199x年、品川区はメシア教というカルト宗教のメッカだった。なぜ品川がメシア教徒のメッカだったのか。それは、他の街とは比べ物にならない大教会が日本最大級の規模を誇っていたホテル跡地に建てられていたからだ。
暴行法もなければ某教団のテロもまだなかった時代だ、バブル崩壊のどさくさに紛れて資金援助という隠れ蓑でホテル再建に手を貸したフロント企業の強力なコネと金の暴力により、またたくまに利権書はメシア協会の手に渡り、都心のおそらく兆円規模の面積と大工事を持っていかれるほど当時の関連省庁は骨抜きにされてしまった。まさしく暗黒時代である。
陸自がクーデターを起こすのも無理はない状況下だったのはたしかだ。
品川駅はその立地上、高輪口(ホテル側)で上役の接待やって反対の港南口(有明・東京湾側)で入管手続きと物流倉庫を行う場所にある。ここを牛耳られたらいくらでも不審人・物が入り込めてしまう。メシア協会が掌握するのはある意味当然の流れだった。
それも今や昔だ。公安の監視対象となったメシア協会はすでに撤退しているし、首謀者や幹部クラスが数多の事件の容疑で逮捕されてからは名を変え細々とした組織として分散した。某教団と同じ末路だ。かつての大教会は壊されて政府の施設となっている。なんの施設かまでは思い出せないが、曰く付きの土地となってしまったことで買い手がつかず紆余曲折を経て品川の一頭地は格安で政府の土地になったはずである。
なんで僕が今そんな話を敦田たちにしているのかといえば、ここ数ヶ月、僕らの情報提供のおかげかすっかりオカルト系YouTubeと化した太宰が化け物騒ぎの噂をリクエストボックスから見つけてきて、その曰く付きの建物について詳しく教えてくれと話を聞いてきたからである。
「ほんとに君はこういうサイトを見つけてくるのが好きだな、感心するよ」
「オカルト系の本とかほんと詳しいもんな、助かるぜ。ありがとうな!」
「僕だって好きで見つけてきてるわけじゃない。太宰がめんどくさがって聞いてくるからじゃないか」
「わざわざ探してくれてんのか!いやー、俺って愛されてる!」
「調子に乗るな」
「痛えっ!なんだよ、ちょっとした冗談だろ?こないだ焼肉奢ってやったじゃんか」
「一回で元がとれるとでも思ってるのか?お前の課題、毎回手伝ってやってる上に、配信の情報提供までしてやってるんだが」
「わーかってるってば!また行こうぜ焼肉」
「ならグレード前より上げてもらわないと割りに合わないな。叙々苑あたりはどうだ、太宰」
「じょ、叙々苑!?いやーそのー、さすがに叙々苑は男子高校生には負担がでかすぎやしませんかねえ......」
「お、いいな、叙々苑。ミヤズも連れてきていいか、太宰」
「やめてください生活費が消し飛ぶぅ!」
「仕方ないな」
敦田と顔を見合わせた僕らは肩をすくめた。
「太宰、やる気満々なところ悪いけど、今回はやめといた方がいいよ。あそこは内閣府の施設だ。しかも越水首相が出入りしてるって噂がある。結構大規模な建物みたいだし、捕まったら公安に目を付けられかねないよ」
「一発で退学だな、太宰。迷惑系YouTuberになるなら僕は縁を切るからな」
「えー、まじかー。前、お前が教えてくれたカルトの歴史話したらすっげえフォロワー増えたからさ。気合い入ってたんだけどなー。情報提供してくれた人はたぶんだからこそって教えてくれたんだろうし」
「ちなみにそれってどんな話?」
「なんかカルトがらみで化け物みたって話あったろ?あんときに目撃情報が相次いだ化け物によく似たやつが空飛んでたとか、友達が拉致されたとか。なんか行方不明になってる人めっちゃいるらしいぜ」
「カルトの本部だった場所だろ、それは出るんじゃないか?」
「ほらー、やっぱマジもんじゃん!アメリカでいうなんとか基地みてーな場所じゃん!やっぱ抑えとかなきゃダメだって!」
「だからって配信しながら近づいたらいい迷惑だろ」
「ただでさえ顔出ししてるんだから、少しは考えたほうがいよ」
「えー、マジかあ......」
「だいたいその化け物って具体的にどんなやつだよ」
「なにってそりゃあ、黒い羽持ってて、長い尻尾があって、全身真っ黒でフォークもってるいかにも悪魔って感じの化け物らしいぜ」
「それおかしくないか」
「え、なんで?」
「メシア教はキリスト教から派生したカルトだろ。なら出てくる化け物は天使っぽくないとおかしくないか」
「あ、そう言われてみればそーかも。じゃああれだ!敵だからえーっとカオス教だっけ?あいつらが攻撃してんだよ、たぶん!」
「天使見たやつはいないのか?」
「んー、俺の調べた限りはねーなあ」
「なら違うだろ」
「ほかにその化け物見たやつはいないのかい?そっちをさきに調べた方がよくないか?」
「んー、そうだなあ。ならカルトの抗争が昔あった公園あたりだな。井の頭とか上野とか」
「へえ、最近また目撃されてるのか」
「そーなんだよ、なんか不気味じゃね?なんかの前触れかな?」
嬉々として話し始めた太宰を尻目に、僕は教室から窓をみた。一般には公開されていない内閣府直属の政府機関が目と鼻の先にある。しかも化け物がらみの騒ぎが多発している。
荒廃した東京にて死にたくなかったら手を取れと問いかけてくる男と越水首相の声がよく似ていることに最近気づいてしまった僕は、なんともいいがたい奇妙な感覚に襲われているのだった。