イザナイに告白した後の数日間の話。
もっとわかりやすく言うならば、ペニーウォートに戻ると宣言したイザナイにオリーネがバックドロップをかますまでの数日間のお話だ。
◇
オリーネは困ったように眉根をひそめて灰域踏破船のブリッジでフィムと一緒に居た。出来ればイザナイも一緒にいて欲しいのだが、告白後動揺するようによそよそしくなってしまったイザナイがなかなか捕まらないのだ。
オリーネの体がイザナイウムの摂取を求めている。最近は好き放題に顔を合わせることが出来る過剰摂取可能期間だったから尚更だ。光り輝く銀髪のポニテが少しだけしおしおと枯れている感じを感じさせられる。
少し枯れたオリーネをフィムが見上げながら不安そうにする。
「おかあさん、怖い?」
「ううん。少し寂しいだけ」
それに対して、オリーネがしゃがんで目線を合わせ解答。子供を不安がらせるのは良くないなと、オリーネは気持ちを切り替えることにした。
「じゃあ、フィムがぎゅっとしてあげるね!」
「ありがとう」
するとフィムが思い付いたように笑顔で抱きついてくる。見る人が見れば分かるくらいに頬を緩ませながら、オリーネはフィムを抱き上げた。フィムリンの摂取である。
銀髪に潤いが戻る。その様子をブリッジでオペレーター業務を行っているエイミーの視界にたまたま入り、二度見された。
「おとうさんに会いに行かないの?」
「む。……もう少し待ってあげたい」
「???」
フィムが良く分からなさそうに首をかしげた。オリーネ的にはようやく通じた告白だったので、もう少しイザナイが落ち着くのを待ってあげたいのだ。イザナイはどんな回答であれしっかりと返事をくれると信頼しているから、オリーネは待てるのだ。
そういえば、とイザナイのことを話題に出してきたフィムはどのくらい彼のことを知っているだろうか。首をかしげたフィムと視線が合っていると笑顔でえへへとうれしそうに笑う。
「フィムはイザナイのことどのくらい知ってる?」
「おとうさん? えーっとね、みんなが強いって言ってる! ヒヒッ、ってフィムに向かってよく笑ってくれて、笑うとギザギザな歯が見えるの! あとね、あとね」
「うん」
「──
「うん?」
こんどはオリーネが首を傾げた。一緒とは何だろうか? 身体的な特徴で似ている部分とかあるかな、と思考を回す。
まぁさっぱり思いつかなかったのでフィムがイザナイに何かを感じ取ったことだけは理解した。
とりあえず、今はそれは置いておいて。
「もっと知りたい?」
「うん!」
「私は口下手だから……。ん、みんなに聞きに行こうか」
「はーい! えへへ、あっ! ひひひ!」
フィムは天使のような笑顔で一回笑い、思いついたように指を口角に当てて頬を上に引っ張る。まるでどこかの男を表現するようにヒヒヒと笑う。
というわけで、オリーネとフィムはイザナイの事をもっと知るためにクリサンセマムの船員たちに突撃インタビューを開始したのだった。
◇
──ルルの場合。
彼の事?
ふむ、そうだな。
私はあまり彼と関わる機会が少ない。
彼はバラン出身の私に警戒をしているのか、どこか一線を引いているように感じてな。
む? 私が女でそんな格好で美人だから?
ふふ、オリーネは冗談が上手だな。
……まぁお世辞はありがたく受け取っておこう。む、フィムも美人と思うって?
ふふふ。君たち親子は本当に優しいな。ありがとう。
本筋に戻るが、かかわったのはあの時だな。
この間『極東リザレクション流』なる謎の技術を見せてもらった時くらいだろうか。
私も出来うることならば使いたいと思ったが……アレはダメだな。神機そのものが大分チューンナップされている形跡があった。
あんな風に神機を大胆にいじる事なんて神機のことに物凄く詳しい人間くらいだろう。下手に弄ったら捕食されて死んでしまうからな。
誰がやったのか聞いてみたのだが、彼自身でやったらしい。
……そういえば、その後気まずそうに目を反らしていたのはなんでだったんだろうか。
とにかく、キースが小さいころに勉強なんかも教えてあげていたらしいじゃないか、キース自身の才能もあるだろうが良い先生になっていたんだろうな。
──クレアの場合。
全然関わってないから知らないんですよね。
同じ船に本当に居るのかって思うくらい、出会う回数が少ないです。
……もしかして私って避けられてます?
え? 私の服装が際どすぎるから?
ははは、オリーネさんも冗談が言えるんですね。
私の格好で会えなくなるなら、イルダさんを視界に入れた瞬間死んじゃいますよ?
あっあっ、ごめんねフィム。おとうさんしなないよ!
今のは私なりの冗談だから、最近ユーモアも努力するヴィクトリアスジョークだから……!
ふぅ、ええとなんでしたっけ。
イザナイさんの事でしたね。
ええと。
……えーっと。
……………………あ!
あの人が読んでるのってフェンリル極東支部のGE英雄譚ですよね!
ペニーウォートの小さい子供たちに音読してるのを見かけたことがありますよ。
ほかにも色々なお話知っているみたいで、不思議ですよねー。
後なぜか神機保管庫の中から聞こえてきたこともあって少しだけ怖く感じましたけど……。
あの話、私もすごく好きなんですよね。
結構英雄風に着色されててプロパガンダって言われてることもありますけど、まぁそんなに世界の危機が極東で起こっていたらたまったものじゃありませんからね。でも好きなんです。
絶望的な状況に立たされた隊員に、極東第一部隊隊長の生きることから逃げるな! って台詞本当に格好良くて……。その数年後のブラッド隊の全員の想いとそれを重ね合わせるブラッド隊長が世界を救うところもほんとすごくって! しかも裏で当然のごとく極東支部の人たちも大活躍してて!
あー、もっとうまく伝えたいこともあるんですけど!
え? イザナイさんと同じこと言ってる? 語彙力の低下も似た感じって?
……意外と同好の士だったり、ってわ、オリーネさんそんな目で見ないでくださいよ!
取りませんって! ちゃんと応援しているんですからね?
……そういえばイザナイさんが持ってるあの本、灰域前にクレイドルって部隊が各地のサテライト拠点だけで子供に配っていた特装版みたいですね。
いいなぁ、きっと宝物なんだろうなぁ。
──リカルドの場合。
おじさんに聞きたいこと?
はは、何でも聞きなー。それとフィムにはこれを上げようねぇ。
フフ、リカルドおじさん特製の飴ちゃんだぞぉ。ちゃんとフィムでも食べられるようにしてあるからね。
あ、オーナーには内緒だぞ? この間から甘やかしすぎだって怒られちゃっててねぇ。
イザナイ、ねぇ。ああいや、別に含むところがあるわけじゃなくて思い出してたんだ。
そうだねぇ……。
ま、見た目と真逆のいい奴だねぇ。
おじさんもさすがのギャップにはびっくりしちゃったよ。
あの狂暴そうな見た目からは信じられないくらい気が利くし、謎に雑学や家庭的な知識量も多い。
ほら、この間フィムがみんなと同じものを食べられなくてしょんぼりしていただろ。
ん? 気が付かなかったって?
……あーほら、フィムのごはんにはオラクルかけないと食べれないでしょ?
でもみんなは普通に食べてる。フィムはそれを少し寂しそうに見ていたわけさ。
そしたら、それをイザナイが気が付いて次の日から大豆の未成熟の奴……枝豆だっけ? を潰し始めたんだ。
最近フィムと同じで料理に緑色のソースが添えてあるでしょ。
ま、極東のほうのペースト料理で『ずんだ』っていうんだってさ。
極東フリークってのは聞いていたけどなかなかだよねぇ。
……なんとなくみんながかけてたからかけてたし、なんとなくディップしてた?
あー……。うん、オリーネはそのまま純粋な感じでいいとおじさんは思うよ。
まぁ、知識量ってのはその件だけじゃないんだけどさ。
……7年前からAGEとなって、学ぶ機会もなかったはずなのにどこで色々な知恵を知ったんだろうね。
キースに教えていた数学に物理学、子供に教えている異常なほどの娯楽の数々。掃除の知識に家事の手際の良さだったり。
ははは、オリーネもイザナイの博学さには驚いてたのか。
となるとこりゃ……。
迷宮入りだな! はっはっは!
……彼、灰災前は貴族だったのかねぇ。
ん? いや、なんでもないさ。
今日の晩御飯は期待していいからな!
──エイミーの場合。
イザナイさんですかー?
ええっとぉ。そうですねぇ……。
実は結構声かけてくれるんですよね。ちゃんとご飯食べてるかとか、ちゃんと寝てるかとか。
なんだか、子供を相手にしている時と同じような空気なので、私的にはちょっとなんとも言えないんですけどね。うーん、私が17歳って知ってるのかなぁあの人。
なんというか、最初は見た目が怖くてあまり近寄らないようにしてたんです。あの人もそれを察しているのかあまり近寄らないようにしていてくれていて……。
ととと、そういうお話じゃありませんでしたね。
ええとぉ、あ、結構勉強熱心なんですよね。
私がオペレーター業務で手が空いてる時とリカルドさんから承った家事手伝いが終わった際に、感応レーダーや通信機器その他の機材の使い方を聞きに来るんですよ。まるで今後使う必要があるみたいに詳細まで質問してきますね。私も良い復習になるので、勉強が捗ります。
特に、アラガミの位置を確認する感応レーダーの使い方や仕組みがどうなっているかとかを詳しく勉強しているみたいですねー。
──イルダの場合。
彼? そうねぇ……。
AGEとは思えないほど、知識量が多いわね。
貴女も知っての通り、AGEの大半はかつてサテライト拠点で生活をしていて灰災発生後に生き残っていた子供たちを利用されていた。
え? あなたとユウゴも? そう、同一のサテライト出身だったのね。
ちなみにイザナイの出身は知っているの?
そう、知らない……か。謎は深まるばかりね。
直接聞く機会があれば聞いてみたいけれど、あれほどの知識を得る生活が出来ていたのだとしたらAGE以前の話を聞くのは彼の心の負担になるかもしれないわね……。いつか彼から話してくれる時が来るといいのだけれど。
貴女に言うのはちょっとあれなんだけど。
まぁ私の印象という意味でね。
……私の昔の婚約者に似ている部分を感じたわ。
正義感が強くて、頭がいいくせに不器用で。
横にいる女よりも、目の前で倒れている人たちのほうを取った人。
ああいう奴はふらふらとどこかに行ってしまうから、貴女ががっしり腕を引いていかないとだめよ?
ふふ、そうね。貴女には言うまでもなかったわね。
私? 婚約者の話?
あはは、とっくに吹っ切れてるわよそんなの。
なんたって私には、自分の身を顧みず必ず後ろの人を守り切る立派な船員がついているもの。
◇
「フィムどうだった?」
「うん……」
オリーネと手をつないだフィムは少し難しそうに目を伏せていた。
その様子に、オリーネは首を傾げた。
「おとうさん、どこかいっちゃうの?」
最後のイルダの吹っ切れたとかの話だろうか。大人だ……! と戦慄していたオリーネには良く分からない部分の話をしていた。
悲しそうなフィムと視線を合わせるためにしゃがみ込む。
「分からない」
「そうなの?」
オリーネにはイザナイがどういう理念で動いているのか分からない。イルダの言う様に、私たちよりももっと傷付いてる人のために旅立ってしまうかもしれない。彼は強がりで、そして何よりとっても優しいから。
きっと優しい彼は今もきっと誰かのために動いているんだろう。もしかしたら、私たちのために動いている可能性もある。そして傷ついてしまうかもしれない。
それだけ頭に入れておけばきっと平気だ。
「フィム。大丈夫、だよ」
「?」
小指を立ててフィムの前にもっていく。指切り。
フィムが不安がらないように、約束をする。
オリーネにしては、がんばって口を回す。
「遠くに離れたのなら、会いに行けばいいんだ」
「……うん」
「彼が傷付くなら助けに行けばいい」
「うん」
「私は……ううん。私たちはイザナイが好きだから」
「うん!」
小指を絡めて解いたフィムがぎゅっとオリーネを抱きしめる。
抱き上げて、オリーネは思いついたように提案する。
「フィムも一緒に行く?」
「うん、フィムもおとうさん好きだよ!」
「む、私のほうが好きだよ」
オリーネの返しにフィムはきょとんと目を瞬かせた。
そして、破顔。
「にひひ! おかあさんも好き!」
「……ふふ、私も好きだよフィム」
そうして今日もクリサンセマムの優しい時間が過ぎていくのだった。
ペニーウォート勢は大体強いすごい賢いで埋まるので省きました。
ペニーウォートでの戦闘とかの閑話をこんな感じで出そうかなと思いましたが、さすがに時間が足りないのと終わってから気力が続いた時でいいかなと。