あんころ餅様、誤字報告毎度ありがとうございます。
お手間取らせて、すいません(_ _)
「こ、こいつ……」
大柄(面倒なのでこう略す事にする)が肩で息をし始めた。そろそろ厳しくなってきたらしい。
左のジャブを避けようとして右の頬に当たる。やっぱりうまくはいかない。そもそも父ちゃんの稽古は剣を使った型を反復してるだけで、あとは基礎のトレーニングだ。ステゴロのやり方なんて教わってはいないのだ。
「このっ!」
畳み掛ける大柄。右の重いのが腹に当たり、浮いた所に左のフックが顎を打ち、頭が揺さぶられた。堪らず倒れるが、追い打ちはしてこない。見れば、息が上がっている。
「て、てめえ……闘技法習ってるのか、ごほっ」
「……」
問いかけに答えずに立ち上がる。殴られた所に痛みは無い。だけど、脚は少しフラついている。少し話して時間稼ぐか。
「闘技法はまだだよ」
「……護法か」
「当たり」
チッと舌打ちする大柄。計算が狂ったらしい。
この世界には魔法が存在する。
魔法を扱うには体内の魔力を使って行うのだ。人間などのヒト族はたいてい魔力を溜め込む事が出来るし、扱う事も鍛錬をすれば可能となるのが普通だ。
ごく簡単な生活魔術ならば子供でも扱う者も居る。これは貴族とか関係はなく、素養に依る。魔力の量や制御精度が高ければ生活魔術とは言わずに古代語魔術や神聖術だって使える。
いきなり長々と講釈を垂れたのは、この魔力という存在が関係しているからだ。先程も言ったとおり、魔力は誰しも持っていて使える。そして、その利用方法は実は魔法に限らないのだ。あの大柄の言った『闘技法』がそれに当たる。
剣とかの接近戦や弓などの射撃などにも魔力は利用出来るのだ。攻撃に魔力を乗せてダメージを増加させる。乗せた魔力は相手に直接ダメージを与える。物理的な力では無いので鎧などの防具では防ぐ事はできない。例えるなら浸透勁に近いかも。まあ、向こうで食らったこと無いから想像だけど。
それで、だけど。
どうも大柄はそれを使っていたらしい。子供のパンチにしては重いから何だろうと思っていた。
「闘技法は乱発しちゃダメだって聞いてたけど、大丈夫?」
「うるせぇっ、へ、平気だ」
疲労困憊といった風情の大柄が見栄を張る。気骨があるねぇ。
闘技法は乱発しちゃいけないというのは、その魔力を使い過ぎる点だ。攻撃に乗せた魔力は消費されてしまう。メリットはあるけどデメリットだってあるのだ。
「お、お前こそ、なんでへいき、なんだよ」
「俺はほら、魔力多いらしいから」
先程言った『護法』とは闘技法の逆を行うものと思えばいい。魔力によって打撃のダメージを吸収するのだ。もちろん、受ける攻撃が増えれば使用する魔力も増えるし、ダメージを全部止める事ができない事もある。
「もうやめない?」
「一度も、殴ってこないやつに負けられるか」
そう言うと、大柄が震える脚を殴って活を入れた。
殴らなかったのは、ダメージか入るわけもないからだ。俺は闘技法は教わってない。非力かつ戦い方を知らない俺には、どうやっても正攻法では勝てないのだ。そんな俺に勝てる、というか負けない方法はこれしか無かった。
「だあっ!」
「わ、」
大柄はタックルをしてきた。体重の軽い俺は簡単に押し倒される。まずいっ。寝技とかに護法は効果が薄いはず。何とか頸動脈を取られないように両手でガードするけど、奴はその上から殴り始めた。
「はじめから、こうすりゃ良かったんだ」
ガン、ガンガン、ガン……
闘技法はもう使えないようだけど、大地に押し付けられたままの姿勢での攻撃は威力が高い。護法での魔力消費が多くなってきた気がする。耐えきれなくなって腕も痛くなってきた。
「お、おい。ヤバくないか?」
「ハンセン、やり過ぎだよ……」
取り巻き連中も引いてるな。止めてくんないかな? 無理か。暴走機関車みたいになってるし。
「とああーっ!」
「ぐへっ」
唐突に、上に乗っていた大柄が居なくなった。あ、横に転がってる。
「弱い者イジメはやめなさいっ」
誰かが助けてくれたらしい。
取り巻き連中が逃げ出して、大柄の奴も後を追うように逃げていった。
「フンッ、だらしないわね!」
そう言い切る姿は勇ましい。俺より背が高いけど、大柄よりは無いと思う。
「あ、ありがとうございます」
「大丈夫? けっこう派手に殴られてたみたいだけど」
しゃがみこんでくれたおかげで、短めのスカートから中が見えてしまった。たぶん、白? いや、不可抗力だからね(眼福がんぷく……)
「あれ? この帽子……」
「ああ、すいません。俺のです」
「て、ユーノじゃん」
助けてくれたのは、イリーナだった。
修道女見習いのローブを着てないから気付かなかったよ。
「あっつ」
「傷、染みた? ごめんごめん」
下町の一角にあるイリーナの家にて、治療を受けている俺。とは言っても水で拭って薬草の刻んだ物を塗りこむ程度の事だ。
「スラムの連中でしょ? この辺りにも来るのね」
「よく知らないですけど」
「そういやアンタお坊ちゃんだっけ」
手際の良い手当だ。修道女見習いだっけ。それなら納得だ。
部屋の中はきちんと整頓されている。狭くても掃除を欠かさない、いい家だと思う。
「災難だったわね、お転婆な子だから」
「ちょっとお母さん。それじゃ私が怪我させたみたいじゃない」
「あら、違ったの?」
「違うわよっ」
年若いお母さんが台所からお盆に何かを乗せてきた。……て、何だこれ。厚めの皿に白い液体が満たされ、中に黒いツヤツヤした物が見えている。何というか、カエルの卵のように見えてしまう。
「あら、ツュビオッカは食べたことない?」
「つゅびおっか……すみません、勉強不足でして」
「この辺りの子は食べた事なくても当たり前でしょ」
イリーナが呆れたように言うと匙でぐるぐるとかき回す。黒い粒々が踊るように動く……あ、これ。見た事あるぞ。
「北の方で取れるヤム芋を粉にして固めたものなの」
間違いない。タピオカだよ、これ。
「た、食べて宜しいんですか?」
「ええ、宜しいですよ」
イリーナの母がにっこり返事をする。それならば遠慮はすまい。匙を受け取り、いざ。
少し温めたミルクには甘みも入っている。たぶん紅茶なんだろうけどほんのりとしか風味がしない。こういう物だと思っておこう。
そして、タピオカは……うん、もちもちした食感。現世で食べた事なかったから分からないけど、たぶん本物のタピオカだ(超テキトー)
タピオカミルクティーとか流行っていたけど、おっさん通り越した人間には全く琴線には触れなかった事が悔やまれる。もっと流行り物も、食べておけばよかった。
「ちょ……アンタ」
「あらあら」
「……え?」
気が付けば、俺は涙を流していたらしい。
「痛いなら痛いってはっきり言いなさいよね、どこよ」
「ああ、いえ。そうではなくて」
ふとした瞬間に訪れた記憶に、感傷的になっただけだ。身体の痛みはほとんど無い。でも、涙はなぜか止まらなかった。
「……おっかしいな……」
「そういう時はね」
ふわり。
身体を包む、柔らかな感触。
イリーナの母が、抱きしめていたのだ。
「う……ぅぅ……」
「はい、はい」
あやすように背中をぽんぽんと叩かれると、溢れるように涙が溢れてきた。なんて事だ。こんな年若い人妻に泣かされるなんて……でも、今はいいか。
「ちぇ」
少し不貞腐れているようなイリーナの声が横から聞こえた。悪いね、お母さん取っちゃってさ。
それからはと言うと。
イリーナが公邸まで知らせに行ってくれたおかげでお迎えが来てくれた。
「ここか、ユーノがいるのは」
「は、はいっ」
「無礼を承知で済まんが入るぞっ」
バンッとガタのきている扉を力強く開けるのは父ちゃんだった。
「え、ええっ?」
イリーナの母が驚きの声を上げる。
まあ、そらそうだ。男爵閣下がやってくるなんて誰も思うまいよ。後ろではイリーナがはあはあ言いながら肩で息をしていた。
「軽率ですよ、閣下」
「子を迎えに来るのは、親の務めだろう」
臆面もなく言うと、俺をひょいっと抱える父ちゃん。まあ、いっか。
「お邪魔しました」
「ユーノが世話になった」
こちらがそう言うとイリーナ母子は困惑気味に答える。
「い、いいえぇ……」
「またね、ユーノ」
帰り道で何があったか聞かれたけど、ガキ大将との乱闘は伏せておいた。子供の喧嘩に親が出るのは、間違ってるよね。
「ツュビオッカという物を食べました」
「ツュビオッカ……なんだ、それは?」
「ええとですね……」
話して聞かせたら、翌々日には夕食のデザートに並んでいたのは魂消ました。
行動力あるね、父ちゃん……。
ヤム芋(キャッサバ)はこの辺りでは一般的では無いので、タピオカは広まってないのです。ちなみにこの辺は馬鈴薯の方が多く取れるらしい。