空色ギターを奏でる彼女は僕の世界を変えていく 作:味なしコンフレーク
※2025年5月26日、一部推敲。
※2025年6月2日、挿絵追加
Ep.03
4月も半ば。花見もそろそろ見納めのシーズンだ。
『花を見るだけの何が楽しいんだか・・・阿呆の考えは理解できないでござる』とか弓手は言っていたが、パスパレふわふわピンク担当が友達とその花見を楽しんでいたと知ったらどんな顔をするのだろうか。
・・・人の不幸を喜ぶのはあまり良くないことなのかもしれないが、ちょっと見てみたい気もする。
そんな考え事をしながら歩いていたからか、気が付いたら知らない建物の前に立っていた。
『旭湯』という看板と暖簾から察するに、どうやら銭湯のようだが・・・。
「『旭湯』・・・はて?」
「あれ?もしかして・・・近衛深春さん?」
振り返ると、そこにいたのは、駅で助けた朝日六花さんだった。
「やっぱり!来てくれたんですね、深春さん!」
「あ、いや、来たというか、迷ったというか・・・」
「どうぞ入ってください!今ならそんなにお客さんいませんから」
「え、あー・・・そうだなぁ」
「あ・・・も、もちろん、迷惑じゃなければですけど」
僕の歯切れの悪い返事を「迷惑だと思っているのでは?」と勘違いしたのか、気を遣ってくれる朝日さん。
僕がやっている人助けは、カツアゲやナンパの邪魔がほとんどで、ガラの悪い連中には顔を覚えられている。仲良くしているところを見られたら、朝日さんが怖い目に遭うかもしれない。だから、これ以上関わらない方がお互いの為なのだが・・・。
「ど、どうでしょう・・・?」
「・・・じゃあ、大人一枚で」
・・・僕も男。美少女の誘いは断れなかった。
石鹸やタオル等を借りてちょっと早めの入浴をすることになってしまったわけだが・・・僕は今、やっぱり断っておくべきだったのかもしれないと少し後悔してしまっている。
「・・・」
「・・・」
休憩所には番台をしている朝日さんだけで、脱衣所には誰もいない。つまりほぼ貸し切りだ。
風呂に浸かるのは面倒くさいからあまり好きじゃないけれど、広々とした銭湯を独り占めできるのだと思うと、少しワクワクしている自分がいた。
そう––––上半身刺青の男が入ってくるまでは。
「・・・」
「・・・・・・」
怖い!こういう銭湯って刺青とかお断りなんじゃないの!?とか、明らかにヤのつく職業の方だよね!?とか。
白髪の短髪、細面の顔に刻まれた皺から70歳くらいだとは思うが、鍛え抜かれた身体は、老人というには生気に満ち溢れすぎていた。
「・・・お前さん、魔術師だろう?」
「–––ッ!?」
そんな男が僕にそう声をかけ、目で殺せそうな鋭い眼光を向けてきた。恐怖で一瞬、息が止まる。
「そう身構えるな。最近、ちょっとした噂になっている正義のヒーローと話がしてみたくなっただけさ」
「・・・話って何を?」
「若いのに感心だなって話さ」
・・・今、はじめて会ったばかりどころかまったく会話もしていない相手に褒められた。不思議な気分だが悪い気はしない。案外、僕は単純なのかもしれない。
「俺が面倒を見ている若い連中にも魔術師はいるが、せっかく生まれ持ったものを喧嘩にしか使えないクソガキ共でな、面倒ごとばかり持ってくる。でもお前さんは、その力を誰かの為にしか使わない。とても難しいことだけどな、本当の強さっていうのはそういうモンなんだよ。少なくとも俺はそう思っている」
「・・・なんでそう思うのかは知りませんけど、買い被りすぎですよ」
自分がどう見られているのかなんて分からないけれど、一つだけ言えることがある。
「僕は、強くなんかない・・・弱い人間です」
「・・・ふんッ!」
バシンッ!という音がした僕の背中がヒリヒリと痛みを訴えた。男に背中を思いっきりひったたかれたのだ。
「いったあ!?何するんですか!!」
「若ェ癖にジジイみたいな辛気臭い顔をしているんじゃねぇ!良いか?優しいだけじゃ守れないものはある。それは事実だ!だけどな、それを知らない奴がこの世の中にはたくさんいるんだよ」
風呂から上がり脱衣所へ向かう男は最後に一言だけ告げて、風呂場を出て行った。
「何を言われたのか知らねぇけどな。たとえ弱くても、誰かを助けたいって思っているお前のその気持ちだけは誇っていいんだ」
とある魔術師たち
「祖父さま、荷物持つよ」
「年寄り扱いするんじゃねぇよ。ったく、どいつもこいつも金魚のフンみたいにくっついて来やがって鬱陶しい。ゆっくり散歩もできやしねぇ」
「みんな祖父さまのことをそれだけ慕っているってことだよ」
「他人事みてぇに言うんじゃねぇよ、庵堂。せっかく高校に入れてやったんだから色んなこと勉強してたくさん遊べ。いつもそう言っているだろうが」
「・・・祖父さま、何だか嬉しそうだね?」
「無視かよ・・・嬉しそうだぁ?」
「あぁ。祖父さまが笑っているところを久々に見た気がする」
「・・・気のせいだ」
「どうぞ、深春さん」
銭湯の裏手にある朝日さんの部屋に招かれた僕は約束通りコーヒー牛乳をご馳走になっていた。
「あ、ありがとう」
「・・・あのう、もしかしてコーヒー牛乳、嫌いでしたか?」
「あ、いや。そうじゃない!女子の部屋って入ったことないから、ちょっと緊張して・・・」
「女っ気のない部屋ですけど・・・でも、悪い気はしませんね」
えへへ、と少し照れ臭そうに頬をかく仕草を少し可愛いと思ってしまった。
「そ、そういえば、そこに立てかけてあるギター、朝日さんの?僕はあんまり楽器とかには詳しくないんだけど、格好いいギターだな。色もいいs「分かりますか深春さん!このギターはですね!人間工学に基づいたデザインでしてとにかくそのフィット感が」ぅおッ!?」
ちょっと変わった形のギターについて話し出した途端、大人しい印象が強かった朝日さんは人が変わったかのように眼をギラギラさせながら早口言葉かと言わんばかりに語り出した。
「––––はもちろんすごいんですけど、何よりすごいのがヘッドレスデザインによる大幅な軽量化にありまして、長時間による演奏も「分かった!すごいのは分かったから、落ち着け朝日さん!顔が近いし!!」・・・あ・・・」
僕の言葉に我に返った朝日さんは無言のまま固まったのも束の間、顔を真っ赤にしながら数歩後退ってから蹲った。
「あぁ〜・・・またやってもうたぁ〜!」
「お、驚いたよ。まさかそんなに熱く語れるほどギターが好きだとは思わなかった」
「ご、ごめんなさい深春さん。私、ギターとか好きなバンドの事になるといつもこうなるんです。うぅ、やらしー・・・」
『恥ずかしそうに顔を隠すところも良い!』という僕の心の声は無視して、少し落ち込んでいる様子の朝日さんに努めて優しく声をかける。
「好きなことに夢中になれるっていうのは良いことだと思うよ。まぁ、興味がない相手を巻き込むような迷惑な奴もいるけどさ」
「?」
「ホラ、このあいだ、僕と一緒にいた弓手ってやつのことだよ。アイツもオタクでさ、まぁ好き勝手喋るわ興味もないのにイベントに連れ回すわ、もう大変でさ。それに比べたら朝日さんのギター語りは聞いていて楽しいよ。瓶底メガネのドルオタより可愛い女子高生の方が嬉しいしね」
「か、かわッ!?///・・・あ、ありがとうございます。でも深春さんだってその、か、かっこいいと思います!」
「ホント!?いやー、みんなそうでもないっていうけど、僕もイケメンの部類ってことか〜!」
「顔・・・は、普通だと思いますけど」
「そこは嘘でも肯定してほしかった!!」
「そ、そうじゃなくて!私、友達はいたけど地味だし鈍臭いし、こうやって周りが見えなくなるくらい視野が狭くなったりするから、変な子って笑われることも多かったんです。でも深春さんは会ったばかりの私を助けてくれて、優しくしてくれて。変なところも笑わなかった。そういうのって難しいことだと思うんですけれど、それが出来ちゃう深春さんは凄いと思うし、その・・・格好いいなーって///」
「・・・」
「って、ごごご、ごめんなさい!!私、深春さんのこと何も知らない癖にペラペラと・・・!」
「いや・・・よく言われる。あんまりピンと来ないんだけどさ」
本当にピンと来ない。助けてもらえた人にとってはそうかもしれないけれど、助けなかった人たちにとっては僕は悪いやつのはずだ。
僕は強くないし才能もない。助けられない事はあるし、助けるために見捨てた人だっている。
やっぱり僕がやさしい人だとは思えない。少なくとも、それを僕が決めていいとは思えない。
『弱い人間でも誰かを助けたいって思っているお前のその気持ちだけは誇っていいんだ』
さっき出会った刺青のお爺さんの言葉を思い出す。
優しい言葉だった。
嬉しかった。
けれどその言葉は・・・やっぱり僕には分不相応だと思うのだ。
「深春さん?」
「・・・僕のことは良いって。ギターをやっているってことはバンドでもするの?着ていた制服、羽丘女子学園でしょ?あそこって確か結構有名なガールズバンドのメンバーが多いところじゃなかったか?Roseliaのボーカルとかパスパレのギターとかさ。そんな人たちがいる中でバンドを始めようだなんて、中々のチャレンジャーだな」
「バンドを始めるのに上手い下手は関係ないと思いますよ。まぁ、私はそのバンドすらまだ始められていないんですけどね・・・」
進学の為に上京してきたと言っていた朝日さんだが、本当の理由は人気ガールズバンドの一つであるPoppin’ Partyのライブを見て感銘を受けたからなのだという。
「朝日さん、ポピパ好きなんだね」
「はい大好きです!キラキラしていて、胸がドキドキする・・・そう光!ポピパさんは現代社会の綺羅星なんです!万有引力の擬人化なんです!!」
「・・・話を蒸し返すようで悪いんだけど、やっぱり始めるにはハードル高すぎない?」
アイドルのパスパレにプロ顔負けのRoseliaだけでも強力なのに、そんな2バンドに引けを取らない結成2年目のポピパ。圧倒的激戦区。正直、負ける気しかしないが、朝日さんは、それでも絶対バンドやる!と意気込んだ。
「まぁ、一度きりの高校生活だから自分のやりたいことやった方が良いかもね」
「深春さんは大学でやりたいこととかないんですか?」
「特にないかなー。朝日さんのバンド探しでも手伝おうかなー、なんてね」
助けた人間とは関わりすぎないようにしていたが、こんなに楽しく誰かと話したのは久しぶりで、ついそんなことを口走ってしまった。
「良いんですか!?」
「あー・・・役に立つかは分からないけれど」
「是非お願いします、深春さん!」
・・・どうやら僕は、朝日さんの笑顔には滅法弱いらしい。
Ep.04
朝日さんとこれからどうするかを話し合い、『母』、『妹』、『弓手』しか無かった連絡先に彼女の名前が加わったところで、外がすっかり暗くなっていたことに気付いた。
たまたま旭湯を通りかかった僕に帰り道が分かるわけがなく、かといって、今更朝日さんに本当のことを言うわけにもいかないので、スマホの地図を頼りに駅へ向かうことにしたのだが、慣れていない道を歩くのだから、当然といえば当然‥‥再び迷ってしまった。
人が血塗れになって倒れていた路地裏に。
「ひッ!?」
見慣れない光景に思わず小さな悲鳴をあげてしまったが、倒れていたスキンヘッドの男の指が少し動いたのを見た僕は恐怖を押し殺して近付いた。
「!・・・出血は多いけど致死量じゃないし急所は外れている。まだ間に合う!!」
救急車を呼んだ僕はシャツを破いて止血しておく。
「・・・ん?」
救急車を待っている間にも簡易的な応急処置をしていた僕はスキンヘッドの男に既視感を覚えた。
「コイツ・・・朝日さんをナンパしていた金髪の仲間」
「・・・けて」
そんな僕の思考を遮ったのはスキンヘッドのか細い声だった。
「たすけ、てくれ・・・金ちゃんが、まだ、おく、に」
「奥?」
「人間、じゃ、ない・・・あれ、は、ばけ、もの・・・助けて!きんちゃん、しんじゃ・・・う」
不穏な言葉を残してスキンヘッドは再び気を失ってしまった。彼が僕の事を覚えていたかどうかは定かではないが、人に暴力をふるう奴がよくもまぁ『助けて』などと言えたものだ・・・見て見ぬ振りは出来ないのだが。
僕は真っ暗闇の路地裏に足を踏み入れた。
「思ったより暗いな・・・ん?」
前に進んでいるのか、後ろに下がっているのか、はたまた同じところを足踏みしているだけなのかという思考を数回繰り返したところで・・・足音とは別の音がした。
ライトが照らしたのは金髪に覆い被さって、グチャグチャと言う音を立てながら肉を食いちぎっている犬のような『何か』であった。
「ひ、人を食っているのか・・・!?」
思わず声を出してしまった僕に反応した犬がこちらに目を向けた・・・真っ黒な窪んだ目を。
「冗談じゃない!死因が『犬に食われた』だなんて笑い話にもならないじゃないか!!」
血が混じった涎を垂らしながら、カクカクと操り人形のように動いていた犬は何も出来ずに地面に這いつくばっている僕を食い殺そうとしている。
足は動かないし、頭は真っ白。そんな状態で魔術を使うための魔力を生成する余裕があるはずもなく、僕は己の不幸を嘆くことしか出来なかった。
絶体絶命。こんなことなら朝日さんに駅までの道を教えてもらうんだったと後悔していた時だった。
ビュンッ!という音と共にどこからともなく飛んできた矢が犬の脳天に突き刺さった。
それだけではない。矢が刺さった箇所から徐々に凍っていき、脳天を射抜かれているのにまだ僕を食い殺そうとしていた犬は一瞬で氷の彫刻になっていた。
「そこの貴方!大丈夫ですか––––って、深春さん!?」
まだ状況がうまく飲み込めず、呆然としている僕に声をかけたのはもう関わり合うことはないと思っていた相手–––氷川紗夜。僕の高校時代の後輩だ。
「氷川!?なんでここに・・・?」
「それはこちらのセリフです。相変わらず、厄介事が大好きなようですね」
「お前まで弓手みたいなこと言うなよ・・・」
凍らせた人食い犬を警戒しつつ、金髪に近づいた氷川は僅かに眉を顰める。
「––––そいつは?」
「・・・残念ですが、手遅れです」
「そうか・・・くそッ」
「ともかくここを離れましょう」
駆けつけた救急隊員が負傷者数名(路地裏の奥には金髪以外にも怪我人がいたが頭を強く打ち、気絶していただけだった)を病院へ搬送。金髪と思われる遺体は警察による現場検証後に司法解剖が行われることとなった。
「大丈夫ですか、深春さん?」
「大丈夫じゃないに決まっているだろう・・・助けられたかもしれないんだ」
「・・・先ほども言いましたが、貴方はトラブルに首を突っ込みすぎです。何故、そこまで人助けに拘るのかは分かりませんが、貴方自身が助けを求めたって良いんですよ?」
落ち込む僕に氷川は優しく声をかけてくれた・・・気持ちを切り替えられたわけではないけれど、少し心が軽くなった気がした。
「・・・教えてくれ、氷川。こういうのは今回がはじめてなのか?」
「貴方と言う人は!・・・いえ、近衛深春という人間は、初めからそう言う人でしたね」
呆れた表情を浮かべながら、氷川は写真を数枚僕に渡した。写真には先程の人食い犬らしきものが写っていた。
「ここら辺では最近、このような失踪事件が多発しているそうです」
「『失踪』!?さっきのはどう見ても『使い魔』・・・魔術師の仕業だろ!?」
「一般人に魔術の痕跡は辿れませんし、そもそも遺体を見つけられないんですよ。何せ骨ごと食い尽くされてしまっているんですから」
「魔術師が殺人の痕跡を隠すために使い魔にそう命令したってことか?」
「その可能性が最も高いでしょう。ですが今回は犯人である魔術師の使い魔を捕らえた」
氷川はそう言って凍った人食い犬の一部を回収したケースを僕に見せた。
「私はこれを依頼主に渡して、それ以上は干渉しないつもりです。ですが貴方はどうやらこの件に首を突っ込むつもりですね?」
「事件による被害者を最初に見つけたのは僕だ。怖いからって見て見ぬ振りは出来ない」
「ではもうひと仕事するとしましょう。依頼主に深春さんへの情報提供を依頼してみます。彼女ならばこの証拠から犯人特定とまではいかないかもしれませんが、事件解決の糸口となるものを見つけ出せるはずです」
「本当か!?助かる!」
「では、連絡先を交換しましょう」
「・・・何で連絡先?」
「連絡が取れないと、いちいち貴方を探して呼び止めないといけなくなるでしょう?」
「いや、まぁそれはそうなんだけど・・・」
「・・・私と連絡先を交換したくないんですか?」
連絡先の交換を渋る僕に氷川は不満そうに口を尖らせた。
「そうじゃないけど・・・」
「何ですか、その煮え切らない返事は!私だって暇じゃないんです。この条件がのめないのなら、この話はなかったことにします!」
「わ、分かった!交換するから!!」
・・・何だか最近、というより、朝日さんと出会ってから意図的に避けていた人付き合いが増えている気がするのは気のせいなのだろうか?