ゲーム知識がまるで役に立たないのだけれど?
ゲーム世界に転移した。
そうそう、あれだ。ラノベとかネット小説とかで見るあれだ。チート貰って異世界へ、なんやかんやで俺TUEEEE無双ハーレム。ついに俺の番が来たってわけだな。おれの時代だァ‼ゼハハハハ!
閑話休題。
そんなわけで、気付いたらゲーム『YOUR FANTASY』の世界にいた俺です。
さっきちらっと見たけど、モンスターみたいな異形の奴らと人間が戦っていて、どちらも魔法っぽいのをばかすか撃ってた。もうこの時点で地球世界にさよならバイバイしたことは間違いない。
そんで、空に超巨大で真っ赤な光の環が同心円状になって浮いている。うん、あれ知ってる。やがて人類を滅ぼすことになる超巨大魔法陣だわ。因みにこれが『YOUR FANTASY』の世界だという決め手になった。このゲームは簡単に言えば、勇者パーティが悪逆非道の魔王を討ち滅ぼして世界を救うっていう超王道、親の顔より見たかもしれないRPGである。
さて、世界観の確認が済んだところで、次にしなければならんのは自らの能力の確認だよな。異世界転移・転生系はチートの有無で大きく分かれるものだ。
因みに、結論から言えば俺はチート無しの異世界転移みたいだぜ!(キリッ!)
「インベントリ」とか「アイテムボックス」とかそれっぽい言葉を声高らかに叫んでも何も起こらなかった。当然、セーブもログアウトもなしね。記憶にある限りのこの世界の初級魔法を一通り叫んでみたけど何も起きなかった。ダメもとで別ゲーの呪文を叫んでもみたけど無理でした。火も水も風も闇も光も何も出なかった。女神様っぽいものや召喚主っぽいものの姿はなく、勿論声だけが聞こえてくるというマジカル現象もなし。うん、これはチート能力無しの異世界転移パターンですわ。草生える。俺は時代の敗北者じゃけぇ!
だがっ!ふははははは!多くのゲーム世界転移系小説において大活躍するものが私の手にもある!
そう、それこそが原作知識!知識チートなのだ!!
科学知識無双は生粋の文系である俺(理系嫌いとも言う)には多分無理。てか、銃よりも遥かに使い勝手が良くて威力も高い魔法や魔術がある世界だし、仮に造れてもそんなに役には立たなそうだなーってのが正直なところ。
けれど、原作知識は別だ。今後どこで何がどうして起こるのかは勿論、キャラクターの過去や人間関係を知っていれば出来ることがたくさんあるってお分かりいただけると思う。物語が進んでいくことで明らかになっていく事実や、遺跡の暗号の答えを既に知っているというのは破格の力だ。これをチートと呼ばずして何と呼ぶのだろうか。あとはゲーム上の隠しアイテムとか、近道や隠しダンジョン、果ては裏技やバグを利用するというのも良く書かれる展開だ。
まぁ、欠点がないわけじゃない。原作崩壊、即ち異物の介入によってシナリオが原作から大きく外れてしまった結果、原作知識が使えなくなるという事態は頻繁に描かれる。とはいえ、それは十分に気をつけて原作シナリオに関係ないところをつついていけば何とかなると思う。風が吹けば桶屋が儲かるとかバタフライエフェクト的なものだけは如何ともし難いが、事が起こる前に原作知識チートで充分な力を身に着けておけばいいだけだ。
これは俺、転移生活勝ち組では?
◆
まぁ、その…なんだ。
原作知識で異世界無双。そんなことを考えていた時期が俺にもありました。
即落ち2コマかな??
オタクたる俺は数多くの作品を嗜んできた。無料小説投稿サイトでランキング上位にあがっていない掘り出し物探しをすることもしばしばだった。本当に数多くの作品に触れてきたと思う。率直に言えば生き甲斐だった。世界に生み出してくれた偉大な作者さんたちには感謝してもしきれない。おっと、彼ら彼女らへの感謝とか賞賛とか尊敬とか崇拝とかは語り始めると止まらないから置いておこう。ともかく、俺が数多くの作品に触れてきたってことだけ理解していただければ十分だ。そんな俺から言わせてもらおう。
とある作品のとある事件が起きた具体的な年月日とか覚えてるわけないんだよなぁっていうね。
いや、それが推しキャラの命日になるとか結婚記念日になるとかだったら、SNSやイラスト投稿サイトで生誕祭とか追悼とか行われるから覚えていることもあるかもしれんよ。けど、基本ほとんど覚えていないのが普通なのでは?暦の名称さえ違うことも普通にあるし。皇歴、宇宙歴、新暦、王歴、龍歴…適当に思いついたのをあげつらっただけでもどっかの作品にありそうである。K.C.、V.C.、P.O.…もはやなんとなくアルファベット2文字並べただけでなんとかなってしまうのでは?後者は特にアナザーガン○ムとかでありそう。
そういった別々の暦における、事件1つ1つの起こった年月日を正確に記憶しておく?何の冗談だいソレは。そんなことができるのなら世界史とか日本史とか資料集ごと丸暗記できるレベルやろ。
場所に関しても同様だ。コトブキタウンの北側の道路が何番道路かとか覚えてるか?ましてや、その道路に落ちているアイテムの正確な位置と種類とか覚えてねえって。そこまで廃人極めてねえよ。
畢竟、現地人に聞き込み調査して、今が神歴615年で「メルネシア王国」の外れの町「ヒロネスタ」の近くだと判明しても、だからどうしたって話なのである。幸い言語は通じた。まぁ、日本製ゲームの世界でテキストも日本語だったんだから日本語通じるのは納得できる、のか?まぁいい、異世界転移系の言語問題は深く突っ込んだら負けだと思ってる。
神歴615年っていつ?原作始まるの何年よ?てか、ヒロネスタって記憶にないんだけど原作に登場した?
いやでもちょっと待て。
そういやメルネシア王国といえば聖女の出身地では?
おお、そうだよ。物語の序盤、メルネシア王国の辺境に魔王率いる魔物の軍勢が攻め込んでくる。そうした中、町を守るために立ち向かった少女がいた。それは何も特別な力を持たない町娘。結末は火を見るより明らかで、彼女は魔物の群れに蹂躙されてその命を散らす―――直前、女神様が彼女に力を与えて超絶パワーアップ!聖なる力を得た彼女は単身で魔物の軍勢へと突っ込み、見事に撃退。町に住む人々は救われたのだ!っていう展開があった筈だ。
ふむ。となると、俺はこの聖女ちゃん覚醒イベントの直前に転移してきたとみるのが妥当だろうな。彼女が住んでいて魔物の大群に襲われる町の名前こそが「ヒロネスタ」だったということだろう。
だいたい、こういうゲーム世界転移系は原作開始直前とかに転移することから始まる気がする。転生系は赤ん坊から始めるから違うことが多いけど。まぁ、冴えない顔がそのままの時点でどうみても俺は転移パターンだし、聖女覚醒イベントの直前に転移されたとみるべきではないだろうか?
その謎を解明するため、我々調査隊は異世界の町ヒロネスタへと向かった―――。
◆
結論から言おう。
今が聖女覚醒イベントの直前だというのは間違いない。
ヒロネスタの北側にある森を拠点として、次から次へと異形の獣が町に侵攻しているのだから。これが明らかとなったのは大きな収穫と言える。原作知識を生かすには時系列の把握は必須だからな。
ただ、町に入ることが出来なかった。これが問題だ。
まぁ、当然と言えば当然ではある。魔物という外敵が襲来している最中に、身分証も何も持たず出身も所属も判然としない不審者を町に入れるわけがない。そもそも、通常の感性を持った人たちは今も続々と町から逃げ出しているんだ。そんな状況で前述のような不審者が碌な荷物も持たずに町に侵入とか、どれだけ贔屓目に見ても空き巣狙いの強盗、最悪は魔物側の工作員と思われるだろう。投獄、拷問、或いは有無を言わさぬ処刑といった対応にならなかったのが奇跡と言える。見逃してくれたあの門番さんには感謝してもしきれない。
さて、これからどうするか、だが。
何はともあれ聖女様に会わなきゃ話にならん。何度も言うが、今の俺は身元不明無一文かつ常識欠落の不審者でしかない。そんな俺が今後人間と魔王軍の大戦争が始まる世界で安全かつ安定して生きていくにはどうすればいいのだろうか?
チート能力はなく、元居た世界で武道やスポーツを嗜んでいたという訳でもない。力に頼った冒険者生活など論外だ。この事実が意味するのは、この世界において俺は誰かに頼らなければ生きていけないということ。
先ずは後ろ盾が必要となる。それは強大であればあるほどいいし、例え強大であっても俺をぞんざいに扱うところは駄目だ。俺に好意的で、ある程度満足のできる生活環境を提供してくれて、かつ十分な戦力または影響力を有した組織或いは個人。当然、そんな都合の良い存在はない。ないのであればつくるしかない。
俺が唯一有する価値は原作知識のみ。どこまでいっても凡人の俺が有するたった一つのアドバンテージ。これを最大限活かし、俺の価値をつりあげなければならない。つりあげてつりあげて俺の有用性を示すことで庇護してもらう。それが唯一絶対の生存方法なのだ。もはや詐欺師の思考である。
そして、そうであるならば次の行動は自ずと決定される。
即ち、原作主要キャラとの接触。これに尽きる。
俺が有する原作知識は主人公視点の断片的なストーリーに過ぎない。ならば、それを最大限活かせるのは主要キャラクター周辺にいる時ということになる。どっかの村長に勇者の今後の動向とか伝えても意味がないのだ。
まとめると、原作に深く関わるキャラクターで充分な力を有し、かつこちらに好意的な存在を作ることが最初の目標となる。
そして、聖女はこの全ての条件を満たすキャラクターなのだ。聖女というだけあってその背後には教会がある。人間が信仰する最大宗派であり、その影響力は計り知れない。しかも、この聖女は勇者とかと一緒に旅したりもするので、彼女と繋がる=勇者たちと繋がるってことになるわけだ。物語は今後激しい戦争になるが、勇者一行は最後には勝利するのもポイント高い。勝ち馬に乗れるって寸法だ。
あと、これが一番重要だが、聖女ちゃんは可愛くて性格が良い。人気キャラランキングでも上位5位以内には入っていたはずだ。三つ編みにした艶やかな長い黒髪と白磁のような肌、貞淑なシスター服に包まれて尚、否、包まれているからこそ溢れ出る色気。男の願望を詰め込んだようなキャラクターであった。胸は無いけど。
随分と長いこと思考していたが、ようするに聖女ちゃんに会って教会で養ってもらおうぜってことだ。決してヒモとか言ってはいけない。
◆
俺は今、魔物が拠点にしている森に向かっている。
ちょっと耳をすませば魔物の声が聞こえるような危険地帯だ。はっきり言って自殺行為である。
しかしながら、ここで博打に勝たねばどうあれ俺の未来は真っ暗なのだ。現時点で俺は町にさえ入れない。当然町で覚醒前の聖女ちゃんに会うこともできない。覚醒後の聖女ちゃんは教会が厳重に守るので後日会うのも無理だ。
ならば、聖女ちゃんに会う機会は一つしかない。覚醒直後、魔物迎撃のために町を出て森に入るタイミングだ。この時ならば彼女は一人であり、しかも町から出ているから接触できる。なんか思考が帰宅途中の女の子を狙う犯罪者染みているが生き残るためには必要なことなのだ。
川で水浴びをし、町からの魔法攻撃を受けて死んでいる魔物の血を体に塗り、息を潜めて森を進む。特殊能力どころか、持っていた所で俺の何倍もある魔物に勝てるわけがないので武器1つ持っていない。野生のモンスターに遭遇したらその時点で詰み。難易度ハードモードなんてもんじゃない。生きた心地がしないとはこのことか。
幸い、先程聖女ちゃんの攻撃っぽい光の柱は目撃している。魔物は魔人という存在によって統率された群れだ。故に魔人の指揮のもと最大の脅威である彼女の方へ向かうはずである。俺は暫く潜伏し、戦闘音が止んだ頃に光の柱が出ていた辺りへ向かえばいい。
隠れ続けること暫し。激しい戦闘音がピタッと無くなり、森に静寂が訪れた。即座に行動を開始し、最後に光の柱が見えた地点へと向かう。
そして、俺は出逢った。
森の中、不自然にも木々が無い開けた所。陽光が降り注ぎ、神聖な雰囲気を感じるその場所で。一人佇む黒髪を三つ編みにした美しい少女を見つけたのだ。
迷わず駆け出し、声をかける。
「あぁ、聖女様!」
さて、親愛なる我が故郷日本の人々よ。疑問に思ったことはないだろうか。
二次元で描かれるゲームやアニメの世界に転移または転生した時、登場人物たちの容姿はどのようになっているのかと。
二次元のキャラクターがフィギュアよろしく立体的に再現されて動き回る?なるほどなるほど夢がある。しかし、あれはあくまでもアニメキャラクターだから可能な造形ではないだろうか?
リアルの人間と比べては大きい眼とか、細すぎる胴体や足はキャラクターだからこそだ。
無論、とことんまでリアルに普通の人間と遜色ないまでにキャラクターを描いている作品もあるにはあるだろう。ただ、それだって微妙に異なってしまうのが普通だ。どんなに細かく丁寧にコスプレをしようとも、アニメキャラそのものの姿になることは出来ないのである。
「聖女様、どうか私を救ってはいただけませんか!」
であれば、ゲームやアニメの世界というものがあるとして、そこに住まう人々の姿は画面の中と全く同じであるのだろうか?
「何を言っておる?まさかとは思うが、お主の言う聖女様とは余のことか?」
唐突だが、『YOUR FANTASY』のラスボスである魔王の話をしよう。魔王は本気で戦うときは姿が変わるのだが、普段は人間に近い姿をしている。そしてその姿は長い黒髪の少女の姿で描かれていた。
そう、聖女も魔王も同じロングの黒髪だったのだ。もっとも、聖女は三つ編みに白いシスター服、魔王はストレートで黒いゴスロリ服というように描き分けられていたため間違えることはあり得なかったのだが。
「あぁ、何を言いますやら。その長く艶やかな黒髪に純白の肌。その美しき容姿が聖女でなくてなんだというのでしょう!」
「ふぇ!?お、お主は唐突に何を口走っておるのか!」
しかし、生きてれば誰だって髪型変えたりとか服装変えたりとかするわけで。
今日この時、魔王がたまたま髪を三つ編みにしており、たまたま白っぽい服を着ていることも当然あり得るのである。
「ふふ、魔王の後継たる余に向かってこともあろうに『聖女』などと呼びかけるとは。酔狂な人間もいたものよな。ふむ、興が乗った。光栄に思え、我が城へと連れ帰ってやろう」
まぁ、つまり。癒しの聖女たんと外道鬼畜唯我独尊魔王様を間違えるとかいうミスをすることもあるわけなんだよな。
ちきしょう、ゲーム知識とかまるで役に立たなかったのだけれど?
こんな感じで始まるラブストーリーとかどうでしょう?