすあいだ、咲はカフェで交わした美由との会話を思い返していた。
美由が急に顔を真っ赤にしたのは、魔人がひょう太と一緒に住んでいると伝えてからだった。よくよく考えてみれば訳ありな社会人が部屋主である高校生と同居しているという設定は無理があったかもしれない。しかし二人共男性なのだから何の問題もないはずだ。
咲はあっと口に手を当てた。いや違う。二人共男性であることが問題なのだ。美由が"咲を応援できない"とか"かませ犬"だとか言ったことも、つまりはそういうことなのだと咲は片手で顔を覆った。
すぐに訂正しなければと咲は思ったものの、魔人とひょう太が部屋でどう過ごしているか分からないし実際には二人だけでなくメムメムもいる。それにひょう太は客観的に見ても分かりやすいぐらい、大家の娘である杏に好意を持っているはずだ。
——じゃあ魔人さんは……?
咲は彼を盗み見たつもりだったが、視線がばっちりと合ってしまった。
「先ほどから落ち着かないようですがどうしました?」
「ええと……その、ですね……」
咲は口ごもった。美由のようには話を聞き出せそうにない。咲は言葉を慎重に選びながら口を開いた。
「魔人さんは……誰かに好意を持ったりするのかなって、ちょっと気になって」
「好意、つまり色恋ということですか」
咲がうなずくと魔人は途端に顔をしかめ、
「願いとして叶えたことは何度もありますが、私自身は——」と言葉を探しているようだった。
「無理に答えなくていいよ! ごめんなさい、失礼な質問だったね」
「いえ。否定する気はありませんが……そもそも私に好意を持つ物好きがいるとは思えませんね」
おそらく誰から見ても(美由もイケメンだと言っていたし)
「……私もそうかもしれない」
咲は苦笑してどこか不思議そうな顔をしている魔人に続けて言った。
「魔人さんとは意味合いが違うかもしれないけれど」
「どれだけ求愛されてもですか?」
「えっ?」
見知ったような魔人の発言にどきりとして咲は聞き返した。
「おや違いましたか。小僧伝いに聞いたことなのでお気になさらず」
「そう言われると余計に気になるのだけど……。小日向くん、何て言ってたの……?」
「簡潔に言うと"引く手あまたで恋人には困ったことがない"と」
「なっ……」
咲が高校に入学してからだった。制服に合うよう身だしなみに気を遣ったせいなのか、人生で初めて告白された。その後も何度か呼び出しを受けたことはあるが、咲はそのどれにも首を縦に振らなかった。
——でも引く手あまたというわけじゃないし誰かと付き合ったこともないのに!
咲は肩をすくめ気を紛らわすようにカップを手にした。
「大分誤解されている気がする……」
「まあ、栓無き噂です。現に咲は"好きな人はいない"と言っていましたしね」
「うん……魔人さんに聞いておいてなんだけど、私は自分が誰かに好意を持つのを想像できなくて、余計にそう思うのかも……」
咲はミルクティーを飲み干したあとカップを見つめた。空っぽで混じり気のない白。心の奥底でそうありたいと、咲は漠然と願っていた。欲の無い、何色にもなれる可能性がありながら何にも染まらない存在に。
恋愛は特に欲に染まりやすいと咲は考えている。想像できないのではなく、したくなかった。
「なるほど」と、魔人が顎に手を当てながら言った。
「全てに恵まれ現状に満足しているとあり得るんでしょうね」
「……今は、そうだね」
咲は大きくうなずいた。五木荘に入居してから咲の周りの環境はガラリと変わった。恵まれているのはたしかだ。
「となると。願いを叶えるつもりは当分ないというわけですか」
「うっ……そうなっちゃうねごめんなさい……」
「どのみち今はランプに戻れないので構いません」
魔人は気にしていない風に真顔で首を振ったが、咲は気まずい思いを抱いた。本当に魔人が構わないと思っているなら、数日置きに部屋に訪れなどしないはずだ。ランプが壊れた経緯や魔人の現状を咲はその時に知った。そこにいつまでも甘えるのは良くないがと考えつつ、咲は話をそらした。
「魔人さんこそ恵まれているよね。何でもできるし、その、容姿だって——」
「……それは咲が物好きという話ですか?」
「? ち、違うよあくまで一般論で……!」
「そうですか」
あわてて咲は否定した。魔人も特に深く追求しないまま、ポットを手にし
それが後々肯定に変わるフラグになろうとは、この時の二人は思いもしなかった。