食べ歩きがしたいだけ   作:二三一〇

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 ひさびさの更新……


隙あれば自語りというやつ

 表に食べに行けないとなればやる事がない。

 

 いや、本当はあるのだけど。気を紛らわすため、とも言い換えられるな。ともかく、俺がこうなってしまった経緯をここで説明しておきたいと思う。

 

 

 とはいえ、俺自身もよくは分かってない事が多くて当て推量ばかりだけど。とりあえず俺自身の記憶から判明しているのは、俺が他の世界で生きていた人間だったくらいだ。

 

 名前は湯ノ花(ゆのはな)由仁(よしひと)

 こういう物語だとトラックとかで美少女助けて死んだとかが一般的なんだろうが、あいにくとそうでは無いと分かってはいる。

 

 ともかく。

 異世界に転生したかと思ったら、色々と訳ありな物件であったことが分かった。

 

 まず、男じゃなくて女の子。

 所謂、TSというのだろう。

 勝ったな、ガハハ……とはいかなかったが、まあこの辺りはあとで。

 

 そんで、生まれ。貴族の娘である。

 でも、男爵家ってたぶん一番下だよね? 身分チートとは言えない部分があるけど、それでも傅く人がいる。やはり身分チートであるか(にっこり)

 

 その他にチートがあるかどうかはまだ分かってなかった。それを知るのは随分後になってからである。

 

 その頃の俺は、それどころではなかったからだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

『なんで動けねーの?』

 

 意識を取り戻したのはたぶん生後すぐ。だけどそれを自覚するまではかなり時間を要したと思う。

 

 何故なら外的な刺激が殆ど無かったせいだ。朧気に見える何かとか、誰かとか。そうしたものが視えるだけなのだから。

 

 すると赤ん坊の鳴き声が聞こえていた。『コイツ、アタマに直接……?』みたいな感じで、である。

 朧気な視覚に赤ん坊の声、しかも身体は動かない。となると考えられるのは。

 

『俺……転生じゃなくて、憑依してない?』

 

 そうなのだ。

 ここは俺の身体ではなく、俺以外の魂も入った誰かの身体だ。

 そこにこっそり入り込んだだけの存在である俺は……人ではなかったのだ。

 

 それから暫くは、観察の日々だった。

 身体を動かす権利は無いが、同時に生理現象にも悩まされなかった。

 意識を閉じれば眠れるし、お腹も減らなければ飢えることもない。ときおり聴こえる赤ん坊の声も、聴かないように閉ざせば聴かなくても済んだ。さすがに四六時中聞かされるのはキツイものな。

 

 ボンヤリとした視覚も、ある程度になると視えてきた。お世話するメイドさんや若い綺麗な女性とか、長めの髪のイケメンとか。

 みんなコスプレしてるように見えたが、そうではなかった。ここはどうやら中世ヨーロッパのような時代のようなのだ。なるほど、タイムスリップかと思ったら宙にいきなり浮いた水の玉が出てきて、それで手を洗ったりしてる姿を見て改めた。

 

 ここは異世界だ。魔法とかが存在する世界に生まれ変わったのだと分かり、少しだけテンションが上がった。

 この状況をなんとか出来れば、自分で魔法とか使えるかもしれない。

 

『ぅあーぅ?』

 

 赤ん坊がこちらに気付いたのは、一年ほど経ってからだ。自分の内にいるもうひとりの存在である俺のことを、なんだか気になるように話しかけてくる。

 ちなみに外からこの光景を見ると、虚空に向かって語りかける赤ん坊の図になっている事だろう。メイドさん達が少し気味悪そうに見ていると申し訳なく思ってくるが、俺にはどうにも出来ない。

 出来る事と言えば、この会話も出来ない赤子とのコミュニケーションくらいしか無いのだ。

 

『おはよう』

『ぉ……ふぁ、よ……?』

 

 おお。挨拶できたぞ、こいつ。

 頭いいなぁ、はなまるあげよう。

 

『は、な、ま、る?』

 

 とは言っても、何もあげられないけどな。今の俺は何も手に掴めない。だからはなまるも書いてあげられないのだ。

 

『あーぅ……?』

『意味分からんよな』

 

 これが、俺の宿主。

 

 ユーニスとの初の邂逅だった。

 

 

 

 

 ユーニスには父と母がいる。

 

 母親は身体が弱そうな様子だった。母乳の出が悪いのか、乳母から乳を飲むユーニスを嬉しそうに眺めていて、終わったらユーニスを抱きかかえてあやしたりしていた。

 その様子があまりにも儚げで、俺は少しだけ心配だった。

 

 その危惧は現実となり。

 

 ユーニスの母親は二年目には殆ど姿を見せなくなった。それと共に父親の方も姿を見せなくなり……愛情を注ぐのはメイド達だけとなってしまった。

 

 俺的には目の保養にはなるが、ユーニスにとってはストレスとなっていたらしい。

 愚図つくことも多くなり、言葉にならない文句を俺に投げつけたりしていた。

 

 この頃のユーニスは、まるで霊感の強い人のように居もしない人間を相手に話す、かなりエキセントリックな子供となっていた。専ら、俺のせいである。

 

 メイド達も気味が悪かったのだろうか、年のいったミューリというメイド以外は近寄りもしなくなっていた。

 

「かあしゃま、どこ?」

「少し遠いところに居られますよ。奥様もお寂しいところを我慢なさっておいでです。ユーニスさまもお耐え下さいまし」

「……とうしゃまは?」

「旦那さまもお仕事でございます」

「うー……うーのぉ」

 

 ミューリさんと会話してる最中に呼ぶのはどうかと思うけど。

 

『なぁに? ゆーにす?』

『かあしゃまも、とうしゃまも、なんできてくえないの?』

『……きみを守るために頑張ってお仕事してるんだよ。君のためだ』

『わあし、そんなのしらない。あいたいよぉ、かあしゃま……とうしゃま……』

 

 泣き出すユーニスを困り果てたようにあやすミューリ。ここから居なくなれるのなら席を外す所だけど、あいにくとそれは出来ない。意識を閉ざして、眠りにつくしか方法はなかった。

 

 

 

 

 三年目に入ると、庭に出て遊ぶ事も出来るようになった。

 

 身体を動かすというのはストレスへの対処には最適だ。多少塞ぎがちなユーニスも、少しずつ良くなってきたと思う。

 

「うーの、これ、なあに?」

『お花だよ。細かい種類は分からないけど。本とか読めるようになったら教えてあげるよ』

「うん、おはな。おはな♪」

『あと、俺に話す時は声は出さないって約束、覚えてる?』

「あっ、うん。おぼえてるよ?」

 

 コテン。

 盛大に首を傾げてるけど、声に出てるよ。

 

『こ、こうだよ、ね?』

『そうそう』

 

 

 

 

 見守っているミューリは気にしないだろうけど、他のメイド達は明らかに気味悪がっていた。

 さすがに宿主を不思議系にはしたくないのでござる。

 

『うーの、このおはな、げんきないよ?』

 

 彼女が指差すのは枯れた花だった。

 理由は分からないけど、それは枯れたのだと教えた。

 

『……かれる? どういう、こと?』

『もう咲くことはできないんだ。このお花は死んじゃったんだよ』

『……しんじゃったの? なんで?』

『それは俺にも分からない。でも、そのお花は、もう元のようにはならないんだよ』

『ふぅーん』

 

 何にでも興味を持ち、あれこれと聞いてくるのはこのくらいの子供なら当たり前だ。それを聞くのが憑依している俺、というのが少し違うけど。

 

 まあ、俺も特にやることも無い身の上だ。彼女の話し相手くらいならいくらでもなってやろう。

 

 そう思うようになって、しばらくしたある日。

 

 事は起こった。

 

 

 

 

 

「しかし、奥様が亡くなってもう一年か」

「そうだね。屋敷の中もすっかり冷え切ってしまったものねぇ」

 

 建物の陰で休憩をしていた使用人の会話をユーニスが聞いてしまったのだ。

 

 内容は、なんてことの無い噂話である。他人にとってはどうということはない事でも、当人にとっては毒にしかならない。

 

『……いま、母さまのおはなし、してたよね?』

『……』

 

 声を殺して、俺に聞いてくるユーニスに……俺は黙って隠れていろとだけ答えた。三歳の子供に教えるには、俺の言葉は足りないと感じた。

 

 こんな小さな子供に一年近くも会いに来られないなんてありえない。

 

 母親は病気とかで隔離とかならまだ分かるが、父親の方は健在だと聞いている。なのに、ユーニスに会いに来ないのだ。

 

 尋常ではないと分かっていたのだ。

 

「旦那さまも、お嬢様に会われてないみたいだし」

「奥様を想い出すから会いたくないんだと」

「そりゃあ、あんまりだよねぇ」

 

 使用人たちの会話は続く。父親が顔を見せない理由らしい。

 

 理由としては分からなくはない。

 だからといって認められる訳もないが。

 

『……』

『おい、ユーニス?』

『…………』

『ひとまず、部屋に戻ろう』

 

 こくりと頷いてから、彼女は部屋へと戻った。その間、俺に話しかけてくる事は無く、俺としても息苦しい状況であった。

 部屋のベッドにうつ伏せになって、彼女はようやく俺に話しかけてきた。

 

『亡くなるって……死んじゃったって、ことだよね?』

『……ああ。そうだよ』

『……もう、会えないって、ことだよね』

『……そうだ』

 

 同じ身体でなければ、距離を取ってやり過ごせたかもしれない。でも、俺は彼女の中から出られない。彼女の問いかけを無視する事は出来たけど、その意味を理解してはいなかった。

 

『……もう、やだよぉ……』

『ユーニス?』

 

 その言葉のあと、彼女は黙り込んでしまった。それは、二日経っても、三日経っても治まらず。起きてはいるけど無反応、という心神耗弱状態に陥ってしまっていた。

 

 父親が面会に訪れても自失の状態は続き、高名な医師や聖職者なども呼ばれていた。

 

 だが、彼女の状況は全くよくはならなかった。

 

 

 同じ身体に居るとは言っても、ユーニスの考えなどが読めるわけではない。口頭で話しかけるようなコミュニケーションを以て成り立っていた関係なのだ。

 

 今の彼女は、俺が意識を閉ざして眠りについている状態に近いのだろう。

 

 そこで俺は、一つの可能性を見出した。

 

 この状態なら、身体、動かせるんじゃないかな?

 

 

「お、おお……うごく。うごくぞ?」

 

 ベッドから立ち上がり、そのまま少し跳びはねる。マットに沈む足の感覚、髪が頬を揺する感覚、手を振り上げて思うように身体が動く事に喜びを感じた。

 

「なまのからだのかんかくって、すげー」

 

 舌っ足らずな喋り方になってるのは仕方ない。たぶん本当に舌が小さいのだ。

 

「ユ、ユーニスさまっ?」

「あ、おはよー」

 

 隣室に控えていたメイド長のおばちゃんが、とても慌てふためいてこちらにやってきた。その顔はとても喜んでいて、涙でくしゃくしゃになっていた。

 

 でも、俺はユーニスじゃないんだよなぁ。

 なので、俺はメイド長へこう言った。

 

「ミューリ、だんしゃくさまにあいたい。あんないしてくれ」

「……は?」

 

 まあ、驚くのは想定内。繰り返し言って、ベッドから飛び降りると部屋の扉に向かって歩き始める。

 

「お、お嬢さま。せめて、お召し替えを。あと、靴もお履き下さいませ」

 

 ……あ、寝間着だっけ。

 

 ミューリに着替えさせてもらい(女の子の服なんて着たことない)、ようやく部屋を出る。この間、メイド長のミューリはずっと怪訝そうな顔をしていた。

 

「あの、お嬢さま。お体に障りますので床に戻っては頂けないでしょうか」

「しんぱいさせてすまない。だけど、まずはだんしゃくさまとはなさないとだめなんだ」

 

 見た目も声も三歳児のユーニスが、こんな言葉を使っている事が信じられないのだろう。だけど、俺が自由に行動出来るのはどれくらいなのかは分からない。

 

 

「旦那さま。ミューリでございます」

『……』

 

 扉をノックしてからそう告げるミューリだが、中からは返答はない。俺はずいっと前に出ると、扉に手を……手をかけようとしたけど、手が届かなかった。

 

「むう……」

 

 見上げるとメイド長は渋々といった様子でノブを回し、扉を開く。

 

「ありがと、ミューリ」

「! ……滅相もございません」

 

 部屋の中は照明もつけていないのか薄暗い。執務用の机に座ったまま途方に暮れた中年の姿が見えた。俺はつかつかと机の前まで歩み寄る。ようやくこちらに気付いた様子の男が、こちらを眺めるように見た。

 

「……ユーニス……?」

 

 窓から入る光のおかげで顔も見えた。手入れしていないのか無精髭を伸ばし、髪も纏めていないためざんばら。目は濁って、頬はこけて、印象としては病人のようにも見える。まあ、ある意味コイツも病人なのだろう。ココロの病のな。

 

「いいごみぶんだな」

「……は?」

 

 俺の言葉が聞こえたようだ。

 

「つまがしんでぼうぜんとするのはわかるが、ながすぎやしないか? そうしていてもいきかえりはしないのに」

「ユーニス? おまえ、なにを……」

「こどものこころがしにそうなのに、ほうっておいて、こんなところでくだをまいて。おまえはほんとうにちちおやなのか?」

 

 俺の挑発が効いたのか、奴は椅子から立ち上がりこちらへ歩いてきた。

 

「ユーニス……その喋り方はなんだ? まるで大人のような口をきくじゃないか」

 

 さて、どう答えたものか。

 今の俺は有り体に言えば、悪霊とかのたぐいとなるかもしれない。魔法のある世界だと、強制的に排除されかねないよな?

 

 そんな事を考えていたら、奴の手が伸びてきて首を掴んだ。お、おいっ、それはヤバいだろっ

 

「っ!」

「おまえが生まれなければ……お前を産まなければ、テレーゼは死ななかった」

「だ、旦那さま! いけません」

 

 メイド長が助けに入るけど、腕の一振りで吹き飛ばされた。

 

「おまえが……おまえが」

 

 涙をぼろぼろ流し、手を首にかけたまま、奴はそんなことを呟いていた。三歳の子供の首なんて本当に細いものだ。手に力を込めれば、あっという間に殺すことはできるはず。それなのに手はわなわなと震えていた。

 

「……それで、すくわれる、のか?」

 

 首を絞める腕に触りながら、そう答えた。

 

「……だまれ」

 

 腕にかかる力が、緩んだ。

 

「このこをころしても、つまはもどらない……とうぜん、しっている、よね?」

 

 首にかかる圧力が減ったので息はしやすくなった。だからといって、この身体では何もできない。本当にか弱いのだ。

 

「……だまれぇ」

 

 嗚咽を漏らす、父親。

 

「ゆーにすを、たのみます。そうはいわなかったか?」

 

 おそらく、今際の際に告げた遺言には残される娘のことがあった筈だ。

 

「……だ、ま、れぇ……」

 

 妻を失ったのは辛かろう。

 前世で自分も感じた喪失感は、あまりにも大きかった。それ故に身体を崩し、身動きできなくなる程に衰弱したというのは恥ずかしい話ではあったが。

 

「なにも、かも。なくしたわけじゃないよね? おれとちがって、こどもがいるんだから」

 

 頽れて、腕はとうに首から外れてだらしなく下げられている。その顔は見えないけど、おそらく自分と同じように世の中の全てに絶望しているのであろう。

 

 その顔を見ないように、頭に手を触れる。歳の割に銀色の髪は柔らかく、少しくすぐったく感じる。

 

「つまのかわりとかじゃなくて、いきたあかしとして、あつかってくれよ」

 

「……あ、ああ……」

 

 嗚咽が部屋にこだまする。

 おれは、その頭をポンポン、と叩いてやった。

 

 

 

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