風が頬を撫で、桜が舞う晴天の空の下。私立結ヶ丘高等学校にて、2期生の入学式が行われる日を迎えた。式が始まるまでまだ余裕がある時刻ではあるが、既に制服を着た
「それにしても、今日は気持ち良く晴れてくれて良かったわね」
「デスね。よォォしっ……完成ッ!」
「……って、何こんなバカでかいもの作ってるのよ!?」
「他校に負けてイナイと伝エル為デス!」
飾り付けを終えた可可は脚立から降りながらすみれの突っ込みに対して返答する。校門に巨大且つ派手な装飾が施されており、桜をイメージした可可オリジナルのマスコットキャラクターが散りばめられていて、カラフルな文字で『第2回入学式!!』と書かれた看板が一際目を引くものとなっている。下準備は昨日の段階で済ませており、可可は早めに登校してせっせと校門に飾り付けを行っていた様子であった。
「いや、それにしたって限度ってものが……」
「……あのっ!」
「ん?」
すみれが可可の行動に物申そうとしたその時。結ヶ丘高校の制服を着ている2名の女子生徒から声を掛けられた。すみれは声がした方へ視線を移し、2人の少女と目を合わせた。どちらも見たことがない生徒の為、新入生か? と思いながら彼女は話を伺う。
「
「そちらに居るのは……
「ええ……そうだけど」
「そうデス! 唐可可と申しマス!」
2人の女子生徒からそう確認され、すみれは同意しながら頷き、可可も溌溂とした声音で名乗ると、女子生徒達は頬を紅潮させ、手に持っていた色紙をすみれに差し出した。
「ファンです! サインください!」
「私も……お願いします!」
「えッ……えぇっ……!?」
すみれと可可のファンを名乗る女子生徒2人からサインを求められ、すみれは半ば困惑と喜びが入り混じった声を上げる。今まで誰かにそのようなことを言われた経験がない彼女にとって、サインをお願いされるというのは素直に嬉しい事であり、真摯に対応したいと心から思うものの、驚きの感情が勝る故に上手く言葉が出てこない状態であった。可可も同時に驚いている様子で、笑顔で受け答えをしている最中に、自分達にサインを求める人が居るということは、他の『Liella!』のメンバーはどうなっているのだろうとふと思うのだった。
「一緒に写真良いですかっ!?」
「これにサインをっ!!」
「いつも応援してます!!」
同時刻にて。かのんはいつものように校門を潜り、校舎の中へ入ろうとした瞬間に大勢の新入生に囲まれ、校舎へ入りたくても入れない状況であった。
「あ……ありがとう〜。あは……あはは……」
正直、自分がこんなにも沢山の人達に声を掛けられたり、サインを求められたりといった経験が皆無であった為、どのように対応して良いかまったく分からず、かのんは周囲にお礼を言ったり、よそ行きの笑顔を見せるのが限界だった。人集りに釣られて一層新入生が集まってくる中、かのんがふと目線を移した先にも大勢の人で溢れていた。目を凝らしてよく見てみると、その中心に居たのは自分がよく知る人物であった。耳を澄まさなくても、新入生達の声がこの離れた場所からでもよく聞こえてきた。
「
「ずっとファンなんです! サインもらえますか!?」
「あっ、ちょっずりぃぞお前!? あの、俺にもサインを……」
「目の前に本物の音羽きゅんが……あぁぁぁ死ねる」
「わ、私にもサインお願いします!」
「え、えっと……ありがとうございます……」
「おとちゃんにも、あんなに人だかりが……」
『Liella!』の専属サポーターである音羽にも両手では到底数え切れない程の新入生が男女問わず集まっており、音羽も苦笑を溢しながらぎこちなく手を振ったり、声を掛けられた人に順番にお礼を伝えていた。しかし、音羽も大人数の応対は不慣れである為、かのんと同様にしどろもどろな様子であった。本当はこの状況から抜け出したいと思うものの、自分達のファンなのだと言ってくれる人達の気持ちを無下にする訳にもいかない為、かのんも音羽も、教室に入ることができるのはまだ少し先になるのを確信しながら、引っ切りなしに集まってくる生徒達に応対するのだった。
時が少し経ち、校庭から生徒が徐々に少なくなった頃。既に校舎内へ入っていた
「ご入学、おめでとうございます」
分け隔てなく笑顔を見せながら、手を振ったり時には握手をしたり等、誰1人蔑ろにする事なく生徒達と接し続ける恋に千砂都は尊敬の眼差しを向けると共に、あまりの人の多さに流石に驚きを隠せていないようであった。
「新入生にファンがいっぱい……!」
「びっくりです……」
恋は小声で千砂都の言葉に反応する。恋も内心では驚きと困惑が混ざっており、『Liella!』がこれ程までの知名度となっていたのだと実感するに至った。
「うーん、どうしよう。入学式からあんまり騒ぎになるのは良くないと思うんだけど……ん?」
千砂都が恋にこの状況をなんとかしようと声を掛けようとしたその時、校舎内の廊下を歩いてこちらまでやってくる人達が見えた。
「やっと中に入れたね……大丈夫? かのんちゃん」
「うん……まだ入学式始まってないのに、もう疲れちゃったよ……おとちゃんこそ大丈夫?」
「僕も大丈夫! まさか、こんなに声を掛けてくれる人が居るなんて……ん? あっ! 恋ちゃんと千砂都ちゃんだ!」
「ほんとだ! でも、新入生がいっぱい居る……」
音羽とかのんが疲労を滲ませた表情で並んで歩いて来ており、音羽が前方に千砂都達が居ることに気付き、声を弾ませる。千砂都と恋が音羽達が向かっていることに気付いたと同時に、逆方向からも2人の女性の声が聞こえてきた。
「ついに私にも……あんなにたくさんのファンが……! 時代がようやく私に追い付いたってことよね!」
「調子に乗るなデス。グソクムシのクセに」
「グソクムシ言うなっ! ……あら? 千砂都と恋……? それにかのんも音羽も居るじゃない」
「おぉっ! 偶然デスね!」
言い合いをしながらこちらに向かって来たのは、かのんと音羽とは違い浮ついた表情を見せているすみれと、そんな彼女に顰めっ面で言葉を返している可可の2人もまた千砂都達が居る方へやって来ており、彼女達も千砂都と恋、更にかのんと音羽の存在に気が付いたようで、2人は皆と合流する為に歩く速度を速めると、千砂都達を囲んでいた新入生が自然と道を開け、そのお陰で音羽達も合流することが出来た。
「皆おはよう! ちぃちゃんと恋ちゃんも、たくさん新入生に……」
「かのんちゃんっ、皆も……今、集まっちゃったら……」
かのんが千砂都に話しかけると彼女は珍しく慌てた様子で返答し、不思議に思ったかのんが視線を新入生達が居る方へ移した瞬間、『あっ』と小さく声を漏らした。その場に居た女子生徒が頬を赤く染めながら興奮し始め、男子生徒の何人かも口をぱくぱく動かして驚愕していた。かのんが一瞬感じた嫌な予感が、綺麗に的中した。
「り、りっ……『Liella!』が揃ったぁぁぁぁぁぁ!!」
「ヤバっ……ちょっ、え……私今日死んじゃう……?」
「夢じゃないよね……!?」
「目の前に、『Liella!』の6人がッ……!」
「私……生きてて良かったぁ〜〜!!」
この場に結ヶ丘高校スクールアイドル部、『Liella!』のメンバーが全員集合したことで、新入生達のテンションが最高潮に達し、狂喜と驚嘆、歓声が入り乱れて半ばパニックと化していた。この騒ぎに気が付いた他の生徒達もぞろぞろと集まっていくのを目にしたかのん達は、こうなってしまった以上ほとぼりが冷めるまで待つしかないと判断し、自分達のファンでいてくれている人達に誠意を持って応対することにしたのだった。
結ヶ丘高校の校庭に植えられた巨大な桜の木の下を歩きながら、
「にゃは〜っ! オーニナッツー! あなたの心のオニサプリ♪
スマホのインカメラに自分の姿を映しながら、鬼塚夏美と名乗る少女は楽しそうに笑みを浮かべながら喋る。きな子は何も言わずに夏美の背後に居続けていると、インカメラにきな子の姿が映る。後ろに誰か居ることに気付いた彼女は言葉を止めて振り返り、きな子に懐疑的な視線を向ける。
「ん……何か?」
「はっ! いや……えっと……あっ、今手に持ってるそれって、自撮り棒ってやつっすよね? もしや……エルチューバーっすか!?」
「まー、世間的にはそう呼ばれてますの」
きな子の問いに夏美は素直にそう答える。彼女が動画撮影をしているのだと気付いたきな子は、夏美が動画配信者ではないかと考え、その通りだと答えが返された彼女はぱぁっと瞳を輝かせ、夏美に一気に距離を詰める。
「芸能人っすね! ザ・都会って感じっす! 動画配信って、お金ももらえたりするんすよね? 憧れっす……!」
現在、世界中で『エルチューブ』という動画配信サイトが流行しており、そのサイトで動画投稿や配信を行う者達は『エルチューバー』と呼ばれ、一般人やインフルエンサー問わず広い世代にエルチューブが利用され、動画配信を職業とする者も少数ながら存在している。動画配信やエルチューバーという概念はきな子にとっては都会の象徴だと思っていて、夏美のことを芸能人と捉えたきな子は興味津々な様子で彼女に話しかけていると、夏美は微妙な表情で少し思考した後、すぐに先程のような明るい声音できな子に言葉を返す。
「ん~、まぁ? ともあれ! チャンネル登録よろしくですの! 今の動画は明日公開! 毎週日曜はライブ配信実施中。投げ銭追い銭プレゼント、なんでも結構ですの! では~!」
「あ……行っちゃったっす……」
定型文のような宣伝を口にし、夏美はきな子に自作の名刺を手渡してからどこかへ走り去っていった。彼女に渡された名刺には『株式会社オニナッツ代表取締役社長 CEO 鬼塚夏美』と記載されており、名刺の左下には夏美のエルチューブチャンネルに飛べるQRコードも添えられていた。
「
名刺を見つめながら、きな子は記載された文字を声に出して読む。株式会社、代表取締役社長、極め付けにはCEOと自分があまり耳にしたことのない小難しい単語が並んでいて、彼女は頭に疑問符を浮かべたような表情で首を傾げる。動画配信をしていて、且つ名刺に書かれているように会社の社長であるのなら凄い人なのだろうときな子はなんとなくそう思ったのだが、数十秒程度しか会話ができなかった為、彼女についての詳しいことは分からず終いとなってしまった。先程夏美の口から入学すると言っており、結ヶ丘の制服を着ていた以上、校内でまた彼女に会えるだろうときな子はポジティブに考え、夏美から貰った名刺を一旦生徒手帳のスリットに収めてから、きな子は再度校舎へ向かって歩き出したのだった。
入学式が始まるまで残り十数分。結ヶ丘高校普通科1年生の教室内にて。1人の女子生徒が自身の隣に座っている少女を顰めっ面で見つめていた。
「……
『四季』と呼ばれた少女は、青いショートヘアに前髪を交差させており、耳朶には赤いピアスが空けられている。自分の名を呼んだ少女から不機嫌そうに視線を向けられているにも関わらず彼女は落ち着いた表情を見せていて、何事もないように口を開いた。
「おはよう。メイ」
挨拶で言葉を返し、『メイ』と呼ばれたその少女は赤髪を団子状に結び、制服のリボンを付けずにシャツのボタンを開けて着崩している。至って冷静に対応する彼女にメイは疑問を口にする。
「何でお前がそこに……」
「平等なランダム配置によって導き出された席。つまり
「ったく。これじゃ中学と変わんねー」
四季にそう返されたメイは怪訝な顔をしながら頬杖をつく。四季はメイと隣同士の席になった事を偶然と言い、それを聞いた彼女はそれでは中学生の頃と変わらないとぼやく。一連のやり取りを聞いていた、メイの前に座っている女子生徒が2人に声を掛ける。
「
「友達っつーか……こいつが勝手に寄ってきてるだけだよ」
「若菜さんが?」
「違う。それはメイの方」
「はぁ!? 別にそんなんじゃねぇし!」
メイは四季が自分に寄って来るのだと女子生徒に説明するが、四季は無表情のままメイの方が寄って来ているのだと訂正し、それを聞いた彼女は即座に反論する。2人の言い合いを微笑ましく思った女子生徒は、くすくすと笑っていた。
「ふふっ。仲良いねぇ、2人共!」
「いや、あのな……はぁ……」
四季と席が隣同士になり、おまけにクラスメイトから少し勘違いをされてしまった状況にメイは溜息を吐く。四季と同じクラスになっただけでなく席も隣になるとは思っておらず、今日から高校生活が始まるというのに中学生の頃と変わり映えしない日常になりそうなのがメイにとっては少々不服であった。そんなメイを横目に、四季は再度メイに声を掛ける。
「廊下が騒がしい。メイの好きなスクールアイドルが近くに居るのかもしれない。見に行かないの?」
「行かねーよ。私が行ったら余計迷惑かかっちまうだろ。ってか、私は別に興味ねぇし『Liella!』に会いたい訳じゃ……」
「……そう」
「な、なんだよ……」
結ヶ丘のスクールアイドル部、『Liella!』に会いたい訳ではないと言い張るメイの青い瞳を、四季は無言で見つめ続ける。メイもまた、四季の橙色の瞳を捉える。四季は数秒の間彼女を見続けた後、目を閉じて唇を動かす。
「別に。なんでもない」
「はぁ……? 相変わらず、訳わかんねーやつだよな。お前」
「メイもね」
「うっせ。……フンッ」
メイは機嫌を損ねた様子で四季から目を逸らし、再度頬杖をついた。四季は目を開けてからちらりとメイの方を見やり、無言でリュックから本を取り出してそれを読み始める。四季の口数が少ないのは出会った頃からで、今更それを咎めるつもりはないものの、時に自分を見透かしたような視線と言動をとる為、その点に関しては少し納得いかないことも時にはある。だが、数少ない自分の話し相手であるし、四季にとってのメイも同様の存在である為、互いに適度な距離感を保ち続けている。
この結ヶ丘に入学して、どんな事が起こるのかはまだ知る由もなく、想像も出来ないが、何かが変わり始めるような……確証はないが、そんな予感めいたものをメイは感じていた。そう感じたというだけで、何の根拠も正当性もない為、四季に言えばきっと鼻で笑われるので、メイはそれを言葉にするつもりはなく、その気持ちは自分の中だけに留めていた。その予感が当たるか否かも、皆目検討もつかないものであるのだが。
廊下から微かに聞こえてくる騒めきに耳を傾けながら、メイは入学式が始まる時間まで待つのだった。