食べ歩きがしたいだけ   作:二三一〇

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 今回は修道女見習いのイリーナ視点となっております。


紅茶にすもものクーヘン

 今日はナターシア司祭に付き添いを命じられた。修道女見習いの中から選ばれたのは栄誉な事である。

 

「いいなぁ、イリーナ。男爵様のお屋敷に入れるなんて」

「羨ましい〜」

「お土産、期待してるわよ♪」

「そんなもの、出る訳ないでしょ」

 

 あったとしてもそれは神殿に対しての寄進であり、個人にくれる理由はない。面識もないし、貴族でもないのだ。

 

「イリーナ、準備は出来ていますか?」

 

 控えの間に司祭様が来ると、皆は一斉に黙る。沈黙の術をかけられるとこんな感じになるのだろうかと、妙な事を考えていると返事が遅れて叱られてしまった。

 

「暑さにやられましたか? 他の者に替えましょうかね?」

「いえっ! 大丈夫ですっ、イケます!」

 

 こんな機会は滅多にないのである。噂で聞くところの『迷宮街(サンクデクラウス)の妖精』に会えるのだ。這ってでも行かねばならぬ(メラメラ)

 

 

 

 

 

 

 

 キョウガイシ神殿よりやや北に位置する公邸に隣り合った所に、高さ二メートル程の石壁で覆われた区画がある。このサンクデクラウスの領主である、アークラウス男爵のお屋敷だ。

 

「う……」

 

 暑いのに重装備の従士がたくさんいる。正門の警備なんだろうけど少し多くない? でも、ナターシアさまは気にもせずに近づいていく。

 

「どうしました?」

「あ、あの。いきなり斬られたりとか、しませんよね?」

 

 私の狼狽を見て、彼女はにこりと笑ってこう言った。

 

「しませんよ。ねえ」

「勿論ですとも」

 

 答えたのは門番の一人。兜の下で笑っているのだろうけど、せめて面頬は上げてくれませんか? 全く安心できません。

 

 私の危惧などなんの意味も無く、あっさりと通された。確かに司祭という立場なら無下にはされないだろうけど……そもそも今回のお目通りはなんだっけ? 理由を聞いてない気がする。

 

「少し待っていなさい」

「はい」

 

 玄関をくぐってから控えの間で、家令のおじい様が待っていた。ナターシア様に恭しく礼をしている所を見るに、とても信心深そう……。二、三、話しているとナターシアさまはそう言って家令の人と出ていってしまった。

 

 こまった。

 何をどうすればいいのか、分からない。借りてきた猫のようにジッとしていると、誰かが部屋に駆け込んできた。

 

「あっ、とと」

 

 慌てて帽子を被るその面影に、見覚えがあった。何日か前に会ったすももの少年だ。

 

「お客さま? ごゆっくりしててね〜♪」

 

 そう言って玄関に向かうので、つい腕を掴んでしまった。

 

「え?」

「あ、すもものお礼! まだ言えてなかったでしょ?」

「あ、あー……」

 

 何だか目が泳いでいるけど、ここで会ったが百年目。いや、そんなには待ってないけど。それはともかく、手を離して頭を下げる。

 

「とても美味しかったわ。ありがとう」

「……うん、それは良かった。一番熟れてるのを渡して正解だったよ」

 

 彼が忍ばせてくれたすももはとても甘くて美味しかった。久しぶりの甘味に他の修道女見習い達も喜んでいたし。

 

「わたし、イリーナ。あなたは?」

「俺はユーノ。あの、悪いんだけど……」

「でかしたわ、イリーナ」

「ユーノさまっ」

 

 そこへ、どやどやとメイドさんを引き連れた司祭さまがやってきた。「あー」とボヤいて頭を垂れる彼に、何かやってしまったのかと私は狼狽した。

 

 メイドさんに囲まれて、彼は奥へと連れられて行ってしまい。そこには入れ替わりに先ほどのおじい様がやって来る。

 

「やれやれ、困ったものだ」

「元気なのは良いですけど、少し困りものですね」

「あの……あの、ユーノ、君は」

 

 いつもはしないのだけど、あまりの困惑度合いについ話しかけてしまった。こちらを見て二人は頷きあい、おじい様が語りかけてきた。

 

「ユーノは私の遠縁の子でね。このお屋敷で学ばせているのだよ」

「ええ、ええ。ご当主様のご厚意でね」

「はあ……」

 

 貴族の事はあんまり知らないけど、子供を預かったり育てたりなんて事をする話は聞いたことがある。と言う事は、あの子もどこかの貴族の子供なんだろう。道理で身なりが良かったもの。

 

「このような場所で長話もありますまい。部屋を用意させましたのでこちらへ」

「はい。行きますよ、イリーナ」

「は、はい」

 

 

 

 

 通された部屋は高そうな調度品の置かれた応接間だった。涼しい風が入ってくるけど、何故か窓は閉まっているし。これが魔術というものか……なんて心地よい。

 メイドさんが淹れてくれた紅茶は飲んだことないような高級品だし、出されてきたのはミハイルさんところの焼き菓子だ。こんなの食べたことないよ……すごくおいしいと聞いている。ヤバい、わたしの語彙力がすごく悪くなっている気がする。

 

 そんなショックを受けている私の横では、ナターシアさまが普通にお茶とお菓子を召し上がっている。堂々とした様子は流石だと思った(小並感)

 

「私ですか? まあ、貴族の娘でしたからね」

 

 種明かしをされたら納得した。ナターシアさまはここから少し離れたルグランジェロ伯爵の血族なのだそうだ。

 

「意外と市井には貴族の子女というものはいるのです」

「はあ……」

 

 すごく身近にいたというのが驚きだ。

 そういえば姿勢も綺麗だ。こういうのは昔から染み付いたものなんだろう。

 

 と、部屋をノックする音がしたら急に扉が開いた。

 

「じゃーん♪ わたし、登場っ!」

「お嬢さまっ、お返事を待たずに開けてはいけません」

「えー、めんどーい」

 

 唐突に現れたのは小さな女の子とメイドさんだった。

 

「親しき仲にも礼儀ありと申しますよ、ユーニスさま」

「元気そうで嬉しいわ、ナターシア叔母様」

 

 こめかみの辺りをひくつかせて司祭様が言う言葉を、少女は聴き流すように前の椅子に座る。肩口まで伸びた髪がさらりと流れる。あ……この子、銀髪? 少し青みがかっていて不思議な色だ。

 

「あなたは元気過ぎるみたいね。もう少しお淑やかにならなければ」

「えーと、善処します♪」

 

 ニコッと笑顔で言う。あ、直す気ねえな、この子。見た目は凄く可愛いのにいい性格してる。

 

「そちらのお嬢さまはどちら様ですの?」

 

 くりっとした瞳は鮮烈な赤。身体の色素が薄い人特有のものと言われている。総じてそういう人は病弱らしいけど、この子はそんなふうには見えない。好奇心の強そうな視線がこちらを値踏みするようにちょこちょこ動いている。

 

「分かったっ! 叔母様の娘!」

「わたくしは独身です」

「う……」

 

 ぴしゃりと反論されて少し涙目になる。なにこの子、あざとい。

 

「じゃ、じゃあ、連れ子?」

「だから結婚してません」

「ないえんの妻!」

「どこで覚えて来るのですか、そんな言葉」

「あう……」

 

 このままだと話が進まない気がしてきた。なので、不躾ではあるけど自己紹介させて頂く。椅子から立ち上がり、両膝をついて頭を下げる。両手は胸に、交差させずに手の甲を見せて添える。貴族に対しての挨拶は、最初に覚える儀礼の一つだ。

 

「キョウガイシ様の御元で修行する修道女見習い、イリーナと申します」

 

 そうして挨拶すると、向こうはニコッと笑い返事をする。

 

「あら、ありがとうございます。わたくしは――」

「正式に名乗るものにその対応は如何かと」

「……ぁぃ」

 

 ナターシアさまの指摘に意気消沈しながらも、椅子から飛び降りる彼女。ふわりと舞うスカートからは細すぎるふとももまで見えてしまう。パンパンと服のシワを整え、右左を見てチェック。わざとらしそうな笑顔も、いっそ清々しい。猫の被り方が上手そうだ、この子。

 

「アークラウス家長女、ユーニスと申します。宜しくお願い致しますわ」

 

 スカートの裾をちょっとだけ持ち上げ、右足を一歩引き、心持ち頭を下げる。わあ……淑女の礼だ。感心している所に司祭さまの容赦ない指摘が入る。

 

「ユーニス。引き足は左よ。あと、頭はもう少し下げなさい」

「……あう」

「それと椅子から降りる時もスカートは乱さない。出来なければメイドを頼りなさい」

 

 必要な時に主人に手を貸すのはメイドのお仕事だ。しかし、部屋の隅に畏まるメイドは一礼してから発言を求める。

 

「僭越ながら。お嬢さまが言わない限り、手は出すなと旦那様に言われております」

「全くあの子は……ユーニスまで自分と同じ道を進ませるつもりですか」

 

 少し不満気なナターシアさま。メイドは基本、一家の当主に仕える。その命令に従うのは当たり前だ。門外漢は教育方針にも関われないと、嘆くナターシアさまに、彼女は傍に近寄る。

 

「もっといらして下さいませ、叔母様。父さまの至らぬ所を補って頂けたら、わたくしも嬉しく思います」

「ユーニス……」

 

 そういじらしい事を言うと、ナターシアさまに縋り付くユーニス。感動したのか膝を折って抱きしめるナターシアさま……え、なにこの茶番。ユーニスの方もこっち見てぺろっと舌出してるし。

 

「そうですね、これからはちょくちょく顔を出す事にしましょう。教育方針も含めて」

「父さまをあまりイジメないで下さいね」

「虐めてなどいませんよ。元々、あの子は貴族の子としては異端でしたから」

「それでも……わたくしのただ一人の親なのです」

 

 その言葉にナターシア様の瞳が潤む。

 勝負あったわね。

 

 親を気遣う健気な子を演じてはいる。私も先入観無しに見ていたら、信じていたかもしれない。だけど、この子は自分の躾の時間が増える事を危惧して、そうはさせないように仕向けたのだ。

 

「さて。それでは私はサイラス殿とお話しがあります。イリーナ、ユーニスさまのお相手をしておいて下さい」

「は?」

 

 思わず出た声は間抜けなものだった。それをユーニスがくすりと笑う。あの、意味が分からないのですが。

 そんな私を放っておいて、ナターシアさまはメイドを連れて退出していく。残るのは私とこのいい性格したお嬢さまのみ。そして彼女は微笑みながら言ってきた。

 

「下町のことを聞きたいのです。年の近い女の子と話がしたいと叔母様に無理を言いまして」

 

 ころころとスズの鳴るような声で話すユーニス。

 黙っている訳にもいかず、私は返事をする。それはお断りのニュアンスを含めた言葉だ。頭の回転の良い子なのだから、意味は分かるはず。

 

「わ、わたくしは平民出の娘です。面白い事はなにも……」

「だからですわ!」

 

 身を乗り出して顔を近づけるユーニス。うわ、ちょっと近いって。でも、よく見ると凄いかわいいな。何ていうか、将来絶対に美人になるのが分かる。

 

「男爵家なんて貴族と言っても名ばかり。市井に出る事も多いのは父さまを見ていれば分かります。そんな折に平民の方々の事が理解出来てないなんて、あり得ないではありませんか!」

「は、はあ。仰ることはごもっとも」

「なので。その辺りのご指導ご鞭撻をお願い致したいと存じますの」

「はあ……ええ?」

 

 そういう事はもっと大人の人に頼むことでしょう? 私だって子供だよ?

 

「わ、私も子供ですっ 知らない事の方が多いです」

「何も全部を教えて下さいとは申しません」

 

 へ? どういう意味だろうか。

 すると彼女は手をもじもじさせて語りだす。

 

「下町の子供の文化、と言うべきかしら。あいにくと父さまも叔母様も子供の頃は下町には行かなかったらしいので、そういう事には疎いのです」

「はあ……」

「それに。同年代の方、しかも可愛らしい女の子ですもの♪ お願い出来ませんか?」

 

 満面の笑みでそう言われては……断るのは難しかった。月に二度、日の日の午後にお邪魔して、折々の話しを聞かせるという事に決まってしまった。

 

 話が決まってから頂いたお茶とお菓子は、やはり美味しかった。中身がすもものクーヘンだったので思い出したので聞いてみる。

 

「あの。ユーノさま、にはお願い出来なかったのでしょうか?」

「ユーノ? ああ、あの子はダメ」

 

 笑いながら彼女は辛辣に否定した。

 

「街へはかなり出ている様子でした。彼なら私よりも精通しているかもしれません」

 

 同じ年頃の子供とはいえ、私は修道女見習いだ。その世界は下町の子供達とは微妙に異なる。そう伝えたのだけど、彼女は首を振るばかりだ。

 

「あの……もしかして、確執がお有りとか?」

「そんなことないよ? むしろ良好だと思う。でも、彼はダメなの」

 

 口元の食べ滓を舐めると、彼女は身を乗り出してきた。だから、近いって。

 

「殿方の世界と乙女の世界は違うでしょ? だから、アレにはそちらを学んでもらうの」

「は……?」

「あの子には男の子の世界を見聞して貰う。私は女の子。それを集めれば両方の知識を集められる。わたくしが望むのはそうした事なのです」

 

 先程までの茶化すような雰囲気を消し去り、真っ直ぐな視線でこちらを見る。

 よくは分からないけど、とても真剣だということは伝わった。それになんの意味があるのかは皆目分からないけど、貴族のご令嬢と懇意に出来ると云うのは良い機会だ。

 

「今日はもう会えないと思うけど、ユーノと会ったら邪険にしないであげてね? 意外と打たれ弱いから」

「え? べ、別に邪険になんて……」

「そう? なら良いけど」

 

 いつの間にか砕けた話し方になっている彼女(ユーニス)に、私の頬も緩むのだった。いま、確かに私の世界は、広がったのだから。

 




 新キャラ登場。キャラ増やすと管理難しくなるって知ってるでしょうに……(´・ω・`)
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