サイコパスシンパシー   作:シベリアの騎士

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第1話

『共感性の欠如した人間は本質的に芸術に興味を示さない。翻って、芸術の衰退した世界の住民は総じて共感性の欠如を示す可能性がある』

 

 これは、とある小説家の言葉だ。そして、彼はシリアルキラーだった。『剣とペン事件』。名だたる殺人事件のうちのひとつ、その犯人。

 

 何故そんなことをしたのかと、彼は問われた。その時の回答が冒頭の台詞だ。彼はさらにこう続けた。

 

『殺人への恐怖は最も根源的かつ普遍的な共感性である。無差別的かつ規則性のある殺人は効率的に多数の人間に共感性を呼び起こさせると考えた。私はこの世界の人間が嫌いだ。食いたいものだけを食い、世界の成り立ちや人の意義に目を向けぬ家畜の有り様だ。死ねばよい』

 

 彼を殺せという声が巷に溢れた。求刑の叫び。ある意味、世界がひとつになったと言えた。獄中に遺した手記で彼はこう展開していた。

 

『共通の敵が現れた時、人はひとつになると言われているが恐らく違うだろう。人がひとつになるのは共通の『娯楽』が現れた時だ。即ち、共通の敵が現れた時にひとつになったかのように見えたのは、一丸となって外敵を処刑するという暴力に酔いしれたからに他ならぬ。人は正義を求めるのではない。自己肯定を求めるのだ。それを他の排斥によって得られる時、人は最も素直で共感性に富んだサイコパスとなる』

 

 共感性に富んだサイコパス。彼流のジョークであったのだろうか。彼の小説を読んだ事がある者はこう評していた。

 

『彼の小説はとても王道でした。それでいて人への洞察力と思想の深さが伺える物だった。恋愛小説を書いてもサスペンスを書いてもプロレタリアを書いても一流でした。そして、彼は一貫して登場人物の死を描かなかったのです。サスペンスも窃盗や誘拐をテーマにはしても、彼自身がやったような残虐なものはおろか、病や事故といった不可抗力による死まで徹底的に排除されていました。たぶん、死を最も恐れていたのは他ならぬ彼だったのではないでしょうか』

 

 私も彼の作品を読んだ。もっとも、事件が明るみになってからだ。それまで私は彼の作品に興味がなかった。手に入れるのは苦労した・・・・・・と言いたい所だが、当時普通の人間はこぞって手放しにかかったので中古本屋で簡単に安く手に入れることが出来た。今は多分、無理だろう。

 

 彼の作品から得た印象だが、彼はとても人間を愛しているように見えた。というより、人間に夢を見ているというべきか。人の可能性。人の共感性。人の意志。そういったものを信じ、人間が生み出す物語を愛している。

 

 だが、自分の世界に浸るうち、彼は浸食された。現実との差異に。彼は有名な作家ではなかった。間違いなく一流の作品を世に出しつつも、世間は目を向けることは無かった。連日、ただ話題性だけで世界の創作が消費されていく。精神的な向上心が失われた世界。そういう時代を彼は次第に憎悪し始めたのだろう。

 

 それは、ルサンチマンとは少し違う。純粋な『嫌悪』だ。人間のキャパシティの低さに辟易し、呆れ、見限った。そして次に彼は試したくなった。人の興味と共感性を。

 

 彼が行った殺人事件において、彼は一切手を汚していない。どういう事かと思われるだろう。端的に言えば殺人の扇動を行ったのだ。

 

 彼はまず殺人のルールを示した。

 

『殺したら自分も死ぬこと』

『殺す相手と、その動機を示すこと』

『世の為になると信じる殺人のみ行うこと』

 

 SNS上で公開されたその殺人ゲームの名前は『剣とペン』だ。ペンによって殺人を公開、肯定し、自らが剣となり、定めを終えた刃と筆を折る。

 

 始めは一笑に付される程度のものでしか無かった。しかし、気付けばその殺人ゲームはこの国の一大ムーブメントとなっていた。

 

 企業の役員、政治家、芸能人、学生、主婦、老人、浮浪者、老若男女問わず数多の人間が誰かの『正義』の錆となった。同時に、老若男女問わず数多の人間が裁きを下す側にもなった。

 

 時折、『指名手配』が現れた。殺されるべき罪の告発と共に殺害を呼びかける投稿のことだ。これが最も恐怖を呼んだ。

 

 殺人犯を裁こうにも、裁けない。自殺するからだ。時折自殺せずに犯行に及ぶ者もいたが、ルールを守る守らないが問題なのではない。『殺人が肯定される土壌』がこの国に発生したことが最悪の脅威なのだ。

 

 急速に拡大する悪意。義憤。それらへの共感。私はただただ、不思議だった。そんなに何かに怒っている人がいるということ。己を犠牲にしてまで何かを殺したがっているという現実が。

 

 そうはならないだろう。と。事実は小説よりも奇なりとはよく言ったものだ。

 

 昔自分が取材したテーマに『無敵の人』というものがある。失う物が無い者。社会の敗北者どころか、リングにすら立てなかった者。彼らにとって最後の娯楽が『義憤による殺人』だったのだとすれば、この娯楽のユーザー層が伺える。

 

 かつて、貴族や罪人の処刑は民衆の娯楽であったらしい。人々にとってそれは正常な事だった。今、同じことが繰り返されている。社会の枠組みが形を変え、幾星霜の時を経ても、人は変わらないのかもしれない。

 

 さて、張本人たる彼は逮捕されたあとどうなったかと言うと、不起訴となった。そもそも誰かを殺せとも指示はしていない。扇動と言われると法的には微妙だった。あまりにも指向性がなく、偶発的で、だからこそ脅威だった。

 

 その後、彼は姿をくらました。だが、私は彼がどこにいるか知っている。私はとあるアパートの一室のインターホンを押した。中から痩せて落窪んだ目元の男が現れる。

 

「おお、あんたか。待っていたよ」

「お久しぶりですね、先生」

 

 私は彼の部屋にあがり、勧められた椅子に座った。テーブルを挟んで向かいに彼は座り、お茶を出してくれる。

 

「賭けはあんたの勝ちだったな。どうだい、今の気分は」

「ほとほと不思議ですよ。言葉もありませんね」

「あんたが全部考えたくせにか? 自分の紙面まで使って広めただろうに」

「ええ。みんな元気だなって。それに、私はもっともらしいことを書いてただけですよ。煽った訳じゃありません」

「元気、か。怖い表現だなあ」

「光栄です」

「褒めてねえ」

 

 彼はお茶をすすり、スマートフォンを取り出す。

 

「あんたとこいつで話すようになって、あの賭けの話が出た時、俺はふざけ半分だったさ」

「そうでしょうとも。私もですから」

「義によって助太刀致す、それで世の中は良くなったと思うかい?」

「明らかに荒んだと思いますけど」

「なんでそう変なとこ素直なんだ」

 

 彼はおかしそうに笑って、ふと静かにつぶやく。

 

「本当のサイコパスってのは、あんたみたいな奴の事を言うんだろうな。センセイさんよ。人のことをよく分かっていて、そのくせ興味がなくて」

「そうかもしれませんね。私はただ人が人を殺したがってるという思考実験をしてみただけ。事実かどうかはどうでもよろしいことです」

「あんたは俺の本も読んじゃいないだろうなあ。構わんけど」

「あの後読みましたよ。びっくりするくらい綺麗でした」

「綺麗、か。もうそういうのは書けんだろうなあ」

 

 彼の言葉は心底残念そうだった。本当に自分の小説を愛し、誇りとしていたのだろう。

 

「俺も、この国も。割と手遅れな気がするよ。俺達の悪ふざけによってだ」

「後悔してますか?」

「いや。これでこそだ。どうせなら行くとこまで行く。それが作家冥利だ。あんたのジャーナリズムも刺激されてるんだろ?」

「ふふ、気が合いますね。その通りです」

 

 空になった湯呑みに彼がおかわりを注ぐ。私はスマートフォンを取り出しながら彼に尋ねた。

 

「さて、次は何をして遊びましょうか」

「そうだなあ。いま使えそうな話題はあるかい」

「うーん、ポリコレとか面白そうじゃありません?」

「ふむ、どんな風にゲームにするんだい」

 

 こうして私達はまた、犯罪者を作るゲームをする。共感性を信じ、人の意志を信じて。我々もまた、素直で共感性に富んだサイコパスなのだろう。

 

 

 

 


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