あたくし、牡馬ですわ! 作:深澤清淡
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あたくし、実はそれなりに良い所の出だったりするのかしら?
生まれてから半年も経てば、それなりの走りに耐える身体も出来上がる。
薫子以外の仔馬とも一緒にされることが増えた。
言葉こそ分からないもののいきなり走り出す彼ら彼女らを追い掛ければ、あたくしはいつの間にか走る彼らを悠々と追い抜かしてばかり。
彼らも追い抜かしたあたくしに対してムキになって本気で走るのだが、ほんの少し本気で走るだけで彼らは追い付けなくなってしまう。
今のところあたくしに追い縋ることができる馬は薫子くらいのもの。それでも、速さはあたくしの方が上なのだ。
だから、もしかしたらと思ったわけですの。
もしも、あたくしに流れる血がブラッドスポーツである競馬的に多少は評価され得るものだとしたら、それをドブに捨てるのは勿体無いと思わなくもないですし、あたくしのプライド的にも良くないですわ。
血は燻ることなく燦然と輝き、名族は実力と家格に見合う実績で以て賞賛されねばなりませんから。
まあ、そうは言ってもあたくしが突然変異的に凄いだとか、ただ単に成長が早いだけだとか、所詮はそんなところだろうとは思いますが。
あたくし、名族としての拘りはあっても、この血が本当に名族の物であるという確証がなければ所詮は馬という認識しかありませんし。誇りは確固たる事実の上で生まれるものですから。
やはり、競走馬よりも乗馬の馬になった方がエレガントでスマートですわ。
『さあ、今日も張り切ってトレーニングですわー!』
『お、おー』
薫子も、あたくし流目指せ最強乗馬の馬トレーニングに参加して一緒に運動場を駆けることに積極的になった。
どういう心境の変化なのかは知りませんけど、あたくし的には良い変化なので良し。
彼女はスピードこそあたくしには及ばないですが、そのスタミナは目を見張るものがあります。
所謂、
走れる最長距離なら、あたくしの方が分が悪くなるかも知れませんわね。
そんなこと絶対に彼女の前では言いませんけど。
言ったところで彼女の性格的に増長するわけでもないとは思いますが、面と向かって言うのも何と言うかアレですし。……アレですのよ!
『……はぁっ、はぁっ……ねえ、薫子』
『……ふぅ。……? なんでしょうか、クロスさん?』
『貴女、貴女のお父様のお名前とか聞いたことないかしら?』
『お父さんの、名前……』
前々から気になっていたことを聞いてみる。
彼女はなんと言うか、この牧場に居る他の仔馬達とは違う感じがするのだ。
何と言うべきか、そう、
それはきっと、間違ってはいないはずだ。
多分彼女の血は強い。そしてそれをしっかりと受け継いでいるに違いない。
速さではあたくしに勝てなくとも、あたくしがバテる距離を共に走ってそれほど息を切らせていないのが何よりの証拠だ。
まだまだ仔馬なので人間の言葉を理解はできていないようだが、それでも単語くらいなら何とかならないか、そんな甘い考え。
『えっと……シンボリ、なんとか……さん? だと思います。前の場所の人が言ってました。お母さんは違う名前なので、多分お父さんの名前じゃないかなと』
『シンボリぃ? なんですの、その
『しょ、庶民……!?』
とは言っても有名な名前が出てきたところで、簡単な競馬知識と、サンデーサイレンスとかいう馬の子供に気を付けろっていうことくらいしか頭の中に刷り込まれていないので、恐らくは分からないと思いますが。
この知識は全部あの詐欺師があたくしが競馬で活躍出来るようにと押し付けたもの。だのにあんまり役に立ちませんわね。
まあそもそも、あの詐欺師の思惑になんて何一つ乗って差し上げるつもりはありませんけど!
『何をショックを受けているの? 貴女は庶民でも、この素晴らしいあたくしと共にトレーニングに励むことが出来る、羨まれるべき素晴らしい庶民なのでしてよ? その自覚を持ってくださいな』
『……は、はい! 私、クロスさんの期待に応えられるように頑張ります!』
別に期待はしてないのですけど。
……まあ、わざわざ水を差してやる必要も無いですわね。
さて、と。
今日はこの柵を飛び越えられそうですわね。今日こそやってみせますわよ、薫子。
ほら、見てなさい!
『せぇい!!』
『わぁ……!』
アイキャン、フライ! 松前、これがあたくしの跳躍力ですわっ!!
────第四走 あたくし、最近マイルドですわ!────
「クロスはカオルコにだけは甘いな。やっぱり、自分に付いてきてくれる女の子には優しいか」
「むしろ、クロスがカオルコにベタ惚れな感じもありますけどね」
運動場を駆ける二頭を見ながら、下崎と松前はそれぞれの所感を零す。
前を走るクロスと、それを健気に追い掛けるカオルコという構図だが、クロスは時折カオルコを気遣うかのような素振りを見せる。
あのクロスが、だ。
透き通った金色の鬣を靡かせ、同年代の仔馬達を淘汰するかのように走りで己を誇示していく様は正しく王者の片鱗。仔馬達の中ではクロスが長となりつつあった。
その証拠に、彼と走った仔馬達は皆一様に彼から一歩引いた態度を取るのだ。
それは、彼を群れの長としてどこかで認めているからに他ならないだろう。
しかしクロスは、そんな仔馬達に目をくれてやることもなく、ただストイックに走り続けている。
その彼のことを追い掛け続ける馬がいれば、クロスもまたその馬のことを認め、故に己の世界に居るものとして扱うのだろう。
「シンボリルドルフ産駒の牝馬……走ると俺は思うが……」
「そうですね。あの感じならステイヤー向きでしょうか、距離が長ければ長いほど良い線行ってくれると思いますよ」
「だと良いんだがな」
安くするからと、同じような零細牧場との庭先取引で購入したのがカオルコだ。
最近ではサンデーサイレンスの血に注目が集まってはいるが、あのトウカイテイオーを生み出したシンボリルドルフの血だって優秀であることには変わりない。下崎はそう信じて取引した。
「まあ、たとえ走らなくてもクロスに良い影響を与えてくれるのなら、それだけでも儲けものだな」
「……そうですね。良いストレスの発散にもなっているみたいですし、苛立つ頻度は変わりませんけど前みたいに爆発して暴れたりはほとんどしなくなりましたから」
前は放牧中に柵や、夜な夜な壁に体当たりして体に傷を作っていたり、特に意味も無く松前に蹴りを入れたりとその気性の荒さを遺憾無く発揮していたが、カオルコと一緒にし始めてからはそんなこともない。
それは良い変化と言えるだろう。
将来的にはクロスの血をカオルコに混ぜて、新たな牝系を目指すのも夢がある。
……その前に下崎は積み重なった借金をどうにかしなくてはならないのだが、それはそれだ。
「カオルコのお陰で、クロスも丸くなった……というわけではなさそうだな」
「え? ……あっ!? こら、クロス!」
下崎と松前の視線の先には、柵を飛び越えて運動場から抜け出したクロスの姿。
あの瞬発力、跳躍力は素晴らしいの一言。
これは、大成するに違いない。
松前の苦労を偲びながらも、下崎はクロスがクラシックレースを駆け抜ける姿を思い浮かべ、高揚に口角を曲げて笑んだ。
次話投稿したくらいで一先ず感想返ししたいと思います。もっとくれても良いですよ!