ふっふっふ。魔王様はあれだけ水着を恥ずかしがっていた。
ミリアさんは水着を「着慣れない」と言い、魔王様も普段水着を着ないのだと言っていた。
つまり、彼女たちは海に慣れていないのであり、泳ぎもそんなに上手じゃない可能性が高い!
俺は人並みには泳げる。クロールも平泳ぎも背泳ぎもバタフライも一通り泳げる。だから、俺が彼女たちに泳ぎを教えることもできるのではないだろうか!?
日頃は彼女たちに教わってばかりの情けない姿を晒しているので、今日くらいは良い所を見せることができるかもしれない。無論、日頃受けてばかりの恩を僅かでも返すという面もあったりする。
そんな風に考えたりもしていたんだが…。
「ほれ、リベタス!あの岩まで余と競争だぞ!」
…魔術ってやっぱり反則過ぎるわ。魚の力を身に宿すことができるとかわけワカメ。
まぁ、魔王様が楽しそうだからなんでも良いか。
「おお、競争とな!となれば「武」の四天王として見過ごせぬ。我も当然参戦するぞ!」
「おい、426才。大人気なさすぎんだろ」
こんな感じで、魔術以前に肉体スペックが既に化け物の人外とかいるし。
勝ち目?何それ美味しいの?
誰か「龍」に泳ぎで勝てる地球人がいるなら紹介してくれ。
そういえば、意外とミリアさんが泳ぐの苦手で意外だった。いや、魔術のおかげである程度は泳げるんだけど、全体的に少しぎこちない。速度も俺よりちょっと遅いくらいしか出せないようだ。
何でも、彼女は単純な戦闘はともかく、細かな魔術制御は苦手らしい。…このハイスペックメイドさんにも苦手な事とかあったんだな。なんだか新鮮である。
に、しても。
やっぱ、海綺麗だよなー。地球にいたころ、海外の観光地の美しい海をテレビや動画で見ることもあったけど。それらと比べても驚くほどの透明さである。
色々な要因があるんだろうな。まず発展しているのが科学ではなく魔法であること。海にも恐らく魔物などの脅威がいること。人魚などの高い知能を有する海の住人がいること。こういった様々な要因が重なり合った結果だろう。魔力や精霊とかの不思議パワーが直接綺麗にしてる可能性もある。
ともかく、この世界の海はどこまでも美しかった。
「こんな海なら、やっぱダイビングとかしたいよな…深く深く潜ってさ」
さっきちょっと潜ったけどいっそ一周周って呆れるほど綺麗だった。悠々と泳ぐ魚たちにサンゴみたいな綺麗な何か…海藻の揺らめき一つさえも神秘的で美しかった。長時間潜っていられるほど素潜り技能が高くないのが残念になってしまう。
少し残念な気持ちになって、酸素ボンベとかあれば良いのになーなんて呟いてしまった。魔術ならどうにかなるかもしれないけど、魔力無しの俺にバフ的なのはかけられないしね。
「それくらいならぁ貴方でも簡単よぉ?」
マジですかヒルダ姉さん!
「だってぇ、魔術で大きな泡を造ってぇ貴方の頭に固定させれば良いだけだものぉ。早速やってあげるわねぇ」
うっわ、凄い!なんか着たことないけど宇宙服のヘルメット被ってる感じ!頭部周辺がやたらと頑丈で大きな泡で包まれていることで水中でも呼吸ができる!
流石は「魔」の四天王!姉さん、一生ついていきますぜ!
その後は魔王様たちと一緒に海中遊泳を楽しんだ。魚と泳ぐのは楽しかったし、魔王様が海底で見つけた綺麗な貝を自慢してきたのは可愛かった。
…視界の隅に泳ぐ巨大魚を丸呑みする某「武」の四天王が映ったりもしたが無視した。
定番のスイカ割りもした。
これは、何やらスイカに似た果物をパーティの時に見つけていたので、それをミリアさんに用意してもらったのだ。
「ふむ。視界を無くし、一振りの剣のみで対象を斬る。これは何やら武の修業に通ずるところがあるな。よかろう、一番槍の誉れは我がものよ」
まぁ、ドラゴネスさんが挑戦して全力で叩き割った結果、木っ端みじんになったんだが。
この四天王さっきからロクなことしないな。
2つ用意しておいたミリアさんは流石としか言えない。できるメイドさんは違うぜ。
ビーチボールみたいのもやってみた。
身体スペックが違い過ぎて無理かとも思ったのだが、小さいボール(魔術製。柔らかいのに超頑丈)を定められた領域とルールの中で扱うというのが、良い感じの枷になっているようだ。俺でも結構善戦できた。
食事はやっぱりBBQ!
肉に野菜に海の幸!
何と、ここで初めてドラゴネスさんが役に立つ。美味しい魚や貝をたくさん採って来てくれたのだ。採りたての新鮮な食材にミリアさんの高すぎる料理スキルがブーストされて、超絶美味しくなってた。
ふむ?この肉とかそろそろ食べごろでは?
「あ、それは余が育てていた奴!」
「早い者勝ちですよ、魔王様。うーん、美味!」
「あー!!」
◆
そんなわけで楽しい時間はあっという間に過ぎていく。
今日一日頭上で見守っていた太陽は地平線へと沈みゆこうとしている。
海と夕日。美しいが、どこか物悲しい光景なのは何故なんだろうね。
楽しい一日の終わりを否が応でも感じてしまうからだろうか。
そうやって沈む夕日を眺めていると、魔王様が近づいてきて話しかけてきた。
「のう、リベタス。今日はありがとうな」
「礼を言うのは俺の方ですよ。魔王様達には俺の息抜きに付き合ってもらったわけですからね」
「それでも、だ。大勢で遊ぶのがこんなに楽しいとは知らなかった。お主のおかげだ。こんなに終わるのが惜しい一日は生まれて初めてだよ」
そこまで言ってもらえるとは。でも、それなら。
「ならまた来ましょうよ。今日のメンバーで、もしかしたらもっと増やして、またいつか」
「またいつか、か。ふふ、そうだな。またいつか来よう」
「約束ですね」
手をグーに。小指だけ伸ばして差し出す。
「…これは何だ?」
「指切りって言うんですよ。約束の時の儀式みたいな?その約束を絶対に守ろうって示す感じです。まぁ、魔術的な効果とかは皆無なので、ただの気休めですけど」
正式な意味とかに自信はないけれど。まぁ、構うまい。俺は魔王様に「指切り」の作法を説明していく。
「そうか、指切り…神に縋るでもなく、魔法に頼るでもなく、ただ互いの約束のための儀式か。良いな、それは」
そこまで大層なものでも無いとは思うけれど。ただ、魔王様がそういうものとして求めるのなら、それに合わせるまでだ。
互いの小指を絡める。
また絶対に魔王様をここに連れてこよう。できれば今度はもっと大勢で。もっともっと楽しめるように。
「「指切りげんまん嘘ついたら……」」
指切りが終わると、魔王様は何やらモジモジと恥ずかし気にしながら尋ねてきた。
「のう、お主がいつも勉強など頑張っているのは、その、自惚れでなければ…」
「えぇ、魔王様の力に少しでもなれればと思って。とはいっても、俺が勝手にやりたくてやっていることなので、俺のためというのが正確かもしれませんがね」
あえて魔王様のためだと言ってやった。どうにも自己評価が低すぎる感じの魔王様に、貴女のことを想っている人が確かにいるんだってことを伝えていくべきだと思うから。
俺だけじゃない。ミリアさんにドラゴネスさんにヒルダさん。魔王様の事を大切に思っている人はたくさんいる。きっと俺が知らないだけでまだまだいるはずだ。
「そ、そうか…」
案の定、魔王様は照れてしまった。可愛いなぁ。
「のう、リベタス。いや、――――よ」
魔王様が口にしたのは俺の本名、この世界で言う「真の名」だ。
誰かに聞かれてはいけないからと魔王城では決して口にすることはなかった名だ。
あえてそれで俺を呼んだということは、とても重要な話があるということか。
「余の「真の名」は“ナディア・エル・フリュゲニア”という」
「ちょ、魔王様!「真の名」ってのは危険なんでしょ!?」
「安心せよ。この海は歴代魔王が管理してきた地。その代の魔王からの許可なくば近づくこともできん。それに、今現在も周辺の索敵は怠っておらんし、ミリアたちに周辺の警戒を任せてある。故にこそ、魔王城でも明かせぬ余の真の名を明かすこともできるのだ」
うわ、それは凄い。それなら確かに安全だ。
けれど…。
「俺が真の名を悪用してしまうかもしれませんよ?良いんですか?」
「ふふ、お主はそのようなことはしないと信じての事だ。それにな、お主になら悪用されても構わないと思えてしまってな」
何だよ、それ。
信じてもらえたのは嬉しい。心の底から嬉しい。
けれど、それではまるで…
「なぁ。もしも、もしも余が手の付けられない怪物になってしまったとしたら。その時は、お主が余を終わらせてはくれぬか。残酷なことを頼んでいるのは分かっておる。あまりにも酷いことを言っているのは理解している。だから、嫌ならば断わってくれて構わない」
そう言って彼女は、片手をグーにして小指だけを立てて差し出す。
なんだよ、ソレは…
こんな申し出断るべきだ。ただの凡人に抱えられるようなもんじゃない。
けれど。
けれど、彼女の眼を見て、その赤い瞳に宿る並々ならない決意を見てしまった。そして、見てしまったからには、それを否定することなんてできなかった。
彼女は自らが「魔王」であることを理解しているのだ。その上で、いつか自分が誰かを見境なく傷つける怪物になってしまうことを心の底から恐れている。
そして。
そして、俺はそういう可能性があるかもしれないということをゲーム知識で知ってしまっていた。
無論、役に立たないゲーム知識はそこまで信じているわけじゃない。
それでも、ここまで似ている世界で、あのゲームの内容を完全に無視することができないのもまた事実だった。
だから。
「……わかり、ました。……本当にどうしようもない時は、そうします。勇者なんてポッと出の奴じゃなくて、俺が貴女を終わらせます」
小指を絡め、指切りを受け入れる。
だけど。
「けれど!俺は凡人ですからね。やれることは全て試してからになりますよ!無様でも何でも足掻きまくってからですから!最後の最後まで諦めませんからね!」
「ふふ。そうか。それなら安心だな」
絶対に「どうしようもない時」なんか来させるもんか。
申し出は受ける。約束もする。
けれど、俺はそんな結末を絶対に認めない。
“自分の死”を語る少女の顔がこんなに救われたようなものであって良いはずがない。
「暫くは今日の休みで溜まった業務を片付けねばならないのと、他にも別件の仕事がある故、三日後だ。用意して見せたいものもあるしな。三日後の午後、お主には余の抱える全てを話したい。知っておいてもらいたいんだ。「真の名」だけでなく、余の全てを、な」
「わかりました。なら、その時は俺の事も全て話しますよ」
「そうか。なら、お互いに隠し事は無し、だな。ふふ、また約束だな。今日だけで3つもしてしまった」
「そうですね。大切な約束がたくさんできちゃいました」
そして3日後。魔王城生活10日目のその日。
―――俺は、この約束を守ることが出来なかった。
◆◆◆
楽しい時間は終わりを告げた。これより始まるは「ゲーム」である。
登場人物は総じてただの駒。悪趣味な悲劇も残酷な描写も命の終わりでさえ「誰かのためのもの」でしかない。
用意された脚本。「主人公」と「敵」。「正義」と「悪」。
それは決して覆ることはない「設定」だ。定められた「役割」だ。
しかし――。
或いはそこに異物が紛れ込んだのならば。
それがどれだけ弱くちっぽけであろうとも。取るに足らない脆弱な存在であったとしても。
結末が変わることだってあるのかもしれない。
…なんて、ね。君はどう思う?」
世界のどこかで誰かが言う。
真っ白な長髪と深紅の瞳を持った誰か。
性別がよく分からない見た目の誰かは、男の声を紡いでいた。
“ナディア”…由来は“Надія ”
次回『聖女の東方見聞』※タイトルは変更になることもあります。
久しぶりの聖女ちゃん回です。