天高く馬肥ゆる秋。
こちらでもやはり秋は収穫の秋、味覚の秋だ。夏の間に逞しく育った身体に脂肪を溜め込み、長い冬を越えるための身体に仕上げなければならない。どこでも変わらない自然の摂理であり、それは人間も変わらない。
ジュ~……
(*´﹃`*)タリー
ジュ~ジュ~……
(゚A゚;)ゴクリ
「うっとおしいなぁ、お前。食うなら食えよ」
「ご、ごめんなさい」
謝りつつも屋台の端から焼ける肉串を見つめる事は止めない。店主は買おうと思えば買える、ちゃんとした客だという事は分かっている。だから邪険に出来ないのだ。
「腹が小さいってのは難儀なモンだな」
「す、すいません……」
俺だって焼肉串を食べたいのだ。今の時期の猪は脂がノッてくる。多少の臭みはつけダレとかで誤魔化せるし、何なら胡椒をオーダーしてもいい。屋台にも常備する店も多いのだ。
「しゃあないなぁ……ほら」
そう言って彼は焼けているのを見繕ってトングで串から外していく。この焼串は長さ四十センチほどもあり、刺されている肉も相当な量だ。その三分の一くらいを皿において渡してきた。
「これくらいなら他にも食えるだろ?」
「……お気遣い、感謝します」
一本分のお金を払うと三分の二を戻された。
「残りは俺のオヤツだ。てめえで食うなら誰も文句は言わねえからな」
ちなみにこういう対応をしてくれる屋台というのはあんまりない。彼の人柄もあるけど、算術、というか算数と呼べる計算すら出来ない人の方が多いからだ。一本分の価格で売って、お釣りを渡す。そうした事しか出来ない人も多いのだ。だから、こういう店では売るのはだいたい一種類しかない。
「さっさと食ってけ。あっちじゃ魚も焼いてたしな」
「は、はいっ」
はふはふ……うん、やはり旬のものは違うよねえ。噛みしめるとジュワッと脂が滲み出てくる。肉自体も豚や牛のように柔らかくなくしっかりとした質感で、若干獣臭い部分もある。それもタレの中の香草が上手く消してくれている。まさに野趣あふれる感覚だ。
「なんて言いましたっけ? この猪」
「斑灰色猪だよ。子持ちだから手こずったらしい」
「子供の方は?」
「高級料理店にいったそうだ」
子供とはいえ逃してくれない。いや、世知辛いね。心のなかで合掌しつつも会話は続いている。
「はふ……んで、その子供はやっぱり美味しいんですか?」
「そらそうよ。柔らかくって臭みも少ない。その辺は牛や羊と変わんねーよ」
はあ、確かに。この世界にも畜産という概念は存在するけど、規模はそんなに大きくはない。どちらかというとこうした
「ゴブリンと遭遇したとかで、その猟師は怪我しちまったんだ」
「平気だったんですか?」
「近くに冒険者のグループがいたそうでな。ゴブリンも退治したし、ついでに傷も治してもらったらしい」
「おや、気前がいい冒険者ですね!」
「ウリ坊一匹持ってかれちまったって嘆いてたよ、ケッ」
あらぁ。やっぱりタダでは治療なんてしないか。現物とお金とどっちがいいかは分からないけど、魔術師にしても神官にしても対価が無いと治療などはしない。善意で治しているときりがないからだ。
人の持つ魔力は回復はするけど最大量はあまり増えない。魔物の持つ魔石が取引されるのも、それを補うためでもある。
「ごちそうさまでした」
「もうちっと肉食えるようになれよ」
「善処します♪」
さてと。粋な店主の計らいでお腹の残量はまだ残っている。小ぶりの鮎なら食べられるだろう。小走りでもくもくと煙の上がる屋台へと向かう。
「……うーん。でりしゃす♪」
「は? 旨いって言ってるのか?」
「そうです、舶来の言葉ですよ?」
適当にそう答えると塩焼きの店主は感心したようにこっちを見る。まあ、こんな子供が外国の言葉使うなんて思わないだろうからね。
こちらの世界でも渓流では鮎が釣れる。川で取れる魚は泥臭い物が多いので、北の山辺りまで行かないと釣れないのが難点だったりする。ちなみにそのあたりにもゴブリンは出たらしい。
「大丈夫だったんですか?」
「漁師は怪我したらしい。自分で撃退したそうだけどな」
こっちの人は自分で対処したらしい。逞しい漁師もいたものだ。もっとも、従軍経験のある人とか、冒険者崩れとかだと戦うこと自体は経験したことがあると思う。従士として働いてる者より農民とかの方が強いとかも普通にあるらしい。
それはともかく、焼き立ての鮎が冷めてしまう。これは小ぶりなのを選んでもらった。これなら食べられる〜♪
「んむ……うん、うん♪」
身はサクサクとしていながら風味もしっかり残っている。塩加減もいい。子供舌のせいかワタが気になるけど、ここにはワタ抜きしたのはない模様……まあ、食べられるから問題はない。
しかし、あっちもこっちもゴブリンか。大変だなぁ。まあ、こっちは子供だし。街の中でしか行動出来ない身の上だ。まさか街の中にゴブリンは出ないだろう。
「お前か。羽振りのいいガキってのは」
……ゴブリンみたいな連中は居るみたいだ。訂正。ゴブリンくらい低い背丈の俺と同年代の子どもの集団だ。少し広まった空き地があったのでそこで鮎を食べていたのが仇になったのかもしれない。彼らのナワバリ……隠れ家的な場所なのかもしれない。
「もぐもぐ……」
「おいっ、聞いてんのかチビ!?」
俺よりチビなガキが喚き散らす。その後ろのガキ大将めいた大柄な奴は腕組みしてるだけだ。面倒な口上は手下にやらせるとかなかなかの大物具合である。
その他に取り巻きが三人の計五人。みんな擦り切れた服に継ぎを当ててある服を着ている。あんまり裕福そうではなさそう……こんな言い掛かりを付けてくる以上そういう立場の人間なのだろう。
「ええと、俺に何か用ですか?」
「誰に断ってここに居るんだよ? ここは俺らのシマだぞ?」
「はあ……」
言ってる事が完全にその筋の人である。そういった親御さんなのかもしれないけど、それは真似すべき生き方じゃない。
「有り金全部置いてけよ。そしたら怪我一つせずに返してやるよ」
うん。きちんとして欲しい事を言う姿勢は好感が持てる。曖昧に「分かるだろぉ?(ニチャア)」なんてやられる方が反発したくなるまである。
とはいえ。
言われた通りに金を出すのは良くない。痛いのはヤだけど、小遣いだって無限ではない。残りの半月どうやって過ごせばいいのか。
「それは出来ません」
「ああっ?」
一気に緊張感が高まる。
日々の生活で食事が足りないのは見れば分かる。体格のいい奴以外はみんなひょろひょろで、俺と大差ないくらいだ。俺からせしめた金で肉やら魚やら食べたいのだろうし、その気持ちも痛いほど分かる。
すると、大柄な奴がズイッと前に出てきて拳を突き出して威圧してきた。
「痛い目にあいたいみたいだな」
「いやあ、それは早合点というものですよ?」
言うが早いか奴は殴りかかってきた。意外にも早い身のこなしと打突に驚く。
「わっ」
「?」
右のストレートを避けてからササッと距離を取る。こいつ……ただの半グレじゃないな?
「おいっ!」
「へ、へいっ! お前ら」
「おいよ」
号令に取り巻きの連中が周りを囲む。よく訓練されてる……あんまり褒めたくないけど。
「素直に出してればよかったのになぁ」
ニヤつく大柄。あー……こんな予定は無かったんだけどな。しかしここでユーニスの言葉が思い出される。
『男の子の世界を見聞してくるのはユーノの使命』
やれやれ……こういう世界も確かにあるんだけど。俺、元の世界では荒事とかとは縁が無かったんだよねぇ。
それでも、彼女には逆らえない。
俺は覚悟を決めて相対する事にした。父ちゃんのやや子供にするには行き過ぎな稽古の成果を、見せてやるぜっ!