ソピアー、ソフィアーとは、古代ギリシア語で、知恵(智慧)や叡智を意味する語。
古代ヘレニズム世界で、智慧を象徴する女神とも考えられた。グノーシス主義やユダヤ教などではアイオーンの名で、この世の起源に関して重要な役割を持つ。人間の救済における元型象徴とも見なせる。
キリスト教におけるソピアーは神の知恵を表している。日本の文献では早くとも16世紀末から上智という訳語が用いられる。後世には知恵、叡智とも訳され、日本ハリストス正教会では睿智(えいち)と訳される。
グノーシス主義のウァレンティノス派などのソピアー神話では、プレーローマでの最低次アイオーンで、知られざる先在の父(プロパトール)を理解したいという彼女の欲望によって、この世が生み出された。
人間の「心魂」(魂を表すグノーシス主義用語)の象徴でもあり、ソピアーの落下と救済は、人間の心魂の地上への失墜と救済の可能性の神話元型となっている。絵画などでは、体を大地に対して弓なりにし、牛の頭をした女性で描かれることが多い。
邪教の世界にいるソピアーを名乗る女性はナホビノを導くひとりであり、不安定な存在ゆえに力を引き出せていない僕の力になろうといって僕単体でできるはずだという悪魔合体といったものをすべて行う場所を提供してくれている。目的は不明だがたしかにナホビノが悪魔合体といったものができるのだとしたら、なにひとつできていないのでありがたい。彼女の助力がなかったら戦力がガタ落ちするため、僕は龍脈を見つけるとかならず彼女のところを尋ねるようにしていた。
「ふむ、グノーシス神話か......惜しいところまで来たが、我の源流はそこではない」
元々ギリシア語では、知恵という意味の名詞であり、ギリシア神話では神格化されていなかったが、ヘレニズム時代以降、グノーシス主義とも関連して神格化が進む。しかし、独自の女神としての崇拝は希薄である。
智慧・叡智の重視、あるいは崇拝は、古代ギリシアの哲学からある。智慧は女性名詞なので、擬人化して把握される傾向があった。
キリスト教における聖母マリアは、「神の母(テオトコス)」の称号を備えていたが、ソピアーの智慧の女神としての側面を吸収して、古代のソピアーに取って代わった。
そう彼女は語る。
「ゆえに我を認知できる存在は皆無といってよかった。だが汝はそれを可能とした。その意味をよく考えることだ。我がなぜナホビノを導く存在であるのか、なぜ汝が我を認知できたのか。それは簡単に説明できるものでは無い」
正体についてなかなか明かそうとしない彼女に僕は肩をすくめた。
『混沌と秩序、共に偏った欲望の産物。いずれにとらわれぬその内に秘めたる霊光こそ、人類に真実を開示しグノーシスを伝えるソーテールの証。やがて最期の霊が救済される時 宇宙は意味を失い消滅するでしょう。そして貴方は肉体という牢を抜け、私の下へ帰ってくるのです。人、本来のあるべき居場所へ......』
この意味深な言葉を投げかけてきたのは、間違いなく彼女だろうという確信は僕の中にあるし、この言葉が出てくる女神はグノーシスの流れを汲むソピアーしかないと思うのだが。
この言葉の真意を問うたびに先に正体を突き止めてみろといわれてしまい、話はいつもいつも戻ってしまうのである。
「ナホビノとソピアーの共通項......神話をあとから再定義して新しく付け加えられた存在くらいしかなくないか」
僕の言葉に彼女は妖艶に笑う。
「時がくるのを楽しみにしているぞ、ナホビノとなりし者よ」
これはなにかしら掠っただろうか。夢から醒める感覚が僕を襲う。残念ながら今回も時間切れのようだ。