食べ歩きがしたいだけ   作:二三一〇

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ジンジャーホットミルクは甘くておいしい

 それから一時間くらいしたあと。一頻り泣いてすっきりとはいかなくても憑物の落ちた父親は、ためらいがちに聞いてきた。

 

「詳しい話を、聞かせてくれ」

「いいよ。ちょっとのどかわいたけど」

「ああ、ミューリ。すまないが茶を用意して貰えるか」

 

 薄暗い部屋にずっと待っていた老齢のメイドが頭を下げて部屋から出ていった。彼は立ち上がると部屋の燭台に手を翳し、何かを呟く。

 すると、燭台に灯りがついた。

 正確には炎ではなく、電球のように光る玉が光っている。その土台の蝋燭も似せて作られた別物であり、普通の燭台とは思えないほど照らす範囲が広い。

 

「まほう……」

「光量を強くし過ぎず、部屋全部を照らせる『魔法の燭台(マジックキャンドル)』だ」

「へえ……すごい」

 

 こちらを見て、僅かに口角を上げる父親。前々から思っていたけど、表情が変わらな過ぎる、コイツ(笑)

 それでも、これは笑ったと思っていいのだろう。手でソファーに促されたので、とてとてと歩いていく。

 

 ……が。

 何ということが。

 

 背が足りなくて、ソファーに座れない。掴まってよじ登ろうとしてみるけど、何だかうまくいかない。見かねて父親が持ち上げて座らせてくれたのは、グッジョブとしか言いようがなかった。

 

「さんきゅー」

「……なんだって?」

「ありがとうって、言ったの」

 

 会話は通じるのだけど、一部の言葉は認識出来ないらしい。俺のせいか、彼のせいかはともかく、妙な言葉は使わない方が得策だろう。

 

 ソファーに座って対面すると、彼は言葉を切り出した。

 

「ユーニス……では、ないんだね」

 

 正確に言えばそうではないけど、今のところ彼女は眠ったままだ。頷いてから答える。

 

「そうだ。おれは、まあ、ゆうれいみたいなものだ」

 

 この言葉に、彼のまゆが少し潜まる。

 

「……見くびるな。腐っても幽霊(ゴースト)不死者(アンデッド)では無いことくらいは分かる」

「てーと、おれはあんでっどあつかいではないよーだな」

 

 ほっとひと息。

 流石にアンデッドではなかったらしい。気を取り直して俺は身の上を語った。

 

「おれは、ほかのせかいからてんせい? してきたんだ、たぶん」

「転生……死んだ人間なのか」

「……! しんじるのか?」

「古代の魔術には転生の技も存在している。成し得たものは少ないが」

 

 魔法のある世界だとそういう理解も出来るのか。俺のいた世界では頭イッテる人扱いだろう。或いは中二病か。

 

「しかし、異世界からの、転生とはな」

「なんか、もんだいでも?」

「我々とは異なる世界から来た者は、みな『勇者』と呼ばれる存在なのだ」

 

 勇者……勇者か。

 異世界転生ものの王道だけど、自分が巻き込まれるというと何だか困惑する。というか、この場合はどうなのだ?

 

「『勇者』は『魔王』が生まれる時に神たちによって召喚される」

「へえ……そのまおうとやらをたおすために、ってこと? ゆうしゃでないとたおせないのかな?」

「実際には魔王を斃すことは勇者でなくても可能だ」

 

 やけに自信満々に答えるな。

 

「前回の魔王は私が斃したのだから」

「さようでございましたか……」

 

 思わず敬語になってしまう事実。優男と思いきやガチガチの戦闘系民族でしたか。

 

「けど、おれはちがうだろうな」

「うむ……勇者は異世界にいた人物がそのまま呼ばれる。先代の勇者もそうだったし、歴史の記述にもそうあった」

「うまれてくることはなかったんだ」

「そういった事は、無かったと思う。詳しくは調べてみないと分からんが」

 

 彼は嘘は言っていないと思う。表情が変わらな過ぎて分からないけど、そういう奴ではないと思う。

 

「ちなみに転生術(リーインカーネイション)では術者の自我の発露により元の自我は塗り潰される」

「ゆーにすはそんざいしてるから、それはない……かな?」

 

 目を閉じてココロの奥を覗けば、ユーニスの息遣いのようなモノを感じる。彼女はたしかに存在していた。

 

「その……ユーニスは」

「だいじょうぶ、あんしんして。ちゃんといるよ。いまはねむってるだけ」

「そうか……」

 

 僅かに和らぐ感じに安堵した様子が見える。さっきの凶行が信じられないほどだが、いちおう娘のことは大事だと思っているのだろう。

 

「かわいいむすめにいそうろうをしていることになるけど、おれとしてもいかんともしがたい。ゆるしてはくれないだろうか?」

 

 ぺこりと頭を下げる。納得するとは思えないけど、意外と話せば分かってくれる人間のように感じた。

 

「致し方あるまい。魂の分離などした事はない……いや」

 

 少し考える父親。一児の親とは思えないほど若く見えるし、恐ろしくイケメンだったりする。長めの銀の髪と、暗くても光を放つような紅い瞳に、目を奪われた。

 

「……手が無い訳ではないが、時間がかかるな」

「……ほう、えっ?」

 

 暫し茫然としていたようだ。

 

「な、なんとかできるのか?」

「確実では無いし、ユーニスにその素養があるかも分からない。少なくとも七歳の洗礼式迄は無理だな」

「せんれいしき?」

 

 今は三歳のだから、あと四年か。それまで待てと言われれば待てるけど。

 

 聞くと、洗礼式を受ける前の子供は正式には領地の子供では無いとか。そして、ようやく自身の力を確認出来るようになるのだという。

 彼が目の前で指を合わせて開く動作をすると、その空中に光る文字盤が現れる。

 

「わっ」

「これがステータスだ」

 

 向こうのフルダイブ型VRゲームを扱うアニメがあったのだけど、そんな感じの光るコンソールが浮かんでいる。……ひょっとしてゲームの世界なのか? と、思ったけど俺はその方面にそんなに強い人間では無かった。この世界がゲーム世界だとしても対処の仕様は無いし、気にしない事にする。

 

「この魔力という数値がある程度無いと使えない術式がある。それを用いれば或いは」

「あんた……いや、あなたにはできないのか?」

「これは龍脈にアクセスして見るものだが、その龍脈に登録すらしていないと見れないのだ」

「つまり、いまのゆーにすのすてーたすはかくにんできない……?」

「そういう事だ」

 

 抜け穴みたいなものは無いのかと尋ねると、七歳以下の子供には登録すら出来ないらしい。何とも融通の効かないシステムだ。

 

「具体的な目標値は測れないが、魔力を高める方法はある」

 

 闇雲に魔力を上げるということか?

 

「それは、おれにもできるのか?」

「説明を理解出来るかが問題なのだが、お前は元は大人なのだろう?」

「いや、まあそうだけど……」

「なら、問題はない」

 

 すると、彼は両手でボールを掴むような形にした。すると、右手から左手に向けて青い光を帯びた何かが流れ始める。

 

「お、おお?」

「これが魔力だ。同じようにやってみろ」

 

 ほお……これが魔力か。試しに同じような形に両手を構える。ところが、何も出ては来ない。

 

「なんも、でねえ」

「お腹の、臍の辺りか。その辺りから右手に動かすように想像してみろ」

 

 想像? イメージか。イメトレ、苦手なんだけどなぁ……

 

 お腹の辺りから右手へ……お、なんか動く感じがあるな。それを左手に向かって……

 

「お……しょぼ……」

「初めてにしては上出来だ」

 

 右手から出たのは小さな青白い光の粒が一つだけ。それが左手に吸い込まれて消えた。普通は、二、三ヶ月は練習しないと出来ないのだとか。そう考えるとこれはチートなのかもしれない。

 

「お茶の準備が整いました」

「頼む」

 

 メイドが戻ってきたらしく、俺は鍛錬を中断した。彼女はワゴンを押していて、その上にはお茶のための道具が置かれている。俺の前には温めたミルクの入った木のマグだ。ほわほわと綿アメののような湯気が、美味そうな香気を立てている。

 

「……しょうが?」

「ジンジャーホットミルクです」

 

 老メイドがそう言いながら、何度もスプーンでかき混ぜている。熱いから冷ましているのだろう。幼児ゆえの心遣いか。それが終わるとティーポットから紅茶を注ぎ、それを父親の前に置いた。

 

「……ごくり」

「? ああ、飲むといい」

 

 俺が待っているのに気付くと彼はそう言ってティーカップに口をつける。目上の人間の前でがっつくような真似はしないつもりだったけど、本当に久しぶりの感覚に俺は抗い難かったのだ。

 

 カップをつかみ、近づける。ほわっと舞い上がる湯気が頬をくすぐり、その香りにますます期待が膨らんだ。唇を寄せ、カップをおそるおそる傾ける。熱さとかにもしばらくは触れていないのだ。期待と不安の中で、俺はそれを口中へと注ぐ。

 

「……ん」

 

 乾いた口の中を、柔らかい温かさが埋め尽くす。わずかな辛味がするけど、ほぼ感じられない。それは、たっぷりと入った蜂蜜に覆い隠されていたからだ。

 

「……んー……」

 

 甘みが身体に染み渡り、得も言われぬ幸福感に包まれる。ああ、これが生きる感覚か。久しぶりに、本当に久しぶりの感覚に身体が打ち震える。

 

 これが、生きてるってコトなんだなー……

 

「……旨そうに飲むのだな」

「はっ」

 

 こちらをじっと見ていたであろう父親が、そう言った。……な、なんだか気恥ずかしいぞ。だが、そこはグッと抑えて、平静を保つ。コトリとカップを置いて、何食わぬ顔で彼と向き合う。

 

「……ごちそうさまでした。おいしかったです」

「君の名を聞いていなかった。何というのだ?」

 

 父親は、相変わらず変わらない表情で聞いてくる。

 

「ゆのはらよしひと」

「ユーノア……なんだって?」

 

 あ、やっぱり欧米人っぽい人には日本語難しいかな?

 

「ユーノ、でいいよ」

 

 数少ない人たちに呼ばれていた愛称。それがユーノだった。そう呼ばれるのは別に困らない。

 

「そうか。ユーノ。君も、今から私の子供だな」

 

 担々と紡がれる彼の言葉。

 だけど、その表情は……ちょっとだけ和んだようにも見えたのだった。

 

 




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