「あーついねぇ……」
「そうですね」
街を歩く俺のすぐ後ろには普段着姿のフランがいる。夏ということもあり、若干薄手の素材ながらも長めのスカートに薄緑のブラウスといった装い……いや、涼しげではあるよ。いつものメイド服から比べたら爽やかさが段違いだ。
でも、もう少し涼し気な恰好でもいいと思う。ミニとは言わない。出来れば膝上くらいのスカートで構わない。なんでゾロっとしたロングやねん。
「もっと短くした方が涼しいのに」
「わたくしは春を鬻ぐ娘ではありませんので」
短いスカートを履けるのは成人前か、春を鬻ぐものだけという慣習があるのだ。なので、暑くても素足を見せる丈のスカートは履けないらしい。綺麗な時間なんてあっという間に過ぎていくというのに、それを隠すなんて意味が分からない。俺は時が来たらその功罪を切々と説こうと心に決めている。この世界は色々と間違っている。まあ、前世が正しかったかというと……もにょりますが。
「そんな事より、そろそろではないですか?」
「あ、そうだね」
魔術師ギルドの周辺には、個人で店を出したり工房を構えたりする魔術師達が多く住んでいる。そのうちの一つ、『ウェイルン魔術工房』に入る。
「いらっしゃいませ〜……あら」
「ご無沙汰してます、ユーノです」
「……ユーノ君ね。お久しぶりというのは少し語弊があるかもだけど」
「ですよね」
うちで三日前に会ったばかりだから、それは正しい。店内には他のお客さんもいるようだし、込み入った話はしない方がいいだろう。
「師匠は奥ですか?」
「ええ。お父様からの催促かしら」
少し困ったような顔をする店員。その姿はローブ姿であり、ひと目に魔術を扱う魔術師だと分かる。ただし、ローブの裾は短くなっていて下に履いているスカートが覗いている。いわば夏仕様のローブと言おうか。お洒落な女魔術師はレースのローブとかも着るらしいけど、彼女はごく普通の無地の物を着ている。
「いえ。様子を見てこいと言われました」
それだけ言うと彼女は納得してくれた。裏の意味はちゃんと理解してくれているようで助かる。
「頂き物のパイがあるの。後で持っていくわね」
「! ありがとうございますっ」
「くすくす♪ やっぱり子供にはお菓子かな」
子供扱いされたくないとは言わないけれど、お菓子に釣られると思われるのは何となく釈然としない。まあ、それでもご厚意はきちんと受け取らないといけないよね。そういう意図でフランの方を見ると、仕方なさそうに溜息をつく。
「お夕食まで間があります。些少でしたら構わないかと」
「やった♪」
フランが同行している時は伺いを立ててからなら外食しても良いと父ちゃんからは言われている。抜け出す時にはいないから出来ないけどね(クスッ)
店内の奥の扉を開けると、そこからは魔術師の工房だ。何やら分からん薬品やら植物の干したものやらが部屋の中に散乱している。魔術師という人間達はとかく整理が下手な人が多いという。この有様を見れば、さもありなんと頷く以外には無い。
そのガラクタで埋まった部屋の中に、大の字になって横たわる男がいた。タンクトップと短パン、そんな感じだろうか。前世で大学時代にこんな恰好で夏を過ごしたなぁという記憶を思い出す。
「ぐう……」
昼日中というのに寝コケていた。この世界でも午睡という文化はあるが、あれは農業従事者だ。まあ、おそらくだけど魔力切れなのだろう。
とてとてと歩いていこうとすると、フランが肩を押さえてきた。
「フラン。俺が来た理由は知ってるでしょ?」
「で、ですが……」
フランはとても心配性である。はあ、とため息をつくと肩に置かれたその手を優しく外す。俺は彼の側に座り、その胸に手を置く。さて。
「お、おう?」
「気が付きましたか? 師匠」
「お、ああ。ユー……ノか」
眠っていた男は、ホルストフ=ウェイルン。俺の魔術の師匠である。
「いやあ、スマンな。また魔力切れを起こしてたか」
頭をかきながらそう言うと、傍らにおいてあったローブを纏う。ちなみに一般的な魔術師はちゃんと普段着や防具などを着てからローブを纏う。彼が特別なのだ。だからフランの蔑む瞳は当然なのだ。妙齢の女性に裸体を見せるな、恥ずかしい(笑)
「チコさんに分けてもらったらいいじゃないですか」
「いやあ、夜にはお世話になるのに今から貰うのはちょっと気が引けてなぁ」
「……」
あっけらかんと言われるとこっちが恥ずかしくなるなぁ。こっちまだ洗礼前のガキだぞ? 大人な発言は大概にしろよな、フランからの圧が凄い高いんだから自重しろ、師匠。
「気分は? 平気か」
「全然平気ですよ。むしろ部屋の暑さの方が堪えますね」
さっきやったのは魔力の譲渡である。
俺は他の子よりも魔力が多いらしく、成人男性一人に渡しても気絶すらしない。蒸し暑い部屋の中ではそちらの方がキツく、頭がぼうっとしてきた。
「ああ、空調に回す分も使ってたからなぁ」
そう言いつつ彼は杖を振る。すると、部屋の中を清涼な風が吹き始めた。
「無駄遣いしてるとまた倒れますよ?」
「魔道具作成中に窓とか開けられないからな」
そう言うと床から起きてテーブルへと向かう。申し訳程度のスペースが作られたテーブルの側にはやはり物置と化した椅子がある。
「もう一つ無いですか?」
「あ……ねえなぁ」
椅子は二つしかない。一つは家主の物として、ここはレディに座らせるべきだろう。
「では」
「わっ」
「……そうしてると、兄弟みたいだぜ?」
椅子に座るフランの膝の上に乗せられてしまった……これはこれで役得ではあるけど、落ち着かなくない? 平気? あ、平気ですか。じゃ、あ、まぁ……。
「どうでもいいがモテそうだな、お前」
「社交辞令って分かりきってる言い方ですね」
申し訳程度に冷えた麦茶で喉を潤しながらそう答える。室内なので帽子は外しているからそう言うのだろう。
俺としては家の中でも外したくないくらいである。それに、そんな話を聞きに来た訳じゃない。さっさと要件に入ろうぜ。
「ほんじゃまあ、まずはコレから」
「ん」
渡された物は少し小さめの石だ。磨かれているので宝石という方が正しいと思う。それを握りしめて、しばし待つ。手を開くとその石はほんのり光っていた。
「おう……あっさり注入したな」
「さっきの師匠よりは少ないと思うよ」
これは魔晶石という物で、中に魔力を溜め込むことが出来る。魔物の核になっている魔石を特殊な手順で加工すると作れるのだけど、この小さな結晶で人一人と同じ魔力を溜め込むことが出来る。
「あ、あと幾ついけるかな?」
「ステータスが開示されてないから何とも分かりませんよ」
「だよなぁ……お前、洗礼前だもんなぁ」
個人の能力を知るためのステータスだけど、誰でも持っている訳ではない。洗礼という儀式を経て、初めて開示されるのだ。それまでは一個の人間とは扱われていないように思えるけど、赤ん坊から幼児までの間に死ぬ子供なんていくらでもいるこの世界。ある意味合理的なんだろう。
ともかく、自分の持つ魔力の量がいくつなのかは俺にすら分からない。普通の人間にとっては今の補充だけでも魔力切れを起こしかねないのだろうけど、今のところは特に何も感じない。
「魔力切れを起こしても、フランがいるから帰るのは問題ないよ」
「いや、気を失うのって意外とキツイぞ?」
俺の言葉にフランも眉を顰めるし、師匠だって気にしている。でも、俺はその辺はあまり怖くは感じていない。むしろ感じてみたいまであったりする。
「さ、師匠。どんどん持ってきて下さい」
「あ、ああ」
そうして、何個目かは分からないけど、俺は意識を失った。その感覚は死ぬ時に感じたものと違った。あの無力感というか喪失感というか……ともかく、それと違う事に胸をなで下ろしたのだった。
「ふぅむっ? これ、は」
「ミハイルさんの所の新作らしいわよ」
目が覚めた後に、待っていたのはチコさんの用意してくれたお菓子だった。
わふー、これは旨い。
サクサクのパイ生地はあくまでふんわりさくさく。中のジャムは実を粗く潰したもので、すごく美味しい。ラズベリーとかに近い酸味と甘さだけど、色合いからするとカシスだろうか。
聞いてみるとトキスグリという名前らしい。その名を聞いて今度は師匠が驚いた。
「トキスグリって、あの魔除けの材料か」
「そうですよ。中身だけ欲しいって言われてミハイルさんに融通したんです」
「いや、だって……あれ、苦いだろ?」
「何でも重曹と一緒に煮ると苦味が消えるらしいですよ」
「渋みと苦味で中和とかするものか?」
「彼の実家ではそうして食べていたそうですよ」
「へえー」
師匠とお弟子さんの会話を横で聞きながら、あむあむと頬をふくらませる俺。料理の科学やら錬金術などはどうでもいい。今はこの美味だけが大事なのだよ。
「むふぅー♪」
「ゆっくりお食べ下さいまし」
そう言って頬をハンカチで拭うフラン。ジャムが付いていたのか、少し薄黒い色が残っていた。
「ちなみにこれがトキスグリだが」
そう言って師匠が出してきたのは、少しカサついた木の枝だった。その先には黒い果実が付いている。見た目で言えばレーズンのようだけど。
「食べられるんですか?」
「毒はない。中の実にも皮にもね。この皮の渋みが魔物除けによく効くんだ」
魔物除けというのは俺も見たことがある。父ちゃんが持っていた薬のようなものだ。それを撒くと魔物が数日は寄ってこないらしく、旅をする者の必需品とまで言われている。
こんな萎れた木の実がねぇ。
えい、と摘んで口に放る。
「ぐえっ!?」
「ユーノさまっ?」
美味しかったパイの味が、一撃で消し飛んだよ……仕方ないのでもう一個食べようとしたらフランに叱られた。後生だと頼んだら、一口だけくれた……フラン、天使♪
トキスグリという名前は創作です。所謂ファンタジー世界の果物と思って下さい。