塔の覚醒
焦燥感。
シーカー族の青年、レオンの胸には、言いようのない焦燥や不安が募っていた。
眼前に広がるのは深夜のクロチェリー平原。明かり一つないこの平原では、夜空と大地の境界すらあやふやで、はっきりと認識できない。
「........」
なにも、今日だけ特別に焦燥を感じているわけではなかった。
こうやって、イーガ団の組員を始末した後には、いつもレオンは激しい不安や焦燥に駆られた。
さっきまで、残心の太刀を握りしめていた掌を見つめる。
あのイーガ団の男を切った感覚が、未だにその手には残っている。
もしかしたら、あれが両親だったのかもしれない。
イーガ団の両親を持つレオンにとって、イーガ団と対峙した後には、必ずそんな思いがレオンの胸を突いた。
「(.....帰るか)」
言いようのない不安を胸に、レオンは、ゆっくりとカカリコ村に向かって歩き出す。
暗闇が辺りを包むこの平原の中で、遠くは西の方向で、双子馬宿の優しい光が見えた。
日中はあの馬宿のおかげで旅人や行商、野生馬で賑わうこのクロチェリー平原も、深夜にはそよ風の音一つが大きく聞こえるほど、しんと静まり返っている。
辺りに響くのはレオンの足音だけで、時折馬やボコブリンの寝息が聞こえるほかは、一切の静寂に包まれていた。
足音と共に、レオンの長い前髪が揺れる。
月光に照らされ、煌めくように輝くその白髪は、この暗闇の平原の中でも、ひときわ目立っている。
レオンはそんな前髪を撫でつつ、そろそろパーヤに切ってもらうか、と考えながら、その足をカカリコ橋に踏み入れた。
レオンの足音のほかに、川のせせらぎが辺りに響く。
結局、あのイーガ団をアジトまで尾行するつもりが、始末してしまったな。と、そんなことを考えながら、ぼうっと橋を歩く。
さらさらと流れる川のせせらぎが、レオンの耳にはやけに大きく聞こえた。
それと同時に、何処からか、こんな声も聞こえてきた。
『まことのメガネは、イーガ団のアジトの最奥に祀られているらしい』
「.......!?」
突如どこからともなく聞こえてきたその声に、レオンは腰の残心の太刀に手を掛け、辺りを警戒する。
今の今まで、人や魔物の気配は全く感じなかった。そのはずであるのに聞こえてきたその声に、レオンは並みならぬ不気味さを感じた。
「(どこだ.....?)」
臨戦態勢のまま、辺りを見回す。
されどいくら見回したところで、辺りに人影は見つからない。
それどころか、魔物の影一つすらない。
「......」
レオンは、より警戒を高める。
聞こえてきた声の方向を辿るように、目線を向ける。
それはカカリコ橋を渡り終えた向こう側で、暗くて見えにくいが、川岸の方から聞こえてきた。
暗闇の先を、目を凝らすように睨みつける。
ぼやっと浮かぶ橋向こう。川岸の岩々に囲まれ、一つだけ、異様な形をした石がそこに立っているのが見えた。
丸みを帯びた石。辺りの岩とは違う、確実に人工物であろうその石には、なにやら模様が刻まれている様子だが、ここからでは暗くてよく見えない。
石が喋るなんてこと、あるのだろうか。
この世に生を受けて十数年。レオンの人生の中で喋る石なるものは見たことがない。
しかしその声は確実にその石から聞こえてきた。
レオンは、訝しむようにその石を見つめながら、石に刻まれている模様を確認すべく、ゆっくりと近づく。
一歩、一歩と、カカリコ橋を踏みしめて、石に近づく。
そしてその石との距離が十メートルもないというほどの距離になって、ようやくその模様が、レオンの目に映った。そこには......
「これは......」
”瞳”と”涙”。
シーカー族の紋様が、刻まれていた。
──その瞬間
けたたましい轟音が、辺りに響く。
レオンがちょうどその石の紋様を確認したと同時に、どこからかそんな衝撃音が鳴り響いてきた。
地面が唸るように揺れ、ただ事ではない轟音が辺りを包む。
眠っていた動物や魔物たちは目覚め、混乱の限りを尽くす。
地震。だとしたらこの轟音は説明がつかない。
混乱する大地を見回すレオンの目に飛び込んで来たもの、それは
「なにが....どうなってんだ?」
大地から、次々と塔がせりあがってきている様子だった。
*
大地の割れる音。
大地の揺れる音。
それらは轟音となって、レオンの耳を激しく突いた。
このクロチェリー平原から目視できる数だけでも二本。一体どれだけの数の塔が、このハイラルの大地に出現したというのか。
この揺れと音から察するに、2,3本どころではないだろう。
「........」
茫然と遠くにそびえたつ塔を眺めているレオンに、夜の冷たい風が容赦なく叩きつける。
淡くオレンジ色に発光するその塔は、深夜のハイラルの大地の中では、異常なほど目立っていた。そして、遠くから見てもわかるその大きすぎる塔の存在感は、もはや不気味でもある。
夜の静寂が、再びレオンを襲う。
塔が立ってしまえばもう静かなもので。
さっきまであった轟音と揺れは、まるで嘘かのように辺りは静けさに包まれた。
「......驚いている暇はない、か」
茫然と塔を見上げていたレオンは、頭を振るって目を覚ます。
彼は、後ろを振り返り、カカリコ橋の向こうを見やる。
「(1,2,3......5匹はいるか)」
クロチェリー平原から流れるようにこちらに走ってきている、複数体の魔物の影。
恐らくさっきの揺れと轟音で目を覚まし、突然の衝撃で混乱しているのだろう。正気ではない様子で、こちらに向かって走ってきている。
「.......」
レオンは、腰の残心の太刀に手を掛け、体制を低く構える。
魔物たちを見やると、揃いも揃って馬鹿正直にまっすぐ突っ込んできている様子だ。
好都合。
好んで片刃の太刀を使うレオンにとって、戦闘中自分からアグレッシブに動くのは出来るだけ避けたい。そうなると最もレオンにあった戦闘スタイル。その最適解は.....
「はぁ.....っ!」
居合切りによるカウンター。
「グゲェ!?」
太刀による居合とは思えないほどの速度で、鞘から放たれたその抜刀は、優にボコブリン5体を吹っ飛ばし、後続の魔物たちをも一掃した。
その隙を逃さないといった様子で、レオンは一気に魔物たちへと距離を詰め、流れるように切り刻んでいく。
一体、二体、三体、四体....。
一匹も逃がさないといった様子で、レオンは素早く始末していった。
現代のシーカー族は、なにかと技術力の高さのみが注目されがちだ。しかし本来のシーカー族は、ハイリア人より遥かに機動力と躍動力に優れた、戦闘能力の高い民族である。
ハイラル王国の影として秘密裏に暗躍し、忠誠をつくし。暗殺や諜報活動を生業とする、かつてのシーカー族。そんな本能とも呼べる種族の血が、レオンの身には色濃く宿っていた。
「グ、グゥ....」
目の前で起こる惨劇に、モリブリンは気圧されたように後ずさりをする。
暗闇に煌めく白髪、鋭い赤い眼光。そして額に描かれた”瞳”と”涙”の紋様。
軽々と大きな太刀を振り回すその男、レオンは、容赦なくモリブリンに迫り
「.....ふっ」
その首を刈り取った。
「ガッ....!?」
刀を鞘に納めたと同時に、モリブリンは崩れ落ちる。
しかしその様子すら、もうレオンの目には映っていなかった。
目の前に転がるモリブリンたちの亡骸も、突如大地からせりあがってきた塔も、シーカー族の紋様が刻まれた喋る石も、彼の目にはもう何一つ映っていなかった。
「......っ」
彼は焦ったようにカカリコ村に向かって走り出す。
彼の頭の中は、インパやパーヤといった、カカリコ村の民たちの心配ごとで埋め尽くされていたのだ。
「(無事でいてくれ....!)」
普段感情表現を苦手とし、分かりやすく仲間たちの心配をすることがないレオンであるが、根本にあるその純粋な部分が、今の彼を激しく突き動かした。
元より彼は、誰よりも純粋で、誰よりも人の不幸を悲しみ、誰よりも人の幸せを喜べる人間だった。しかしいつからだろう。彼の純粋は、年を増すごとに曇っていった。
その原因の発端は、レオンの両親がカカリコ村を出ていった時にまで遡る。
カカリコ村にスパイとして潜入していたイーガ団の両親の元に生まれ、その両親がカカリコ村に伝わる”秘宝”を盗み出し、レオンを置いて村を出ていったあの日。
村の長老のインパに引き取られた当時の彼は、よく感情を表に出し、よく笑う純粋な幼子だった。
それ故に両親の悪事に普通以上の責任を感じ、彼はなんとかその盗まれた”秘宝”をイーガ団から取り返そうと、今日までの期間、ずっと暗躍の日々を過ごしてきた。
事あるごとにイーガ団関連の事件には首を突っ込み、その度にイーガ団の組員たちと対峙しては始末し、そのことが積もりに積もって、いつしか彼の純粋はどんどん曇っていくことになる。
やがて感情を表に出すことはなくなり、かつてあった純粋な瞳は鋭く光り、いつしか彼の笑顔を見ることも、稀となった。
それでも彼の根底に眠る純粋なその部分は、激しい揺れと轟音によるカカリコ村への被害を、酷く案じていた。
彼は村人たちへの心配を胸に、夢中でカカリコ村へ続く谷の道を駆ける。
木々が、動物たちが、魔物が、すべての景色が後ろへと過ぎ去っていく。
そしてようやく村が見えたというところ。
山に囲まれた道を出て、村にたどり着いたというところで、レオンは息を切らせながら立ち止まる。
「はぁ.....はぁ.....」
膝に手を突き、息を整えながら村を見渡す。見たところ、幸い地震による土砂崩れなどの被害はない。
村人たちは、インパは、パーヤは。
不穏な心持で、彼はインパの屋敷に向かって再び走り出す。
しかし彼を待ち受けていた光景は、予想とは大きく違った村の光景だった。