ミリアさんに案内された部屋に入ると、そこは別世界だった。
これまでも異世界にいていまさら何を言っているんだって感じだが、そんな感想が自然と出てくる。それだけ見慣れない光景だったのだ。
大勢の魔族が集まる大広間は美しい敷物と煌びやかなシャンデリアに飾られ、何やら美しい音楽が演奏されている。え、楽団の中心で歌ってるの人魚やん。水槽っぽいものに入った美しい人魚が上半身を水から出して美しい歌声を披露している。これは船が沈むのも納得の美声だ。
因みに、魔王様は部屋の一番奥、唯一用意された豪華な椅子の上にちょこんと座っていた。その背後には、何やら巨大な肖像画。黒い肌に美しい銀髪と深紅の瞳、長い漆黒の爪と尻尾を有し、背中には悪魔のような黒い翼を有する男だ。先代の魔王とかだろうか?魔王様の父親だとしたらあまりにも似ていないが…。
さぁ、そんなわけで。遂に始まりました俺の歓迎会。
ウキウキ楽しい気分でいっぱい…ということはなく、むしろ緊張でガチガチだ。嬉しいには嬉しいが、それはそれとしてこんな大規模の会の主役に抜擢されたことなんてないからもう何が何やらって感じなのである。
ミリアさん曰く、本来であれば城で行われる何らかのパーティは何日も前から準備が進められる。招待の都合もあるから当然と言えば当然だ。
しかし、今回は当日決断の即断即決即開催パーティである。魔王様が無理やり推し進め、外部からの招待客も招かず、とりあえず城にいる者をかき集めて開かれたものらしい。ミリアさん曰く、こんなことは通常あり得ないということだ。俺もそう思う。
……本当に、あの小さい体で何をそんなに抱え込んでいるんだか。
一人の魔族が俺に話しかけてきた。ハーピィと言われる種族だろうか。美しい翼を有した優男風のイケメンである。何コイツ、爽やかな笑み浮かべやがって。めっちゃモテそう。
やはり魔族も魔王様が唐突に連れ込み、こうして突貫で歓迎会まで開いた人間のことが気になって仕方ないらしい。イケメンハーピィさんだけでなく、何やら巨大な尻尾を有した魔族、二足歩行の狼といった姿の魔族、妖精みたいな小さな魔族、触覚のようなものが生えた魔族、下半身が蛇の魔族、異様に長い爪を有した魔族などなど、いろいろな魔族が話しかけてきた。
とはいえ、俺はこういった会での定番トークなんかもちろん知らないし、必要以上に俺自身のことを話すのは魔王様に禁じられている。魔王様はとりあえず相槌を打ち、なんとなく笑みを浮かべておけば乗り越えられるはずだと言っていた。どうしようもなくなったら「魔王様からのお言葉を待て」と言えば良いとも。…実際これで何とかのらりくらりとやり過ごせるのだから驚きである。
立食パーティというだけあって、あちらこちらに設置された机の上には、とても美味しそうな食事がたくさん並んでいる。
参加客は大きくて硬そうな平べったいパンっぽい物を皿のように扱って食事をしている。一部やたらと高級そうな服を繕った人たちは金色の模様とか入った美しいマイ皿を持参していたりするが、基本はパン皿のようだ。
あ、猫耳と猫尻尾を生やした女魔族が、料理とか果物の汁でふやけたパンを食べてしまった。そして新しいパン皿を受け取っている。なるほど、そういう風に使うのか。確かにこれは理にかなっている。いちいちたくさんの皿を用意する必要はないし、洗い物だって少なくなるだろう。なにより様々なエキスがしみ込んだパンは非常に美味そうである。猫耳美人さん、超顔にやけてるやん。
肉は美しい料理となっているものもあれば、丸焼きになっていたりもする。それでも、豪快というよりは豪華という言葉が似合うな。地球では見たことがない種類だが、魚料理もたくさんある。真っ赤な宝石みたいな果物とかもあった。全てが全て美しく盛り付けられていて、食べるのがもったいないと感じてしまうくらいだ。文化レベル高すぎない?ちょっと前に現代知識チートとか考えたのが恥ずかしくなってくる。
観察している限り、食事にそこまで厳しいテーブルマナーはなさそうだ。そもそも体の構造からして異なるんだ。全ての種族に共通した食器や食べ方というのは難しい故の帰結かもしれない。長くて大きな爪がある手でナイフやフォークは使いにくいだろうしね。体の大きさも違うし。そんなわけで、件のパン皿を用い、基本は手で食べるようだ。しかし、地球のパーティと比べて見栄えが悪いということはない。
統一の食器やそれを用いた食べ方を用意できなかったからこそ、魔族の皆さんはそれ以外の所に美しい所作や洗練された動きとかを求めたに違いない。テーブル上の食材を少しパン皿に取り、それを口に運ぶまでの一連の動作は非常に洗練された美しさを感じる。歩き方一つをとってもどこか輝いて見える有様だ。会釈とかも見惚れるほど超綺麗。え、俺も後々これできる様になんなきゃいけないの?マジで?
…問いかけたら「当然ですよ」ってミリアさんに言われた。マジかー。
そんなわけで、見ているだけでお腹がすいてくるような美味しそうな食事が並ぶパーティである。唐突な開催とは思えないクオリティだ。
だが、俺は並んだ料理の数々を食べることができない。
というのも、パーティが始まる前に魔王様から食べてはいけないと言われているからだ。
なんでも、この土地はありとあらゆるものに高い魔力が宿っている。土にも水にも空気にも。当然、この地で育った食材も大量の魔力を宿す。それらは魔族にとっては害にならずとも、並の人間にとっては食べ過ぎれば危険な代物なのだそうだ。
だからこそ、魔王様は俺にパーティで出た食事を食べるなと言ったのだ。つまりは俺のことを心配してくれたわけである。優しいなぁ、惚れてまうやろ。
魔王様が心配してくれたことは嬉しいし、俺も命が惜しいので食事に手を付けるようなことをするつもりはない。
とはいえ、だ。それはそれとして、豪華な食事の数々を美味しそうに食べている誰かを見続けるというのはキツイものがある。一口くらいなら平気なのではという誘惑に何度負けそうになったかわからない。
しかし、俺は頑張る。頑張って耐える。
なんてったって、これを我慢しきれたら魔王様からご褒美があるのだ。
魔王様は俺に料理を食べるなと言った際に1つの約束をしてくれたのである。なんと、後でご飯を一緒に食べようという約束だ。そう、まさしくお食事デートである。こんなにうれしいことはない。
魔王様自身はこのパーティ中、偉い人たちとお話しなければならず、どうせゆっくり味わうことなど出来ないのだという。いつも会の後に別に食事をしており、今回はそこに俺も招いてくれるということだ。実際、顔を向ければ常に誰かと話し込んでいる魔王様の姿が見える。今は牛顔の2メートルくらいの大男2人が魔王様と話している。
…魔王様は140センチくらいなので、どうしても犯罪チックな光景になってしまっていた。
パーティはとても明るく楽しい雰囲気で進行していき、最初の頃の敵意が嘘のようである。
ドラゴネスさんの「客人」宣言のおかげだろうか。彼のあの一言でガラリと状況が変わった。
…
◆
やがて会が進むと魔王様からのお言葉の時間が来た。
出席への礼とかいろいろなことが語られていくと、ついに今日の会の趣旨が語られ始める。なので、ミリアさんに言われたタイミングで魔王様の方へと向かうと、タイミングよく魔王様が俺を壇上へと招いた。なお、呼びかけは「人間」である。そう、俺は今の今まで自らの名前を公表していないのだった。
…これも魔王様の指示であり、大きな意味があるようだ。その者が持つ「名前」というのは魔術的に非常に重要らしい。創作物で語られることのある「真の名」とかそういうやつである。相手の「真の名」を用いることで遠隔から危害を加えるということも可能だそうだ。龍の女の子と父王殺しの王子が出てくる某戦記のアニメ映画において、敵の魔法使いが王子の「真の名」を悪用したことを思い出してくれればいい。
実は、俺は魔王様と空を飛びながら魔王城へ向かっている際に一度名乗っている。その時に俺の名前を聞いた魔王様が魔法的な力を感じてしまったらしい。
「俺は――――と言います」
「待て、お主それは真の名ではないか?信頼してくれるのは良いが、他の名前をだな」
「他の名前って何のことです?」
「…え?」
というやり取りがあったのである。回想終わり。
俺は現代日本の一般人であるので、真の名なんか知らない。魔王様が考察するに、俺の本名=真の名な可能性があるらしく、それはとても危険なことのようだ。
だから、このパーティは俺の歓迎会ということだが、実際は俺にこの世界での名前を授ける儀式というのが本質だったりする。大勢の耳目があるところで俺の「名前」を知らしめ、俺の安全を確保するのだという。魔王様優しすぎない?俺返せるものとか何も持ってないよ?…凡人の俺にも何か魔王様のためにできることはあるのだろうか。
前もってミリアさんから伝えられていたように、魔王様の前で跪く。
どこか騎士の叙任にも似た一連の動作の後、魔王様が声高らかに宣言した。
「魔王ルナウディアがここに宣言する!この者「リベタス」は余の大切な客人である。今後この者に危害を加えることは余が許さぬ!」
そういうわけで、この日この時より、俺は「リベタス」になった。
…魔族の方々がとてもどよめいてるんですが、何故に?ドラゴネスさんの「客人」宣言の後にあまり向けられなくなった怖い視線も再び集まっている感じ。魔王様は「小動物とかを意味する大したことのない名前にする」とか言ってたけど、別の意味とかあったりしないよね?後でミリアさんにでも聞いておこうかな。
◆
ミリアさん曰く、「リベタス」というのは、かつて実在した魔族の大英雄の名前らしい。人間たちによる苛烈な迫害から魔族たちを逃がし、今の土地へと導いたということだ。
え、それもしかしなくても地球における海割って人々を逃がした的な逸話なのでは?
いや、なんでそんな重要な名前にしちゃったの!?俺ただの一般人なんですけどぉ!?
〈あとがき〉※長いです。読まなくても大丈夫です。
話が進んできて設定とかが入り乱れてきました。こうなってくると読者が離れてしまわないか不安になってきます。
今回の話は情報量も多いし、読者が減りそうで恐怖しながら書いておりましたが、いかがだったでしょうか。少しでも楽しんでいただけたのなら幸いです。
・感想などについての感謝
感想で鋭い考察を頂くこともあって読んでいて私自身とても楽しいです。
第3話と第5話のおかしな点、気付けたでしょうか。今回の話にも色々とありましたが。感想で考察など頂けると励みになります。(ネクスト魔王ズヒント:四天王と魔王)
また、「ここすき」等についても大変参考にさせて頂いております。ありがとうございます。
・質問への回答
前回の話において「女性像が魔王様の母親の像ではないか」という考察を頂きました。結論から言えば違うのですが、物語上重要な事柄に関わる鋭い指摘でした。そのため、それに対する回答をここでも紹介しておきます。
『像は魔王様の母親ではありません。因みに、魔王様の母親の像は城のどこにもありません。像だけでなく絵もありません。それどころか、私物の1つさえも見当たりません。或いは魔王様の執務室か寝室には何かがあるかもしれませんが…。魔王様の父親に関しては像も肖像画もあり、城のいたるところでその面影を感じることができます。』
以上になります。それでは今後も『ゲーム知識がまるで役に立たないのだけれど?』をよろしくお願いいたします。
次回「魔王様の夜這い攻撃!おれは めのまえが まっしろに なった!」お楽しみに!
※予告と実際の内容は異なる場合があります。