星達のオーケストラ   作: 龍也/星河琉

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#14 決意と覚悟、風のゆくえ。

 

 練習メニューを変更してから数日が経った早朝。かのんは5時ちょうどに止めたスマホのアラーム画面を見つめながら、暫し考えに耽っていた。

 

 確かに練習を軽くしたことで徐々にきな子がそれをこなせるようになってきており、体力も練習を始めた頃よりも向上し、性格も前向きなものに変化しつつあるのをかのんだけでなく他のメンバーも感じ取っている。しかし、グループ全体として、『ラブライブ!』優勝という目標を掲げている立場として、この現状に些か違和感を覚えていた。

 

 自分も練習メニューを変えることに同意した立場であるし、きっと『Liella!』の皆に自分が今感じていることを言えば苦言を呈されるかもしれない。けれど、どうしても胸中にある漠然とした不安は拭えず、モヤモヤと鬱屈した気持ちは消えてなくならない。これ以上思考し続けると良くないループに陥りそうな気がしたかのんは、音を立ててベッドから起き上がる。

 

「……よしっ!」

 

 ベッドを出てから勢いよくカーテンを開け、かのんはてきぱきと身支度を始めるのだった。

 

 

 

 

 

 

 練習着に着替えて家を出たかのんはいつものランニングコースを走る。朝の冷たい風が肺を満たしていく感覚が心地良く、自分に合うペースを維持してただ駆けていった。暫くして代々木公園に到着したかのんは足を止め、自販機で買ったミネラルウォーターを一気に飲み干す。頬に流れる汗を拭って空を見上げると、雲間から僅かに陽光が差しており、日中の空とは異なって見えるその景色にかのんは1人微笑んだ。やはり悩んだ時には身体を動かせば良い気分転換になると実感し、代々木公園を1周走ってこようと地面を踏み出したその時。自分の名を呼ぶ声が耳に届いた。

 

「あ……きな子ちゃん! どうして……」

 

「約束、破っちゃったっす。すみません……」

 

 きな子も代々木公園に足を運んでいたことに驚き、思わず何故ここに居るかを問うたかのんに、彼女は後頭部に片手を回して『えへへ……』と笑みを溢す。朝練は一旦なしにするという決まりを守らずここへ来てしまったことをきな子は詫びるが、その表情は時折見せる自信なさげなものではなく、かのんの目には心なしか穏やかに映った。

 

「でも……やっぱりきな子は、練習しなきゃと思って……」

 

「そうだったんだ! 実は私も、全然落ち着かなくて……」

 

「かのん先輩もそう思ってたんすね。きな子だけじゃなくて、ちょっと安心したっす!」

 

 かのんも気持ちが落ち着かずにここを走りに来ていたことを打ち明け、お互い同じ考えで朝練を行っていた2人は、少し離れた距離で笑い合う。すると、横から別の人物の声も両者の耳に入ってくる。

 

「あら? かのんさん、きな子さん! 何故ここに!?」

 

「あぁっ! きな子ちゃんまで!」

 

「えっ……!? (れん)先輩、千砂都(ちさと)先輩!」

 

「まったく……皆、自分だけ練習しようなんてズルいわよ」

 

「マサカ……こんな所で鉢合わせるナンテ……!」

 

「すみれ先輩、可可(クゥクゥ)先輩まで!」

 

 かのんが立っている両横から練習着姿の恋、千砂都、そしてすみれと可可がやって来て、かのんと合流を果たす。特に示し合わせをしていた訳ではなく、むしろ朝練を無くしていた為この場所に来る事自体本来であれば起こり得ない筈なのだが、皆の表情を見るにどうやら可可達もきな子やかのんと同様に自主練を行いたいようであった。偶然ステージに立つ『Liella!』メンバーの6人が集合する形となり、きな子は予想外、といった様子で目を大きく開けて驚いていた。

 

「ねっ! しかも、同じ時間に! おとくんに言ったらびっくりされそう!」

 

「そうね。今日音羽に会ったら教えようかしら」

 

「良いね! なんなら、あとでおとちゃんに電話しちゃう?」

 

「デスね! ハヤク音羽に話したいデスし!」

 

「ふふっ。音羽くんも驚く筈です!」

 

 2年生同士でスクールアイドルを担うメンバーが全員揃ったことを音羽に共有したい旨を楽しそうに話し始め、かのんの提案により後程彼に電話をしてみる流れとなった様子である。スクールアイドル部のサポーターである音羽の話題で盛り上がる一同を見てきな子はそっと笑みを浮かべ、先日彼やクラスメイトのメイから伝えられた言葉を思い出し、きな子は勇気を出してかのん達5人に向け、身体の奥から一筋の糸を慎重に紡ぎ出すように口を開いた。

 

「……あのっ!」

 

「ン……? きなきな?」

 

 きな子の声に、可可が反応を示す。2年生全員がきな子へ目線を向けたタイミングで、きな子は自身の中で芽生えた要望を言語化する。

 

「やっぱり、戻しませんか?」

 

「えっ?」

 

『戻す』。彼女が言いたいのは今の練習についてのことだと即座に理解した5人は、きな子の言葉に真っ直ぐ耳を傾ける。

 

「きな子がこんなこと言うのは失礼かもしれないっすけど……きな子もやっぱり、『Liella!』さん達と優勝目指して頑張りたいんっす!」

 

「きな子ちゃん……」

 

 かのんは静かに彼女の名を呼ぶ。きな子の口から練習メニューを元に戻したいと申し出があろうとは皆思っておらず、基本どんな時でも冷静に物事を俯瞰して受け入れる千砂都でさえもきな子の提案にたまげたようだった。

 

「きな子が憧れたのは、『こんな風になりたい』って思ったのは……優勝を目指して必死に頑張っている先輩達なんです! 大変でも……前向きに頑張っている先輩達なんです!!」

 

 何度も食い入るように繰り返し視聴した、『ラブライブ!』東京大会でのかのん達のパフォーマンスをきな子は脳裏に浮かべる。

 

 その曲、歌声、ダンスに自分は魅了された。今まで目にしたことのなかった輝き、感動をくれた。今にして思えばひどく身の程知らずだったと感じているが、自分もこの先輩達のようになりたい、ステージに立って輝きたいと思えたのは毎日弱音1つ言わずに懸命に努力し、いつも前向きで向上心を絶やさずに頑張っているかのん達だからだった。そんな彼女達をいつも優しく支え、入部したばかりで何も出来ない自分にも寄り添って力になろうとしてくれた先輩……音羽が居てくれるから、自分も先輩達に少しでも追いつけるように頑張りたいと思えたのだ。

 

「だから……『Liella!』さんの足手まといになるのは嫌なんです! きな子も先輩達みたいに頑張って、追いつきたい……きな子も『Liella!』さんの一員なんだって胸を張って言えるように、できることを全力でやりたいんですっ! 今のきな子なら……やれます。やらせてくださいっ!!」

 

 頬を紅潮させ、熱を持って5人にそう伝えたきな子は、深々と頭を下げて懇願する。彼女の強い思いを受け止めた一同だが、練習メニューを元に戻すことへの躊躇いを捨てきれず、暫し押し黙っていた。まだその時ではないと感じた恋が、きな子に対して声を掛ける。

 

「きな子さんのお気持ちは分かります。ですが……練習を元に戻したら、きな子さんが……」

 

「わかってますっ! でも……でもっ……」

 

 恋に気遣われ、顔を上げたきな子は彼女の言葉を遮った後、とうとう堪えきれずに涙ぐむ。恋が自分に何を言いたいかは、言葉にされずとも分かっている。今よりもずっと練習がハードになって先輩達に着いていけなくなったり、身体を壊してしまうことを危惧しているのだろうと。

 

 だが、今のきな子にも譲れない思い、揺らがない気持ちがある。皆の足を引っ張らない存在になりたい、側に居てくれる先輩達の期待に応えたい。それらは絶対にブレさせる訳にはいかず、周りからどんなに否定されようと、分を弁えろと言われようとも持ち続けていたいと心に決めた、きな子が胸に宿した確固たる目標であった。

 

 必死に堪えても堪えきれず、地面に涙の粒を落とすきな子にかのんがそっと近付き、嗚咽する彼女の身体を優しく抱き締めた。ふわりと香る甘い柔軟剤の匂いに、きな子は小さく声を漏らす。背中に回した手の力を一層強め、かのんは言葉を紡ぐ。

 

「私も、ずっと思ってた。これが……本当に良いことなのかなって」

 

「かのん……先輩……」

 

 かのん自身も、この練習方針に迷いがあったときな子に正直に打ち明ける。音羽にだけはそのことを掻い摘んで伝えており、彼には一定の理解を得られつつも、もう少し様子を見てみようと言われていた為に数日間メニューを軽いものに変更しての練習を皆と行った。暫くそれを継続すれば馴染んでくるのではないかとかのんは思っていたのだが、どうしても違和感や不安感は消えなかった。

 

 きな子やこの先入部する1年生の為にそうしたことなのに、『このままで良いのか』と憂いばかりが募る自身の性分も嫌だった。何が正解で、何が最善なのか。考える度に苦しかった。けれど、きな子もこの現状に疑問を抱いていたことを知った。そして、練習を元に戻した上で頑張りたいと言ってくれた。彼女の勇気と決断に向き合わなければ、それこそ先輩失格であると感じたかのんは今一度きな子に問い掛ける。

 

「メニューを戻したら、1年生が入ってこなくなっちゃうかもしれない。きな子ちゃん1人ってことに……なってしまうかもしれない。それでも……頑張ってくれる?」

 

「……はい!」

 

 ぎゅっと目を閉じて、きな子は数回頷いて返事をした。彼女の震えた声音に胸が締まる思いだが、かのんもゆっくりと瞼を下ろして言葉を続ける。

 

「一緒に……優勝目指してくれる?」

 

 かのんも勇気を持って一言問う。決して一筋縄ではいかない大きな目標を、きな子も自分達と共に目指して頑張ってくれるかと、改めて彼女の意思を確認する。かのんに問われたきな子は閉じられた瞳を開け、唇を結ぶ。

 

 かのんから発された『優勝』という単語の重み、覚悟を感じ取って彼女は身体を震わせるが、かのんは更に強くきな子を抱き寄せる。身体に走る、かのんの暖かな温もり。『私達が居るよ』と言ってくれているような、力強い抱擁だった。その熱を受け、きな子は目に涙を浮かべながらも精一杯、力の限り自身の意志を伝える為に唇を動かす。

 

「はいっ!! 先輩達と一緒に……夢を見たいっす! 優勝して……学校の皆に喜んでもらいたいっす!!」

 

 抱いた夢を、自身の決意をきな子が大きな声で響かせる。大言壮語なのは分かっているし、その道のりは時に辛く、厳しいものだというのも理解している。それでも、尊敬する先輩達が側に居て共に夢を追いかけられるのなら、たとえ苦しい道であっても歩き続けられる気がした。

 

 かのん達もスクールアイドルを始めたばかりの頃は悩んで、苦しんで、壁に当たることもあったのだろうときな子は最近になってそう思うようになり、仮にそうだとしても、その壁を乗り越えてひたむきに努力し続けているのだと考えると、彼女達への憧れがより強くなった。やがていつかは、きな子もかのん達と同じくらいのことができるようになる、と音羽はそう言っていた。彼の言う通りにもし自分がそうなれたら、今度は自分が誰かを照らせる存在になりたい、夢や希望を届けられるようなスクールアイドルで在りたいと、きな子は願ったのだ。

 

 まだ名もなかった感情が音羽達の言葉で色づいて、今この瞬間に明確となった。きな子の意思を知り、それを確かに受け取ったかのんは安堵してきな子から身体を離し、背後に居る千砂都達にも意思確認の為に問い掛ける。

 

「皆、良い?」

 

「私は賛成。まるっ!」

 

 音羽と共同で練習メニューを作っている千砂都が良いと言うならと、どうやら他のメンバーも反対する気はなく、全員賛成の意を示していた。自分の望みを受け入れてくれた皆に対し、きな子は目元をジャージの袖で拭ってから声を発する。

 

「きっと、伝わると思うんです。大変でも、やりたいことを続けていれば……その先にある楽しさは大きくなるって!」

 

「……!」

 

 一同は目を皿にしてきな子を見つめる。かのんは彼女の翡翠色の瞳から目を逸らさずに言葉を聞き澄ます。

 

「皆が『一緒にやってみたい』って思うものが……作れるんじゃないかって、そう思うんっす!!」

 

「きな子さん……」

 

 自身の思い描く理想と近い、きな子の率直な意見を聞いた恋は驚きを隠せずに無言できな子の眼を捉え続ける。どこまでも真っ直ぐで、宿った意志の強さを感じさせるその目は、どこか音羽と似ていた。後輩であるきな子からの核心を突いた発言を受け、恋の胸が熱くなる。暫し皆から返答を得られずに不安となったきな子は、慌てて皆に向かって頭を下げる。

 

「はっ……すみませんっ……! 出過ぎた真似を……」

 

「いえっ……! (わたくし)も、その通りだと思います!」

 

「恋ちゃん……!」

 

 にこやかにきな子の言葉に同意した恋にかのんも笑い、恋達ときな子に交互に目線を合わせる。

 

「信じましょう。スクールアイドルの力を。私達の想いは、きっと届きます!」

 

「はっ、はいっす!」

 

「危うく、目標を見失うところだったね」

 

「不覚ったら不覚だわ」

 

「目の前のコトに、気を取ラレすぎマシタ……」

 

 千砂都達もきな子の言葉に感銘を受け、彼女に大切なことを気付かせてもらったと同時に、『ラブライブ!』に出場する上での目標を危うく失うところであったと反省する。後輩から学ぶべきことがたくさんあるな、と千砂都は心の中で思いつつ、柔らかな眼差しをきな子に送る。

 

「目指すべきものは、変わりません!」

 

「うんっ! ……そうだ! おとちゃんに電話しよっと! 練習を元に戻すって報告もかねて!」

 

「おっ、良いねぇ! 出るかな?」

 

 皆の意思が固まったところで、かのんが音羽に現状報告を行う為に電話を掛けることにし、ポケットからスマホを取り出してメッセージアプリを開いた。

 

「さすがに起きてるんじゃない? あの子、元々早起きだし」

 

「そうだね。……よし、ぽちっと!」

 

 かのんは音羽との個人チャット画面から彼のプロフィールに遷移し、人差し指で通話ボタンを押してスマホを右耳に当てる。数回コール音が鳴った後、かのんの耳に僅かな環境音が入ってきた。

 

『もしもし? かのんちゃん?』

 

「あ、おとちゃん? おはようっ! 起きてた?」

 

『おはようー! 起きてたよ。今ね、ちょうど制服に着替え終わったところ!』

 

「ふふっ! 良かった!」

 

『朝にかのんちゃんと電話するの、なんだか久しぶりな気がする。なにかあった?』

 

「うん。今ね、偶然皆と代々木公園に集まってて……部のことで1つ決めたことがあるの!」

 

『偶然!? すごいねっ! 皆が居るなら僕も行きたかったなぁ……』

 

 本題に入ったところでかのんが音声をスピーカー出力に切り替えた為、音羽の声が皆にも聞こえるようになり、彼のリアクションを耳にした一同はクスッと笑みを溢した。

 

「ホント、予想通りの反応してくれるわね……」

 

「安心感あるよね、おとくんのリアクション!」

 

「今日も学校で会えるから大丈夫だよ! それでね、おとちゃん。これから、毎日の練習メニューを元に戻すことにしたんだ。きな子ちゃんがそう提案してくれて……」

 

『あ……そうなんだ! きなちゃんから戻したいって言ったの?』

 

 一瞬驚愕したのか小さく声を出したが、音羽は特に反発することなく納得している様子であった。

 

「そう。きな子ちゃんがね、私達と一緒に頑張りたいって。優勝目指したいって、言ってくれたの! あ、今きな子ちゃんもいるし、電話代わる?」

 

『良いのっ? きなちゃんが良いなら、少し話したい!』

 

「わかった! ちょっと待ってね! ……はい、きな子ちゃん!」

 

「あ、ありがとうございますっ!」

 

 きな子もかのんと一緒に居ると聞いた音羽は彼女と少し言葉を交わしたいとかのんに伝えると、彼女はきな子に自身のスマホを手渡した。きな子は少し緊張しつつかのんのスマホを受け取り、それを軽く耳に当てた。

 

「もしもし、お電話代わったっす。音羽先輩っすか……?」

 

『あっ、きなちゃん! おはよう! 昨日はよく眠れた?』

 

 電波に乗せられた音羽の声がきな子の耳に届き、通話越しでもいつもと変わらない彼の優しい声音に彼女の心拍が早まっていく。

 

「はいっ! よく眠れたっす!」

 

『それなら良かった! 練習、元に戻したいって提案してくれたんだってね。きなちゃんは、大丈夫そう?』

 

「……音羽先輩は、先輩達の中で誰よりもきな子を気に掛けてくれてると思ってて。それはすごく嬉しいっす。でも……決めたっす! 先輩達と一緒に、辛い練習でも頑張るって! 『ラブライブ!』で優勝する為に、できることをやるって……そう決めました!!」

 

『ふふっ。そっか。……そっか!』

 

 きな子の覚悟を聞いた音羽は、深く嚙み締めるように言葉を重ねる。音声通話である都合上彼の顔は見えないが、きな子は音羽の声のトーンで今どんな表情を浮かべているのかなんとなく分かった気がした。きっと安心したように微笑みながら、声を電波に乗せているのだろうと。

 

『きなちゃんが決めたことなら、僕達はそれに合わせるよ。これからも変わらず、僕がきなちゃんを支えるから。困ったり、悩んだ時はいつでも言ってね!』

 

「音羽先輩……! ありがとうございますっす!」

 

『うんっ! 今のきなちゃんになら、これ伝えても大丈夫そうかな』

 

「んっ? 何がっすか?」

 

『あぁ、えっと……きなちゃんに言いたかったけど、プレッシャーになっちゃうと思って言えなかったことがあって。でも……きなちゃんに明るい色が見える今なら、言えそうな気がするんだ!』

 

「色……? あっ、その……音羽先輩は、きな子になんて言いたかったんすか……?」

 

 音羽が口にした『色が見える』という意図がよく分からなかったが、きな子は音羽が自分に何を伝えたかったのかが非常に気になり、思い切って音羽に問う。ふぅ、と深呼吸のような音が聞こえて数秒の後、再度音羽から言葉が帰ってきた。

 

『……()()()()()!』

 

「っ……!」

 

 それはきな子が音羽や他の先輩達に言われたいと、ずっと待ち望んでいた言葉だった。

 

 きな子は音羽を含む先輩達の期待に応えたいと思いながら練習に励んでいたのだが、自分がそう思っているだけで、果たして本当に先輩達から期待されているかどうか分からなかったのがずっと気掛かりであった。練習に着いていけない自分は期待などされていないのではないのかと不安になることもあった。だが今はっきりと、音羽がきな子に『期待している』と伝えた。きな子は嬉しさで飛び上がりたくなる衝動を抑え、かのんのスマホを持つ手の力が強める。

 

「音羽先輩っ……!」

 

『きなちゃんが入部してから、僕はずっとそう思ってた。言うの遅くなっちゃって、ごめんね。僕は……きなちゃんを信じてる。きなちゃんも素敵なスクールアイドルになれるって、そう信じてるから!』

 

 きな子が期待していると言われたい気持ちとは対照的に、音羽はそれが彼女の重荷になってしまうことを恐れて敢えて伝えていなかった。けれど最近前向きな姿勢を見せ、尚且つ元の練習メニューだとしても頑張りたいと言ってくれた今なら伝えられると感じ、初めて自身がきな子に抱いた期待を言語化した。音羽の激励を受けて、きな子は嬉しそうに笑う。

 

「ありがとうございますっ! 音羽先輩! 先輩の期待に応えられるように、いっぱい頑張るっす!」

 

『あははっ。ありがとう! でも無理しない程度にね! また、学校で会おう!』

 

「はいっす!! それじゃ、かのん先輩に代わるっす!」

 

『うんっ! じゃあね、きなちゃん!』

 

「はいっ! 失礼しますっす!」

 

 音羽と話を終えたきな子はスマホをかのんに返し、彼女も音羽と何度か言葉を交わしてから通話を切った。音羽と通話したきな子の顔は、とても晴れやかだった。かのんは音羽と話して吹っ切れたであろうきな子も交え、ライブ前に願掛けとして行っているいつものピースサインをとることを決める。

 

 かのんがピースサインを作った右手を差し出すと、他の4人も倣って右手を出す。何をしているのかいまいちピンと来ていない様子のきな子に、一同は笑顔を向ける。

 

「きな子ちゃん!」

 

 かのんがきな子を呼び、自分達が作った輪に混ざるように誘う。彼女は先輩達の指の形を真似て、遠慮がちに右手を出す。そうして6人のピースサインが合わさり、1つの星が生まれた。

 

「私達は『Liella!』! 私達が目指すのは……」

 

 かのんの号令にきな子はハッとし、嬉しそうに口角を上げる。自分も本当の意味で『Liella!』のメンバーとして迎え入れてもらえたような気がして、どうしようもなく心が高鳴った。彼女は息を吸って、声高々にその先の言葉を繋ぐ。

 

「『ラブライブ!』っ!」

 

「「「優勝っ!!」」」

 

 きな子の言葉に続き、皆が声を揃えて右手を天高く上げ、快晴の青空に誓う。皆で『ラブライブ!』の優勝を目指し、その為に努力を続けることを。晴れ渡る空の下、きな子の決意を後押しするかのように代々木公園の噴水が勢いよく吹き出し、その付近に色鮮やかな虹を描くのだった。

 

 

 

 

 

 練習メニューを元に戻してから早1週間が経過した放課後。今日も結ヶ丘高校スクールアイドル部『Liella!』はトレーニングを行っており、皆で校内周辺のランニングをしていた。先頭にはかのんと、真新しい桃色と白色のツートンカラーの練習着に身を包み、動きやすいように髪を短く纏めたきな子が居り、2人は共に並んで走っていた。

 

「もう1周いくよーっ!」

 

「はいっすっぅぅぅぅ……! はっ……はっ……」

 

 かのんの明るい声掛けにきな子は息を切らしながらも応じ、追い風を背に受けながら一生懸命に走っていた。2年生と同じ内容の練習メニューをきな子も励んでおり、毎日疲れ果ててはいるものの一切音を上げず必死に喰らいつこうと努力している。きな子の後ろで、ジャケットを脱いで制服のワイシャツの袖を捲った音羽も走っていた。

 

「きなちゃん……良い感じだよっ……! はぁっ……はぁっ……」

 

「ありがとうっす……音羽先輩……はっ……無理して、走ること……ないっすよ……?」

 

「大丈夫……きなちゃんや、皆と……同じ条件で、走ってみたくて……はぁっ……」

 

「そうっ……すか……でもっ……一緒に、走れて……嬉しいっす……! はぁ……はぁっ……」

 

「ほんと……? よかった……! はぁっ……はぁっ……けほっ……」

 

 きな子に疎外感や自分だけが置いて行かれているという気持ちを抱かせない為に音羽もかのん達と一緒にランニングを行うことにし、体力が皆より劣る彼も懸命に走り続けており、その姿を背後から追いかけているすみれと可可が音羽に対して思うことを口にする。

 

「もう、思いっきりバテてるじゃない。サポーターがやることの範疇超えてるわよ」

 

「デモ、音羽らしいデス! きなきなのタメにカラダを張ッテ……ケナゲデス!」

 

「まぁ、そうね……音羽が逆にぶっ倒れなきゃ良いけど」

 

「今はまだ大丈夫じゃないかな? おとくん最近はちゃんと眠れてるみたいだし、本当にまずかったら私がストップかけるから!」

 

「ふふっ。頼もしいです。音羽くんも居るからか……きな子さん、楽しそうに走れていますね。何よりです!」

 

 千砂都と恋も話に入りつつ、先頭に居る3人を見守る。息を切らしながらも、以前より楽しそうに走るきな子を見て恋は微笑み、千砂都も歯を見せて笑む。無理のない範囲で音羽も共に走るようになってからきな子は幾分か気持ちが楽になっているようで、良い傾向にある。きな子の為とはいえ体を張る音羽に半ば呆れと心配が入り混ざるすみれだが、それが自身のマブダチである彼の性分だったな、と受け入れ、可可達と共々笑顔で走るかのん、きな子、音羽を見守ることにしたのだった。

 

『Liella!』一同が走っている道から道路を挟んだ反対側の歩道にて、かのん達の姿を目にして立ち止まった少女が居た。ウェーブがかった薄紫色の長髪、エメラルドグリーンの瞳を持ち、結ヶ丘高校のものとは異なる黒のブレザータイプの制服を着ている。

 

 少女は先頭を楽しげに走っている人物2名に目を向け、スッと目を細める。写真では幾度となく目にしていたが、実際に姿を見るのは今日が初めてだった。

 

「シブヤ、カノン。……アズマ、オトハ……」

 

 桜舞う東京の街で、自身が接触しようと画策している張本人を目の当たりにした彼女は、無機質な声音で『Liella!』の中核的存在である2名の名を呟いた。少女に見られているのに気付くことなく、かのんと音羽は街の角を曲がって走り去っていく。

 

 風が、少女の髪を撫でるように揺らしていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 




瞳が見据える未来、捉えるふたり。




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