『Liella!』一同で1年生に勧誘を行って2日が経過した早朝、かのんの自室にて。彼女の睡眠に終わりを告げるアラーム音が午前5時ちょうどに鳴り響き、かのんはゆっくりとスマホに手を伸ばして音を止めた。画面に映し出されている時刻を眠気眼で確認しつつ、ベッドから出ようとしたその時。かのんは『あっ』と小さく声を漏らした。
「そっか……練習、ないんだ……」
かのんはスクールアイドル部の活動方針を変更したことで朝練を無くしていたのを思い出し、スマホの画面を消灯して再度毛布に包まる。きな子のペースに合わせて朝練を一旦辞め、学校内での練習のみに留める方向で様子を見ることに決めた為本来なら早起きをする必要はなく、遅刻しない程度に眠っていても良い状況であるのだが、かのんは日頃の癖が抜けておらず普段通りの時間で起きてしまった。
元々そこまで朝に強いという訳ではなく、眠れるのなら少しでも多く睡眠をとりたいとかのんは思っているのだが、今はそう呑気なことを考えられる彼女ではなかった。『ラブライブ!』のこと、きな子のこと。常に『Liella!』にとっての最善を模索していたいかのんは、方針の変更への不安がまったく無い訳ではない。入部希望者が増えれば御の字ではあるが、そう簡単に新たな希望者が現れるかどうか。そのような考えが脳裏を過り、かのんは音を立てて頭まで毛布を被る。皆で決めたことなのだから、その選択はきっと間違っていない。かのんは不安を和らげる為に心の中でそう言い聞かせ、もう30分程睡眠をとろうとゆっくり目を閉じたのだった。
「残り5秒ー! 3.2.1……はい、終わりーっ!」
その日の放課後。スクールアイドル部は屋上で練習を行い、バランス感覚を鍛える運動を終えたところで
「じゃあ、今日はここまで!」
「えッ……もう終わりデスか……?」
千砂都が一同に今日の練習は終了する旨を伝えると、
「うん。この前決めたメニュー通りだよ!」
「そうそう! しばらくはこの時間でおしまいにすることになったからね」
音羽も可可にそう伝え、彼女は納得して頷く。先日まで行っていた元の練習メニューと比較すると新しいメニューは非常に軽く、以前より体力が付いたものの皆よりスタミナの総量が少し劣る可可でさえも今の練習メニューは足りない、短いのではないかと感じるレベルであった。
「予想はしてたけど、さすがに歯応えないわねぇ……」
「ハッ……! すみれさんっ!」
「え?」
すみれが正直に思ったことを言語化した瞬間に
「はっ……はぁ……はぁっ……」
そこには息を切らして疲弊しているきな子が居り、恋はたとえ練習が緩いと思ったのだとしても、今はそれに着いていくのに精一杯なきな子の前で『歯応えがない』等と差を感じさせるような言動は口にしないようにという意ですみれに言葉を掛けたのだ。すみれは『しまった』と思うと同時に即座に今の発言を撤回する。
「あ〜! けど、けっこう疲労溜まったかも〜? ねっ? 恋!」
「そうですよ! 足りない人は、各自レッスンしましょう!」
すみれと恋の2人で、きな子が『自分だけ置いて行かれている』といった感情を抱かせない為に自分達も練習がきつかったように取り繕う。恋からは個人的に足りないと感じる人は自主練で補ってほしい旨を伝える。
「おっけー! じゃあ、ストレッチしまーす!」
「「はーい!」」
恋の発言に千砂都は同意した後、練習後に身体を解す目的でいつも行っているストレッチを始めると呼び掛ける。すみれ達が柔軟を始める中、かのんがきな子の方へ近付く。息を切らして浮かない表情を見せる彼女の側でしゃがみ、そっと声を掛けた。
「気にしちゃダメだよ。きな子ちゃん」
「かのん……先輩……」
「皆で決めたことだし! もう少し、これでやってみよう?」
かのんはきな子に気にしないように伝え、優しく微笑む。彼女がスクールアイドル部に加入してまだ1ヶ月も経過してない為、いくら全体の練習を簡単にしてもこなせるようになるには今暫く時間を要するのはかのん達全員分かっていることであり、きな子に責任は一切ない。
「はいっ……ん? ……あっ」
かのんの励ましに頷きを返したその時。屋上の入り口に、クラスメイトである女子生徒の
「すみません! 失礼しますっす!」
「おつかれー! 気を付けてね!」
「ありがとうっすー!!」
かのんに手を振られながら、きな子は駆け足で屋上を後にするのだった。
「座れ」
「えっ?」
きな子とメイは合流後、結ヶ丘高校の校庭に足を運んだ。メイが校庭のベンチに腰掛け、きな子にも座るよう声を掛ける。練習が終わってすぐにメイに自分が呼ばれたこの状況にきな子は困惑して聞き返すと、彼女は顔を顰めてベンチを手で軽く。
「座れって言ってんだよ」
「は、はいっす!」
メイに促されるままきな子はすぐにベンチに座り、姿勢を正す。メイがわざわざ自分を呼んだということは何か物申したいことがあるのかと思い、きな子は彼女に涙目で距離を詰めながら、制服のポケットから取り出した飴を何個か差し出す。
「申し訳ないっす! パンは食べてしまったので、今はこれしか〜~!」
「ちげぇよ。なに勘違いしてんだ」
「……えっ?」
予想していたものとは違う反応が返ってきてきな子がきょとんとした様子で居ると、いつのまにか背後に姿を現していた白衣姿の少女、
「気にしちゃダメ。これがメイの普通」
「うわっ!? な、なんすかっ……?」
「四季。何でお前がいるんだよ?」
「偶然。構わず話して。スクールアイドルの話」
「スクールアイドルの、話……?」
戸惑うきな子の横で、メイと四季は話を続ける。スクールアイドルの話題を振られるのを嫌がっていたメイが急にそれについて話すつもりというのはどういう心境の変化なのだろうか。よく分からずにきな子は首を傾げる。
「べっ、別に私はそんなこと話すつもりは……」
「違うの?」
「はぁ……」
四季に一言問われ、メイは溜息をひとつ落とす。きな子に言うか言わないかギリギリまで考えていた話だが、彼女はきな子を呼んだ以上は自分なりに責任を果たすべきだと言い聞かせ、一呼吸置いた後に口を開いた。
「この前の体育の時間から……ずっと考えてた。お前、『自分のせいでスクールアイドル部が誤解されてる』って言ってたよな?」
「はい……先輩達は、きな子のせいじゃないって言ってくれたっすけど……」
きな子は視線を落としてメイにそう伝える。かのん達が気を遣ってそう言ってくれたのは嬉しかったが、クラスメイト達からスクールアイドル部の練習が厳しい、きな子に無理をさせているという印象を抱かれていたのは事実で、その原因は少なからず自分にあると彼女は今でもそう思ってしまう。メイは『Liella!』メンバーの姿を思い浮かべながら空を見上げた。
「そりゃ、先輩達ならそう言うだろ。……それで、あの時の私は『何も知らない』ってのを理由に言葉を撤回した。けど……知らなかったとしても、それはお前に何も言わない理由にはならないんじゃないかって、そう思った」
「米女さん……?」
メイはきな子に視線を合わせ、彼女の翠緑の瞳を捉える。メイの真剣な表情にきな子の顔が強張るが、自分を見つめるその目はどこまでも真っ直ぐだった。
「私はスクールアイドルになるつもりはないし、なれるとも思ってねぇ。だけど……スクールアイドルを始めたお前に、言っておきたいことがあってここに呼んだんだ」
「言っておきたい、こと?」
「
メイからスクールアイドルを始めた理由を今一度問われ、それに頷きを返す。先輩達と同じことができるか分からなかったが、そうなれる可能性が自分にもあるのなら、挑戦してみたいと感じた。故にスクールアイドル部へ入部し、『Liella!』の一員となったのだ。
「優勝目指してて、練習も厳しいってのを知ってて……入ったんだろ?」
「それは……そうっすけど……」
部の練習はきな子の予想を遥かに越える厳しさだった。毎日苦悩の連続で、前に進めているかどうかすら曖昧な状況なのは否めない。それでも彼女は投げ出したくはなかった。『ラブライブ!』優勝を目指しているのなら、練習が厳しいのは当然のことだと思っていたから。
練習に着いて行けるように自分が頑張らないといけないと考えているが、現状の練習メニューですらこなせないならこのまま先輩達と共にステージに立っても良いのかとも思い始めている。きな子の迷いを帯びた返答を聞いたメイは、自身の本音を伝える為に言葉を紡ぐ。
「だったら、そのまま突き進んでくれよ」
「えっ……?」
「自分が『やりたい』、『目指したい』って思ったことを信じてみろよ。周りの声なんて、気にするな!」
「……!」
運動が得意じゃなくても、スクールアイドルに関する知識がなくても。それでもスクールアイドルになる決断をしたきな子をメイは心の奥底で尊敬していた。
スクールアイドル活動をしない理由をあれこれ付けて自身を納得させ、身の丈に合った生き方、向き合い方をした自分と違い、きな子は『やりたい』という気持ちに素直に従い、1歩を踏み出せた強い人物だ。そんな彼女が周りの声に押し潰されそうになったり、頑張りたい気持ちが失われてしまうのは勿体ない。だからこそメイは『よく知らないから』と予防線を張って口にせず、心に仕舞いかけた言葉をきな子に直入に伝えた。目を見開く彼女を見つめながらメイはそのまま続ける。
「たとえ辛いことがあっても、信じるものがあれば……それだけで頑張れる理由になる。少なくとも、私はそう思ってる。だから……お前自身の信じたいものの為に頑張れば良いんじゃねぇのか? って話だ。ちゃんと伝わったか、わかんねぇけど……」
感情のまま喋ってしまった為、言いたいことがきちんと伝わったかどうか不安でメイは目を逸らす。彼女の激励を受け取ったきな子は、音羽に言われた言葉を思い出した。
「昨日、音羽先輩が……きな子を1人にしないって、言ってくれたっす」
「
メイは驚くと同時に、きっと彼ならそう言うだろうなと腑に落ちる。音羽のSNSの投稿やメンバー達が音羽に接する際の距離感から、彼が如何に皆から慕われていて、どれだけ信頼されているのかが容易に想像がつく。音羽もサポーターとしてきな子に優しく寄り添っていたのだと知り、メイはほっと安堵した。
「こんなダメダメなきな子に優しくしてくれて、信じてくれて……それならせめて、きな子を信じてくれる人達の期待に応えたいっす! まだ、何もできてないっすけどね……」
きな子の口から発されたそれに、メイはふっ、と軽く笑みを溢した。
「答え、出てるじゃねぇか」
「え……あっ……!」
メイにそう言われ、きな子は無意識ながら自分が目指したいこと、やりたいことを口にしていたことに後から気付いた。それならば話は早いし、きな子が行くべき道はもう目と鼻の先にある。
「先輩達の期待に応えたいって思うなら、自ずと見えてくるはずだぜ? お前が『Liella!』の一員としてやりたいこと、成し遂げたいことが。そういうのはいくらあったって良い。大事なのは、自分がどうしたいかだ」
「きな子が……どうしたいか……」
「桜小路が先輩達を想って出した答えなら、きっと間違いじゃねぇ。間違いじゃないって思えたなら、絶対に曲げるな。……偉そうに聞こえてたら、ごめん。でも……これが私の本音。お前だから、伝えておきたかったんだ」
そう言った彼女は、きな子が今まで見たことがないくらい、柔らかな表情をしていた。メイの伝えたかったこと、想いを確かに心に留めたきな子は膝の上でぎゅっと拳を握り締めてメイを見つめる。
「米女さん……ありがとうございます。きな子がやるべきこと、わかったっす!」
「そっか。それは何よりだ」
「メイ、嬉しそう」
「うっ……まぁ、そうかもな。……桜小路」
珍しく四季の発言を否定せずに、メイは改めてきな子の名を呼ぶ。シンプルではあるが、彼女に伝えたいものがもう1つあった。
「……頑張れよ!」
どこにでもありふれた、何も特別じゃない陳腐な応援。時には重圧にもなり得るそれを、メイはきな子を信じて伝えた。きな子なら、その重圧をも跳ね除けて糧にできるかもしれないと思ったから。自分の分まで、ステージで輝くスクールアイドルになれると信じたから、彼女は素直に伝えられた。
「はいっ! 頑張るっす!!」
きな子は力強くメイに返答し、笑みを見せた。先程とは違って憑き物が落ちたように明るい表情となったきな子を目にしたメイは、ちゃんと言葉で伝えられて良かったと感じながら、茜色が差す空をここに居る3人で眺めるのだった。