「おおレオン、帰ったか!」
村人たちの安否を祈って、切羽詰まった様子で村を駆け、屋敷に向かっていたレオンに、一人の男が明るい様子で話しかけてくる。
「帰ったけど....」
「今日はめでたい日だぞ!」
インパの屋敷の門番、ボガード。
彼はレオンの思っていた村の様子とは真逆の出で立ちで、喜びに満ちた表情をしていた。
改めて村中を見回してみると、先に起こった揺れも、轟音も、カカリコ村には全く影響がないどころか、村人たちは歓喜の限りを尽くしている。
「.........」
そんな異様な様子に、レオンは面を食らったように立ち尽くす。
ここまで心配して駆けてきたのが、段々と馬鹿らしく思えてきた。
「ボガードさん」
「うん?どうした?こんなめでたい日にそんなに顔を青ざめて」
「いや、さっきの地震は....」
「レオン、お前なあ。シーカータワーの出現といえば......って、そういえばお前」
「........?」
シーカータワー。
聞き慣れないその言葉に、レオンは首をかしげる。
その様子を見たボガードは、呆れたようにため息をついた。
「いつもインパ様のお話を聞かずに寝てたもんなあ、レオンは」
知らないのも無理はない、とボガードは続ける。
100年前より伝わるシーカー族の伝承。大厄災の最中に起こったその悲劇。四神獣とガーディアンの乗っ取りに、英傑たちの無念の死。
それらの伝承は、100年前実際にその厄災を経験した長老のインパが、古くからこのカカリコ村に語り継いできた。
「えーっと....?」
しかしこの男、レオンは、歴史や伝承なんてものには微塵も興味がなく。
幾度となく聞かされてきたはずのインパの伝承を、聞く度に眠りにこけ、一度その話の一小節が終わらんという頃には、毎度爆睡を決め込んでいた。
「....ったく。とにかくインパ様のところで話を聞いてこい。今度は寝ないようにな」
そうボガードに後押しされ、レオンは歓喜する村人たちの間を縫い、インパの屋敷へと向かう。
深夜だというのにほとんどの村人たちが家の外に出て、突如出現した塔や、塔の出現とともに光りだした祠を眺めては、歓喜のあまりを尽くしている。
そんなカカリコ村の様子に、頭の中を?で埋めながら、レオンはインパの屋敷に到着した。
門から階段を見上げ、屋敷の方を見やると、インパとパーヤもまた、屋敷の玄関を出て、シーカータワーを眺めていた。
「.....あ!お祖母様、レオン様がお帰りになられました」
「おや....。やっと帰りおったか。今夜はどこに行ってたんだい、このドラ息子」
レオンの帰りを確認して、嬉しそうに微笑むパーヤと、呆れたように笑うインパ。
そんないつもどおりの二人の様子を見て、レオンは一息、安心したようにため息をつく。
「.....別に。ちょっとした散歩」
そして、無愛想にそっぽを向きながらそう答えた後、屋敷への階段を登る。
改めて二人を前にして、レオンは遠くに見える塔や、カカリコ村の祠を眺めた。
「レオン、あれが何か分かるかい?」
インパは、いつも伝承を聞かずに眠りにこけるレオンに、からかうように問いかける。
無論、一切の歴史の話を聞いてこなかったレオンに分かるはずもなく、彼は気まずそうにインパから目線をそらした。
「相変わらずよのお。先に突如出現した塔、あのモノの名前はシーカータワー。名前ぐらいは聞いたことあるじゃろう?」
「まあ、名前ぐらいは.....な」
全くの嘘である。
レオンにとってはシーカータワーという名前すらも、先程ボガードに聞いたのが初耳であり、まさに寝耳に水。塔も祠も、一切の詳細を知らないのだ。
「あれは正に希望の兆しじゃ。勇者が、”リンク”が、目覚めた証なのよ」
「ほーん....」
全くわからん。
説明を聞いてもなお、理解できない様子のレオンに、インパは呆れたようにため息をつく。
「パーヤ。このドラ息子にわかりやすく説明出来るかい?」
「は、はいっ。え、えーっとですね。100年前に眠りについた勇者様が目覚めたことにより、同時にシーカータワーや祠が目覚めたと思われましゅっ。.......噛んじゃった」
「ほっほっほ。さすがパーヤじゃ。どこかの誰かさんとは大違いじゃのお」
「うるせぇ....」
100年前の大厄災や、英傑のことについては、さすがのレオンも知っている。
これだけの説明をされれば、なんとなく全容を理解することができた。
100年前。
神獣とガーディアンは厄災により乗っ取られ、四人の英傑は無念の死を遂げ。絶望的な状況の最中、一人の英傑、勇者リンクを回生の眠りにつかせたという。
今もなおハイラル城にて厄災を抑え続けているゼルダ姫の封印も、やがて解ける。
そんな絶望的な状況の今。厄災封印の要である勇者”リンク”が、100年の回生の眠りから目を覚ましたのだ。
「........」
今一度、カカリコ村の住人たちを屋敷から見渡す。
彼らは一様にシーカータワーや祠を見上げ、その眼差しは一様に希望に満ち溢れている。
100年前の悲劇。そして100年間の硬直状態。今や何も知らぬハイリア人に対し、伝承が色濃く伝わるシーカー族は、この100年の時を、いつ厄災が復活するかもわからないという状態で過ごしてきた。
先の見えぬ不安。明日にはゼルダ姫の封印が解かれ、ハイラル全土が滅びてしまうかもしれないという焦燥感。それらが暗雲となり、深く暗くカカリコ村を包んでいた。
しかし今。100年間の回生の時を経て、勇者”リンク”が蘇生を果たした今。もう彼らを包む不安は消え去った。
勇者と姫によって厄災は打破され、ハイラルを包む不穏な影は完全に消滅する。
そういった希望の光が、今のカカリコ村には差し込んでいたのだ。
「(そんな上手く行くかね....)」
まるでお伽噺のような話に、レオンは若干懐疑的であったが、正直、レオンにとって厄災復活についてはさして重要ではなかった。
彼にとって一番重要なこと、それは
「ってことはだ。厄災復活を目論むイーガ団が、勇者復活によって危機感を感じているってことだろ?」
「......そういうことになるのう」
シーカータワーの出現に、祠の覚醒。
これほどまでに盛大に勇者復活を知らしめていれば、厄災復活を目論むイーガ団が危機感を感じるのもおかしい話ではない。今まで以上にその活動を活発にするはずだ。
レオンにとって最も重要なこと。
それは、イーガ団であり、生みの親である両親が、かつてこの村から盗み出したシーカー族の”秘宝”を取り戻すこと。
それ即ち、勇者復活によるイーガ団の活動の活性化は、レオンにとってはチャンスでもあった。
「婆さん、いい加減教えてくれ。俺の両親が盗んだ”秘宝”ってのは、なんなんだ?」
この期を利用して、イーガ団から秘宝を取り戻す。
それが今のレオンにとって最も重要なことだった。
「..........」
「..........」
レオンは、遠くはシーカータワーを見つめるインパの目を、まっすぐ見つめる。
カカリコ村から盗み出された”秘宝”。
レオンの生みの両親が盗み出した”秘宝”。
その実態を、育ての親であるインパは、今まで頑なにレオンに教えようとしなかった。
それは、レオンが親のしでかした罪に、深い責任を感じているのを知っているからだ。
ことあるごとにイーガ団関連の事件に首をつっこみ、危険をも顧みないレオンの姿を、ずっと見てきたからだ。
これ以上深いところまで、イーガ団とレオンを関わらせたくないという、”親”としての心配なのだ。
「...........」
しかし、これ以上歯止めが聞くような男ではないということも、インパはしっかりと理解していた。
「は、はわわ......」
この緊迫した雰囲気に、パーヤが戸惑ったようにあたふたする。
パーヤには、この硬直状態が数時間にも及ぶように感じられた。
「.........はあ。言っても聞かぬのは、相変わらずよのお」
インパは、一つため息を吐いてから、屋敷の中へと入っていく。
レオンとパーヤは、二人顔を見合わせたあと、インパのあとに続いた。
「パーヤ、レオン。その屏風を裏返してご覧なさい」
インパが指差した先には、いつもインパが座っている座布団の後ろの屏風があった。
そこには、1万年以上前にあったとされる、大厄災を四神獣とガーディアン、姫と勇者で沈めた様子が描かれている。
「は、はいっ」
「.........」
そんな屏風を、二人はインパの言われるがままに裏返す。
その大きな屏風は思った以上に重く、レオンとパーヤ二人がかりでも苦戦しながら、なんとか裏返すことができた。
そこには、表の1万年前の厄災の絵とは違う、また別の絵が描かれていた。
「これは......?」
まずレオンの目に飛び込んできたのは、そこかしこに描かれているシーカー族の紋様。
インパやパーヤ、もちろんレオンの額にも描かれているものと同じ。”瞳”と”涙”の紋様。
そして他にも、シーカー族と思われる人々の絵が所々に描かれているのがわかる。
「お祖母様、これは一体.....」
パーヤが、屏風を見つめたまま呟いた。
「これは、我々シーカー族が代々築きあげてきた技術力の記録。屏風の右端を見てみなさい」
言われたとおり屏風の右側。隅に描かれているものに目を移すと、そこには今さっき現れたシーカータワーや、祠。ガーディアンや四神獣などの記述も見て取れる。
「1万年前、我々シーカー族が作り出した叡智の結晶。ガーディアンや四神獣。シーカータワーや祠といったからくりたちは、長いハイラルの歴史の中ではつい最近の出来事に過ぎぬ」
「い、1万年前が、つい最近ですか.....?」
「ほっほっほ。シーカー族というのは、遥か太古の時代。ハイリア人が存在するよりも以前、女神ハイリアの時代から存在したと言われておる。四神獣以前にも、たくさんの技術を作り出してきたのよ」
レオンは、屏風の一面に細かく描かれたその”技術力の記録”を眺める。
四神獣やガーディアンといった見慣れたものから、全く知らないものまで。今までシーカー族が作り上げてきた技術の記録がびっしりと描かれているのがわかる。
その中で一つ、レオンの目につくものが存在した。
「これ......」
屏風の左端。文字のかすれ具合や劣化から見るに、神獣やガーディアンなどが作られた1万年前よりも、遥か太古の時代に作られたと思われるもの。そこには、丸みを帯びた石のような絵が描かれていた。
その石にはシーカー族の紋様が刻まれており、詳細についても記述が残っているようだが、現代の文字とは大きく異なっていて読むことは叶わない。
屏風に描かれているこの石。微妙な形の差異はあれど、今日レオンが村に帰る途中で見たものと同じもので間違いない。
シーカータワーが出現する直前。カカリコ橋のたもとで見つけた、あの喋る石に間違いはないだろう。
「おや、”ゴシップストーン”が気になるのかい?」
「ゴシップストーン?」
「シーカー族の持つ機密情報が記録された奇妙な石のことよ。かつてはハイラルの各地に点在していたらしいけれど、今や一つすら見つかっていないのじゃ」
まだシーカー族が諜報活動を生業としていた時代。彼らが集めた機密情報が記録された石こそ、ゴシップストーンなのだ。
かつてはハイラル各地に点在し、特殊な方法で情報を聞き出すことができたらしいが、今のハイラルにはその影一つすら見つかっていない。故にシーカー族の技術力は未だに不明な点が多い。のだが......
「.........いや」
「うん?どうした?」
「普通にあったけど......」
レオンの記憶が正しければ、カカリコ橋のたもとに、普通に佇んでいたはずだ。
「........」
「........」
「は、はわわ.......」
「今、なんと?」
「いやだから、普通にあったって。ゴシップストーン」
「なんと!どこにあったのじゃ?それが本当なら大発見じゃ!」
くわっと恐ろしい剣幕で、インパはレオンに迫る。
「か、カカリコ橋のたもとに.....」
「そんな近くにじゃと!?これはいち早くプルアとロベリーに....いやしかし....ぶつぶつ」
驚いたかと思えば、なにやら熟考にふけるインパを尻目に、レオンとパーヤは困ったように顔を見合わせる。
「ど、どうしましょう....」
「こうなったら長いよな.....」
未だぶつぶつと熟考するインパを見て、レオンは大きくため息を吐く。
レオンにとって、世紀の大発見だろうがなんだろうがどうでもいい。早く盗まれた秘宝の詳細を教えてくれないかなー、と思いながら、パーヤと二人、屏風を眺めるのであった。
おまけ
「お祖母様、まだなにやら考えていますね....」
「ああなると婆さんは長いからな....」
「それはそうとレオン様。前髪、だいぶ長くなってきてません?」
「そういえばそうだ。パーヤに切ってもらおうと思って忘れていたんだよな」
「お祖母様の方はまだ時間がかかりそうですし、今切っちゃいましょうか?」
「ン、頼めるか?」
「お安い御用です!」
──チョキチョキチョキ......
「そういえばですけど」
「ん?なんだ?」
「このハサミ、新しく新調したんですよね」
「ほーん....。切れ味がいいとか?」
「ええ、それはもう。よろずやさんで安く売っていたんですよ」
「へぇ」
──チョキチョキチョキ.......
「そういえば」
「うん?」
「私が楽しみにとっておいたかぼちゃプリン、知りません?」
「.........」
「私、楽しみに机に置いていたんですけどね。いつの間にかなくなっちゃってて....」
「......最近は物騒だからなあ」
「そうですねぇ.....」
──チョキチョキチョキ......
「このハサミ、ボコブリンぐらいだったら簡単に倒せちゃうんですよ?」
「おい待て、一旦置いてくれそのハサミ」