食べ歩きがしたいだけ   作:二三一〇

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 さつま芋と書きたいけど薩摩地方はないんだよなぁ……別にそのままでもいいとは思うけど、いちおう甘藷という名前で書く事にします(面倒臭い言い訳)
今回はイリーナ視点となります。


甘藷入り蒸しパン

 今日はナターシアさまがいらっしゃらないので一人での訪問である。正直言うと気が重い。

 

「おや、今日は一人なんだね」

「はい。司祭様は急患がいらしたので」

「それは仕方ないな。イリーナだっけ? 入っていいよ」

「ありがとうございます」

「ユーニス様が首を長くして待ってるからな」

 

 そう言うと、本邸の玄関へ顎をしゃくる門番さん。そこにはぴょんぴょん飛び跳ねるお嬢さまとメイドさんが待っている。貴族の方を待たせるとか畏れ多すぎる。

 

「待ちきれなくて、待ってましたのよ?」

「申し訳ありません」

「あー、かたくるしいーぃ。もっとくだけて話してって言ってるでしょ?」

「あはは……」

 

 他の人の目があるのに、貴族のご令嬢にタメ口とか出来ないよ。手を取り部屋へと招くユーニス様に引っ張られるわたし。ユーノと同じくらいの手なので力は大したことないけど、とってもパワフルな感じ。そんなに楽しみにしてたのかな?

 

「失礼します」

「あわ」

 

 と、その結んだ手にメイドさんが手の洗浄(ハンドウォッシュ)をかける。修道女見習いとしては手の洗浄は常に心がけるべき立場だ。メイドさんにありがとうと礼を言うと、彼女は特に気にした様子もなくお辞儀をすると部屋を出ていった。

 

「フランはねー、父さまとおんなじで少し固いのよ」

「そうなのですか?」

「こ・と・ば・づ・か・い」

「そ、そうなの?」

「うん、そうなの!」

 

 通されたのは同じ応接間ではなく、おそらく私室だろう。わりと豪奢な屋敷にしては部屋の中は意外にも物が少ない。ベッドに、箪笥。勉強用の机と椅子。それに来客用のテーブルセット。どれも平民が使っていてもおかしくない質素なモノである。

 

「今日はこの間のユーノの話を聞きたいの」

「あ、はあ……あの件ね」

 

 たぶん、ユーノや男爵様から聞いたのだろう。まるで私が白馬の騎士みたいに羨望の眼差しで見ている。馬乗りになっていた子供に飛び蹴りかまして追い払っただけだ。相手もかなり疲労していたし、大したことはしていない。それでも聞かれれば答えねばなるまい。そういう約束だし。

 

「修道女見習いって格闘もやるの?」

「習いはしますけど、私は父から教わってるので」

「そうなんだー」

 

 私の父は元冒険者で、今は武器屋を営んでいる。昔取った杵柄なのか、接近戦や格闘なんかも強いのだ。そんな人に教わっている事もあり、子供としては強い方ではないかとの自負はある。

 

「じゃあ、闘技法とか護法とかも?」

「一通りは」

「いーなぁ〜、父さまわたくしには教えてくれないのよ? 身体が弱いからって」

 

 ぷんすか怒るユーニスさま。とは言っても、怖くなんてない。むしろ愛らしいまである。

 

「でも男爵さまの言うとおりだと思いますよ」

「そうなの?」

「戦うというのは体力が無いと保ちません」

 

 敵を殴るだけじゃない。攻撃を躱したり、防御もする。戦闘のある場所までの移動なども含めて、体力(スタミナ)はあればあるだけ良いのだ。

 

「ユーノは基礎の訓練ばかりと言ってませんか?」

「そうね。そうボヤいていたわ」

「最低限戦闘に耐えられる体力が無いと、技や闘技法も覚えても使えないですから」

 

 見た目細いユーノと同じような子供であるユーニスさまが、そんなのに耐えられるとは思えない。男爵さまの判断は正しい。

 

「ズルいわ、ユーノって男の子ってだけなのに」

「それは……そうですね」

 

 さっきも言ったけど、身体の細さで言うとユーノもユーニスもどっこいどっこい。ならば男の子が鍛えられるのはある意味スジが通っている。今は同じでも成長すれば、普通は男の方が戦闘には向いた体つきになるものだからだ。

 

「ところで。イリーナはもう洗礼受けた後でしょう?」

 

 いきなり話を変えてくるな。まあ、女の子なんてこんなものか。うちの同僚達もちょっと前の会話と真逆の事を話してたりするし。

 

「はい。そういえばユーニス様は今年でしたか」

「うん。みんなとは一緒に出来ないんだけどね」

 

 貴族(士爵も含む)の子女は、自宅に神官を招いたり、別室を使うなどして洗礼を行うそうだ。今年はユーニス様が洗礼を受けるので大司教がサンクデクラウスに来訪するとナターシアさまから聞いている。

 

「それでね。あなたのステータスを見せてほしいの」

「わたしの……ですか?」

「同世代の女の子ってどれくらいなのか、わたし知らないのよ。父さまも知らないし、フランとかメイドたちも教えてくれないし」

 

 ぷんすかと怒るユーニスさま。今日はよく怒るなぁ。その時扉がノックされた。「お茶とお茶菓子をお持ちしました」と先ほどの無愛想なメイドさんが皿とコップを置いていく。

 

「今日はねー、ミューリお手製の焼き菓子なの♪」

「ミューリ……さま?」

 

 新たな名前が出たので復唱すると無愛想なメイドが答えてくれた。

 

「私共の長でございます」

「前は伯爵様の所で働いてたんだけど、父さまが無理を言って来てもらったんだって」

 

 伯爵様、と言うとルグランジェロ伯爵の事か。たしか男爵さまのご実家という話だ。乳母とかだったりしたのかな? 何にしても平民なのに変わりはなさそうだ。出てきたお菓子を見れば分かる。

 

「食べてみて。ふんわりしてておいしいから」

「では、いただきます」

 

 庶民的なお菓子の代表、蒸しパンである。とは言っても、平民はいつもお菓子は食べない。週一か、二回ほどか。それにライ麦粉を混ぜたり重曹をケチったりしてるから、見るからに柔らかそうなこの蒸しパンとは比べようもない。

 口元に寄せると小麦の良い香りの中に、別の香りがした。甘藷(さつま芋)の香りだ。よく見れば小さい立方体状の芋が練り込まれている。

 

「あむ……」

 

 ふわふわした感触と芋の食感がマッチしている。なるほど、甘藷から甘みが出るから砂糖が少なくて済むのか。

 母の作ってくれる蒸しパンはだいたい何も入ってないし、使う甘味も水飴だ。食感もわりと違う。でも、とても美味しい。

 

「わたし、ちょっと前まであんまり食べられなくて。でもミューリの蒸しパンなら食べられるの」

 

 満面の笑みでぱくついているユーニスさま。言われてみれば、確かに子供に食べさせるには最適だ。甘さといい柔らかさといい、文句のつけようもない。ミューリお婆ちゃん、やるね。

 

「そうそう。ユーノが食べたツュビオッカってお菓子!」

 

 唐突にユーニス様が手を合わせて言い出す。あれ?……袖の辺りが少し赤い。虫さされかな?

 

「ウチでも昨日食べたんだけど、なんだか変なのよ。つぶつぶが固まっちゃってて」

「あ、ああ。戻す時によくかき混ぜておかないといけないんですよ」

「そうなの?」

 

 わりとやる失敗だったりするのだ。ウチでもお母さんがたまにやらかす。

 それより……肌が白いから余計気になる。

 

「あの、ユーニスさま。不躾ですが、お手を見せて頂いて宜しいですか?」

「ふぇ? いいけど?」

 

 驚いた様子だけど快諾はするユーニスさま。素直だなぁ。椅子から立ち上がって側に寄り、腕をとって袖を少しめくり上げる。

 私よりも明らかに細く、白い腕。その肌は滑らかだし、キメも細かい。触り心地がすごい良いし……あ、イカンイカン。危ない道へ行ってどうする。

 

「すっごい細いでしょ」

 

 少し恥ずかしそうに言う彼女。やはり劣等感は感じているのだろう。

 

「表にはあんまり出られないし。ユーノばっかりズルい」

「男の子と一緒というわけにはいかないでしょう」

 

 そう言いつつ、赤みの箇所を調べる。虫さされではない。しかし、打撲のように見えた。そこに僅かに薬草の香りも残っている。ポプリでも付けているのか、近付くまで気が付かなかった。

 

「ここは、何かぶつけられましたか?」

「えっ? うんと、机の角にぶつけちゃって」

 

 てへ、と笑うとそそくさと袖を戻すユーニスさま。まあ、治療をした跡みたいだし。赤みはその内消えるだろう。

 

「本当に修道女なんだね、お医者様みたい」

「見習いですよ。それに簡単な事しか出来ません」

 

 彼女の視線に少し畏敬の念が見て取れる。そんなに大した事でもないんだけど。

 

「それでも、人のためになる事ができるのは凄いことだわ。私なんて、何も出来ないもの」

 

 幼い子供なのだから出来ないのは当たり前だとは思う。それに、貴族の娘だ。私には分からない事も多い。

 

「なにか、得意な事はありませんか?」

 

 苦し紛れに聞いてみたら、彼女は手を叩いて答えた。

 

「魔力の注入が得意よ♪」

「魔力の……注入?」

 

 それは、魔道具とか魔法薬(ポーション)の作成で行うものだ。けど私の知る限り、子供の行うような作業では無かった気がする。

 

「初めは父さまが作っている魔法薬(ポーション)だったの。近くで見ていたら父さまが『やってみるかい?』と言ってね」

 

 家業の手伝い、と言うには専門的過ぎるけど。軽いお手伝い感覚だったのは間違いないのだろう。しかし、彼女はその方面に才能があったらしい。

 

「父さまが褒めてくれたの。嬉しかったわぁ」

「それはようございました」

「あ、ことばづかい戻ってる!」

「……それは良かったですね」

 

 しかし、洗礼前の子供というのはステータスが開示されていないはず。魔力の限界が分からずに注ぐのは少し危険なのでは無いか? そう思っていたら、男爵は二度と触らせてくれなくなったらしい。

 

「魔力切れは意識を失うから危ないって言うの。わたし、全然気持ち悪くなってなかったし。もっともっとイケたと思うの」

「男爵さまの危惧は正しいかと。私もそれは危ないと思います」

「ぶう〜」

 

 同意を得られなかった彼女が頬をふくらませる。かわいいなぁ。

 

 けど、魔力切れは本当に危ない。私はまだなったことは無いけど、魔力が戻るまでは目を覚まさないらしいのだ。その間は昏倒しているのと変わらないので、姿勢によっては息が出来なくなって死ぬこともある。だから、魔力切れまで魔力を使う事は滅多にないのだ。

 

「では、将来は薬師ですか?」

 

 私はなんてこと無いように聞いた。

 明日は晴れますかね、みたいに。

 でも、彼女は簡単には答えてこなかった。

 

「うーん……たぶん、そうはならない。かなぁ」

 

 困ったような笑顔に、問うべきではない質問だと今更ながらに気が付いた。わたしは、バカだ。彼女は貴族の娘である。その行く先は、ほぼ決まっている。

 

「その……失礼しました」

「気にしないで。まだ子供だし。わたしの未来は無限に広がってるかもしれないんだし!」

 

 にぱっ、と笑うその姿に少々見とれてしまった。食べかけの蒸しパンが倒れていて、紅茶もすっかり冷めてしまっていたけど。心は少し暖かかった。

 

 

 ちなみに。ステータスを見せて、という話はふたりともスッカリ忘れてしまっていた。

 




 ベーキングパウダーもあるらしいけど、庶民的には重曹の方が手軽です。蒸しパンならどっちでもふんわり出来ますよ♪
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