イザナイとエイミーが話していた頃、合計5人の男女がミーティングをしていた。
全員腕に腕輪を付けたこの船に乗る若いゴッドイーターたちだ。
その中の男性二人が、意見を言い合っているところから始まる。
「だからさぁユウゴ。イザナイが戦いに出ないのがおかしく感じないのか?」
「ジーク、それじゃ意味がないって言ってるだろ」
「ちがう! そういう事じゃなくて、えーっと……おかしいじゃん!?」
「イザナイが戦ったら、全部イザナイの手柄になる。実際に内実が違っても世間はそうみるはずだ」
このクリサンセマムに乗ってから、イザナイは一度もアラガミとの戦闘に出ていなかった。
ユウゴ達には、自分たちの価値を証明するために『怪物』抜きでの自身達の強さをイルダにプレゼンするようにと言われている。ユウゴも、それは必要なことだと思って納得して戦っていた。
それに、どうしようもない時はイザナイが出ると本人も言っているのだ。強いAGEが後ろ盾してくれてる環境にユウゴはありがたみを感じている。
だが、この話になぜか違和感というか、納得をしていないジークと呼ばれた青年は都度この話題を上げるのだった。
「あーもー! そうじゃないって、あのイザナイが、戦わないんだぞ? おかしいだろ!」
「……? ジークが何を言いたいのかが良く分からない。俺たちにも違和感を感じ取れるように言語化出来るか?」
「えぇっと……。いつも最前線で俺たちをかばうような人が、急に戦わなくなるなんてあるか? なーんかありそうじゃね? いやまぁ、俺の勘なんだけどさぁ……」
「それは、俺たちの夢を叶えるために鍛えようとしてるんじゃないのか?」
「出たよ、生真面目ユウゴ。『死んだら元も子もない』が、あの人のモットーなのにか?」
「それだけ俺たちの強さを信じてくれてた。それだけだろう?」
「ん-、そうだといいんだけどさ。それでもあの人なら、人数は多いほうがいいとかなんとか言ってくれそうじゃね? 得意の口八丁で、看守たちみたいにイルダを丸め込んでさぁ? 流石に女の人だからガブガブ噛みつきはしないと思うけど」
「俺は、気にしすぎだと思うけどな。あと、本人は黙ってるけどあの人女の人には相当甘いからな……」
「なーんかこのままだと取り返しの付かないことになる気がするんだよ、俺はさ!」
ガシガシと、金髪短髪を掻きむしりながらジークは訴える。
「俺馬鹿だから良く分かんないけどよ、出来れば覚えておいてくれよ。頼むぜ、リーダー」
「……そうだな。勘の鋭いジークがそこまで言うなら」
二人の青年、ジークとユウゴの話がいったん区切りがつく。
それを感じて、今まで黙っていた人間も声を上げだす。
最近クリサンセマムに乗船した黒髪を靡かせたルルというAGE。彼女はユウゴ達とは違うミナト『バラン』で育成されたAGEだ。
「バランでも、彼の話は上がっていた。ペニーウォートというミナトのせいで、疑いを持って聞いていたがな」
ペニーウォートはバランでは、いやほとんどのミナトで信用がなかった。理由は、エンゲージをまともに出来ないAGEを高値で売り付けていたり、情報に信用が少ないことが多かったせいだ。実際に少々能力の低い人材が派遣されている。看守の程度をみれば一目瞭然であった。
だが、『怪物』に関しては灰域種のコアと素材が実際に出ているために信ぴょう性が高いと思われていた。小型の灰域種アラガミ素材はグレイプニルとバランによって研究素材としての奪い合いがなされ、価値が高騰したからだ。グレイプニルからの『怪物』購入の打診などもあったそうだ。
流石のペニーウォートのオーナーも『怪物』の価値を理解しているから、手放さなかったと周辺のミナトからは思われている。
表情の変化が少ないルルにさらに表情の変化が乏しいオリーネは言った。
「ルル、惚れないでね」
「……そういうのは、良く分からないから大丈夫だと思う」
「分かっても、ダメだからね」
「あ、ああ。気を付けておこう」
「……、あとジャイアントトウモロコシでのポップコーンの作り方教えて」
「? ああ、かまわない」
「んふふ」
オリーネのルルを見る目が厳しい。それに戸惑ったようにルルはおそるおそる回答を返す。ここまでやられれば、そういう事に疎いルルでも彼女がイザナイに対してそういう感情を持っているのだろうなということが分かったようだ。
そんなミーティングの様子を見ながら、ずっと黙っていた最後の一人。
唯一のAGEではないGEクレア・ヴィクトリアスは首をかしげた。
「あの人、そんなにすごい人なんですか?」
クレアが見たことがある姿は、自分の神機をピカピカになるまで磨いている姿とか静かに童話本をゆっくりと読んでいる姿。……健康診断を嫌がって地面にしがみついて、男衆に首輪から伸びる鎖を引っ張られていた姿。見た目のせいで、完全に病院に行きたくない犬みたいだった。結局イザナイはペニーウォートの機密が漏れるからNG!! と参加しなかった。ペニーウォートじゃ偏食因子の個別調整が不足していたらしいし、絶対に参加したほうがいいのにとクレアは思う。
なんだろう、凄さがわからなくなっていく……。
「お、クレア知らねぇの? イザナイがあの『ペニーウォートの怪物』なんだぜ!」
「実際にどのくらいすごいのかは、あまり知らないです」
「!?」
「そっかー。AGEの中だとわりと有名なんだけどなぁー」
ジークが我が事のように自慢げに告げるが、ピンとこない。
そのクレアの反応に、他の人たちは過剰に反応する。どうも、居心地が悪そうだ。特にオリーネの目つきが凄い。驚愕に驚愕をして驚愕したような表情だ。
この人、こんなに感情が顔に出ることあったんだ……。クレアは座りが悪かったので、もぞもぞとおしりを動かして、聞く姿勢を整えた。
「そうだな。イザナイの二つ名の由来について話そうか」
「お願いします」
ユウゴが頷いて説明するために口を開こうとする。
「まずは、そうだな。「ハイハーイ! イザナイって潜行灰域濃度レベルが馬鹿みたいに高いんだぜ! 看守がレベル5相当って言ってたの聞いた!」ジーク……」
ユウゴがジークに言葉を遮られて不満げな顔をした。クレアもさすがに呆れて首を振った。虚偽の報告だろうと思ったのだ。
「ジーク、潜行灰域濃度レベルは最大で3ですよ。嘘を言わないでください」
「いや、だから5相当って看守が言ってたんだよ」
「レベル5相当って……。常人が10分いたら濃度が低くても死に至るのが灰域なんですよ? レベル3でも濃度レベルが高ければ数時間で死に至ります。そんなの嘘に──こほん、本当に居たら人類の希望ですよ」
オリーネが凄い視線をぶつけてくる。嘘とでも言ったら、視線がオラクルビームにでもなるんじゃなかろうか。そんな気迫を感じる。
「レベル5は虚偽。でも、潜行濃度レベルが桁違いに高いのは事実。ジークの言い方が悪い」
「オリーネ、でもよぉ、ゲッ! ……怒ってる?」
「怒ってない、でもイザナイの事が説明不足になるから少し静かにして」
「ハイハイ、わぁったよ。相変わらずイザナイ好きだねぇ」
「ユウゴ、説明」
切れ長の視線が、ジークからユウゴに移る。
やれやれ、と大きくため息をついてユウゴが再び口を開く。
「クレア、紅蓮灰域は知ってるよな」
「当然です。複数の灰流が交わる場所ですよね。灰域同士がお互いを活性化させていろいろな灰域異常を引き起こす場所です。……言っておきますけど、レベル3でも1時間程度なら問題なく潜れるはずです。それでも、灰域種が住む場所ですから、通常死に至りますけど」
「ああ、1時間程度ならな」
? とクレアは頭の上にハテナを浮かべた。少し引っかかる物言い。
「アイツはあそこに半日近く送られたことがある」
「なんだと!? 何故生きている!?」
「流石にうそ、ですよね?」
今まで動じていなかったルルが大きく目を見開いて立ち上がる。クレアもさすがに信じ切れなかった。そもそも灰域調査をするならグレイプニルに情報が売られて資料に追加されるはずである。
当然、グレイプニル所属でヴィクトリアス家の名を背負う私が、そんな情報を見逃すわけがない! と思いっきり訝しんでいた。
「ペニーウォートでは、AGEは使い捨て同然」
「ああ、俺たちが看守に逆らえなかった理由の一つだ」
「まさか……」
オリーネが切り出し、ユウゴが頷く。
クレアとルルがごくりと息をのむ。
拳が震えるほど強く握ったユウゴが予測可能だったがあり得ない回答を放った。
「灰域濃度が深い所に送られるんだよ。お前はもう、使えないってな!」
「そんなの、人道に反しています……」
「通常の灰域濃度では死ななかったイザナイは最後の流刑地でもある紅蓮灰域に送られたんだ。翌日、潜行灰域濃度レベル3の俺とオリーネとジークは残っているだろう腕輪と神機を回収しに紅蓮灰域に行かされた」
「でも生きてた。ちゃんと生きてた」
「あんときはだいぶヤバかったよなー。イザナイも謎に神機を抱きしめながら『せいやく?』がなんとかとか朦朧と呟いてたし、でも生きて帰ってきたときの看守たちの唖然とした顔と言ったら笑えたよな!」
「ジーク」
「……はいはい、静かにしときますよ」
とんでもない環境だ。でも、本当にそうだとしたら?
『ペニーウォートの怪物』は人類の希望になりえるかもしれない。
グレイプニル本部に報告する必要があるだろう。……ただ、報告するかどうかはユウゴやオーナーに相談してからがいいかもしれない。
「あとはそうだな」
「まだあるんですか!?」
「ああ。イザナイは神機の扱いが馬鹿みたいに上手いんだ。バーストの身体能力の上り幅も昔よりもどんどん上がっていってる。成長し続けていってるな」
「紅蓮灰域の事件の後から、特にそう」
とても強いとのことだし、普通なんじゃないだろうか? 戦い方が上手いって事だろう。バーストに関しても、そういう体質で終わる話だ。実際にGEにも過去にそういう事があったと聞いたことがあった。
「イザナイは持ってる本を参考にしたとか何とかで捕食形態を好きな形に出来るんだ」
「捕食って、捕食ですよね? 溜めてこう、がぶって」
「ああ。滑空したり、凄まじい勢いで前に突っ込みながら食いちぎったり、アラガミを噛みつきながら空を飛び出したりな」
「???」
何を言ってるんだこの人は。そんな童話じゃないんだから、神機が機構以外の動作できるわけない。……ないよね? クレアの反応を見てジークが分かる分かると深く頷いた。
「ああー。そんな反応になるよな。わかるわかる」
「ジーク」
「こんくらいならいーだろ! イザナイは極東リザレクション式とか言ってたっけ」
「気になるなら見せてもらえばいい。イザナイは拒まない」
「ふむ、気になるな。私は後で頼んでみよう」
「ルル、気になるの?」
「……恋心とかじゃないから。分かっているからそんな目で見ないでくれ」
俺もやってみようと思ったんだけど、どうしてもうまくイメージ出来ないんだよなぁ。ジークが頭の上で手を組みながらぼやく。その横でオリーネとルルが馴染みになりつつあるやり取りをしている。後でなんでルルにだけ聞くのかと聞くと、強い人が好きそうだから、と返された。ほぼほぼ女の直感である。
とりあえず、ルルに便乗して後で私も見ておくことにしよう。ところで、極東リザレクション式? 何の流派なんだろうか。まさか、本当に極東の人間全員がそんな異常な技量を持ってるわけないだろう。クレアはそう思った。
「とにかくだ! 一番決定的な事を今から話すからな」
「よっ! 待ってました!」
「ジーク、余計な事言わないでね」
パンパンと、ユウゴが手を鳴らして話を戻す。ジークが笑顔で腕を振り上げる。それをオリーネが仕方がないなぁといった顔で、だけど静かにしろと抑える。ユウゴが得意げに続けた。まるで、自分たちの誇りだと語りだす。
「AGE最高の偉業、いや現人類最高の偉業である灰域種の討伐を行った。小型とはいえ、アイツらの恐ろしさは現場に出るゴッドイーター全てが知っているはずだろ? 今まで話した点を踏まえて、どうだ信じられたか?」
「え、ええ。少しは現実味が、感じられました」
「にわかには信じがたいが、本当なんだな?」
ルルと目を合わせて頷く。ユウゴ達が嘘をつくとは思えない。それに、懐疑的ではあったがグレイプニルでも『怪物』が灰域種を討伐したという報告は残っている。ペニーウォートでなければきっと良い暮らしができたんじゃないだろうか?
なんたって──。
「単独で、灰域種の討伐。本当にすごい人なんですね!」
「「「単、独……?」」」
クレアの言葉にユウゴ達が固まる。
一番早く硬直の溶けたジークが、怪訝そうな顔で言葉を放つ。
「あの討伐で、二人AGEが死んでるぞ。正確には討伐後だけどさ。それでイザナイが暴れまわったから、看守たちに恐れられて『怪物』って言われてんだ」
「え、ですがグレイプニルに登録された資料「み、みなさーん! 聞いてください!」エイミー?」
泣きそうな顔で、ミーティングルームに駆けこんできたエイミー。いったい何があったのだろうか。クレアは一度話を切り上げる。その場にいた全員で、エイミーの話に耳を傾ける。
「イザナイさんと、お話をしたんです。怖い人じゃなくて、でもでも、こんなの不憫すぎます……!」
「イザナイがどうかしたの?」
オリーネが食いつく。
「死ぬまでに、初恋位してみたいって……! でも、全部諦めたような顔してて!」
「!?!?」
オリーネがフリーズした。脳が処理しきれない様子で、無表情でカチンッ! と氷像もびっくりなレベルで固まっている。あれ、この人意外と感情豊かか……? クレアとルルはその様子を眺めてそう思った。
とにかく、エイミーの話を詳しく聞いてみる。
エイミーは先ほどの初恋ジュースの下りを詳しく全員に話した。イザナイが気取ってたせいで無駄に影のついた表情になっていたことなど含めて、感性豊かなエイミーの主観交じりにそれはもういい感じにお喋りした。
ユウゴがハッとなって、氷像と化したオリーネの肩をバシンと叩く。
「オリーネ、これが本当のイザナイの夢だ!」
「!?」
一瞬でオリーネは解凍された。ぎゅるんと音がするくらいの勢いでユウゴを振り返る。ユウゴは笑顔で拳を空に向けて振りぬいた。
「きっと、イザナイもクリサンセマムの優しい雰囲気にあてられて心を開けたんだ!」
「ユウゴ!」
「ああ、任せろ! 本人が諦めてたってイザナイの夢、絶対叶えてやるぜ!!」
「私も、精一杯お手伝いします! お勧めのコスメとか用意しますね!」
「ヘヘヘ、面白くなってきたぜ!」
「私はそういう事に疎いが、料理なら和洋中何でもできる。作戦に使うならいつでも頼ってほしい」
「まったく、仕方がないですね。私も手伝いますよ」
「話は聞かせてもらったわ!」
「「「「「「
「私にも一枚かませてもらうわよ!」
そうして、いつの間にか集まったこの船の船員全員による『イザナイの初恋応援キャンペーンwithオリーネを添えて』が本人の知らぬところで和気あいあいと始まったのだった。
◇
「……討伐は単独ではない?」
イザナイの事を知りたかったこの船のオーナー、イルダはエイミーが駆け込む前の会話が少しだけ聞こえていた。
データベースの資料によると、ペニーウォートからは単独で討伐したと報告が挙げられている。だが、もしそれは虚偽なら?
「調べてみる必要がありそうね。上手くいけば……。フフ」
それはそれとして、イルダもエイミーが駆け込んでいった部屋に入る。
そうして『初恋応援キャンペーン』の支援者として参加したかったのだ。
──この世界の女子は色恋の話に飢えている。
甘い時間がゆっくりと過ぎる。
そうして、物語の根幹。
アラガミの少女が救われる出来事が発生するのだった。