『ザッ──ろそろ、灰域濃度が高まるので通信が阻害されます。合流地点のビーコンはそのまま使用可能なので、ザザッだ──』
「ヒヒヒ、あいよォ。また後で」
『はい! ──ザザッ』
「通信終わり」
トレーラーの横まで来て、エイミーとの通信を終える。
脱力。トレーラーに背中を預けてほぅと息を吐く。苦いだけの缶コーヒーでもあれば完璧なんだけどな。ふと頭によぎった。
力を抜くと口角がゆっくりとつり上がる感覚。
意識して抑えていた唇が薄く引き伸ばされ、ギザギザの歯がむき出しになる。
別に笑顔ではない。強いて言えば真顔だ。
口角に当たる唇部分を指で探す。
本来あるべき場所から指先二本先の部分まで進んでいる感覚。大口を開ければさらに簡単にメリメリ破れそうな気配まである。まるで一口でご飯をいっぱい食べれるように進化してるような……。
……個性的な顔でまだ済むかな?
済む! 現実から目をそらすのは得意ですわ!
クリサンセマムでは特に言われてないし……、言われてないよね? フィムに『どうしてイザナイのお口はそんなに大きいの?』とか言われたら立ち直れない。
……ハァ。誰もいないし独り言ちて発散する。
「……こないだの気絶で大分進んだなァ。意識しないと唇が閉じないねェ。滑舌も間延びさせないと上手く喋れないし、不気味な笑みしか出ないし、とっても眠いし腹減ったし」
「ふむ、一刻程ならトレーラーを守る時間がある。横になるか?」
「イヤァ、寝ると捕食衝動が沸くんだよねェ。自力で偏食因子生産してるけど神機ちゃんも基本お腹空きっぱだしィ、誓約で耐えてくれてはいるけど同調ギリギリ限界パクパクなんですわ。他の三大欲求君達に暴れまわってもらって食欲君の出る杭を追いかけてもらわないとだめなん、よ……?」
「毒を以て毒を制す。その程度で抗える本能ではなかろうに……。やはり、君たちは凄いな」
ん!? 誰と俺は喋っているんだ!?
「ヌェエェ!? 誰ェ!?」
「む、忘れてしまったのか? 確かに、1年ほど会ってはいなかったが」
ビッターンッ!! ガッシャーン!! 神機ちゃんと一緒にビックリしながら地面にひっくり返る。めんたま飛び出すところでしたわ!? 神機ちゃんから不満げな気配が漂ってくるけど、しょうがないじゃん! びっくりしたんだもん!
普通の人が居たらすぐ死ぬ灰域で、いつの間にか自分の真横に訳知り風な精悍な顔立ちなお兄さんが立ってたら誰でもビックリするんですけどぉぉッ!!
「びッ、ビックリしたんだよォ! ヴェルナー、テメエこの! 灰域で気配無く唐突に横に立つんじゃねェ危うくアラガミと間違えてブッ殺す可能性もあるんだぞォ!!」
「む、それは考えていなかったな」
「そろそろ顔を出すとは思ってたけど、現れ方考えろよ……」
精悍な顔立ちのお兄さんは、フフッと思わず零れたような笑みを浮かべた。
彼の腕に着いた赤い手錠型の腕輪が鈍く光る。両手にはバイティングエッジと呼ばれる二刀流形態と薙刀形態を使い分けられる汎用性の高い神機を装備していた。つまるところ、彼も灰域で行動が可能なAGEである。
そして、俺の顔見知りでもある。
こいつの名前はヴェルナー。
何度か顔を会わせた知り合いであり、GE3に登場した物語の転観点になる重要人物だ。
ヴェルナーは転んだこちらに手を差しのべながら、言葉を放った。
「だが私のことを覚えていてなによりだ。君がペニーウォートで見守っていたAGE達も巣立ちの時である。さぁ──」
グレイプニル管理下で虐げられているAGE達を束ねているレジスタンス『朱の女王』の首魁であり、
「──我が同胞よ、君を迎えに来た」
「勝手に同胞扱いはやめろ……。俺はしがない怪物だ」
「相も変わらず、つれない」
──悲しく朽ちる定めを与えられていた人物であった。
◇
私ことヴェルナーがイザナイと名乗る少年に初めて出会ったのは、灰域が広まって二年ほどの頃。今から五年ほど前の話だ。
AGEが灰域で使い捨てられ、迫害され人のように扱われず、嫌気がさした私は自らをAGEと同じ存在に落とし、AGEのためのミナトもしくは同じ志を持つ同胞と共に理想郷を探していた。
レジスタンス『朱の女王』が出来上がったばかりの頃。
虐げられている同胞を救うために各地をさすらっていた頃だ。灰域濃度の高い場所で戦闘音を聞き付け、その場に駆けつけた。
GUOOOO……。
アラガミのヴァジュラが絶命しながら、地に倒れ伏す音。
身の丈以上のロングブレードを振り回し、空中を建物の壁を蹴り、鞠のように跳ね回る少年がいた。年相応の顔は恐怖を無理やり抑え込めたような引き攣った笑みに歪んでいる。
だが、黒が渦巻くその瞳は爛々と勝利への渇望で光っていた。
彼は大量の中型アラガミに囲まれ狙われていた。
すぐに助けねば。飛び出そうとした。
黄金のオラクルビームが少年を貫くためにグングンとホーミングしながら、少年の背中へとどんどん迫っていた。だが月面宙返りの様な事をしながら旧ブラストの神機を巧みに使い、自分に当たる前に処理をする姿。別方向から飛んでくる火球や炎風をそのままダイブと呼ばれる技術でシールドを広げて突っ込みながら、面倒な敵へとどんどん接近していく姿。
身が焦げるのも顧みず、勝利を望んでいる瞳だけは決して揺らいでいない。
──助太刀に入ろうとしていたのに、魅せられ足を止めてしまった。
こんな恐ろしくも大胆に動けるAGEがいるのかと。まだまだAGE成り立ての私では届かない領域に見える戦いだった。
少年はホーミングビームを再度吐き出そうとする宙に浮くサリエルに接近。女神像の胸部を掴みながら裂ぱくの奇声を叫び、サリエルの顔面を捕食。そのままバーストアーツで腕部を切り飛ばして、最後に首を切り飛ばし空中でインパルスエッジの技術を使い再生できぬように首から胸部を吹き飛ばす。
ズザザッと暫くぶりに地面にたどり着いた少年は、ガリガリと神機で地面をかきむしりながら息を吐く間も無く、今度は地を駆ける。
少年を逃がさぬように取り囲むようにシユウ、ハバキリ、ネヴァンが咆哮をあげて襲い掛かる。
スタングレネードの光と爆音が周囲に溢れた。出鱈目な出力のオラクルの斬撃が三匹の皮膚に斬擊痕を残す。
離れた私の場所まで風が渦巻き、足元の瓦礫を撫で付ける。
豪快かつ精密に振るわれる神機とバーストアーツ。勝利への渇望、その感情吐露の咆哮と共に高速で神機が縦横無尽に振るわれる。シユウの拳が砕けハバキリの剣が圧し折れネヴァンの翼が切り飛ばされた。その後も、罠を使いながらも的確に急所を撥ね飛ばしていく。取り囲んでいたアラガミ達が体の構成を保てなくなるまで、少年の咆哮と斬撃は続く。
最後に残っていたのはぜぇぜぇと息を吐く少年一人。最後に神機をポンポンと軽く叩いて肩に担ぐ。
──アラガミよりも荒神と呼びたくなる戦い方をする少年だった。人の形をした暴力そのもの。怪物のようだった。
それが彼、イザナイとの初めての出会いで邂逅だった。
「ッまだいるか!! ……人?」
気配に鋭敏になっているのか、神機をゼロスタンスの構えでこちらに向けて深く体を沈ませるイザナイ。出ていかなければ鏃のように飛び込んできた彼に喉をつぷりとつぶされることまで幻想してしまう。
だが、こちらがなにかを言う前に彼は私が人間であることに気がつき、神機を下し──。
「ヴェルナー・ガドリン……!?」
──驚愕の表情で、私の名前を呼んだ。
姓まで知っていると言うことは、目の前の少年は現グレイプニル総督であるエイブラハム・ガドリンを知っていると理解する。現在の奴隷のように使われるAGEの管理方法を提唱した父の息子であるという事も知っているということになる。
先程の怪物的な戦い方を思い出す。
……私は果たして怒りと共に襲いかかって来るかもしれない彼から自分の命を守れるだろうか?
緊張して冷や汗が体から噴き出した。愛用のバイティングエッジがここまで頼りなく感じたのは初めてだった。
「あー……ども。ここ灰域濃度高いんで、早く帰った方がいいですよ。アラガミは殆ど間引いたんで今ならある程度安全だと思いますし」
予想とは異なり、驚愕から平常に戻った少年から理性的な言葉だけが投げかけられる。
「……君は」
「俺はペニーウォートで働かされてる一介のAGEですよ。まぁご存じの通り扱いは糞ですが。PW-01371で上から読んでイザナイって名乗ってます」
違う。そういうことを聞きたかったわけではない。
「君は私がAGEをこの世へと生み出したグレイプニル総督の息子であると知っていると思った」
「? ええ、知ってますけど」
「……その所業も知っているはずだ。なぜ恨まない」
ああと得心がいったかのように頷くイザナイ少年。
「灰域だと通常のGEじゃ活動できないから、人類が生き残るにはAGEが必要だから生み出したって知っているから? それにグレイプニルも別にAGEを虐げたくて虐げてるわけじゃないですし」
「なにを、言っている……?」
「……? えっ、恨まない理由ですけど」
あっけらかんと無理矢理戦わされているはずの少年はのたまった。
「そういう話ではない! 君は、君たちAGEは確かに虐げられているはずだ! グレイプニルにより腕輪を連結した状態での運用が推奨されている!! 死と隣り合わせの世界で強制的に戦わされ、人間らしく生きることすら取り上げられて!! それを虐げられているといわずになんとする!」
とぼけたような少年に胸中の吐露を行う。
だが、少年は首を傾げ当たり前のようにのたまう。
「え、だって灰域始まってまだ二年だよ? 誰かが助けに来てくれる訳じゃないんだから、ミナト作るにしても灰域の中へと誰かが出ないといけないでしょ。GEは外に出たら死ぬ。AGEは死なない。じゃあAGEがやるしかなくない? 褒賞が与えられないのは思うところしかないけど、それはグレイプニルじゃなくて各ミナトの問題だと思うし……」
「な……な……。であれば、手錠などされずに人間として暮らせていいはずだ! それはなんとする!!」
「あー……、まぁそれは、新型の偏食因子の投与がどれだけ危険かわかってるかどうかですかね。そもそもP73偏食因子が厄ネタだしなぁ。もう二度と起こりえないとしても、
この時イザナイ少年が何を言っているか理解が出来なかった。
この少年は狂っているのか? まだあどけない少年の顔に見えるのに、別世界の遺物のような違和感を感じさせる。見ている視点が違う、そう感じさせられた。AGEの子供がこんな考え方を出来るのだろうか? あまりにも理知的すぎる。
気圧されて一歩後ずさる。
「コホン! 別に手錠腕輪は推奨されてるだけで、ひどいところはひどいだけで人間扱いされてるところもまだあるんじゃない? これからAGEの扱いがどんどん悪くなっていくのは絶対に確かだけど。そもそもこの世界の人間らしくって……アラガミに怯えながらそれでも前向きに暮らすことだしなぁ」
「君は……今の自分の扱いに何も思わないのか……?」
「それは普通に嫌でしょ。気が付いて目が覚めたらいきなりくそ痛い思いしてAGEにされて、どんどん周りは死んでいく」
「では!!!」
「ちょいちょい! 落ち着いて!」
落ち着いてほしいと、手で少年が迫る私をとどめる。困ったように頬を掻きながら、話を戻す。
「若干ズレた論点から初めの話に戻るけど、それでグレイプニル恨むのは筋違いじゃない? アンタのパパが『今からAGE全部ぶっころしまーす!』とか言ったら流石に恨むんだろうけど。でもそれはまだやってないでしょ」
耳を疑う話だった。
グレイプニルの指導のもと手錠型の腕輪が推奨され、人の心を持つのに監獄に閉じ込められ尊厳を踏みにじっている事実をどういう解釈をすればそんな発想に至るのだ。
まるで世界を箱庭の中に閉じ込めて見ているようだ。目の前に少年が立っているはずなのに、空からどす黒い渦巻く瞳に覗かれているような感覚に陥る。
その時は目の前の少年が本当に人間かわからなくなり、掠れた声で倫理を問うような質問が出てしまった。
「AGEのほとんどは子供だ……。かつてのサテライト拠点から、身寄りのない子供を半ば強制的に適合試験を受けさせ、多数の犠牲者が出ている。そして自由なく戦わされている。……君は、それについてどう思う」
「……それは、俺には手が届かない問題だ。また適合できずに死んだなんて話は看守から流れてくるときもあるし、聞いた時はやるせない気持ちにもなる。新たなAGEが産まれた時は、戦い方を覚えるまで死なないように守る。生きることから逃げないことを教える。今の俺に出来るのはそれくらいだ。だから思いつくことは全部やる……って感じだね」
初めて目をそらした少年。
「……私はそんなものたちを救おうと思っている。無理強いされ死にゆくAGEたちが生まれぬ環境を作りたい」
人間味のある感想が出てきた。
これだけ俯瞰した見方が出来る少年だ。苦悩も人一倍だっただろう。
──壊れかけている、だがまだ戻れる。
私はそう考えて、手を差し出した。
だが──。
「でも、AGE生まれないようにって灰域に対して別なアプローチが必要なんだわ。……俺がすごいなって思う人の言葉を借りるなら『この世界を覆す』必要がある」
「……」
私は言葉に詰まった。
朱の女王はAGEを迫害する組織・人からAGEの人権保護および解放活動を主に行うつもりだった。自らの身をAGEに落としたからこそ、今の活動にカリスマが生まれようやくまとまり、同胞たちからの不安が消えたところだ。徒人のためのエリアを作るといっても、AGEと徒人の溝は深くなってしまっている。……お互いの立場が逆転するだけの可能性、それは私が望むモノではない。
少し待ったが、手を握られることはなかった。
嗚呼、やはりこの子は世界を俯瞰的にみている。そういえば、父もまた同じような目をしていたとふと頭によぎった。
……いや、父はあくまでグレイプニルに所属する者のために思想し行動をしていた。この子はAGEの身でありながら人類という種がこれから生きるのに必要な事と、全てを……自分の事すら割り切っている視点を持っている様子に見える。……一体何者なのだ。
「……悪いけど、その手は取れないわ。このクソッタレな世界に絶望してた女の子に格好つけたばっかだからね。格好をつけた手前せめて独り立ちできるまで見守らないとさ」
ヘヘヘとわざとらしく笑って鼻をこする。先ほどまでの理知的な問答の所為で、年相応な動作をされても気を使われてしまったというのが手に取るようにわかってしまう。
その後イザナイ少年は、少し悩んだ様子でこちらに質問をしてきた。
「あー、あのさっき話してて気がついて気になることが出来たんですけど……。質問してもいいですか?」
「なんだろうか」
「……灰域が始まってすぐAGEが作られ始めましたよね? 始めにAGEはどこで産まれたんですか?」
渦巻く黒の瞳が私の解を待っていた。
やはり、ただのAGEがする質問ではない。
「それは、グレイプニルの主導で開発が行われたはずだ。犬飼という博士が第一人者のはずだ」
「あの小物が……?」
犬飼という男を知っているような発言。この子は一体なにを知っているんだ……? いや、私の名前を知っている時点で考えるべき事だった。まさか、元々フェンリル傘下の貴族の子供か……?
そこまで思考していた私に、目の前の少年はさらに衝撃を与えてくる。彼もなにかを考えているようで、口に出すことで考えをまとめようとしていたのかもしれない。
「……俺の記憶が確かなら、グレイプニルは元々フェンリルの軍事担当で大量のゴッドイーターを抱えていた。灰域が広がってすぐに元々のゴッドイーターを適応させる方向で動いていなかったか? 育っている人材を活用するんじゃなく、心機一転して新たな偏食因子を使う考えにあんな簡単な詰めすら誤る男が至るのか……? そもそもP73ーc偏食因子には例のアレが必要……」
「……」
私も犬飼博士の人間性を思い出す。
「偶々と言えばそこまでだけど、グレイプニル主導の研究とは因子違いのAGE産まれるの早くねぇか? それもフェンリルじゃ禁忌に近いP73偏食因子だぞ」
「君は……」
「ん? あ、すいません考え込んじゃって」
そういうものだと思っていて考えたことの無かった類いの思考。
「──君は一体何者なんだ。軍部の人間の人となりまで知っていて、偏食因子にまで推測が立てられる程詳しい。灰域が起こる前に学んだと言っても若すぎる。その割りに老成どころか神のごとき視点で人類を見ている」
今度は私の口から、質問が零れた。
「君は何者なんだ……!」
パチパチと、少年は目を瞬く。
そのタイミングで、少年のインカムから通信の応答を求めるコール音。灰域濃度が通信可能な範囲まで下がったのだろう。一瞬、無理矢理にでも拐って話を聞き出すべきかと脳裏に択を考える。
そんな私に少年はニヒルに笑って、背を翻した。
片手をあげてサヨナラの合図。
「そりゃ決まってる。俺はゴッドイーターさ!」
「いや、ちが……」
違う、そういうことを聞きたかったわけではない。
私は再び思った。
私は呆気にとられて、颯爽と去っていく少年の背中を見送ってしまった。
数回顔を会わせてようやく気がついたが、彼は人の質問の意味を察する部分が少々天然気味だった。
──次に彼と会ったのは『ペニーウォートの怪物』と呼ばれ始めた時だった。
まとめられなかったので分けます。
11/26追記
しごと、いそがし……かゆ……うま…
12/06追記
書ける!と思いかいたらめちゃくそどちゃくそ暗くなったのでもうちょい待ってください……。
12/13追記
難産、難産……! お待たせしてる人がいるかどうかはともかく申し訳ねぇ。
12/28追記
やっとまとまった休みが取れる……
幕間書き順決め
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男のカードバトル イザナイのタイプは?
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リカルドと家事をする話
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行商人とイザナイの話
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オリーネ取材 イザナイの事どう思ってる
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フィムと寝子とイザナイお昼寝
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初恋大作戦 オリーネおしゃれの巻