ゲーム知識がまるで役に立たないのだけれど?   作:夢泉

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一か月かかると言ったな、あれは嘘だ!


2章:東方は暗く荒れている
『ミリア』


 魔術・魔法に優れた「魔人」と。

 膂力に優れた「鬼」。

 そのハーフ「魔鬼」として産まれたのが私。

 否。そのようにして()()()()()()()()が私だった。

 

 

  ◆

 

 

 東方の地。鬼と人間が争い続ける陸の孤島。

 地続きでありながら、他の国や地域と交流を絶ち続けてきた。

 東方の地には魔力がほとんど存在しない。故に、人間たちも多く生活している。

 鬼は魔術・魔法に頼らず、自らの体内魔力を身体強化にのみ使用し、膂力による戦闘技能を確立した。

 人間たちも鬼と戦うために独自の技術を編み出していった。「カタナ」をはじめとした独自の武器を産み出し、それらを用いた特殊な剣技を発展させたのだ。

 このようにして、人間と鬼の戦いが延々と繰り返される修羅の地が完成していった。

 

 歴代の魔王たちにとっても、たとえ手に入れたとしても交通の便が良いわけではない地。加えて魔力の濃度も高くないとなれば魔人たちが攻め入る必要はない。

 人間たちにとっても同じであり、わざわざ東方に住まう鬼や人間を敵に回す意味はなかった。

 そのような背景もあって、鬼たちは表向き魔王に従いつつも、独立した国家のようなコミュニティを形成していく。

 

 そして、そんな鬼だからこそ、他の如何な種族、如何な立場の者よりもルナウディア様に反旗を翻すのが早かった。

 「魔王」はその圧倒的力で人間たちの地を蹂躙する。しかしながら、最終的には「勇者」に敗れることになるのも「魔王」であった。その歴史が、少しずつ魔族たちの間に魔王への不信感を築き上げていく。それが、憎き人間との混血の魔王という存在が誕生したことで爆発したのである。

 

 そもそも、鬼たちは自分たちが魔族を率いて人間を滅ぼそうと考え続けてきたというのも大きい。

 そんな鬼たちが長年の間、秘密裏に進めていた計画があった。

 それこそが最強の兵士を造り出すというもの。

 名称を「意思なき魔王」計画。

 魔王すら超えるほどに強く。

 しかし、魔王のように民の上に立とうとしない存在。

 即ち、命令にだけ従う兵器としての「魔王」を人為的に作り出そうとした計画であった。

 

 そのために鬼たちが着目したものこそが、魔人と鬼のハーフの「魔鬼」であった。

 魔術・魔法に優れた「魔人」と。

 膂力に優れた「鬼」。

 古来より、鬼と魔人の長所を受け継いだ「魔鬼」は戦闘力が高いことで知られていた。

 

 故にこそ、最高の手駒を作り出すために。

 攫ってきた魔人の女を使って鬼が産み出した「魔鬼」の子供たちがいた。

 私もまた、その中の1人であった。

 

 物心ついたとき、私は暗い地下牢にいた。

 そこで暗殺に必要なあらゆる技能を教え込まれた。

 サボろうとすれば殴られた。泣けば蹴られた。

 覚えが悪ければ食事を抜かれた。

 ただ、その暗闇の中にあっても、唯一の光があった。

 

 鬼に攫われてきたという母だ。母だけが私の光だった。

 母は優しく、暖かかった。自分だって苦しいはずなのに、子供たちをとても気にかけてくれた。

 会えることは滅多になかったけれど。

 それでも、時々会うことができて、その時には本を読んでもらったり、料理を一緒にしたりした。

 彼女はいつも言うのだ。

「強く育つのよ。殺しの技能をしっかりと学んで、鬼たちの言うとおりに動くことさえできれば、貴女は痛い思いをしなくて済むわ。私が酷い目にあうこともなくなるの。愛しい貴女。私の可愛い娘。どうか早く強く育ってね」

 

 

 私はただ彼女に縋っていた。

 それらが全て偽りのものであるとも知らずに。

 

 私の希望であった母。彼女のためにも生きようと思えた母。

 鬼に攫われてきたのだと語った彼女の過去は偽りのもの。

 彼女はただ、自らの意思で鬼のもとで暮らしていただけ。

 子供たちに見せた笑顔も全ては実験に必要だったから。

 鞭だけでは実験体が死んでしまうので、飴としての振る舞いを演じていた。

 そもそも私を産んだ「母」はとっくに死んでいた。

 私の母を演じ、その裏では私をただの実験体としてしか見ていない。それこそが私の母の本性であった。

 

 それを偶然にも知ってしまったのが魔王暗殺任務に向かう少し前の事。

 唯一信じていた存在に裏切られて。

 それでも受け入れることができなくて。

 そもそも、私の体は既に命令に背けば即刻処分できるように術式が刻み込まれていて。

 それでも信じていたくて。

 

 もしかしたら、兵器として結果を出せば。

 魔王暗殺を成功させたら、私はあの人のちゃんとした娘になれるのではないか。

 鬼たちも私を道具ではなく仲間として扱ってくれるのではないか。

 そんなありもしない希望に縋って。

 私は魔王暗殺に向かったのだ。

 

 

 

 そして私は出逢った。

 私の暗殺対象である魔王。体を血に染めた少女に。

 

「あぁ、すまぬな。醜い姿を見せてしまった。申し訳ない。直ぐに着替える故、少し待っていてはくれぬか」

 

 深夜、魔王の寝室へと忍び込むことに成功した私は、自分よりも幼い少女が傷だらけでいることに気付いて。しかも発せられる膨大な魔力のおぞましさから、それが暗殺対象の魔王だと思い至って。

 暗殺のための兵器として育て上げられていたのに。不覚にも一瞬呆けてしまって。

 だからなのだろうか。

 暗殺対象と会話をするなんて選択肢を選んでしまった。

 

「……いえ、結構。私は貴女を殺しに来ただけ。恨みはないけど、お命頂戴する」

「ふふ。わかっておったよ、そんなこと。その上で言っているのだ。最後くらいマシな格好で死なせてくれても良かろう?血塗れの寝間着姿で死ぬなど恥ずかしくて敵わん」

 

 彼女は力なく笑いながら言う。この世の全てを諦めたような顔で。

 その顔には覚えがあった。私と同じ牢に閉じ込められていた兄弟姉妹が浮かべていた顔だ。

 そしてなにより、それは鏡や水面に映っていた私の顔だった。母の嘘を知った私のものと同じであった。

 

「見るに余と同じくらいの年頃の少女であろう?ならば、この気持ちもわかってはくれぬか?最後くらい綺麗に着飾りたいのだ」

「……貴女は死ぬのが怖くないの?」

 

 だから、聞きたくなった。

 私は唯一の希望が偽りのものであったと知っても、それしか縋るものを知らなくて。

 今もありもしない希望に縋り続けている。

 この少女はどうなのだろうかと気になった。笑いながら自らの終わりを語る少女はどうなのだろうかと。

 

「怖いさ。死ぬのは怖いよ。それでもな、きっと今より苦しくはないのではないかと思うのだ」

「……っ!」

 

 その言葉が突き刺さった。

 唯一の光であった母ですら、自分を実験体として、便利な兵器としてしか見ていなかったと知った時。

 その時、私も同じように考えたのではなかったか。

 だから、この任務が終わったらどうなるのか薄々と気付いていても、心が動揺することが無かったのではないのか。

 

「あぁ、そうだ。先ほどの余の願いを聞いてくれるのであれば、礼もするぞ。お主にかかっている妙な術を解いてやろう。余の暗殺が終わったら、どこへなりと逃げるがいい。ここまで無傷で侵入できる実力さえあればどこでも生きていけるだろう」

「……何を言っている?私は任務が終わったら魔王討伐の実績と共に凱旋する。この体に刻まれた式も実績さえあれば解かれるはず」

「お主、まさか本気でそんなことを思っているわけではあるまい?「真の名」を悪用した醜悪な式を体に刻み込んだ奴らが、そのようなことをするとでも?」

 

 何も言い返せない。

 彼女の言うことが正しいと私も気付いていたから。

 

「1つ、お主を始末して己たちが魔王暗殺を計画した証拠を無くす。2つ、魔王暗殺すら成功させた優秀な駒をこのまま酷使し続ける。3つ、醜悪な半人半魔の魔王を討ち滅ぼした英雄として祭り上げて傀儡にする。無論、2と3はどちらもその式を残したままであろうな」

 

 その通りだ。私には永遠に道具になるか、道具として廃棄されるかの2択しかない。

 それでも。それを認めるのはあまりにも惨めで。だから。

 

「余計なお世話だ!私は…!」

 

 もう殺そう。そう決めて動き出したのに。

 体が完全に動かなくなったことに気付いた、その瞬間。

 

「ほいっと。ふっふっふ、魔術に関しては自信があるのだ。もうお主の呪縛は解いてやったぞ。これでお主の「真の名」を悪用しようとしても、余の魔術防御を破らなければ不可能となった。どうだ、余もなかなか凄いであろう?」

 

 この少女はきっと私を簡単に殺せたのだ。

 生け捕りにするのも始末するのも片手間に一瞬で出来た。

 だけど、そんなことを一切考えることなく、ただ私を救うためだけに力を使ったと?

 

 私と彼女は同じだった。

 同じように全てに絶望していた。

 同じように自らの生を諦めていた。

 なのに。

 私は暗殺という手段に縋ったのに。誰かを殺すことで救われるかもしれないと考えたのに。

 彼女は自らの死を前にして、見ず知らずの誰かを救ってみせた。

 

 美しいと感じた。この少女を守りたいと思った。

 私のこれまでに、殺しの技術ばかりを磨いてきた生に意味があるのであれば。

 この少女を苦しめる全てを排除したいと考えた。

 

 この少女が笑って生きられるようにしたいと思ったのだ。

 

 

  ◆

 

 

 なぜ、私はこんなに過去を思い返しているのだったか。

 意識が浮上する。

 同時に体中の痛みに気付く。

 

「…あぁ、そっか。私ここまでなんだ」

 

 体が動かない。骨もあちこち折れているし、血も流し過ぎた。

 治療魔術が使えればもう少しマシな状況になったかもしれないけれど。

 ()()()()()()()()()()、私はこんなに弱くなってしまうのか。

 結局、私も必要以上に頼ってしまっていたということなのだろう。

 魔王様を苦しめる、魔力などという醜悪な存在に。

 

「はは、笑えますね。あれだけ嫌っておいて、無くなればコレですか」

 

 どうせ死ぬのなら魔王様を守って死にたかった。

 こんな遠く離れた地で見事に嵌められて終わりとか情けないにも程がある。

 

 正直、自分の命が終わること自体はそんなに惜しくない。

 でも、魔王様に恩を返すことができなくなってしまうのが辛い。

 あの方のお傍でお支えすることができなくなってしまうのが何より苦しい。

 

 ドラゴネスは龍基準でもかなりの高齢。いつまで魔王様の後ろ盾として立っていられるか分からない。

 ヒルダはとても強いけれど、他の四天王と戦えば勝ち目はない。相性が絶望的に悪すぎる。

 アリアは良い子だけど戦闘力皆無だしなぁ…。

 ビフレウスはちょっと良く分からない。アイツはどこまでも国と民のために動く自動人形(オートマタ)みたいなやつだ。本音が見えなくて信用できない。

 

「でも、アイツがいましたね」

 

 「凡人」が口癖のおかしな人間。強いのか弱いのか良く分からない不思議な人間。

 でも、魔王様のために懸命に頑張ろうとしていることだけは確かだった。私も同じだから良く分かった。

 だから、アイツがいるのなら安心もできるかな、なんて。

 だから。

 

「魔王様を頼みます、リベタス」

 

 今は離れた地にいる男に、声が届かないことを承知していながら。

 それでも言葉にせずにはいられなかった。

 

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