オリーネ回。
夢だ。
古い夢を見ている。
荒れた街に座り込む銀髪の幼い少女が一人。
その少女の前に少女よりも5歳ほど年上の青年が一人。
アラガミの討伐の後、余った時間にちょっとだけお話をしたんだ。
まだ将来の夢を持っていない幼い私に、夢を与えてくれた魔法の時間。
大きなアラガミが乱入してきて殺されそうになって、イザナイに助けてもらったんだっけ。
そしたら、希望とか夢をちゃんと持ってるか? ってお話をされたんだ。
生きる希望を持ってれば、死に際に足掻ける力になるって。
『夢なんて、見ても意味ない』
幼い私はイザナイに冷たく返した。
ユウゴは俺たちは死なないって、いつも自分に言い聞かせてた。折れない彼はすごかった。いつか這い上がってやると爛々と目を輝かせていた。
でも私は、こんな意地悪な世界から逃げられるなら死んでもいいと思ってた。この時まで死んでなかったのは本当にたまたまだったんだと思う。
長くいたら死んじゃう灰域ばかりの世界で、暴力を振るう怖い大人に捕まって、無理やり手錠をされて、食べ物もほとんど食べれなくて、アラガミと戦わされて、逃げ出してもどうせアラガミに食べられるか、自分がアラガミになって死んじゃうんだ。
こんな世界、大嫌いだった。
それだけが、幼い私の知っている全てだった。
『ハハハ、そう言うなって! お前くらいの年頃ならお花屋さんとかどうだ? 素敵だろ?』
『見たことない、そんなの』
『お、おう。そうか……それはもったいないな』
実際に知らなかったのだ。そんな娯楽を与えられるようなミナトじゃなかった。
イザナイは、何も知らない私に笑いかけながら説明をしてくれる。いろいろな種類があって、いい匂いがして、見てるだけで心が癒されるんだぞと。でも、全然その時の私はピンと来てなくて、不貞腐れたように首を横に振ったんだ。
『仕方ないか。……よし、ミナトの皆には内緒だぞ』
『?』
『さぁお姫様、お手を拝借。感応現象、相手を知りたいって強く想うんだ』
暖かい手が目の前に現れる。
腕輪が付いたその手を掴む。
私より大きくて、傷で硬くなったごつごつした指。
優しい彼の掌。
恐る恐る、手を重ねた。
──イメージが流れ込む。
穢れ一つない空。
青くて、大きな入道雲が浮かんでいて、とっても柔らかい光。
一面には綺麗な緑と色取り取りのいい匂いの不思議な物が咲き乱れてる。
風で波が出来て、キラキラと『花』が花びらを飛ばしていく。
『コレが花だ。どうだ、綺麗だろ!』
まるで自分の事のように、ニコリとイザナイは微笑む。そういえば、このころはまだイザナイの歯はギザギザしてなかったんだな。
呆然として、私は今見たイメージを何度も反芻する。
『……アラガミいないよ?』
『そんなのいないさ』
『どうして?』
『夢くらい幸せに見たほうがいいだろ』
『夢? 夢を見たって、何にも変わらないよ』
この先も、戦って死ぬだけ。アラガミを食べて、食べられるだけ。
でも、今のがお花なんだ。
とっても綺麗で、素敵だった。
『ん、そうだな。よし、ほら!』
『あ』
繋がった手を引かれ、イザナイの胸に飛び込んで抱き上げられる。
またイメージが流れ込んでくる。
『人はな、幸せになるために生まれてくると思うんだよ』
リンゴーンと、不思議な音がする。
たくさん人がいて、赤い絨毯を挟んで祝福の声を上げている。
花びらが空からハラハラと降ってきて、絨毯の奥の扉が開く。
『──きれい』
『だろー?』
純白のドレスとベールを纏った女性が花束を胸に赤い絨毯の上を歩いてくる。とても幸せそうで、不思議なくらい魅力的だった。
『今のは『およめさん』だ! お前くらいの年頃なら、誰だってあこがれるんだぞ? いや、誰でもは語弊があるけど……』
呆然としながら、イザナイの顔を見上げる。
安心させるような笑みで私に微笑み続けるイザナイは言葉を続けた。
『綺麗なものを好きになれオリーネ。素敵なものを好きになれば、こんな世界でもきっと生きていたくなるはずだぜ?』
『……うん。およめさん、好きになれそう』
『ハハハ、それは良かった! あ、さっきのイメージ皆には内緒だぞ!』
『うん!』
幸せな夢だ。
この後、ミナトに帰るんだ。
そして、私の夢は『およめさん』になった。
それから相手がいないと『およめさん』になれないって知って、こんな恐ろしい世界であんな綺麗な物を見せてくれたイザナイが素敵だなって思って。
──好きになったんだ。
?
あれ?
なんでイザナイはAGEなのに色々知っているんだろう?
それにこの後、イザナイが何か言ってたような……。
『ま、上手くいけば××なら全部×べてやるよ。全部×っている俺だけが、唯一×能な×法とタイミング×××んだ』
『そんなの食べたら死んじゃうよ?』
『ハハ、俺って偉×になれる可×性がある××××××』
少し、覚悟を決めた様な緊張した顔つきでイザナイが呟いていた。
ふわふわと浮き上がる感覚。
ダメだ、夢が。
──夢が覚める。
◇
ぴっ、ぴっ、ぴっ。
規則的なバイタル音。
すん、と鼻を動かすと薬の匂いがする。
目を開ける。医務室の天井が視界に入ってくる。
「おか、さん? め、さめた!」
「ヒヒヒ。お目覚めだな、お姫様?」
影がかかる。
褐色の少女が、覗き込んできた。
その後ろから私の大好きな人がギザギザの歯を見せる笑顔で立っていた。
どうやら、他の人たちはいないようだ。
「……そうだ、私は庇って」
「おかさん! ありが、とう!」
「おかさん……?」
灰域種がこの船クリサンセマムを襲い、貨物室の奥にいた少女が襲われていた。体は勝手に動いていて少女の代わりに灰域種に噛みつかれたんだ。
噛みつかれた場所を確認してみる。……あれ、傷一つ残っていない。灰域種の捕食はゴッドイーターの感応能力を奪ってバーストをする。つまり、AGEといえど噛みつかれればオラクル細胞の回復能力がほとんどなくなり、即死不可避のはず。
「この子がなんか良く分からん不思議パワーで治したってよ」
「ぱわー!」
「……ぱわー?」
呆れた顔でイザナイが白髪褐色の……角が生えてる少女の頭をポンポンと撫でると、少女は両手を突き上げながらぱわー! と元気よく手を突き上げる。
「おと、さん! えらい?」
「……おとうさんじゃなくて、イザナイさんな?」
「うん! イザナイおと、さん!」
「ハァ、ジークがなんか仕込んでたと思ったら……」
「オリーネおか、さん!」
「? ………………!?」
「ハァ。オリーネもあんまり気に「お、目ぇ覚めたか!」ジーク」
意味が理解できた瞬間、ボンッ! と顔が真っ赤になる私。
その様子を見て、イザナイはコホンと空気を仕切りなおそうとした。
だがその瞬間、部屋が騒がしくなる。ジークが飛び込んできたのだ。
「ジーク! おとさん、おかさん、言えた! えらい?」
「おう! えらいえらい!」
「ジィークゥ? 後でイザナイ式説教だからな? ヒヒヒ、覚えておけよ」
「ウゲッ!? ちょっと、みんな呼んでくるわ!」
頭が痛そうにイザナイが額を抑え、ジークはみんなを呼びに飛び出していく。その瞬間、いたずらな笑顔でオリーネに向かって一瞬親指を立てて、ひらひらと指を振った。あれは、ごゆっくりの合図! ゴクリッ、と私は唾を飲み込んだ。
「イザナイは……」
「ん?」
「イザナイは、いや?」
「えっ? 俺とお前が? ユウゴじゃなくて?」
「私は貴方がいい」
「」
イザナイが、最近キースが寝子で作ったコラ画像の『宇宙猫』みたいな顔になった。
「ちょ、ちょっとまて。待ってくれ」
「ん」
「おかさん? おとさん?」
「まてまてまて、えーっと。お嫁さんになるって、ユウゴのお嫁さんじゃないのか?」
「何度も、あなたがほしいといった」
「ファッ!? 言ってた? 言ってた!」
イザナイが今まで見たことないくらい取り乱してる。好きな人の新たな一面を知れてしまった。こういうところもあるんだ。もっと知りたい。せっかくあの牢獄から出れたのだ。もっともっとこの人の事を私は知りたい。
「おとさん、どした、の?」
「ぐ、う……そ、そんな! いや、急に? いや急にじゃないのか!?」
慌てたように、私が助けた少女はイザナイの前でおろおろする。
始めてみる百面相をしたイザナイはボンッと顔を真っ赤にしてワタワタと私に手を振る。
「いやでも、俺にはやることがあるから!!」
「だめ?」
「ぐっ、ぬ。……ちょっとまて落ち着く」
大きく深呼吸をして、イザナイは動揺を落ち着けたようだ。そして、真剣そうな顔を作って口を開いた。
「……オリーネ、俺は「ちょ、わっ「きゃっ!?」」……」
「みんな、へやのまえにいた! おかさん、おきたよ!」
「お、おう。教えてくれてありがとな」
ガララッ! 少女が引き戸を開けた。
ドサドサ! と医務室になだれ込んでくる聞き耳を立てていただろう船員たち。何人かが床に転がり、気まずそうに顔を逸らした。ジークに至っては吹けない口笛を吹こうとしている。
先ほど以上に顔が真っ赤になったイザナイ。
「──~~シッ!」
「痛いっ、俺だけ的確に!? い、痛ェ……」
転がっていたジークだけを的確に踏みつけ、イザナイは走り去ってしまった。頭にクエスチョンマークを浮かべた少女は自分が成したことが分かってないのか、首を傾げた。
「おとさん、どうしたの?」
「……気にしなくて大丈夫。良く気がついた」
「あっ、えへへ! おか、さん。えらい?」
「ん。えらい」
後10秒待ってほしかったところではあるけど。さすがにその言葉は心にしまった。全て善意で行動してるだろうし、ちょっとイザナイとのダシに使ってしまった罪悪感があったからね、しょうがないのだ。
攻めた内容になったが『イザナイ初恋大作戦withオリーネを添えて』は順調と言えるだろう。私はグッとこぶしを握った。
その後少女の名前はフィムとつけられる。バイタルチェックの後、私は問題なく復帰するのだった。
「あれ、そういえば……。なんで夢のイザナイの歯ギザギザしてなかったんだろう」
「おかさん、どうしたの?」
「ん、なんでもないよフィム」
フィムのサラサラの髪をなでながら考える。
そういえば、紅蓮灰域に送られた後からだっけ。
あんな風に歯を見せつけるように笑うようになったのは……。
「たまたま、気が付いてなかっただけかな?」
私はそう思って、特に深く考えなかった。
◇
数日後。
遭遇してしまった灰域種。
捕食されてしまったオリーネたちは絶体絶命の状況に陥る。
だがフィムの力によって、再起を図り何とか討伐することが出来た。
中型の灰域種をたった数人で討伐を終えた。
これはイザナイ以上の、いや世界初の偉業であるだろう。
間違いなく、AGEとして最高級の価値が付いた。
船に帰りつくと、神妙な顔をしたイザナイが立っていた。
まずはほめてくれた。
良く生きて帰ってきたと。
そして。
オリーネに対する返事を。
「ヒヒ悪いなァ、オリーネ。お前を俺のお嫁さんには出来ねぇわ」
邪悪な笑顔で。
でも、長く一緒に組んでいたユウゴ、ジーク、オリーネには分かった。
こわばった、作ったような笑顔だという事に。
「それじゃあ、俺ペニーウォートに帰るから」
イザナイは背を向けて、カチリと自分の手錠を嵌めなおす。
オリーネはその背中を追いかけ、抱き着いて。
──バックドロップを凄まじい勢いで決めた!!
「ユウゴ」
「……いや、まぁいや、流石にそれはやりすぎじゃ」
「ジーク」
「オイィ、あのイザナイが白目剥いちゃってるよ……」
「早くイルダの所に行く!! ついて来い!」
「「ハイッ分かりました!!」」
ずるずると、白目を剥いたイザナイを引きずりながらオリーネはイルダの執務室へ向かう。
後のユウゴ達は遠い目をしながら語った。
イザナイはたぶん、オリーネの尻に敷かれるだろうな、と。
素直クール、良いよね?
誤字報告本当にありがとうございます……。
コクーンメイデンみたいに生えてきてんじゃなかろうか……?
感想パワーもめっちゃありがたくてありがてぇです頑張ります。(語彙力)