第1話 始まる、彼の物語。
人は誰しも理想の自分を思い描き、そして輝いている姿を想像する。習い事や熱中して打ち込んでいる趣味があるならばそれは至極当然の事であり、それを咎めることは野暮だと言えよう。
しかし、どこまで行っても理想は理想。その理想を実現させる為には少なからず行動が伴わないといけないことは言うまでもないだろう。夢を見るだけならば誰でも簡単に出来る。叶えるのならば多少の無茶や苦難が生じる。たとえ年端のいかない10代の人間でも、その程度のことは理解できているであろう。納得がいくかどうかは別として。
理想の自分を想像し、それに追いつけるように相応に努力を重ねる。簡単なようでその行動に至るまでが難しい。だが、それは些細なことで簡単に水泡に帰したり、自信が失われて行動する事自体を辞めてしまうことにも繋がる。そう、嘗ての
私立結ヶ丘高等学校。東京都の表参道、原宿、青山の3つの街の狭間にある新設校で、校舎を含めた敷地自体は、かつて廃校になった学校である『神宮音楽学校』の物を再利用している。暖かな日差しの下、桜が舞い散る今日この日に、結ヶ丘高等学校の入学式が開かれた。
この学校は特に音楽の活動に力を入れており、学科も音楽科と普通科に分かれている。音楽科と普通科では制服のデザインが異なり、音楽科は白、普通科は青色のブレザーを着用することとなっている。この色の差が生徒に劣等感に似た感情を募らせる原因なのではないかと感じる人間が居ることは想像に難くない。入学式を終え、クラスで改めてこの学校の理念、生徒の自己紹介をぼんやりと聞いている
「それでは次の方、自己紹介お願いします」
担任の先生の指示で少年は小さな声で返事をして立ち上がる。彼が立ち上がった瞬間、クラスの一同は思わず驚愕したような表情でその佇まいを見る。クラスの中で1人だけマスクを着用し、且つ黒縁の眼鏡を掛けている茶髪の少年。
「
自信満々に自己紹介をする他の生徒達とは異なり、耳を澄ましてなんとか聞き取れるレベルの声量で彼は短く自己紹介を終え、静かに席に着いた。
音羽が席に着いたその刹那。一筋の風が、彼の明るめの茶髪を揺らした。
僕はきっと、何者にもなれない
プロローグ的なお話なので今回は短めです。申し訳ございません。それではまた次のお話でお会いしましょう。