「1年生の入部状況を調べてみましたが、スクールアイドル部希望の生徒は現状居ないみたいです」
「そっか……」
ここ数日間での結ヶ丘高校全体の部活動で1年生がどのくらい入部しているか恋が調べた結果、どの部活動もある程度部員が増えているようであったが、依然としてスクールアイドル部への入部を希望する生徒は現れていないようであった。その現状を受けたかのんは俯くが、恋は彼女を励ます為に言葉を続ける。
「音羽くんが1年生を勧誘してくれていますので、もしかしたら希望者が増えるかもしれません。吉報を待ちましょう」
「……そうだね! おとちゃんを信じよう!」
音羽が今勧誘活動に励んでいることを耳にしたかのんは幾分か明るくなり、声を弾ませて恋に返答する。かのん達が話しているところに、1年生と思われる女子生徒2人の会話が聞こえてくる。
「私、吹奏楽部に入る!」
「スクールアイドル部は? 前から動画見てたじゃん」
「そんな。私なんかじゃついていけないよ! 恐れ多いし……」
「あー。優勝目指してるんだっけ?」
「そうそう。すごいよ。あの先輩たち」
「それだけすごい人達だとついていける気しないよねー。わたしには遠い世界すぎるなぁ」
「だよね……あとで吹奏楽部の入部届出しに行かなきゃ!」
どうやら女子生徒の1人は吹奏楽部に入部希望のようで、隣に居る友人らしき生徒はスクールアイドル部には入部しないのかと問うと彼女は即座に否定し、先輩達の中に自分が混ざるのは恐れ多い上に練習に着いて行ける気がしないと口にした。一連のやり取りを見ていたかのんと恋は顔を合わせ、互いに困り顔となる。新入生が抱くスクールアイドル部や『Liella!』の印象が垣間見え、2人は真剣に部をこれからどうしていくべきかを考える決心をするのだった。
その日の放課後。
「ヤハリ……すみれのせいでダレモ来マセン」
「……何で私?」
「それ以外考えられないデス」
「失礼な!」
すみれのせいで誰も来訪しないのだと可可は決め付け、彼女の言い掛かりにすみれは口を尖らせて反論する。2人の話し声を耳にしていたきな子が、恐る恐る階段を登って部室に近付いていった。
「どうもっす……」
「アッ、きなきな!」
「どう? 1年生に声掛けられた?」
きな子が来た事に気付いた2人は明るく彼女に話し掛ける。すみれがきな子に他の1年生を勧誘できたかどうか問うと、彼女は背負っているリュックのベルトを握りながら、申し訳なさそうに言葉を紡ぐ。
「すみません……何人かに声はかけてみたんですけど、みんな及び腰で……」
「ヤッパリ……すみれのせいデスか……」
「しつこいっ!」
「痛いデスぅ!」
スクールアイドル部に部員が集まらない原因を何遍も自分に押し付けてくる可可の態度に耐えかねたすみれは彼女の頭に手刀を落として黙らせる。頭を押さえながら食ってかかる可可とそれに負けじと言い返すすみれ。そんな中、きな子は小さく先程から思っていたことを呟く。
「多分……きな子が悪いんです」
「えっ?」
2人は言葉を止め、同時にきな子がいる方へ首を動かす。あまりに突飛な彼女の言い分に可可とすみれは疑問を抱く。
「きな子が居るから、きっと……」
「なっ……ななななに言い出すったら言い出すのよ!? 私の責任だって言ってるでしょっ!?」
「そうデスそうデス!」
きな子が居るせいで入部希望の生徒が居ないのだという発言にすみれは焦った様子で否定し、こうなっている現状は自分の責任であると咄嗟に口にする。可可もきな子を安心させる為にすみれの言葉に同調し、彼女を不安にさせないようにすみれはきな子を励ます。
「新入生が来ないのはきな子のせいじゃないわ! 悪いのは私よ! 私にもっとオーラさえあれば……って、じゃかましいっ!!」
「あはは……」
言葉にしているうちに、いつの間に完全に自分が悪いことにされていると気付き、そうなるように仕向けた可可に対して怒鳴る。すみれのリアクションにきな子は軽く笑っていたが、その表情はすぐに曇ってしまう。すみれはきな子の方へ向き直り、皆を集めて彼女に詳しく話を聞いてみることにしたのだった。
「練習が?」
暫くして『Liella!』メンバー全員が揃い、各々部室の席に座していた。可可とすみれから話を聞いたかのん達は、きな子が何故自分のせいで部員が集まらないと思ったのかを問うと、スクールアイドル部の練習が起因しているようであった。かのんがきな子に聞き返すと、彼女はこくりと頷く。
「はい。クラスに練習中のきな子を見たって子が何人か居て……それがすごい厳しそうに見えたらしく……」
「そういうことでしたか……」
きな子から事情を聞き、恋は腑に落ちたように返答する。きな子はまだ入部したばかりの状態で、彼女は疲労感を露わにしながらも懸命に練習に着いていけるように努力しているのだが、その姿を目にした1年生の立場からすれば、『Liella!』の練習が厳しいものだという先入観を抱くのは当然であり、こればかりは避けようのない事柄であった。
「先輩達が悪いわけじゃないんっす! それもこれも……きな子が運動苦手なのがいけないんっす! だから余計……」
「平気デスよ! 少し練習シテ慣れてクレバ!」
「でも、その頃に勧誘しても遅いでしょ?」
こうなったのはかのん達2年生が原因ではないときな子は必死に訴える。全ては運動が苦手な自身が招いた事なのだと伝えると、可可は少しずつ練習を重ねて慣れていけば練習が厳しいという印象も徐々に無くなっていくと彼女は励ますが、すみれは冷静に事実を言語化して返す。可可の言う通り、きな子が練習に着いていくことができ、日々のメニューをこなせるようになれば、今1年生に抱かれている『厳しそう』、『大変そう』というイメージは払拭できるかもしれない。しかし、きな子が『Liella!』の練習に適応できるのは果たしていつになるのか。正直、これに関しては日々のトレーニングを積み重ねるしか適応法がなく、今のペースではおおよそ3ヶ月〜半年の期間を要する見積もりであり、その時期に勧誘を再開してもすぐ目の前に『ラブライブ!』の地区予選が控えている以上、きな子が練習に慣れるのを待っている訳にはいかないのが現実であった。
きな子に技術を身に付けてほしい気持ちは確かだが、練習が厳しいと思われていることで入部希望の生徒が居ないのであれば、新たな部員の加入を望めない可能性が高い。そうなれば『Liella!』に所属する1年生はきな子のみとなってしまう。部活動をする上で同期の存在はとても大きく、心の支えとなり得るもので、それが居ないとなるといずれ精神的に辛くなることが容易に考えられる。きな子には身体だけでなく心も健康でスクールアイドルとして活動してほしい思いもある為、
「練習メニュー……少し簡単にしてみる?」
千砂都が皆にそのように問う。今皆で行っている練習メニューを、きな子や新入生に向けた簡単なものにしてみないかと。
「そんなっ! それは違う気がするっす!!」
きな子は音を立てて席から立ち上がり、『それは違う』と千砂都に反論する。自分が遅れをとっているせいで先輩達がそれに合わせて練習を簡単にするのは、スクールアイドル部の目標として掲げている『ラブライブ!』優勝から遠ざかってしまうと感じたが為に、彼女は練習メニューを変えることを良しとせずに反対する。きな子がそう思う気持ちを理解して呑み込んだ上で、恋が話に混ざる。
「……その方が得策かもしれません」
「恋先輩……?」
「たしかに、『ラブライブ!』で優勝したいという気持ちは
恋は自身の気持ちを正直に言葉にする。『ラブライブ!』で優勝したい気持ちは勿論あって、その為に皆で努力をしている事に違いはない。けれど、自身の母である
「お母さんが始めたんだものね」
頷きながら、すみれは優しい声音で恋にそう言った。
「ええ。たくさんの1年生が入部できる環境を我々が作り、この学校のスクールアイドル活動を広げていくべきではないかと、私は考えます」
今は『ラブライブ!』に向けてハードな練習を続けるのではなく、新入生が入部しやすい環境を整え、きな子以外の1年生が何人か入部できてから『ラブライブ!』へ向けて動いていくべきだと恋は自身の見解を述べる。恋の意見に一理あると思った千砂都は頷き、かのんが座っている方へ視線を動かす。
「どう思う? かのんちゃん」
「うん。実際、何か変えていかなきゃだもんね。だったら……」
かのんは恋の意見を聞いた上で自分も今後の動き方を考える。きな子の言う通り、スクールアイドル部への入部を躊躇う生徒が大半であるなら、まずは部のイメージを良い方向へ変えていかなくてはならない。日頃の練習の他に朝練も始めたきな子の体調や負担も考慮し、かのんは1つ、決断を下す。
「練習メニュー、変えてみよう」
「か……かのん先輩っ!」
かのんの決断にきな子は慌てるも、彼女はいたって冷静にきな子を諭す。
「もちろん、きな子ちゃんが頑張りたいって思ってくれてるのはわかるよ。その気持ちはすごく嬉しい。でも……きな子ちゃんに無理はしてほしくないの。だから……きな子ちゃんの負担を減らして、新入生が入部しやすいようなメニューにしたいんだ!」
きな子が『Liella!』の一員として頑張りたい気持ちは本物であると理解した上で、かのんは彼女に無理をしてほしくないと伝える。ハードな練習を続けて身体を壊すのは本末転倒であり、そうなるよりも今は練習メニューを改良し、1人でも多くの部員を入部させることにシフトするべきだとかのんもそう感じた故の結論である。かのんはサポーターである音羽に目線を移し、彼に声を掛ける。
「おとちゃん、ちぃちゃんと一緒に練習メニュー考えてもらえるかな?」
「わかった。任せて!」
「音羽先輩までっ……」
かのんは千砂都と共に練習メニューを作り直すよう音羽にお願いし、彼はそれを快諾するも、きな子は不安そうな目で音羽を見つめる。きな子の気持ちを分かったその上で、彼は優しくきな子を諭す。
「ごめんね、きなちゃん。僕も……かのんちゃんの意見に同意する。今の練習メニューはきなちゃんにとってハードだと思ってたし、辛くならないメニューを僕達で作るよ。一旦、それで様子を見てみない?」
音羽は柔らかくきな子に問い掛けてみる。音羽は最近、きな子が無理をしていないか、スクールアイドル活動を辛いと思っていないか常に気に掛けており、彼女の負担を軽減出来るのなら練習メニューの変更は賛同に値する事柄である。日頃からかのんを始めとした1期生と意見を交換し、常に最良の環境を構築するように心掛けている音羽にとって、1期生だけでなく、2期生のきな子が無理なく練習を続けていける環境を整えることもサポーターとしての責務であり、全うすべき役目なのである。音羽達の言葉を聞いたきな子は、数秒考えてから口を動かす。
「わかり、ました……先輩方がそう言うなら……」
「ありがとう! 千砂都ちゃん、一緒にメニュー考えてみようか!」
きな子に同意してもらった音羽は柔らかく微笑み、彼女にお礼を伝えてから千砂都に声を掛けると、千砂都も笑みを浮かべて人差し指と親指を合わせて丸を作る。
「おっけー! きな子ちゃん、私達で練習メニューとかチラシ作り直すから、ちょっとだけ待っててくれる? お菓子食べながらゆっくりしてて!」
「は、はいっす……!」
きな子に少し待ってもらうように頼んだ後、かのん達は急いで配布用に使う勧誘チラシの作り直し、練習メニューの変更と掲示ポスターに変更を加える為の追加文言記載用のステッカー作りを始める。皆が作業している中きな子は邪魔をしてしまわないように席に座したまま待機していた。暫くして物が完成し、皆で校内各地に掲示しているポスターにステッカーを上から貼る形で募集内容を変更していった。最後に1階部室付近にあるポスターに記されている『目指せラブライブ! 優勝!!』の『優勝』の文字を『出場』と変更するステッカーを可可が上貼りし、ひとまず作業は完了となった。
「コレで、良いデスね?」
「うん。ありがとう」
ステッカーを貼ってくれた可可にかのんがお礼を伝えた後に、新たに作成した練習メニューを千砂都が皆に差し出す。
「練習メニューはこっちに貼ったよ! はい、皆の分!」
練習メニューが記載された紙は音羽に掲示してもらっており、音羽も千砂都と同様に恋ときな子にメニューを手渡した。千砂都からプリントを受け取ったすみれが内容に目を通し始める。
「ありがと。……ウソっ!? 練習たったの1時間……!? こんなんで『ラブライブ!』に間に合うの?」
すみれは新しい練習メニューの内容を見て愕然とした様子で千砂都と音羽に問う。日々の練習を1時間に短縮するというのは今までの事を考えると非常に緩く、すみれからすれば不安要素しかないメニューであった。彼女の隣に居た可可も練習メニューに目を通し終え、ブツブツと自分の思ったことを呟いているすみれに距離を詰める。
「アーダコーダ言うナラ、ジブンで案を出すのデス!」
「だってあんた……優勝しないと上海に……」
「すみれが気にスルコトではナイデス」
「はぁ? またそれ? まぁとにかく、こんな短い時間でしか練習できないなら……私は自主練で良いんだけど」
「ダメデスよ! このママのメニューで練習をツヅケテ、モシきなきなが倒れタラどうスルのデスか!」
「そ、それは……」
「ツベコベ言わずに、音羽と千砂都のメニューに従うデス! サモナイとそのク〜ルクルをゼンブ……」
「あーもうっ、わかったわよ! 新メニューで練習するったらする! それで良いでしょ?」
「ワカレバ良いのデス!」
互いに小声で会話を広げるも、すみれはまた可可に『気にすることではない』と告げられ、ムッとした表情を見せる。可可が今年の『ラブライブ!』で優勝できなければ母国へ帰るという事情を知っている以上、作り直した練習メニューに則ってのトレーニングは彼女としては素直に受け入れられなかったが、きな子が無理して倒れでもしたらどうするという可可の言葉も一理ある。彼女がそこまで言うのであればとすみれは折れ、『ラブライブ!』優勝を目指している中でとても不本意ではあるが、一旦は新たに作った練習メニューに沿ってトレーニングを行う事を約束した。
「更に! 1年生を集める為に……こうっ!」
千砂都は掲示しているポスターに更なる案内ステッカーを貼り付け、指でなぞってしっかりと固定する。そこには、彼女が新入生を勧誘する為に思い付いた秘策が記されていたのだった。
次の日の放課後。スクールアイドル部の一同は結ヶ丘の校門付近で勧誘活動を開始し、音羽達は発泡スチロールの容器に入れられたある物を1年生に向けて配っていた。
「たこ焼きだよー!!」
校庭に、千砂都の快活な声が響く。彼女が考えた部員集めの為の秘策とは、新たに作成した練習メニューと併せてたこ焼きを配布し、新入生の心と胃袋の両方を掴むというものであった。千砂都に便乗し、かのん達も大きな声で1年生を勧誘する。
「スクールアイドル部は、屋上で練習してまーす!」
「ぜひ、見学にいらしてください!」
「スクールアイドル部です! 部員募集してまーす!」
音羽はすれ違う生徒ににこやかに応対し、笑顔でたこ焼きを手渡していた。そんな彼の様子を目にした女子生徒が居り、彼女はゆっくりと音羽に近付いて行き、背後から音羽の肩を軽く2度叩いた。
「んっ……? あっ! 君は……!」
「また会えたね」
音羽が振り返った先には、短い言葉と共に右手をひらひらと振る青髪の女子生徒が立っていた。彼女は昨日の昼休みに自分と一緒に床に落ちたチラシを拾ってくれた1年の生徒で、音羽は思った以上に早い再会に驚きを示しつつも、彼女に改めて昨日のお礼を伝える為に頭を下げる。
「は、はいっ! 昨日はありがとうございました!」
「構わない。今日は、外でも勧誘してるの?」
青髪の少女は今日も淡々とした様子で喋り、音羽に1つ質問をする。今日は彼だけでなくスクールアイドル部全員で勧誘している現状に彼女は『熱心だ』と心の中でそう思いながら音羽の目を見る。自分と近い色の彼の瞳は、いつ見ても綺麗だった。音羽は彼女の質問に対して頷き、素直に返答する。
「はい! 練習メニューも作り直しまして、たこ焼きと一緒に配ってます! 1つ、いかがですか?」
「良いの?」
「もちろん! 新入生の為に用意してますから!」
自分も貰って良いのかと聞く女子生徒に、音羽は笑って容器に入ったたこ焼きを見せる。音羽の透き通った声、柔らかな口調。その立ち居振る舞いに彼女は数秒の間見惚れていた。表情は動かないものの、彼女の心は徐々に暖かな何かで埋め尽くされていく。メイと話している時に感じるものとは異なる安心感。言語化するには時間を要しそうだと感じた彼女は、今は音羽の厚意を受け取ることにした。
「それなら、お言葉に甘えて」
「ふふっ! はい、どうぞ!」
「ん。ありがとう」
少女は音羽に差し出されたたこ焼きと練習メニューが記載された紙を受け取る。ほんのりと熱を持っている容器を手に持ち、再度音羽の顔を見る。
「入部、検討してもらえたら嬉しいです! 体験入部も、いつでも待ってます!」
「……わかった。またね」
青髪の少女は一言音羽にそう告げると、彼は嬉しそうに口角を上げて彼女に笑顔を見せる。入部を検討してもらえるのであれば、『Liella!』に所属する1年生をきな子1人だけの状態から変えられる可能性がある。その可能性を音羽は信じ、彼女に軽く手を振った。
「はい! また!」
音羽に手を振られた彼女は背を向けて歩き出し、彼は静かに手を下ろす。別れる寸前に一瞬だけ、少女が笑ったような気がした。ほんの一瞬だった為確証はないが、もし笑ってくれていたのなら嬉しいなとそう思いながら勧誘を再開しようとしたところに、千砂都がこちらに向かって近付いてきた。
「おーとくんっ!」
「千砂都ちゃん! たこ焼き器から離れて大丈夫なの?」
「たこ焼き作りはすみれちゃんにバトンタッチしたから大丈夫! 綺麗にまぁるく作ってるよ!」
「おお……! さすがすみれちゃん!」
千砂都は生徒に配るたこ焼き作りをすみれと交代したようで、ちらりと長テーブルを設置している方を見ると、彼女がピックを用いて手際良くたこ焼きをひっくり返しており、テーブルに置いてあるたこ焼き入りの容器の数も先程より多くなっていた。すみれの凄さを改めて感じながら、音羽は千砂都に目線を戻す。
「今話してた子って、1年生?」
「うん! 昨日の昼休みにチラシを拾ってくれて……今日もまた会えたんだ!」
「そっか! あの子、美人さんだったねぇ……入部してくれたら嬉しいなぁ」
千砂都は先程まで音羽と話していた青髪の少女を見た率直な感想を口にする。ストレートのミディアムヘアーと、耳朶に孔けられた丸型の赤いピアスが特徴的で身長は音羽より少し高く、クールな印象を与える容姿だった。千砂都の言う通り彼女は整った顔立ちで、スクールアイドルとしてステージに立てば瞬く間に人気を獲得できそうなポテンシャルがあると千砂都はそう思った。音羽も千砂都の感想に共感を示しており、自分よりも背が高く他の1年生と比較して大人びた雰囲気を纏っている為に彼女に対しては自然と口調が敬語になってしまったり等、きな子の時とは違い距離感を測るのが難しく感じていた。昨日と同様に彼女は自分に『またね』と口にするので悪い印象は持たれていないと思っているが、無表情であることが大半で、心の裡ではどんなことを思っているかは分からない為、音羽は千砂都に胸中にある少しの不安を漏らす。
「そうだね! 入部、考えてくれるかな……」
「昨日おとくんを助けてくれたなら、もしかしたらスクールアイドルに興味あるかもしれないね。なんて名前の子?」
「あっ……名前、まだ聞いてなかった……ごめんっ……」
「あははっ! 全然! また会えた時に聞いてみれば良いんじゃないかな?」
「うん! その時に聞いてみる!」
「よしっ! さぁ、どんどん配っていくよ!」
「わかった! 一緒に頑張ろうっ!」
彼女が『Liella!』に加わればどのような化学反応が起こるのか。自分達のことをどう思っているのか気になるところではあるが、もし入部してくれたらどんなことが起こるのか。期待や楽しみな気持ちが不安を上回る。音羽は未だ名も知らない青髪の少女を思い浮かべながら、新たな部員を求めて新入生に練習メニューとたこ焼きを配るのだった。
音羽達が勧誘活動を始めて少し経った頃。1年生である
「これ……スクールアイドル部の勧誘か……? って、
目を凝らしてみると人集りの中には中学時代からの付き合いであるクラスメイト、
「メイ」
「何やってんだよお前は……たこ焼き食ってるし……」
メイは四季の行動に言及しつつ彼女の隣に移動し、改めて辺りを見回す。『Liella!』の所属メンバー全員が声出しを行いながらたこ焼きを配っていて、勧誘で渡すものが何故たこ焼きなのか気になるところではあるが、メイは隣で黙々とたこ焼きを食べている四季を見やり、『どうしてこうなった』と言わんばかりの顔をしていた。
「もらった。……おいしい」
「そうかよ……」
「食べる?」
「いらねーよ」
「そう? じゃあ、はい」
「ん?」
メイからたこ焼きを要らないと突っぱねられた四季は、発泡スチロールの容器の蓋に輪ゴムで固定されていたチラシを素早く引き抜き、メイの顔の前に提示する。
「練習メニューだって。いる?」
そのチラシには練習内容の詳細と、初めての人も歓迎していて誰でも始められるようになったという旨が記載されていた。『誰でも簡単に始められる!』とポップな字体で書かれた文言に目が行き、一瞬手を伸ばしかけるが、すぐに首を横に振ってその手を下げた。
「〜〜っ! どっちもいらねー!!」
ぎゅっと瞼を閉じながら大声で練習メニューの受け取りを拒否するメイ。ここで無理強いをすると彼女がもっと不機嫌になると予想した四季はプリントを仕舞おうとするが、メイの目が薄く開かれており、視線はすぐ側にある練習メニューの内容欄に向けられていた。四季は揶揄うようにプリントを振り子のように左右に揺らすとメイはハッとした様子で頬を赤らめ、四季に『帰るぞ』と一言告げてから彼女の手を引いてその場を去るのだった。
数時間後。日が暮れて下校する生徒達が殆ど居なくなった為、スクールアイドル部一同は勧誘活動の後始末をしており、すみれと恋は発生したゴミを袋に纏めていて、音羽は借りた長テーブルや巻き取り式の延長コード等を校舎内の元々あった場所に戻しに行っていた。後片付けが一通り終わり、千砂都は満足気な顔で額の汗を手の甲で拭った。
「ふぅ。大盛況! あとはおとくん待ちだね!」
「お疲れ、ちぃちゃん! これで、興味持ってくれる人が少しでも増えたら良いんだけど……」
「ふふっ。きっと増えるよ。いつでも1年生のメンバーを迎えられるように、準備していかなきゃね!」
かのんは千砂都と音羽が作ってくれたチラシを見つめながら、希うようにそのように呟く。千砂都は笑顔で頷いてかのんにそう伝え、彼女も目を細める。少しでも、1人でも興味を持つ人が増えればそれだけで今日の勧誘活動に意味がある。今は部員が増えるのを信じて各々で出来ることに励んでいこうと決め、かのんは茜色に染まり行く空を見上げた。
かのん達が居る場所から少し後ろで、きな子はどこか憂いを帯びた表情で2年生を見ていた。練習を簡単にすることに同意した上で勧誘活動を手伝っていたきな子だが、やはり自分が居るせいでそうなっているのではないかという気持ちがどうしても拭えなかった。きな子が俯いて溜息を吐いたところに、背後から声を掛けられる。
「きなちゃーん!」
「あ、音羽せんぱ……わぁっ! リュックがいっぱい……」
「あはは……皆疲れてると思って、すぐ帰れるように部室からリュック降ろしてきたんだぁ。よっ、と……」
備品を元に戻して校舎から出てきた音羽の背中、胸、両腕には一同が所持している学校指定のリュックが提げられており、皆が勧誘活動で疲労しているのを考慮して部室へ取りに行く手間を省く為に音羽が1度に背負い、持てた分の5つのリュックが身に付けられていた。音羽は重力に従って下がってくるリュックを身体を上に揺らして戻しながらゆっくりと歩いていた。
「そういうことっすか……きな子、何個か持つっす!」
「ごめんね……ありがとう。きなちゃんと僕の分は持ちきれなかったから……後でまた取りに行くね。申し訳ないけど、ちょっとだけ待っててもらえるかな?」
「い、いやっ! きな子が先輩のリュックも取りに行くっすから!」
「気持ちは嬉しいけど、きなちゃんに取りに行ってもらう訳にはいかないよ……」
「そんなことないっす! きな子が行くっす! どうか、任せてくださいっす!」
「う、うーん……どうしよう……」
きな子が音羽の右腕に提げられていた2つのリュックを手に取って、彼と会話を続ける。自分ときな子の分のリュックも後程取りに行くと音羽が伝えるが、きな子は音羽も疲れているだろうと気遣い、音羽と自分のリュックを持ってくると返す。後輩をこき使うような振る舞いを絶対にしたくない音羽は引かずに自分が行くと言うが、きな子も決して譲らない。彼女は音羽の優しさを実感すると同時に自分のことを後回しにするきらいがあることも知る。きな子は少しでも音羽を労り、役立ちたい一心で彼に自分が取りに行くのだと言い続けていると、音羽は『あっ』と何か思い付いたように小さく声を出す。
「じゃあ、一緒に取りに行く? 自分のリュックは自分で、みたいな?」
「一緒に……せ、先輩が良いなら、そうしたいっす!」
きな子の気持ちを無下にしたくない音羽は、どちらか1人がリュックを2つ取りに行くのではなく、2人で一緒に部室へ行ってそれぞれ自分の物を回収するということにしないかときな子に問うと、彼女は音羽と一緒に行動できるこの案に喜びを露わにして応じる。
「わかった! 皆にリュックを届けたら、一緒に行こっか!」
「はいっす!」
夕日が差す空の下、皆が居る方へ向かってゆっくり歩きながら、2人はにこりと笑って頷き合うのだった。