「今日はユーノの番だよね」
『いつも済まないね』
「それはいいっこなしよ、おとっつぁん♪」
朝のベッドの中での会話。睦言と言うには色気が無いし、第一、話してるのはユーニスだけだ。俺との会話はなるべく心の中だけと言ってあるのに……まあ、今の時間だとメイドたちは下がっているので問題はないのだけど。
「それじゃ、代わるよ」
と言って、ユーニスが身体を受け渡す。彼女がその意思を以て譲り渡す事で、俺との入れ替わりは容易になった。尤も、これはまだ一年も経っていない。
身体の支配を渡すという概念を教えて、理解をするまで、俺は彼女が眠りにつくまで出てくる事はなかったのだ。
子供の睡眠時間というのは大人と比べるとかなり多い。おかげで魔力の鍛錬もかなり捗ったのだけど、そのせいでユーニスが体調を崩しては何にもならない。夜の僅かな時間を、魔力の鍛錬と、彼の父親との対話に使うことになっていた。
「そういや、父ちゃんからなにか聞いた?」
『ん? あの後のこと?』
「そうそう」
『なんにも?』
公式の場での父親の呼称は閣下か、男爵さま。いちおう、ユーノという別の子供がいるという
ところが、いつもそう呼ばれると肩が凝ると彼が言い出した。父ちゃんという呼称はそうして出来たのだ。
「おはようございます」
ノックの音がした後、メイドが三人ほどぞろぞろと入ってくる。寝間着から普段着への着替えだ。いつものようにユーニスに代わる、と。
『あれ? ユーニス?』
『今日は代わりませーん♪』
おう……なんと、拒否された。
『おい、ふざけるのはやめろ』
『ユーノは慣れておいたほうがいいと思うの』
『いや、俺は男だって言ってるだろ?』
『この間みたいな事が無いとは言い切れないよ? 女のコのカラダには慣れておくべきよ』
くふふ、と笑うのはこちらの小悪魔です。こんちくしょー。
ここでむりやり代わろうとすると、ユーニスの身体は意識を失いいきなり倒れるという阿鼻叫喚の事態になる。さすがにメイドさんに申し訳ないので、我慢することにする。
『うーん、それにしてもやっぱり、わたしカワイイ♪』
『……さいで』
束ねていた髪を解き、メイドが丁寧に櫛る。姿見はこの世界でもわりと高い硝子製の鏡だ。そこに映るのは、たしかに絶世と言っても過言ではない美少女である。
肌は白く、髪はときおり蒼くきらめく銀糸のようで、瞳は揺らめくような真紅。愛嬌のある顔立ちではあるが、将来はとてつもない美人になることは間違いないと感じさせる。
『ユーノはもう少し喜ぶといいと思うの。こんな綺麗な女の子、滅多にいないと思うのよ』
『男として抱くなら、大喜びなんだけどな』
『やーん♪ 抱くだなんて、おっとなー♪』
なんか勘違いしてるが、子供としてだからな。俺の知識が漏れているのか、彼女が早熟なのかは知らないけど、やたらとこう言うことを言うから困りものなのだ。
いちおう、俺はノーマルなんで。
『わたしだって、そのうちおっきくなるもん。そしたら、ユーノもイチコロだよ?』
『いや、どっちにしろムリだろ。一心同体なんだし』
『そうなんだよねー……どうにかしてくれるのかな、父さま』
『あんまり期待できないと、思うけどなぁ』
俺を分離する方法を模索する。
父親であるエルザムはそう言っていた。
どういった手段なのかは見当もつかないが、魔術なのは間違いないだろう。話によれば、彼は魔王と呼ばれる存在も倒してしまうほどの魔術師だとか。それはつまり、この世界でのほぼ最高峰の存在という事だ。
その彼をして疑問符だらけの返答だったのだ。楽観視は出来ない。とはいえ、このままというのも困るのも事実である。
今の段階では子供なので、あまり問題はない。だが、いずれは二次性徴を始めるだろう。同じ身体に同居しているので妙なことは出来ないし、やるつもりもないけど……気不味いのに変わりはない。
それに今は兄妹のように接してくれているので問題は無いけど、いずれ何らかの問題は出てくる。多感な少女はプライバシーを気にするだろうし、見て見ぬふりもなかなかに難しくなる。なるべく早く、解決してほしいものだ。
そんなことを考えながらも、メイドさん達はテキパキと作業を進めていく。長めの髪は三編みにされてくるくるとお団子に纏められた。僅かに頭が重く感じるけど、後ろ髪がそのままよりかは随分と楽になる。
その次は着替えなんだけど、これがどうにも慣れない。自分で着替えるのが当たり前な人間からしたら、脱がされて着せられるというのはどうにもこそばゆい。それでも幼児の頃は仕方ないと諦めていたけど、もうボタンだって留められるし、着方だって覚えた。そう文句を言ったら。
「もうしばらく、お世話をして下さいませ」
と、涙を流さんばかりに言われた。老齢のメイド長のミューリはあと数年で暇になるため、その間はやらせて欲しいと言われては断りづらい。
「しょうがないなぁ」
「ユーノ様はお優しいですね」
祖母というものを知らなかった自分には、このくらいの女性はそう思えてしまう。そうした人物のお願いならば、自分の小さな自尊心などどこかに置いておけばいい。それに、ユーニスの事を考えれば悪いことではない。
肌着を替える間は目を閉じる。
小さいとはいえ女に変わりはないし、好奇心からジロジロ見るのも躊躇われる。これは入浴のときも同様だ。
『イリーナが言ってたけど、下町では子供は裸で水浴びとか普通にするそうよ。男の子も女の子もごちゃまぜなんだって』
『そりゃあ、そうだろうけど』
俺の生まれた世界の日本だって、一昔前はそんな状況の時もあったらしいけど。あいにくと俺の頃には着替えとかも男女で分けるのが当たり前な時代だった。それに死んだときの年齢から言えば孫と言ってもおかしくない年齢だ。躊躇するなという方が難しい。そういったものがいたら免疫があったかもしれないけど。
『それだけユーノが意識してくれてるってコトだよね?(るん♪)』
『あーカワイイ、カワイイ』
『ぶー、てきとー』
ふてくされたように言うユーニス。あの頃から比べたら信じられないくらい明るく、元気になった。父親やミューリたちの献身的な介助によってここまで回復出来たのだ。無論、俺だって支えていたつもりではあるけど、所詮は身体もない幽霊みたいな存在だ。
『……はあ』
『ん? どした? ユーニス』
『なんでもなーい』
「準備できましたよ、ユーノさま」
「ありがとう、ミューリさん」
ぱっと見では平民とあまり変わらない少しボロい服装だけど、これはトレーニング用だからだ。俺の当番の日の鍛錬のためである。
「ふひぃ……ちかれた」
「ふむ。汗を流してから朝食だ。それと、床に寝そべるな。みっともない」
「野郎ならこうしてても問題ないだろ?」
「ユーニスが真似をする」
「うぐ……わーったよ」
『父さまに先回りされたー♪』
ひんやりとする修練場の床から起きた時にユーニスが煽るように言ってきた。見てない所で色々とやんちゃしてるんだぞ、このお嬢さま。知らないだろうし、言わないけど。共生関係を円滑に行うためには多少の譲歩も必要なのだ。
『でも、相変わらず厳しいね。私のときとは大違い』
『そりゃあ、男と女じゃ違うだろ?』
身体は同じでも内面は天と地ほども違う。未だ洗礼も受けてない幼児と、片やいい年したおっさん。同じ鍛錬に対してもモチベーションが違うので俺のときの方が吸収も早く、能率も良い。鍛錬の方向性も変えるのは当たり前の判断だと思う。
『わたしも剣を振りたいなー』
『まず、剣を振れるようにならなきゃな』
『おんなじ体なのになんで体力に差があるのよー、ぶー』
そうは言うけど実のところ体力にそんなに差はなかったりする。ユーニスはまだ“身体強化”の術を教わっていないからだ。たぶん父親のエルザムがわざと教えていないのだろうけど、正しいとは思う。
剣を持って、ないし素手で戦うというのは格闘戦の範囲に入るということだ。大事な娘に傷を負わせたくないという気持ちから言えば、納得は出来る。俺も同じ身体にいるから矛盾しているようにも見えるけど、いずれ分離できるのなら話は変わってくる。
『魔術を習っている君のほうが俺は羨ましいけどね』
『それは、そうかもね。水の玉とか綺麗なのよ♪』
ユーニスの教わっているのは純粋な魔術だ。無論、初歩も初歩らしいけど既に魔法らしきモノは発動させている。父親曰く、天賦の才能だとか。そのため、彼女にはそちらの方から教えるという方針にしたらしい。彼女の創り出した浮かび上がった水の玉は、確かにキラキラと輝いてキレイだった。
「では、お湯をかけますね」
「お願いします」
目を瞑っている所に頭からお湯がかけられる。丁寧に洗われてた髪についた泡が流されていく。
風呂があって毎朝湯浴みが出来るのも、ここが貴族のお家だからである。普通の平民はだいたい行水で、お湯を使うのは冬場だけらしい。それだけでもここに転生してきて良かったと思うのが日本人なのだなぁ……
「ふひぃ……」
湯船に浸かると思わず蕩けるような声が出てしまう。メイドさんのくす、という笑い声も気にならない。初めは女性に洗われるのはどうかと思っていたのだけど、この身体はユーニスの物であり、即ち女の子だ。俺が勝手に洗うよりはなんぼかマシだろうと諦めた。
『別に気にしないけどな。おしっことかしてるし』
『それは生理現象だから仕方ないの』
実際、いちいち代わるのはリスクがあるのだ。何回か代わると夜寝るまでは代わらなくなるという事態が発生したので、その辺りは許容する事にしたのだ。
「ユーノさま、そろそろ」
「うん、あがるよ」
メイドさんが声をかけてくるので朝の湯浴みはここまで。脱衣場に行くと大量のタオルでもふもふと拭われ、普段着へと着替え、ようやく朝食だ。
「いただきます」
「いただきます」
食卓には深めの皿に入った穀物を潰したフレークのようなモノが入っている。言わずと知れたオートミールというやつだ。
『うえー、オートミール。私の番じゃなくてよかった』
いかにも嫌そうに呟くユーニス。最初食べた時は俺もそう思ったけど、意外と慣れてくると食えるようになった。しかし、子供にはたぶん辛いだろうな、とは思う。クセもあるし、食感も単調で絵面も地味だからな。
「父ちゃん。ちょっと手を加えていいかな?」
「ん? かまわんが?」
主の許可も出たので、俺は『アイテムボックス』を開く。俺が教わった生活魔術の中でもおそらく一番便利な魔法だ。
その中から革袋を一つ取り出し、その中身をオートミールへカサカサと入れる。
「ふむ。ドライフルーツか」
表で買い食いをする時に買っておいたもので、具材は苺らしきものとブルーベリーらしきものだ。乾燥させるだけで保存出来る上に栄養価も上がる、生活の知恵である。子供にはつまらないオートミールもこれで多少はマシになるだろう。
「これならユーニスも喜んで食べてくれるだろうな」
「子供は甘いものが大好きですからね」
オートミールと一緒にドライフルーツを口に含む。カリカリとした食感の中に干したブルーベリーの感触。噛むとじんわりと甘みと酸味がにじみ出る。こちらはいちごかな? 酸味が柔らかくなっていちごの隠れていた甘みがほんのりと香る。向こうの世界ではブルーベリーはともかくいちごのドライフルーツはあまりお目にかかれなかったが、意外とイケるんじゃないかな?
「私もいただこうか」
「あ、はい」
立ち上がって私に行こうとすると横合いから手が出て肩を押さえた。上を向くと、メイドさんの冷たい視線が……
「食事中に立ち上がるのはマナーがよくありません」
「アッ、ハイ……」
目つきの怖いメイドさんが、手を出してくるのでそこにドライフルーツの袋を差し出す。彼女はしずしずと歩いて父ちゃんのところに行くと、それを手渡した。……なるほど、手間がかかるな。
「……うむ。これはいいな。幾らだった?」
「この量で150ダインでした」
ダインは通貨の単位。1ダインは銅貨一枚、10ダインは大銅貨一枚となる。つまりこれを買った時は大銅貨一枚と銅貨五枚を支払っていた。実は銅貨三枚ほどまけて貰っているのだけど、まあそれはおいておく。
『わたしは、ドライフルーツだけでいいわ』
強い意志を持って宣言するユーニスの呟きを軽く無視して、食事を続ける俺。
今日はどんな一日になるのかね?
たぶんミュースリの方に近いと思いますけど、大して変わんないし知名度から言うとグラノーラでいいんじゃないかな? と思いました。