本編の続き?先送りで
日本は時間に正確だ。電車はおよそ分刻みで定刻に到着するし、レースも定刻通りに始まる。何事も定量、定刻に。この国のあり方は私自身のあり方に近いものを持っている。そういったこともあって、私はこうして日本に留学し、ここで走っている。
ドイツのトレーニングセンター学園と同じく、日本のトレーニングセンター学園も極めて高度な施設と教員を有している。近年になって海外でも日本のウマ娘が活躍しているのも、教員、施設のレベルが大きく向上していることを意味している。
国そのもののレベルもあがり、その上あり方が近い日本なら、私も万全の状態で学び、走り、勝つことが出来る。そう思って日本に留学した。
しかし、理想は所詮理想。私が思っていた日本人像と同部屋になった方の性格はあまり重なるものではなかった。決して適当に生きている、という訳では無い。ただ、時間にはルーズだった。ほかの生徒もおおよそ同じだった。思っていたほど規律を厳しく守っている訳では無い。
やってしまった。
そう思うこともあった。
そうでないこともあった。
スケジュール通りに物事をこなすことは至高であり、絶対。これを真っ向から否定した人がいた。
スケジュールは所詮スケジュールに過ぎない。必ずしも予定通りに進むとは限らないし、伸び代もその分、限られる。本当に成長したいなら、お前の弱さと想いを支えてくれるトレーナーを見つけるべきだ。
河川敷でトレーニングをしていた時、その人が話しかけてきた。学園で見たことがあるので、トレーナーなのは間違いない。それに、その雰囲気と容姿。ゴールドシチーさんのトレーナーとして有名な人のそれと一致している。しかし、聞いていたほど近付き辛い雰囲気であるようには思えなかった。確かに、目付きや口調は厳しいものだが、その言葉と瞳には見ず知らずの私を本気で慮っている……そんなふうに見て取れた。今なら彼の言葉の意味や重要性を一も二もなく聞き入れるだろうが、あの時はまだ大人ではなかった。
私には私のやり方がある。目標を達成するために、1度決めたことを曲げるつもりは無い。
そう突き放してしまった。もしもあの時に戻れるなら、生意気を言った小娘を、思い上がるなと問い詰めたいくらいに恥ずかしい。
彼は去り際に一言
お前は不器用なんだな。
そう残した。
私が不器用だなんてことは考えたことがなかった。ただ、主観が客観と異なることはよくある。これは他人に聞いてみないと分からない。
「ファルコンさん」
「どうしたの?フラッシュさん」
「私は不器用なのでしょうか」
「うん、そう思うよ。どうして?」
即答。ここまで即答されてしまうと、私は客観的に見て不器用なのだと認めざるを得ない。ただ、今はそんなことを考えてもしょうがない。約束の日は迫っている。
なんの実績もないのにプライドが高い小娘に突き放された彼は、その日から何故か私のトレーニングをよく見に来るようになった。既に担当もいるトレーナーが自分のトレーニングを見に来ているのか、正直わからなかった。何も言ってはこない。何かを言いたそうな目でこちらを見るだけだった。
両親が来日する選抜レースの前日。何とかスケジュールを全てこなし、学生寮に戻ろうとした時だった。
校門で横から何かを投げられた。とても小さなものだ。速度も出ていないし、敵意も感じない。掴んでみると、それは錠剤だった。
「これはなんですか?」
投げたであろう男に問いかける。彼はいつもと同じ表情のまま静かに答えた。
「ただの風邪薬と栄養剤だ。寝る前に飲んでおけ。」
「……どうして私の体調が万全でないと、そう判断したのですか?」
「見て分からないと思うのか?俺はあの日から毎日トレーニングを見させてもらっていた。そんなやつの変化を見抜けないほど、鈍感ではない。」
「どういう事情かは知らないが、お前が次の選抜レースにそれだけ強い思いで挑んでいることくらいは分かる。悪いことは言わない。今日はそれを飲んで、すぐに寝ろ」
いつにもない有無を言わせないその視線に私はただ頷いてその場を後にした。
すこし、ほんの少しだけこの人を恐ろしいと思った。近くからまじまじと見られていた訳では無い。遠くからチラチラと見られていただけだったのに、体調を見抜かれていた。ここのトレーナーではそれは普通なのか、それとも彼が特別なのか。心のうちまで見透かされているようなその感覚は初めてだった。不安や緊張、願いや誓い。それらを読まれた恐ろしさと共に、自分をそこまで気にかけてくれることに安心感を覚えたのも確かだった。
レース当日、薬のおかげて体調も万全……という訳には行かなかった。身体は思うように動かず、頭もどこかぼんやりとしている。多忙の中を無理して来日してくれている両親に情けないところを見せられない、その思いだけでたっているような状態だった。
レースではやや出遅れ、そのまま抜け出すことが出来ないまま15人立ての6着。1年前に両親に約束した「成長した姿」とは程遠い走りを見せてしまった。
足取りが重い。やっとの思いでコンコースに戻ると、いつものあの人がたっていた。私を見つけるなり、ゆっくりと近づいてくる。
レースは残念だったな。
彼は私にしか聞けないような大きさの声で呟いた。残念だった、そんな言葉で片付けられるようなものじゃない。何も見せられなかった。遠い異国の地に多忙の合間を縫って来てくれた両親に、どんな顔をして会えばいいというのか。1度狂ってしまった歯車は自分では元に戻らない。だから自分で、正しく成長した姿を見せなければならなかったのに。
ご両親は君の結果だけを見に来るような中身のない人間なのか?
ハッとして顔をあげる。普段の無表情では無い、少し起こったような顔。道を踏み外しそうになった、ひとりよがりの私を、正しい道に戻そうとしている、そんな顔。
「……その通りですね……見えるカタチのそれが全てだなんて、そんなはずがないのに。あなたのおかげで目が覚めました。本当にありがとうございます。
……あの、自分勝手なお願いだとはわかっているのですが……一緒に来て貰えませんか?私一人ではその……上手く話せる自信が無いんです」
「……あなたがいてくださるなら、上手く話せる、そんな気がします。お願い、できませんか」
彼は静かに頷いた。
「ありがとうございます、では、着いてきて貰えますか?」
両親は校門の前で待っていた。ドイツにいた頃と変わらない、頑固そうな面持ちの父と、柔らかな笑みを湛えた母。
分かってはいる。父も母も、私と再開するのを待ち望んでいて、それを喜んでいるとはわかっている。でも、私の足は前には進んでくれない。
怖い
そう思った時だった。
後ろから背中を押してくれた。
お前の気持ちは必ず伝わる。心配せずに、行ってこい。
そう耳元で呟かれたものだから、恥ずかしさとくすぐったさで一気に気が抜けてしまった。
でも、もう大丈夫。足が前に出る。どこかに行ってしまいそうだった鼓動、今は私の中にいる。
『お父さん、お母さん、お久しぶりです。約束通りレースを見に来てくださって、ありがとうございます。
……それなのに、私は約束を守れませんでした。
2人の娘として、正しく成長した姿を見せたかったのに……あの……その……』
『フラッシュ、よく頑張りましたね』
表情を一層柔らかにして微笑んだ母。
『うん。結果こそ完璧ではなかったけれど、努力のあとが見えた。昔はよく力んでしまっていたけれど、上手く抑えられるようになったね』
頑固な顔を不器用そうに柔らかくして笑いかける父。
『私たちのために、一生懸命頑張ってくれたんだろう?君はよく教えを守ってくれた。親として誇りに思うよ。』
『喜ばせてくれてありがとう。
私たちの……schatzi』
(思い出した
クリスマスの時、父は……)
『フラッシュ、私たちのschatzi。忘れてはいけないよ。誤差を許さないその理由は、もちろん品質のためだ。だが、それ以上に大切なのは__誰かの幸せのために自分のなすべき事を手を抜かずに正しく行うこと。』
『誰かの、幸せのため?』
『でなければ、レシピさえ守れば誰でもいいことになる。祈りを……心を込めて仕上げるから、私たちのなす意味があるんだ。』
『でも、心に味はついてないよ?パパのレシピにも書いてない……』
『ふふっ。その通りだ。今は違いを分からなくてもいいさ。いつか君にも……自分を誇れる仕事が出来れば、わかるよ。』
(__ただ予定通りに勝利すればいいわけじゃなかった。2人のために成長しようとした想いが、喜びに繋がったんだ。)
(全てを狂わせてしまうことを、私は必要以上に恐れていた。でも、そうじゃない。本当に大事なことは……)
『……お父さん、お母さん。ありがとう
私、頑張ったよ』
夏の熱さにも負けないくらい、目頭が熱くなる。でも、その熱さは、どこか柔らかくて優しい、そんな熱さだった。
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「話、終わったか?」
彼は律儀に私を待ってくれていた。初めて会った時ときとも、薬をくれた時とも、ここに来る時とも違う、穏やかな顔。きっと彼の本当の顔は……この顔なんだ。
この人……なら。
この人となら、きっと。
心だけじゃない。私が憧れて、いつかなりたいと思った自分に、なれる。
私は彼の腕を掴み、戸惑う彼そっちのけで父と母の前に連れていった。
そんな様子がおかしかったのか、母は薄く笑いを浮かべていたけれど、父は難しい顔をしている。
「フラッシュ?こちらの方は?」
「私の……トレーナーさん……になってもらいたいと考えている方です。まだ予定ですが。」
あまり表情が変わらなかった彼も、さすがに戸惑っているようだった。それでも彼は何かを噛み締めるように頷いた。
「ご両親、日本語は大丈夫なのか」
「日本語、少し大丈夫です。娘と学んだので。」
「 ich habe es bekommen。ご紹介に預かりました、トレーナーの西です。娘さんを預からして貰うことになりました。よろしくお願いします。」
彼は礼儀正しい立礼をした。ドイツ人好みの背筋の伸びた美しい礼は、彼の人柄を象徴するようだった。
「!……そうですか……娘を、フラッシュを、よろしくお願いします。フラッシュ、この方と、頑張るんだよ。」
「はいっ!」
そういうと父と母は手を振りながら帰路に着いた。見送る、と言うと、今日からあの方と頑張りなさい、私たちは大丈夫だから、との事だった。
「あの……突然の事で申し訳ありません。トレーナー……さん?」
彼は帰路に着いた父と母を見つめていたが、声をかけるとハッとしたようにこちらを向いた。
「あ、ああ……これから頼む。お前は不器用だが、その真摯な姿勢は、必ず結果に繋がる。着いてくる限りは、お前の思いに応えると約束しよう。」
「いえ、こちらこそ。共に誇りある仕事を全うしましょう!」
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エイシンフラッシュの両親には見覚えがあった。部隊員とドイツに入国した時、間違いなく見た。街で見たのか、それとも話したのかは分からないし、思い出せない。ただ、見たことがあるのは間違いない。彼らもそれを覚えていたのだろう。これも何かの巡り合わせなのかもしれない。
めっちゃ遅くなった上に、ほぼゲームのストーリーをなぞる形になってしまってすみません。発想力の敗北です。
SS企画はこれからもやっていく予定ですので、よろしくお願いします
UA10000を記念して、簡単なssを書きたいと思います。どの子の話がいいか選んで欲しいです。締切は10月10日までです
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マヤノトップガン
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ゴールドシチー
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ナリタタイシン
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トーセンジョーダン
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ファインモーション
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エイシンフラッシュ
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その他