牢獄の外が随分と騒がしい。
看守が慌てたようにがなり立てているのが聞こえる。
人が走り回る音。『灰嵐』という言葉が飛び交っている。
徐々に、徐々に人の立てる音が少なくなっていく。
最終的に何も聞こえなくなった。
「連れていかれると思ってたが……」
看守が新人なせいか、俺は連れていかれなかった……。多分AGEとして見てるから死んでも代わりがいると、小型とはいえ灰域種に勝てるという価値を理解してなかったんだろう。ペニーウォートの連中が、一度ミナトを脱出してからAGEを迎えに来るとも思えんしな。えええ……、どうしましょう。
オリーネ、ユウゴ、ジークは今の時間灰域でアラガミの討伐中だったはずだ。あいつらは大丈夫だろうか? ……まぁアイツらなら多分大丈夫だろう。今は自分の事を考えなくては、拘束を解除して何とか牢獄から脱出しないと明日がない。
目下の問題は、顔芸と舐めた口をきいた下りで、お仕事に支障がない程度にボコボコにされて普段以上に拘束されてるから脱出できるかどうかなんだよなぁ。とりあえず、まだ死にたくないから全力で足掻くぜ!!
とかやっていると、二つほど走っている足音が聞こえる。
すわ看守か!? と焦ると見覚えのある金髪ポニーの男が息を切らして牢の前に立った。
「イザナイ先輩、助けに来ました! 灰嵐が……って」
「ヒヒヒ、キースか。助かったわ、見ての通りいつも以上なんだ」
助けに来たといったキースが、俺の拘束を見てビックリしている。
普段の腕輪と首輪で体をロック!
さらに口輪と鎖と足枷でロック!
こんなの芋虫ローリングしか、もう方法がありませんわ!!
うおおお! と鉄格子に牢リングアタックかまそうとしてたんだけど、鎖付き首輪のせいで散歩から帰りたくない犬みたいになってたんだよね。助かりましたわ!
「チッ、これは酷いねぇ。時間もない、さっさとここから出てしまおう」
「ん~? 見覚えのない顔だねぇ、誰だアンタ」
「俺はリカルド。灰嵐から取り残された君たちAGEを助けに来た。時間がないから今はそれだけでいいだろうっと!」
キースと無精ひげの黒髪を後ろに流した片腕だけに赤い腕輪を付けた大男が、鎌型の神機『ヴァリアントサイズ』を振り回して牢屋を無理やり開く。そして、問題だった首輪の鎖も叩き切ってくれた。
そして芋虫状態の俺を俵を抱くように持ち上げる。
「じゃ、イザナイ先輩。逃げますよ!」
「あ、悪い。トイレのタンクの中に隠してる本も取ってくれ」
「悪いけど、時間が──」
「形見なんだ。頼む」
キースが息をのむ。リカルドと名乗った男が頭を掻きながら、しょうがないねぇと言って指示通り少し湿気った分厚い児童本を取り出す。極東支部のゴッドイーターの話を子供向けにした英雄譚みたいなものだ。十年以上前に発刊されてたやつみたいで割とゲームの名台詞、決め台詞とかも出てきたりする。著者名にペイラー榊の名前があるのが面白いポイントなのですわ! 何やってるんですかアンタ……。
あと、途中で出てくるサリエルとザイゴートの女神像がかなりエッチな感じに描かれてるのが一番のポイントですね。神絵師降臨ですわ!! コレを失ってしまうなんてもったいないんですわ!!
討伐中、実際にサリエルの胸部分を掴んだら鉄格子より硬くて、悲しみのままぶちぎれて顔面捕食してやったぜ! 許せねぇよなぁ!
「ありがとう。忘れ物なしだ」
「なんというか、噂と違うねぇ」
「ヒヒヒ、お望みならそう接するが?」
「……ううん、結構! よし、それじゃ出発ってな」
「はい! 行きましょうイザナイ先輩!」
そうして俺たちは、灰嵐に飲み込まれるだろうペニーウォートから、灰域踏破船『クリサンセマム』へと脱出するのだった。
◇
クリサンセマムに搭乗した際、イザナイがこの船の主に挨拶をしたいとリカルドに告げた。『怪物』としての評判もあるだろう、今の厳重な拘束状態でかまわないとまで言う。少し迷った風なリカルドだったが、先ほどの童話本を少し眺めるとオーナーに話をしてくると言って去っていった。
しばらくして、リカルドが一人の女性と共に歩いてくる。随分と大胆な格好をしたモノクルをした理知的な女性だ。
「お初にお目にかかります。私はイザナイ・ペニーウォート。AGE管理番号PW-01371。巷では『ペニーウォートの怪物』と過分な評価を頂いている者です」
「え、ええ。初めまして、私はイルダ・エンリケス。クリサンセマムというミナトのオーナーよ。お噂はかねがね」
『ペニーウォートの怪物』
リカルドとイルダは出会った青年の二つ名と各ミナトでの評判を思い返す。
粗暴で低能、看守にさえ牙をむく醜悪な猛獣。
戦闘力のみとてつもなく高く、禁忌種を単独で度々討伐している。
小型の灰域種を
他のミナトやグレイプニルへの交渉の手札としていたペニーウォートの切り札。
そんな評価の青年は、両手がつながっているので握手ではなく、会釈にて失礼。と深い隈のついた目を細めて優し気な笑みを浮かべた。
千切れた鎖付きの首輪に、噛みつき癖のある犬につけるような口輪、さらには分厚い足枷までつけられた人物が発するにはあまりにも柔らかい物言い。イルダは目の前の青年の人物像がうまくつかめなかった。
「この度は私共を灰嵐から救っていただき誠にありがとうございました。ペニーウォートの運営者はどうやら大慌てだったようで……、
「……そうね。貴方達AGEを置き去りにしてしまうくらいですもの」
「いやはや、本当にお手数をお掛けして申し訳ないものです」
本当にこの子が『ペニーウォートの怪物』なのだろうか? リカルドは騙されたんじゃないだろうか? 今迎えに行っている航路を切り開いてくれたAGEの中に『怪物』がいるんじゃないかとまで疑えてきた。……まぁここで嘘をつくメリットが彼らにはないわよね。心の中でイルダは独り言ちる。
後ろにいる金髪をポニーにした青年キースが絶句したようにイザナイと名乗った青年を見ている。
「イザナイ先輩が、変な喋り方してる……!」
「へぇ、普段はどんな喋り方なのかしら。私も見てみたいわね」
「……それは追々。キース、これから大事な話をしようと思うんだ。少し他の小さい子たちと一緒に席を外してほしい」
「んー、先輩がそういうなら。皆ちょっとこっちに来てー」
キースが小さい子供のAGE達を連れて、別室に移動してくれた。すんなりとした移動だ。言葉に力があり、慕われてるのが分かる。
「あら、私も一人になったほうがいいかしら? 『怪物』さん?」
「いえAGE相手なら護衛がいたほうがいいでしょう」
イザナイが肩をすくめる。
そして──。
「ヒヒ。それじゃァ、今後の話をしましょーか」
「「ッ」」
闇より深い黒が渦巻く目で、イルダを見つめてニィと仄暗く笑った。
先ほどまでの好青年然とした雰囲気は脱ぎ捨てて、まったく真逆のナニカに変貌した青年の姿。
「早速ですが、AGEのミナト間の移動は各ミナト管理者およびグレイプニルを通さないと出来ない。当然ながらイルダさんもミナトのオーナーであるならご存じですよね」
「当然分かっているわ。今回の事は一時的処置。人的被害を見過ごせなかった、それだけよ」
「ヒヒヒ、お優しいね。まぁ俺としては生き残れて万々歳だが、他人のミナトから火事場泥棒したとも取れないかい?」
「それは……! いえ、そう取られるわ。私がこのまま貴方達をこの船に乗せ続けていた場合は、ね」
大仰に良くできましたとイザナイは頷いた。
「貴方は当然、俺たちをペニーウォートに返還しないといけない。それが守られるべきルールだ」
「貴方は、あんな牢獄に戻りたいというの……!? 横で家族が死んでいてもおかしくない場所に?」
「個人の意思は関係ないね。契約に基づき、俺たちはペニーウォートの所属なんだよ。無理やり俺たちをAGEにした世界が、そうあれと定めた居場所だ」
ヒュ、とイルダが息をのむ。この子は、あんな地獄のような場所に戻りたいのか? 小さな子供のAGE達を、悪辣な環境に戻そうと思っているのか?
ヒヒヒ、とイザナイは笑い続けている。
「貴方は、それが素なの? 心まで『怪物』なの?」
「はてさて、先ほど普段の喋り方が見てみたいと言ったのはどなただったでしょーか?」
「……揚げ足取りは嫌いよ。もう、話すことはないわ」
残念残念と三日月のような笑みで、ギザ歯が覗く。
この子、AGEにしては教養がある。
これ以上喋っていると、妙なことになりそうだ。リカルドも警戒している。
「ヒヒヒ、でも俺はまだ話すことがあるんだよねぇ」
手錠されたまま、人差し指をイルダにイザナイは向ける。
「アンタさァ、ウチのAGEをタダ働きさせたろ?」
「なっ!? それは灰嵐から貴方達を助けるために!」
「結果論だなァ。火事場泥棒、ついでに管理者経由せずに他のミナトの財源を使っちまったわけだ。しかも灰嵐という一歩間違えれば損失を起こしてもおかしくない状況下でだ。コイツは、高くつくぜ?」
「結局さ、何が言いたいんだい? 言葉攻めしたいだけならそろそろオジサンも黙ってないよ?」
イルダをかばう様にリカルドが出る。険しい顔つきになっているのは気のせいではないだろう。それ以上にイザナイの笑みがどんどん深まる。この状況を楽しむように狂った笑みだ。
「なァに、俺が黙っておけばペニーウォートの連中にはバレやしないさ。つ・ま・る・と・こ・ろ、一つ要望を聞いてほしいんだよね♡」
「AGEの意見を耳に入れるミナトには、とても見えないけれど?」
「俺は『ペニーウォートの怪物』だ。あそこのブランド品なんだよ。そこらの使い捨てられてるAGEとは違う! それに連中は自分の利になることは何でもする」
うちのAGE達見てみろよ。監査もしたんだろ? とイザナイは語る。
ありえない話ではない、とんだことになってしまったとイルダは額を抑える。親切心で助けたと思ったらこんな脅しじみた交渉をしてくるAGEが出てくると思うだろうか? いや、思うまい。
「契約書を一枚作らせてもらう。中型アラガミ1匹討伐分だ、そこまでひどい条件じゃないさ!」
ヒヒヒ。
イザナイは暗く笑った。
イルダとリカルドは『ペニーウォートの怪物』というのが目の前の男であるとようやく実感した。
イルダは、目の前の青年がサラサラと手錠をしたまま器用に筆を走らせた契約書を受け取る。
当然、割に合わない申し出だったら決裂するだけだ。クリサンセマムはこの程度の違約金とAGEの話で揺らぐミナトではない。
「これは……」
「……はー、まいったねぇ」
「……」
だが、内容を読んだイルダとリカルドは目を見開く。
イザナイはもう話すことはすべて話したと威嚇するような笑みだけを顔に貼り付けて、サインをするかしないかの択を迫っている。
契約書の内容を全て読み込んだイルダは、真っすぐにイザナイの真っ暗な目を見て告げた。
「この話、受けます」
「ふー……、契約完了。控えをアンタらがとってくれ、原本は俺が貰う。これにもサインな」
イザナイはそこでようやく威嚇的な笑みを収め、心底疲れたような顔で追加の書類の指示を出す。
イルダも疲れた顔で、腕を組んで息を吐く。
「貴方本当に子供の時からのAGEなの? それに、本当に彼らに言わなくてもいいのね?」
「ああ、契約書通りだ。……難しい内容じゃないだろ、俺がこの船を出るまでの契約だ」
「私は、この契約を決して反故にしたりしない。最後の項は必要ないんじゃなくて?」
「ダメだ。俺は出会ったばかりの他人を信用できない」
イザナイの顔に暗い影が差す。
最後の一文。
『この契約に準拠がなされなかった場合、イザナイ・ペニーウォートは身命を賭してクリサンセマムを襲撃する』
と記載されている。自分自身に強靭な肉体しか価値がないと分かっているAGEの覚悟の一筆。あの悪辣なペニーウォートの看守たちでも手を焼く『怪物』の一筆だ。そんじょそこらのAGEとは、事態の重さが違う。
「……そう。いつかあなたにも私を信用させて見せる」
「ま、ペニーウォートよりはましそうだからな!」
「あそこよりひどい場所なんてそうそうあってたまるものですか!」
「ヒヒ、違いない!」
そしてようやく、今まで見せたどれとも違う年相応の笑顔を浮かべるのだった。
「まぁちゃーんとやってくれれば大丈夫さー。ヒヒヒ、交渉成立だな」
「はぁ……、貴方がどんな人物か分かったわ。ある意味、その辺の商人よりたちが悪い」
「おや、俺はただのAGEだぜ。教養のないガキさ」
「……どうだか」
さて、と言ってイルダはイザナイに背を向ける。話に一区切りついたので、ブリッジに戻るのだ。
「そんなに心配しなくても大丈夫よ。私は、このクリサンセマムに乗る以上はAGE達を当然人として扱うわ。……こんな契約書がなくてもね」
部屋を出る際に、そういってドアをくぐる。
その様子を部屋の外で待機していたキースという子が心配そうに見ていた。
「……大丈夫よ。ちょっとした打診を受けただけ、部屋に戻ったら彼の拘束具をしっかり外してあげて」
「オーナー、いいんですかい? ありゃあ……」
「契約によると、彼は暴れないわ。私たちがしっかりとそれに則っていればね」
「ありがとうございます。あの、イザナイ先輩は人相や噂は悪いですけど、悪い人じゃなくて、すごく俺たちに良くしてくれたいい人で、えっと、すっごく強い人で!」
キースがイザナイの事をうまく説明しようと言葉を探す。
その様子を見てイルダはクスリと笑った。リカルドも微笑ましそうにそれを見つめる。
「ええ、しかとその強さと優しさを味わったわ。……いい先輩を持ったわね」
「! はい、自慢の先輩なんです!」
キースは胸を張ってイルダとリカルドに返した。
しばらくして、進路上のアラガミを排除したユウゴ達がクリサンセマムに乗船する。
GOD EATER3としてのAGE達の環境を改善し灰域を踏破するストーリーが始まりを告げるのだった。
一方そのころ。
イルダさんの服装えっちすぎる!
胸元ちょっと全開すぎない? プルプルですわ!
えっちすぎますわ。もうこれしか勝たないんですわ。
フリルでおっぱいカバーしてるとかなんなん?
いや、大事な話なのでロールプレイ全開で突っ走ってるのに、視線がでっかい谷間に吸い寄せられそうになるのだが? おのれ、コレが一流の交渉技術って奴なんだ。卑劣な術なんだ!
がんばって笑顔を顔に固定させて、視線を下に向けないことに必死すぎた……。
交渉成立してよかった。
本当に良かった……。
はあー、GE世界の女の子の格好えっちすぎる……。
いやぁ、ほんと眼福ですわ。
その自慢の先輩は、ろくでもない思考で深く何度も頷いているのだった。
モノクル美女ヨシッ!