「オレはハンス、従士隊特別班の所属だ」
「イリーナです。何度かお会いしてますよね?」
「特別班は基本閣下の身辺警護が任務なのです」
イリーナにそう説明する。ハンスは御者スキルが高いのでよく駆り出されるのだ。年の頃は二十歳ちょい過ぎ、彼女絶賛募集中を標榜しているナイスガイである。
「ハンスさん、イリーナには手を出さないでよ?」
「ちょっ?」
「ばーろー、子供じゃねえかよ。あと五年後くらいなら考えてもいいけど」
釘を刺すとそんなふうに返された。まあ、ロリコンでないのは有り難い。
「ガキどもは心配すんな。あの閣下はそんじょそこらの奴にはやられたりしないよ。なんせ、俺がまだ一回も勝ててないからな」
キラン、と歯を輝かせて言うことかな? 君の腕前を知らないと安心出来ないだろ? と思ったのは俺だけでは無かったようだ。イリーナがちょい訝しんでる。
「ちなみに俺のレベルは35だ」
「そうですか」
「ああそうなんだ」
「あれっ? なんか思ってたのと反応が違くない?」
俺は父ちゃんのレベル(88)を知っているからだけど、35と云うのは年齢を鑑みると十分優秀だ。ちなみにレベル5以下が素人で15で一人前、30を超えるとベテラン扱いである。
「ウチのお父さん、レベル58なんで」
「うそん?」
「王立剣武奉納会の優勝者ですから」
ほんの少しだけ胸をそらして答えるイリーナ。聞いたハンスと俺は顎を外さんばかりだ。彼が肘でこちらをついてきた。
「飛んだビックネーム出てきやがったなぁ……おい、ユーノ。お前知ってたか?」
「いえ、初耳です。お父様のお名前を伺っても?」
この間家にお邪魔した時には会うことはなかった。聞いてみるとハンスが頷いていた。
「
「今は本名のヤゼンを名乗ってます。冒険者はもう辞めてますので」
「ヤゼンってーと、あれか。武器屋の」
「ご存知でしたか?」
「個人的には知らねーけど、班長が言ってた。腕のいい職人だってな」
……ハンスとイリーナが世間話を始めてしまった。
冒険者は別に本名で登録する必要はない。識別はちゃんと出来てるらしいので困ることは無いそうだ。くわしくは知らんけど。
「あの、あまり言いふらされると困るので」
イリーナがハンスに口止めを頼んでいる。言いふらされたくなければ言わなきゃいいのに……とは思ったけど、つい口から出てしまったのだろう。自慢の父ちゃんを知らしめたい、でも迷惑はかけたくない。そのジレンマはなんとなく分かる。
「ハンスは口が固いから大丈夫……だよね」
「あたぼうよ。それとも誰かさんの秘密とか喋って欲しいわけ?」
「してる! ちょー信用してるよっ!?」
ニヒヒ、と笑うハンス。まさかこっちに流れ弾とか、やめてクレヨン(死語)
「お……」
「え……?」
すると、不意に視界がボヤケた。薄れる意識の中でハンスとイリーナがゆっくりと倒れるのが見えた。俺も力が抜けて倒れたようで、気が付くと地面に頬を付けた状態だった。
「なんだ、いったい……」
意識はすぐに覚醒したので起き上がって周りを見る。ハンスはそのままの姿勢で高いびきだが、イリーナの姿が見えない。首を巡らすと来た道の方へ走り去ろうとする人影。ただ、肩に少女を抱えていてはあまり早く走れなさそうだ。
『どういうことだ?』
状況を整理してみよう。イリーナが連れ去られたのは、たぶん俺のせいだ。男爵家の子供は女のユーニスであり、女の子に見えるのはイリーナだった。
手段はまあ、『
なんで男爵家の子供を拐うのか。もちろん、それを目的にここで張っていたのだろう。だとすればあの冒険者達はグル? ゴブリンの討伐もデマカセかもしれない。父ちゃんの心配はしていない。今は意味が無いし、物理的に彼を殺せる腕前の人がいるとは思えない。
目的は営利誘拐と考えた方が自然だ。ウチは男爵家だけど、それなりに儲かっているらしいから、ちょいと拐って身代金を、というところだろう。
アイツ単独での誘拐とは考えづらい。
離れた場所に馬車なり何らかの移動手段を隠しているか、別の人間がいるか。いずれにしても合流したら救出は不可能となる。
ならば、やるしかあるまい。
距離はおよそ百メートルほど。今から追ってもそのままでは追い付けない。こちとら七歳のガキだぞ? なので。
『身体強化』
魔力を身体の能力強化に回す方法で、原理は闘技法などと同じだ。ただし、今回は緊急性が高い。持続時間の考慮はしないで一気に走り抜けるだけのスピードを出さないと。
『この……くらい?』
目分量のような感覚で魔力を身体に巡らせる。いきなりのちからの強さに怖くなり、護法にも多めに魔力を……これ、すぐに気絶しないかな? まあ、イリーナ助ければ問題ないか。
全身から漲る魔力のバリアは、何物をも寄せ付けぬ堅牢さを誇示するように吹き出す。服が内側から風で棚引くのはちょっと胸躍る感覚だ。これなら無理な加速でも身体を壊すことは無い……と思う。
「つっ!」
迷う間もなく脚を踏み出す。
自分の身体が速くなった感覚は無い。
けど、距離はどんどん縮まっていくのが分かった。というか、なんだアイツ? 全然動いてない。これならすぐに辿り着ける……辿り着いてからはノープランだけど。
「あと、ちょい……なのに」
ほんの数メートル届かずに、身体強化に注ぎ込んだ魔力が底をついた。身体から力が抜けるけどそのままの勢いで魔術師へと体当たりを敢行する。
「だああーっ!」
「うぎゃっ?」
本当なら背中とか腰とかにぶつかるのがいいのだけど、俺の背は低いので太ももの辺りにぶつかった。
ボキッボキッ
ぶつかった肩口辺りから、聞きたくない音がする。鎖骨とか折るとツライんだよなぁ。子供の俺でも勢いがあったせいか、もんどり打って倒れる魔術師。イリーナはその時に放り出されているけど、大丈夫かな? 受け身とか取れる状態ならいいんだけど。てか、人の心配より自分の方だ。倒れた魔術師の反撃を警戒して起き上がる。
「う……うう……」
あれ? おかしいな。
奴は倒れたまま呻いている。まるで倒されたみたいに。子供の体当たりでヤラれるとか、魔術師ってホントに弱いんだな(←偏見)
「いっ、た……。え、ナニコレ?」
「イリーナ! よかった、無事?」
「え、ええ……え?」
声をかけると、状況が飲み込めずに戸惑いながらも返事をするイリーナ。
「アンタ……髪……」
「あ」
言われて気づいたけど、帽子がなくなっている。それはそうか。あんな勢いで走ったら帽子なんて落とす。問題は纏めていたものが解き放たれていたことだけど。
「なんで、そんな長いのよ」
「と、父ちゃんの趣味でして」
「ええ……」
ごめん父ちゃん。変な属性勝手に付けて。でも本人もちょい長めの髪型だから信用できるだろう。
『それ、苦しくないかしら?』
『いや、まだいける』
『そう? くすくす♪』
ココロの中での会話。なんかちょっと愉しそうなのはなんでだ、おい。
「ちょ……アンタ、服が」
「え?」
イリーナに指摘されたので見てみると、上着が黒くなっている。いや、よく見ると全部か? まるで炭を被ったかのような状態。意味が分からずに見ていると、袖の辺りが崩れた。崩れる、というとこれは『炭化』なのか? 一度始まるとそれは一気に広がり、それは全身を覆い尽くした。首に掛けていた護符も砕けて塵となったあと……残ったのは俺の身体だけだった。
「はあああっ!?」
「おい、大声出すなよ。人が来たらどうする。おれ、真っ裸なんだぞ」
「それはゴメンッ でも驚くでしょ、こんなの」
そうだよなぁ。身体強化して体当たりしたら服が燃えたとか意味が分からん。護法に魔力を相当突っ込んだから傷一つ付いてないけど、全身火傷とかになったら申し訳が立たんよ。
「俺も服が燃えるとか思わなかった」
「それもそうなんだけど……なんでユーニスなのよ」
髪を留めていたピンも塵となったので、銀糸のような髪がはらりと風に靡く。
「……さすがに寒いなぁ」
手で身体を覆うように擦ると、あいも変わらずな滑らかな肌触り。真っ白な肌は寒風にさらされて少し赤みを帯びている。
「そんな他人事みたいに言ってないで隠しなさいよ」
とは言ってもなぁ。と、イリーナは倒れている魔術師の男に近づき無造作にローブを剥ぎ取った。苦痛に呻くが特になにかやってくる気配は無さそう。なんでかと言うと、両足の腿の辺りが折れ曲がってるから。うへえ、痛そうだな。俺がやったとはいえ不可抗力だし勘弁してくれ。
「ほら……もう。女の子ならそう言ってよ」
「ありがとう……いや、実は色々とあって説明が難しいんだ」
奪ったローブで丁寧にくるんでくれるイリーナ。護符が壊れたので魔術での変装がすっかり取れてしまっている。傍から見れば、俺はどう見ても男爵家の一人娘、ユーニスそのもの。人がいないとはいえ街道なのだから誰か通るかもしれない。さすがに裸体を晒したままというのは問題だ。
『だから、最初に説明すればよかったのにぃ』
頭の中の声が、不満たらたらと宣っている。それはそうなんだけどさ。タイミングってあるじゃん?