砂漠の夢をもっと注意深く観察しろと磯野上に言われたからだろうか。僕の見る夢は次第に複雑になっていった。見慣れた東京の風景が砂に埋もれて荒廃ているのだと気づいた瞬間に、様々な音が実態をもって襲いかかってきたのだ。チャンネルがあったというか、周波数があったというか、そういう感覚があった。
いつもと違って自宅にいた。それも僕が生まれた頃のデスクトップとキーボードが一体化していてブラウン管テレビのように四角かったころのコンピュータだ。そこに誰かが一心不乱にキーボードを叩いている。予測変換すら実装されていないところをみると、本当に古いコンピュータのようだ。
どうやらプログラムを組んでいるらしい。
RESET;
SEI
CLC
XCE
CLD
X16
M8
LDX #1FFFH
TXS
STZ NMITIME
LDA #BLANKING
STA INIDSP
BJSR ATLUS
'EL ELOHIM ELOHO ELOHIM SEBAOTH'
'ELION EIECH ADIER EIECH ADONAI'
'JAH SADAI TETRAGRAMMATON SADAI'
'AGIOS O THEOS ISCHIROS ATHANATON'
'AGLA AMEN'
後半は辛うじて読み取ることが出来た。聖書を読み込んでいたからかもしれない。翻訳するとこんなところだろうか。
永遠なる主、ツァバトの神
栄光に満ちたるアドナイの神の名において
さらに口にできぬ名、四文字の神の名において
オ・テオス、イクトロス、アタナトスにおいて
秘密の名アグラにおいて、アーメン
低いコンピュータの唸る音が響いている。静寂が支配する薄暗いこの空間ではやけに響いた。あたりを警戒しながら、電源を探る。近いところにスイッチがあった。あたりが一様に明るくなる。コンピュータの前には大きなモニタが設置され、電源が復旧したことでスイッチが入ったらしい。砂嵐のあと、ノイズ混じりの映像が流れ始めた。引き寄せられるように僕は前に経つ。
それはニュースや新聞、今は無き懐かしいあらゆるマスメディアの情報を乱雑にまとめた映像だった。
199X年頃から奇怪な事件が立て続けに起こり、猟奇的な殺人事件が多発し、行方不明者が急増する。不穏な、オカルト的な噂が流布しはじめる。震度5以上の大きな揺れがありながら震源地が特定できない奇妙な地震が東京を中心に頻発した。吉祥寺は謎の大災害に巻き込まれ、政府は戒厳令を発動、自衛隊によって封鎖されてしまう。地震はやまない。
交通機関は寸断され復旧のめどが立たず、避難命令が出たが輸送手段のめどが立たないのか連絡がない。混乱した人々はSNSや掲示板で情報を求めた。しかし、信憑性ある情報は真っ先に死に、根拠のない無作為な言葉に埋め尽くされていく。
そのうち、DSC、通称悪魔召還プログラムと呼ばれるアプリとANS、通称悪魔分析プログラムというアプリが勝手にスマホや携帯、ノートパソコンにダウンロードされる事件が相次ぐ。
そして、某国から発射された核攻撃、それを防ぐように覆い尽くされる岩盤の動画が降り注ぐがれきに埋められたところで映像は終わっていた。
ずいぶんと古い映像が流れた。それはやがて先程のプログラムの画面に戻ってしまう。あらゆるものがカクカクでデザイン的にも古臭さが目立つメール画面が表示される。先程のプログラムが添付され、一斉に送信された。アドレスはどうやらなにかのメーリングリストから来ているらしい。
そして世界は暗転し、僕の目の前で2021年から199x年に至るまでに起こった有名な事件や災害、事故、あるいはオカルトじみた都市伝説が流布する出来事の記事が目の前ですさまじい速さで切り替わっていく。目眩がして、僕は目を抑えた。
大いなる深淵の源は裂け、天の窓が開かれん。
汝らの神は死んだ。創世の時はきたる。
この光亡き魔道の時代汝らは新しき神話を求めている。
ゆえに、汝は神となれ。
法と混沌の最終戦争、荒廃した東京、悪魔の群れ、鳴り響く黙示録の鐘。
神々が見守る新しい秩序をつくり出す。
神が決めた定めに苦しめられてきた子羊による反逆。
混沌と秩序、共に偏った欲望の産物。いずれにとらわれぬその内に秘めたる霊光こそ、人類に真実を開示しグノーシスを伝えるソーテールの証。やがて最期の霊が救済される時 宇宙は意味を失い消滅するでしょう。そして貴方は肉体という牢を抜け、私の下へ帰ってくるのです。人、本来のあるべき居場所へ......。
男と女と正体不明のなにかとノイズがあらゆる方向から入り乱れて聞こえてきた。たまらず僕は耳を塞いだ。いかれてしまいそうだったからだ。
「───────少年」
不意に声が聞こえなくなった。
「───────死にたくなければ、この手をとれ」
男の声がした。どこかで聞いたことがある声だが誰か思い出せない。僕はようやく目を開ける。見上げるような巨体の誰かがこちらをのぞきこんでいた。
「───────さあ」
そして、僕は目が醒めた。