「おー、いたいた、伊世!」
ホームルームが終わるなり、太宰が教室の後ろの引き戸をあげて叫ぶものだからクラスメイト全員が僕をみた。集中する視線にたまらず僕は眉を寄せるが空気が致命的に読めない太宰が急かしてくるものだから、堪らずカバンを掴んでそちらに向かった。
「なあ、今日一緒に帰ろうぜ!なんか最近物騒だから集団下校しろって先生にいわれただろ?」
「寄り道するなとも言われたけどな」
「うっ、たしかにいわれたよーないわれなかったよーな」
「どうせ今日も黒い影の噂を動画撮影に行くんだろう?いつもの撮影係はどうしたんだよ、あいつらと帰るんじゃなかったのか?」
「それがさー、あいつら今日なんか職員室でお話があるんだってさ。だから俺ぼっちなんだよ」
「呼び出し?テストの時期でもないのに」
「なんか、前の実力テストですっげえ点数悪かったらしいからなー、そのせいじゃねーかな」
「それ、おまえの撮影に付き合わされてるせいじゃないのか。あとで謝っとけよ」
「げっ、やっぱそーなのか?あいつらからすっげー睨まれてさ」
「そりゃあ、テストで万年最下位のおまえじゃなくて自分だけ呼び出されたらイラってするだろう、普通」
「あちゃー......俺はいつも通りだったからなー......」
「ちなみに数学は?」
「初めて最初の問題以外解けたんだぜ、伊世と敦田のおかげでさ!」
「点数は?」
「いっつも40点だったのが60点だったんだ!初めて赤点免れたんだよ!すごくねー!?」
「チャンス問題正解しただけじゃないか」
「いやいやいや、結果良ければ全てよしなんだよ!20点から40点でふらふらしてたから大進歩だろ!?」
「僕としてはもっと点数あげてくれないとわりにあわない。毎日宿題手伝いさせられてる身としては」
「きびしーなあ」
「撮影に付き合うのはナシだ、寄るのはいいけど」
「マジ?あーあ、せっかくチャンスだと思ったのになー」
「ちなみにどこ行くんだ?」
「高架橋下だよ、あのすっごい低いとこ」
「なんでまた」
「あれ、まだ聞いてないのか?黒い影、また出たんだってさ。昨日、襲われたうちの二年の男子生徒が行方不明らしいぜ。なんとか逃げられたやつがいうには朝には黄色いテープが張られてたらしいから、通魔事件かもって話しだけど」
「なら通行止めじゃないか?警察が見張ってるなら近づけないんじゃ?」
「いや、大丈夫なはず。寮からこっちくるときにチラ見したけど、誰もいなかったし、テープも撤去されてたし」
「そっか、ならいいけど」
最近、うちの学園を賑わせているのは太宰のいう黒い影の噂だ。うちの学園の生徒が立て続けに行方不明になっており、なんとか逃げられた生徒はかならず黒い影に襲われたと証言する。逃げ遅れた生徒はその日から例外なく消息不明になっており、連続誘拐事件とささやかれてすらいた。
それでなくても、最近はなにかと物騒で通り魔事件が近くで発生したりして、このあたりの事件が発生すると救急車でかならず運ばれることになる縄印大学病院はそろそろ満室になるんじゃないかと噂されていた。
オカルト系Vチューバーとして、そこそこの再生数を稼ぎ始めた太宰は俄然張り切っているわけである。この反応をみるに被害者が日増しに増えている縄印学園高校の生徒があえてその黒い影に挑む構図が好奇心を産んで再生数に貢献しているものと思われる。黒い影からしたら、飛んで火に入る夏の虫なんだろうが、僕らがいくら忠告してもやめないからいいかげん諦めていた。一度は痛い目見ないとやめないだろうと僕と敦田は認識している。
「ならあの高架橋通って帰る感じか」
「そうだなー、って、お?」
太宰のスマホが鳴った。僕はポケットの振動で着信に気づいた。ほぼ同時だ。顔を見合わせた僕らはそれぞれスマホをみた。LINEがきている。敦田からだ。グループラインから投稿されている。
「急なシフトか、敦田も磯野上も大変だな」
「最近多くね?なんのバイトしてんだろーな」
「あの2人のことだから変なバイトじゃないとは思うけど」
「わかる。でもブラックじゃねーかな、ミヤズちゃんほっぽいてバイト来いとかやばいって」
「たしかに。でも、敦田親いないから少しでも貯金したいんだろうな」
「あー......じゃあ磯野上もそれに付き合ってやってんのかな。それっぽいなあ」
LINEによると敦田と磯野上がバイト先から急なヘルプが入ってしまい、敦田妹がひとりぼっちになってしまうため縄印大学医科学研究所まで送ってやって欲しいと書いてある。送ってからバイトに行けないとか相当時間にシビアなバイト先らしい。大変だな。
「医化学研究所?大学病院じゃなくて?」
「いかがくけんきゅうしょ?」
「縄印大学附属の研究機関だ、病院じゃないはず」
軽く調べてみたが、難治疾患を対象にした最先端の研究と医療を進めることを目的とする研究所のようだ。
「大学の研究所?あれ、ミヤズちゃんて身体弱いから病院通ってるんだよな?」
「だと思う。付き添いで何回も早退してるじゃないか、敦田。今日はあれかな、その治療のいっかんとか?」
「あー......」
「そんなに体悪かったのか......難病治療の最先端にいくって相当だぞこれ」
「だよな」
僕らはそこまで敦田ミヤズのことについて、つっこんだ話をしたことがないためその先が続けられない。だが敦田がLINEをよこしてくるくらいには頼りにされてるらしいので、僕らは敦田兄妹のいるであろう校門に向かいながら、即答のスタンプを送っておいたのだった。