カタカタ、カタ……。
一人の青年が無表情で、ターミナルで資料を漁っていた。
イザナイの健康診断の後に何かに気が付いた様子だったキースだ。
イザナイがヌァザを討伐している間ずっと彼は医務室で調べものをしていた。
普段の優しい笑顔は消え、調べ始めの焦燥感すら消え、抱いた疑問は既に確証に至った。
調べものをしていた指が止まる。
いつの間にか額から流れていた冷や汗だけがぽたりと地に落ちる。背中は汗で濡れ、呼吸も浅い。
真剣そのものの視線だけはターミナルの画面に釘付けだった。
キースという青年は自分で認めることはないだろうが、本物の天才である。
サテライト拠点出身の、まともに学ぶ機会もなく機械いじりが好きだったという理由だけで、通信機器の修理を成功させ看守の目に留まる。そしてペニーウォートで神機整備や備品の整備、システムの管理をさせられていたほどの才覚。一応今は亡き兄達に勉強を教えてもらったという経歴もあるが、その兄らもサテライト拠点の出身である。
さらに言えば、ルルが持っていたバランで開発された『アクセルトリガー』と呼ばれるオラクル細胞の主観的励起システム。使用者にデメリットがあった兵器を安全に運用できるように解析改造して人数分生産まで行った。
そして未来の話。
蝕灰からミナトを守る技術『対抗適応型装甲』と呼ばれる灰域の偏食傾向の変化に応じて自律的に構造を作り変え侵蝕を防ぐ特性を持つ装甲を開発する。さらにさらに極東支部の研究論文を発見し、机上の空論でしかなかった『コアエンゲージ』を完成まで漕ぎつけさせる。
一度イザナイが彼のことを『とんでも博士枠』と心の中で呼んでいたが、上記のようなことを原作内でさらっとやってしまっていたせいなのだ。
そんな彼が、僅かにでも疑問に思ったことを調べないだろうか。
「……」
『みなさーん、もうすぐイザナイさんが戻ってきますよー! お祝いの準備、始めますよー!』
船内にエイミーの通知が入る。
うきうきとして、楽しみを感じさせる声。
……カタカタ。止まっていた指が再び動き出す。
無言で調べていたターミナルでの情報を削除する。
ログを遡っても辿れないように徹底して。
イザナイのバイタルのデータ、腕輪の偏食因子の投与履歴。そして、神機のデータの計測値。それらを閲覧して色々な理論値と比較していた事を隠していく。
適合率の限界までの上昇同調? ああ、理論値ではありえるだろう。だが、実際問題人間が至れる数値じゃない。机上でしか存在しない理論値だから、空論と呼ぶのだ。
イザナイから計測された神機適合率の数値は、もはや一般的なゴッドイーターの平均値を遥かに上回っている。類をみない程に。現実的に考えて、ゴッドイーターと神機はそれぞれ別の生き物なのに……ありえない。
クレアが言っていた、神機がイザナイに合わせているみたいだという発言を思い出す。
「それはもう……」
自分が守ってもらっていたイザナイの皮をかぶった……。
慌てて首を横に振る。嫌な想像を振り払うように。
こわばった顔を片手で覆って空を仰ぐ。
「……。……どうしよう、ジーク兄ちゃん」
「よっ、困りごとかキース」
「オウワァアアアアアアアアア!!!」
「うるさっ!?」
なんとなく漏れた弱音がいつの間にかいた本人に拾われて、キースは目をかっぴらいて口を全開。凄まじい顔をしてその場で飛び跳ねてひっくり返った。どんがらがっしゃーん! と、ギャグマンガ並みに椅子とかを吹き飛ばしてそれはもう盛大に転んだ。
うるさそうに耳を抑えて顔をしかめたジークの姿がキースのすぐそばに立っていた。
「え、え!? なんで!? いつの間に!?」
「いや、お前がイザナイの健康診断の結果見てずっと悩んでただろ? イザナイの戦闘データも見に行かないし、変なことつぶやいて顔色も悪いし、なんかあったんだろうなと思ってな。室内に隠れてた!」
「兄ちゃんが気遣いを!? てか俺、結構長い時間色々調べてたんだけど、よく静かに待ってられたね!?」
「うわ、ひど。俺だって弟の様子が違ったら気がつくってぇの。俺の事どう思ってるんだお前……」
ジークが転んだキースに手を差し伸べた。
「で、なんかあったんだろ? 難しいことは分かんねーかもしれねぇけどさ、兄ちゃんに話してみな!」
「ジーク兄ちゃん……」
「誰かに話して楽になることもあると思うぜ?」
「……うん」
手を掴んで、立ち上がる。
キースにとって頼りになる兄が、そこで不敵に笑っていた。
「……兄ちゃんは『アクセルトリガー』の解析して調整で戦闘に行って貰った時に説明したことを覚えてる?」
「あー? えっと……あーなんか。ワリイ、何となくで使えてるから忘れちまった。なんだっけ?」
「あはは、兄ちゃんらしいね……。説明をするね」
頭の後ろで手を組んで、片眉をあげて首をかしげるジーク。少し思いだそうとしたが、忘れてしまっていたみたいだ。仕方がないなぁ、とキースはもう一度説明をする。
「『アクセルトリガー』は特定条件下において発現した神機使用者の意志エネルギーが体内のオラクル細胞を経由して抽出されて腕輪に集積、腕輪に装着されたブースターがそれを増幅させて神機と肉体に同時的にフィードバックすることで即時能力向上を図る、オラクル細胞の主観的隆起システムなんだ」
「なげぇ! わかりやすく!」
わかんねぇ! と突っ込みを入れるジーク。普段と変わらないジークの様子に、キースもいつもの冷静さを取り戻していく。
「うん、以前の説明の時と同じ突っ込みをありがとう。もっと簡単に言うと、戦闘中にある条件を満たすと、身体ン中のオラクル細胞の力が解放されるシステムなんだ」
「あー、それだ。思い出してきたわ……。確か、俺らの中にあるオラクル細胞の力を開放するから結構やべぇんだったよな?」
「うん、やばいんだ。下手にオラクル細胞を起こしたら体が内側から喰われちまうからね。まぁ『アクセルトリガー』は、あくまで制御込みの装置だから、現状だと安全だから安心してね。でも……」
説明に一息ついて、キースは迷ったように言葉を濁す。
その様子に肩をすくめてジークは続きを促した。
「で? 問題はこっからなんだろ?」
「……うん。あのね、似てるんだ」
「似てるって?」
「イザナイさんの体内から検出されてるオラクル細胞の活動が、『アクセルトリガー』の特定条件下での励起状態と似てるんだ。それも常時、ね」
キースの説明に、顎に手を当ててジークは考えた。自分の分かる範囲でキースに答える。
「つまり、イザナイは常に『アクセルトリガー』を使ってるってことか……?」
「まぁ、その考えであってるかな。ただ問題は、制御装置抜きで常にオラクル細胞が励起しているってことなんだ」
「! それってやばくねぇか?」
ジークが弾かれた様に気が付く。ゴッドイーターにとって一番恐れることが思い当たったからだ。アラガミ化、この五文字が脳裏によぎる。
「やばいんだ。イザナイさんの体はオラクル細胞が体の主権を握ってると言っても過言ではないんだよ。一瞬で内側から喰われてアラガミ化してもおかしくない」
データから見るところ『オラクル細胞がイザナイを生かしている』そう言っても良いレベル。クレアが健康診断の際に言っていたまるで神機がイザナイに合わせているみたいという言葉は、まさに的を射ていたのだ。
イザナイが神機に適応しているのではない、何故か分からないが神機がイザナイに同調していると言った方が正しい。主従が既に逆転しているのだ。
「散々体を調べることを嫌っていたのは、イザナイさんはこのことをばれないようにしていたのかもしれない」
「どういうことだよ」
「入念に調べられたらまずいって本人も気が付いていた可能性があるってことだよ。ペニーウォートじゃ使い捨てのように扱われていた俺たちはキチンとした検査とかはされてなかったけど、クリサンセマムじゃ違うからさ」
なお、注射が死ぬほど嫌いなだけである。
「オラクル細胞を制御できていればゴッドイーターと俺たちは呼ばれるけど、制御できない可能性が見えたら……普通はどうする?」
「それは……だけどよ! イザナイは、普通だったじゃねぇかよ……。いや、でも紅蓮灰域の後あたりからたまに噛みついたりとか獣っぽい動作がアラガミぽく……くそっわっかんねぇ!」
一時的に沈黙が場を支配する。
予想よりやばそうな事態に、顔を引きつらせて衝撃のあまりにのけぞる、先ほどまで頼りがいが見る影もない兄の姿があった。
「どおすんだよそれぇ……!」
「うん、どうしようっか……」
「『アクセルトリガー』の励起? 状態と似てるんだったら、『アクセルトリガー』の制御機構とかでうまくいかねぇのか?」
「……俺も考えたんだけど、逆に危険なんだ。言ってしまえば、イザナイさんのオラクル細胞は牢屋から自由になった俺たちみたいなものだよ。分かりやすく無理やり牢屋に戻そうとしたらどうなると思う?」
「そりゃ暴れる……って!?」
一瞬で、ジークの顔が青ざめる。
「なんでか分かんないけど保たれている奇跡的な均衡が解かれる可能性があるんだ。確実に喰われる。こんなの手の出しようが……」
「偏食因子いっぱい入れるとか! 俺たちってそれでアラガミ化しないんだろ!?」
「偏食因子はあくまで体のオラクル細胞に偏食の方向性を持たせるもの。それに過剰投与は危険なんだ、過去の実験例でアラガミ化が確認されてるよ」
「ぐぬぬ」
がしがし、とジークは頭を強く掻く。
「だめだ! わかんねぇ!」
パンっとジークは自分の顔を両手で気合を入れるように叩いた。
そのままキースにジークは背を向けた。
「兄ちゃん……?」
「俺より頭のいいキースが分からねぇなら俺には分かんねぇ! ──けどよ」
外へと続く扉に手をかけ、ジークは強がるように笑った。キースに笑って見せる。
「──イザナイがやべぇ! ってみんなに伝えればさ、皆が力になってくれるってことだけは分かるぜ!」
「……」
キースは一人で悩んでいた。
アラガミ化とは非常にデリケートな問題だ。
最悪、イザナイの身に手を掛けなくてはいけない。キースには出来ない。心情としての問題ではない、ゴッドイーターとしての実力が足りないのだ。イザナイを手にかけるとすれば、……それはハウンドの中では一人か二人に絞られる。
悲しそうな少女が銀髪を血で濡らすのを想像した。
仲間思いのリーダーが慟哭するのが想像できた。
そんなことを想像するだけで恐ろしくて、一人で黙ってなんとならないか模索するつもりだった。
クリサンセマムにいれなくなるかもしれない。アラガミ化したゴッドイーターを治すなんて、極東の物語でしか聞いたことのない話だ。ありもしない希望に、オーナーであるイルダは頷いてくれるだろうか。
イザナイが今灰域種と戦ったことだって無駄になるかもしれない。
「行こうぜキース! なぁに大丈夫だ、皆で力を合わせりゃな! 無理だと言われていた灰域種だってやれたろ?」
「……うん! 行こう、ジーク兄ちゃん!」
うん、やっぱり頼りになる兄だ。いつだって困ったときに手を引いてくれる。
キースは駆け足でジークの背中を追った。
◇
「ハックシッ! ……ンググ。噂されてんのかァ」
イザナイはトレーラーを動かして、クリサンセマムへの合流ポイントへ急ぐ。
クリサンセマムで起きた事を思い出しながら、がたごとと運転をした。
妙に嫌な予感でくしゃみが出たときはアラガミの襲来かと思い、周囲を警戒したりしたが特に平気な様子。
「自分の幸せねェ。……選ぶって難しいなァ、神機ちゃん」
そうですわねぇ、そうやって悩んでるところも物語的で素晴らしいですわ。脳内お嬢様からどうとでも取れる回答が返ってくる。
世知辛いですわァ……。イザナイはため息をついた。
脳裏によみがえるクリサンセマムでの日々。
「リカルドはガキに優しかったねェ。行商人は元気なわんことめんどくさがりにゃんこで」
運転先に合流用のビーコンが見える。
「カードゲーム、楽しかったなァ。……フィムとの約束は」
そのビーコンのそばに鎮座する巨大な陸上の移動拠点。
灰域踏破船『クリサンセマム』の姿。
「……悪い子だな、俺は」
フィムみたいな良い子との約束を破ろうとしてるんだから。
そう、独り言ちる。
「オリーネ」
神機ちゃんは、何も言わない。
「とっくの昔に選んだ。そうだろ、奇跡を起こすんだろ」
みんないい奴なんだから。
オリーネの事は美人と思うし、そりゃお嫁さんになりたいと言われるのはすんごい嬉しいけど。
オリーネが覚えてるかどうかは分からないが『約束』したもんな。
「灰域なんかよォ、『怪物』が喰いつくしてやるぜェ……!」
俺が居なくてもみんな、そっちの方が嬉しいだろ。
クリサンセマムに搭乗する。
トレーラーを収納し、付着している蝕灰等を処理して帰還ゲートを開いた。
そして気が付く。あれ、なんか妙に静かだな、と。
帰還ゲートの前には銀髪をなびかせる少女が一人立っていた。
「おかえり、イザナイ」
「ただいまァ。オリーネ一人か?」
「……」
いつもと違う服を着たオリーネがいた。
白いシャツの上に真夜中色ミッドナイトブルーのジレを羽織ってライトブルーのスカーフ。黒のオーバーニーを太ももまでぴちっと決めたそれでいて絶対領域が見える黒のショートパンツ。普段のぴっちり戦闘服と違うスマートで軽やかな雰囲気を纏っていて素晴らしい。白いアームカバーで露出が少ないのもグッド。いつも暴力的に揺れる胸へと視線を意識しなくて済むと心の中で喝采が上がる。
この間、一瞬である。
上から下まで一瞬で視線を通して、イザナイは眼福だと頷いた。……そして、頑張って早口にならないように言葉を抑えてほめる。
「なんだ、その、似合ってるな。雰囲気が一新されて新鮮だぜ」
「……」
オリーネ、無言である。
イザナイは首をかしげながら、後ろで開いたままだった帰還ゲートを閉じた。
──閉じてしまった。
シュピーン!! と『この瞬間を待っていたんだぁ!』とオリーネの目が光った。
そして飛び掛かりながら、ブリッジに響くような号令をかける!
「総員確保ォ!!」
「うおおおお!」
「はああああ!」
「うぉりやあ!」
シュバババ!! とブリッジ中からクリサンセマムの乗員が飛んで来る。
どこに隠れてたんだというくらい、あらゆる場所から人が飛び出してくる。
当然、全員がゴッドイーターのメンツである。速度と圧がすごい。
「!?」
とっさにバックステップを踏むが、無情にも帰還ゲートは閉じてしまっている。
イザナイは既視感を感じて思い出した。
あ、これ。
健康診断拒否ってクリサンセマム中を逃げ回った時と同じ光景だわ、と。
「ぐわああああああああああああああああああ!?」
「確保ォオオオオオ!!!」
何がどうなってるんだ!? イザナイは目を回して、困惑するのだった。
長くなってしまったので、オリーネの衣装選びシーンとキースの皆への説明シーンとかは次に回します。割とエンディングまで飛ぶ可能性がありますが、未プレイ者さん方はすまねぇ……。
でも、この小説ヴェルナーがバックにいるからゲームで起きた事ががが。
何度も暗い話を書いてしまって、なんとかなれーッ!って書き直してると思うんです。GE世界って設定が鬼のように人間に厳しぃ……。鬼じゃなくて荒神じゃったか……。
ちなみに今GE3はセール中!
2022/3/16 23:59までだからお気をつけてね!
GE3の女主人公の胸はすごいぞ!!(ダイマ)