【完結】ペニーウォートの怪物   作:唯のかえる

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アンケ下位勢をまとめると言ったな。
──あれは嘘だ。(すいません)


幕間 1

 クリサンセマムに来た頃。

 イザナイがアラガミ討伐に出ないと決めた後の話だ。

 ユウゴとオリーネとジークが実力を示すためにアラガミ討伐に出ていた時、船内で一つの出来事があったのだった。

 

 

 ◇

 

 

 黒髪を後ろに流してまとめ、傷痕が刻まれた体躯をもつ偉丈夫。リカルド・スフォルツァがやれやれといった顔でクリサンセマムの通路を歩いていた。

 気の抜けたような表情だが、普段よりも飄々とした様子が抜けているのが彼と共に過ごしたことのある人なら気が付くだろう。

 

(オーナーにも困ったものだねぇ。まぁその辺俺に任してくれてるってんだろうけどさ。信頼に答えないとね)

 

 彼はクリサンセマム所属のゴッドイーターである。彼は他キャラバンとの交渉術に長けて、諜報活動や根回しなどを行ってクリサンセマムを支えている存在。そして、現役のゴッドイーターとして戦闘行動を行う傍らに戦闘管制の補助なども行う万能マンだった。

 さらに踏み込めば、炊事洗濯掃除にメンテ、ありとあらゆることをこの広い灰域踏破船を整備しているのもこの男。もはや、何ができないのかわからないくらい縁の下の力持ち。一家に一台リカルドさんって感じだった。しかも常に飄々としているので雰囲気も良い。あとコーヒーの淹れ方も美味い。……彼に出来ないことはあるんだろうか? 

 

 そんな彼でも。

 いや、そんな彼だからこそ。

 クリサンセマムに守るべきものがある彼は、審美眼を持つオーナーが気を許していても決してペニーウォート産のAGEに対して一定の警戒をしておく必要があったのだ。

 やることがあると言って戦場に出ないのは、見定める必要があったから。

 

(俺が守るべきものの優先順位。このクリサンセマムを、オーナー(イルダ)オペレーター(エイミー)を守らないといけない。グレイプニル(クレア)への影響が出るのもクリサンセマムにとってよろしくない)

 

 だからこそ、普段の飄々さが若干抜けクリサンセマム内を歩く。悪名高い『ペニーウォート』で、そこのブランド品の『怪物』が船内にいることに気を張っているのだ。

 

「どうしたもんかねぇ……」

 

 だが、あの『怪物』はのっけから飛んでもないことを吹っ掛けてきた。*1どこから演技でどこから演技でないのか判断しないといけない。

 形見の本、キースの様子などに絆されてオーナーに面会を許してしまったリカルドの責任もある。

 

「うーん。見張りやすいように、俺の近くで働いて貰いましょうかねぇ……ん?」

「こほっ……。今日は何をおしえてくれるんですか?」

「イザナイさん、またなにか遊びおしえてくれよ!」

「マールばっかりずるい! 私にもおしえてよー!」

 

 イザナイが待機している部屋に近づいたとき、たくさんの楽しそうな声がその部屋から漏れている事に気がついた。

 そっと覗き込む。

 

(子供の声? ペニーウォートにいた子供のAGE3人か? たしか全員10歳未満だったな……。世知辛いねぇ)

 

 子供達の声。

 少し体調の悪そうな少年ショウ。元気そうな男の子のマール。そして、少し気が強そうな女の子のリルだ。

 その声に答えるギザギザ笑みを浮かべた深いクマをたずさえた男もいた。

 リカルドが用があった人物、イザナイだ。

 イザナイは独特な笑い声を上げながら子供たちと目線を合わせて何かを話しているようだ。

 

「ちゃーんとリルにも教えてやんよ。牢屋じゃ大きな声とか出せなかったし、そういうのを考えるか」

「こほっ。道具とかはなにつかうんですか? ゴホッわわっ!」

「ヒヒヒ、世の中には体一つありゃ遊べンだよ! ほれ、肩車だ。しっかりつかまっとけよォ」

「あっ! ずりぃぞショウ! イザナイさん俺もやってくれよー!」

「私もー!」

「ヒャハハハ、後で順番な! よーし、この場で出来そうなレクリエーションゲームは……。『だるまさんがころんだ』とか『色鬼』とか『リズムしりとり』とかか? 壁と距離があれば出来っからなァ。ショウは体調悪いから俺が足になってやるよォ……っておや」

 

 子供たちと視線を合わせていたイザナイが、リカルドに気がつき視線を上げる。

 子供達は先ほどまでの様子とは変わってすぐに声を殺した。

 その習慣になっているような姿にリカルドは心を痛める。

 自由に動けたマールとリルがイザナイの背中に隠れる。肩車されているショウも少し強ばった顔つきでコチラを見ている。

 ちょっとまずったかな? と内心思うリカルド。まぁ仕方ないとして、ヘラッとした笑みを浮かべて頭に手を当てる。いつもの人のいい笑顔を浮かべてごまかすことにする。

 

「あー、ハハハ。いやー、おじさんねぇ──」

「──おいお前ら、この船の俺たちを助けてくれたやっさしィ人だぜ?」

 

 リカルドの内心を察したように、イザナイがリカルドの言葉を遮る。ギザギザの歯をむき出しの笑顔で自分の背中に隠れた子供たちに声をかける。

 

「こほっ……」

「でも……」

「ほんとぉ?」

 

 その様子に仕方なさそうにイザナイは大声で笑う。

 

「ヒッヒッヒ! そんなんじゃぁ、いつまでたっても大きくなれないぞォ?」

「「「……うぅ」」」

 

 イザナイは知る由もないが、原作と違い体を張ってAGEを守っているせいで看守からのいびりが少なかったり、体調不良に対するメディカルキットの共有などで子供たちの性格や体調が少しばかり子供らしく変化、改善されたりしていた。彼の起こしたバタフライエフェクトだが、本人はフレーバーテキスト程度にしか子供たちのことを知らないので気が付いていない。1話で言っている程度の、ひどい咳をしていた子供がいたことくらいしか覚えてないのだ。

 リカルドが怖がる子供たちに、しゃがんで目線を合わせる。

 

「あー。怖がられてるおじさんが言うのもなんだけどね。そういうのは落ち着いてからでいいさ。今はそこのお兄ちゃんに用があってね」

「「「!?」」」

「ヌオッ!? ……急にどうしたァ、お前ら?」

 

 少しでも怖がられないようにと思って優しい口調で言葉を語る。

 心の準備ができるまで君たちに近寄らないよ。お兄さんに用事があるんだ、少し話がしたいんだよ。 

 そう思ってリカルドが告げた言葉だった。

 

 その言葉を聞いて背中に隠れていたマールとリルがリカルドの前に飛び出し、イザナイを庇う様に大きく両手を広げる。

 肩車されていたショウがぎゅっとイザナイの頭に抱き着く。

 手は震えていた。

 

 冷たいペニーウォートで看守たちから守ってくれる背中を見て育った子供たちには、リカルドの温かい言葉が違う意味に聞こえていた。

 

 彼らがいつだって見ていたのは、自分たちが何かを失敗して折檻される前と後に暴れまわるイザナイの姿。そしてその後に看守に連れられて、自分たちとはかけ離れたレベルでボロボロにされた傷だらけの姿だった。子供たちの脳裏に浮かぶのは、手錠と口輪と首輪の鎖でガチガチに拘束されながらも吠えるイザナイ。

 

『俺は宝に執着するタイプの怪物でなァ! ガキと仲間はこのくそったれな世界でも至宝だろうがァ!! 俺の宝に手を出してんじゃァねぇ!!!』

 

 イザナイにとっての宝物たちは震えながらリカルドの前に立つ。

 いつものように自分たちの所為で彼が傷付くのが許せない。また守られてる自分たちが許せない。

 

 ──()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 子供だから役に立たないのはわかっている。

 されど子供である彼らは大人が忘れがちな心の中にある勇気、それがメラメラといつだって燃えている。

 

 大きな掌で頭を撫でてくれる優しい男の姿だ。

 強大な敵に一歩も引かない偉大な大人の姿だ。

 不敵に笑顔で無敵のゴッドイーターの姿だ。

 

 その背中を見て育っていたからできる行動で、いつも歯噛みしていた牢や手錠がない今飛び出さない理由がない。

 彼らも小さいながらのゴッドイーターなのだ。

 

「こほっ僕も、できることをします。だからイザナイさんにおしおきをしないで」

「イザナイさんにひどい事しないでよ。俺もできることするからさ!」

「私たちも一緒に行くもん! 私たちがイザナイさんをまもるんだから!」

 

 唖然とした雰囲気でリカルドが子供の言葉を咀嚼する。

 失敗した言葉を吐いてしまったと、理解した。

 少しだけ空気が止まる。

 

 動かしたのは、いつも以上に頬を釣り上げたイザナイだった。

 

 ガシッと前で両手を広げていたマールとリルの体を抱き寄せて持ち上げる。

 抱擁。

 

 ──そして。

 

 そしてその場でぐるぐると高速回転した。

 ぶん回したコーヒーカップ張りのGが子供たちにかかり、子供皆が目をぐるぐると回す。

 イザナイはもともと瞳がぐるぐるだった。

 

「ヒャハハハ! お前らが俺を守るゥ!? ギャハハハハハ!!」

「「「ワァアアアアアア!!?」」」

 

 ゲス笑いここに極まる。

 

 マールとリルは目を回した。イザナイは抱えていた二人を放し、床にどさっと落とす。肩にいたショウが高速回転のあまりバランスを崩して床に落ちそうなところを首根っこを掴んで、確保。

 そして、同じように床に捨てた。

 

 きゅぅー。

 そんな声が聞こえてきそうな屍が3つ出来上がった。

 

「ハッ! 『ペニーウォートの怪物』の俺を守るなんざ100年はえーっての! ヒャハハハハハ!!」

「ええー……。おじさん置いてけぼりなんだけど……」

「強がりなガキ共はこのくらいの分からせで良いンだよ。で、俺に用なんだろォ? 要件は何だ?」

 

 リカルドが事態についていけず、目を白黒させる。

 少し斜め上をむいたまま笑うイザナイは我関せずで、リカルドに用件を聞く。

 

 リカルドは視線を合わせずに上を向いて目を細めて笑っているイザナイを見て気が付いた。

 ……すこし、息が詰まる。

 が、それを感じさせぬように溜息を吐いて、反転して部屋出る。

 

「いやぁ、少し家事を手伝ってもらおうと思ってたんだよねぇ。ま、その子たちが落ち着いたら一緒に連れてきてよ。君だけ連れてきてまたその子たちに怒られたらさぁ。おじさんさ、たまったもんじゃないよ」

「ヒヒヒ、悪いねェ! ……ちょっと遊ばせてからでいいかァ?」

「はいはい、お待ちしてますよ。ごゆっくりね」

 

 後ろ手を振って、部屋を離れる。

 その直後に通信が入る。イルダからだ。

 

「あ、オーナー? 『怪物』の彼? あー、まー……なんていうんですかねぇ」

 

 リカルドの珍しく言葉に詰まる様子に、通話越しのイルダが首をかしげたのが伝わってくる。

 

「ま、信頼を置いてる相手には甘そうって感じですかねぇ。……ええ、ええ、ハイハイ、わかってますよ」

 

 通信が途切れる。

 しばらく歩く。

 その姿は部屋に向かう時とは異なり普段通りの飄々とした雰囲気を取り戻していた。

 最後にぽつりと独り言ちる。

 

「……そんなに嬉しそうに涙を貯めないでくれよなぁ。おじさん困っちゃうよ」

 

 その後家事手伝いをイザナイと子供たちは行い、クリサンセマムの中に溶け込んでいく。

 リカルドは優しげな笑みを浮かべて、お道化るイザナイと笑顔の子供たちを見守るのだった。

*1
第2話




イザナイの首輪はいつ爆発してもおかしくないと思う人もいるかもしれないので補足です。
 3話でペニーウォートの状況調査報告書出た後に『ペニーウォートの怪物』がクリサンセマムで保護されているとグレイプニル経由で入り、返還指示が入っているので今のところ突拍子もなく炸裂することはないです。
 

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