あたくし、牡馬ですわ! 作:深澤清淡
『来た! ここで□□がやって来る! やはりこの馬か! この馬なのか!』
『□□、速い! 一人旅! 誰もこの馬を捉えられない!』
長い、長い夢を観ているよう。
数多もの馬達が時を代え、場所を変えて駆け抜ける。時には時代の潮流に苦しめられ、また時には骨折や病を患い、それでも立ち上がる馬達の勇姿。
積み重ねられた夢の残骸と屍の上に立つ、血の究極点。
そんな知識などないのに、連綿と紡がれる血の系譜を理解する。ドラマを突き付けてくる。
それが、どういうわけだかあたくしを魅せる。
実際、これは夢だ。
あまりにも抽象的で、かつ躍動的。エレガントでエキゾチックな夢である。
夢を魅させられているのだ。
『どうかね? 競馬は良いものだろう?』
映像が終わり、空間が仕立ての良い書斎へと姿を変える。
素知らぬ男の声があたくしの耳朶を打った。
確かに、映像だけ見るなら競馬もまた一定の面白さを含んでいることをあたくしは認めねばならない。
しかし、しかしだ。それとこれとでは話が違う。
……ふざけていらして?
VRか何か知りませんけど、こんな無駄に高度な洗脳紛いのインチキ商法で、あたくしの慧眼を欺けるとでも?
どうせ、格安で譲るとか言って高い金出させてポニーを送り付けるつもりなんでしょう?
だとしたら残念でしたわね。
そもそも、あたくし、馬なんて微塵も興味なくてよ?
『あ、そう』
ええ、そう。
耳障りの良い言葉を並べ立てる代わりに、こうして映像で実際に観せるというのは悪くない考えですけど。使い方を致命的に誤ってますわね。リサーチ不足というほかありませんわ。
『じゃあ、馬主よりも馬が向いてるかな。キミには、馬になってもらおう』
はい? 今の話を聞いていらして?
どういう起承転結をしたら、あたくしが馬なのかしら。あなた、脳みそが備わっていらっしゃらないの?
『ムカついたからペナルティも付けておくよ』
こんな大層な道具を使ってやっすい犯罪を犯している、人生ペナルティの塊みたいなあなたにそんな権限があると思っているのなら、大変お気楽ですわね。
だいたい、何方か知りませんけど、あたくしも暇じゃないの。さっさと解放してくださるかしら?
『ポチッとな』
へ?
『下まで落ち切ると無駄に痛みを感じるだけだから、さっさと気を失っておいた方が良いよ』
床がバタンと開いて、あたくしは書斎から空へと真っ逆さま。
お気に入りのドリルツインテールを靡かせながら、重力に引かれて下へと一直線。
どうせ夢だと思い、バサバサと下から吹き付ける風を煩わしく思いながらぼうっと空を眺めていると、
「きゃっ!?」
地面に叩き付けられて肉体がバラバラに砕け散るような想像を絶した痛みを受けて、あたくしは意識を失った。
────第一走 あたくし、牡馬ですわ!?────
ぬるりと、湿った道を通り抜けて。
光があたくしの目に突き刺さる。
「おお……! 生まれたぞ!」
「どこもおかしな所はありませんね。後は、立ってくれるのを祈るだけです」
目の前には、アタクシの身体を無遠慮に触るつなぎを着た男と、何やら喜びを露わにして騒ぐ男。
……貴方、いつまでレディの身体を触っているつもり?
そもそもあたくし、部屋で寝ていたはずなのですけれど? それがどうしてチクチクと痛い藁の上に、謎の体液まみれで転がされているのかしら。誘拐からの婦女暴行? 立派な犯罪者ですわね。
というか、誰よさっきからあたくしの身体をぺろぺろと舌で舐め回しているのは!?
くすぐったいのよ!
直接文句をぶつけてやろうと振り向いた先、そこに居たのは、
『う、馬ぁ!?』
「ははは、元気が良いな。
黒味を帯びた茶色の毛並みの馬。
それが、アタクシの身体を一心不乱に舐め続けている。その顔は何処か窶れていて、元気が無いように見えた。
疲れているのかしら? それならどうしてあたくしをこうも舐め続ける。
というか、男の子? 貴方、気は確かですの?
あたくし、どこからどう見ても美が付く程の麗しき美少女ですのに。
『くぅぅ、何が起こってるんですの!? あたくし、こんな疲れた馬と致す趣味はなくてよぉぉ!!』
「……少し、気位が高いのかも知れませんね」
当たり前よ! あたくしは、現代まで続く由緒正しき旧家の令嬢でしてよ! 貴方にぺたぺたと気安く触られる筋合いは無いわ! ましてや、貴方方の特殊な性癖に付き合うつもりもね!!
起き上がろうにもなかなか起き上がれない。
それがもどかしい。
今すぐにでも、この変態を蹴り飛ばしたいのに。身体はまだ起き上がれるほど機能していない。
まるで……そう、まるで
それが何だと言うのかしら。
『こんッ、のぉぉぉっ!!』
あたくし、自らの思い通りに上手く行かないことは嫌いなんですの、よッ!!
ガクガクと震える手足に力を込めても無駄ならば、根性で以て己の四肢を奮い立たせる。
そうして、あたくしは無理やりに四本足で立ち上がってみせた。
「……ぉお……!」
「下崎さん! すごいですよ! 18分、18分です! 早すぎる!」
ふふん。当然でしてよ。あたくしにとって、立ち上がることなど造作もありませんわ。
得意げに嘶いてみせる。
と同時に身体の一部がぶるんっ、と揺れる感覚。
……ぶるん?
はて、何が?
「この馬は、もしかするともしかするかもしれませんよ」
「ああ、そうだな! この零細牧場に光を齎してくれるやも知れない!」
男達の言葉を取りこぼしながら、ちらりと己の股間を見遣る。
そこには、かあいらしいポークビッツの姿。
あたくしにあるはずの無い物。雄の象徴。
目を逸らし続けていた嫌な予感。
思い出したくもない詐欺師との邂逅と会話の一部始終。あたくしを今も舐め続ける推定母。四足で立ち上がらざるを得ない体型。妙に過敏な耳の感覚と、やたら揺れる尾の感覚。人の言葉を話しているはずなのに口から発される意味不明の鳴き声。
そして、極めつけに無から生えた股のイチモツ。
これはもう、否定しようがないでは無いか。
『────あ、あたくし、牡馬ですわぁぁあ!?!?』
「お、おいどうした!?」
あたくしの生涯において最大音量の
ちなみに、ご機嫌を取りに行っていれば馬主に、ウマ娘を知っていればトレーナーに転生させられていました。