星達のオーケストラ   作: 龍也/星河琉

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お世話になっております。感想、評価等よろしくお願いいたします。


#16 知る願い、伝わる思い。

 その日の夜。部屋着に着替え、前髪を上げて眼鏡を掛けた所謂自宅モードに切り替えたかのんは自室でノートパソコンを開き、ある人物達とビデオ通話の回線が繋がるのを待っていた。

 

 程なくして、画面に2人の少女の姿が映し出される。1人はイエローゴールドの髪を1つに結び、ぱっちりとした目が特徴的で、もう1人はダークパープルの髪を伸ばし、口元に優しげな笑みを湛えている。『Sunny Passion』。聖澤(ひじりさわ)悠奈(ゆうな)(ひいらぎ)摩央(まお)の2名で結成された、可可(クゥクゥ)が日頃から愛してやまない、神津島を代表するスクールアイドルグループで、前回の『ラブライブ!』で総合優勝を果たしたことで今最も注目度の高いグループである。

 

『久しぶり』

 

『頑張ってる?』

 

 画面越しに居るかのんに対し、摩央と悠奈は明るく声を掛ける。

 

「はい。摩央さん達も、学園祭のライブに向けて頑張ってるって聞きました!」

 

 遠隔とはいえ久方ぶりに『Sunny Passion』の2人と顔を合わせられたかのんも声を弾ませて言葉を発する。悠奈と摩央とは昨年に神津島で合同ライブを行って以来交流が続いており、悩んだ時は時折相談する等、ライバルといえど同じスクールアイドルとして良好な関係を築けていた。

 

『今年が最後だからね』

 

『それで、どうしたの? 私たちに話って』

 

 2人は早速本題に入り、かのんに何の話があって自分達に声を掛けたのかを問う。チャットではなく通話で話がしたいということは何か重要な事柄なのかと2人は軽く考えており、些か緊張している様子が見受けられる。それを感じ取ったかのんは軽く笑って画面に映る悠奈と摩央に目線を向ける。

 

「いえ……そんな大したことじゃないんですけど……」

 

『なになに!? 恋の話!?』

 

「ちっ、違いますっ! そういうのじゃないですから!!」

 

『あははっ! ごめんごめん! 恋バナじゃなかったかぁ。それなら何時間でも話せたのにぃ……』

 

『ふふっ。悠奈はまだ誰にも恋したことないでしょ』

 

『そうだけど、他人の恋愛の話聞くの楽しいじゃん! かのんちゃんならそういう相手居そうな気もするし!』

 

「いっ……いませんっ! いませんから!! 私がしたいのは恋の話じゃなくてっ……!」

 

 恋愛相談かと聞かれたかのんは慌てて手を振りながら即座に否定する。彼女にとって恋の悩みが皆無かと言えば嘘になるが、今はその話をしに『Sunny Passion』の2人を呼んだのではない。悠奈にからかわれて赤く染まった頬を暫く抑えて平静を取り戻し、かのんは単刀直入に彼女達にずっと聞きたかった疑問を口にする。

 

「……『Liella!』の話なんですけど、その……どうして私達のことを『1番心躍るグループだ』と、インタビューで答えてくれたのかなって……」

 

 それを聞いた2人は顔を見合わせ、悠奈は少し申し訳なさそうに肩を落とす。

 

『迷惑だった……?』

 

「いえっ! サニパのお2人にそう言ってもらえたのは、すごく嬉しかったんです!」

 

『ラブライブ!』に総合優勝したグループから自分達を高く評価してもらえるのは至極光栄なことであり、迷惑だとかそういったことではないとかのんは伝える。しかし、悠奈や摩央からあのように言われて良い立場なのか、という不安や疑問が胸中を渦巻いていたのも確かで、それを正直に打ち明ける為に唇を動かす。

 

「ただ……私達ってスクールアイドル始めたばかりだし、結果も何も出ていないのに……」

 

『そんなことは関係ない』

 

「え……?」

 

 摩央からきっぱりとそう言われ、かのんは思わず口を噤む。隣に居る悠奈も『うんうん』と頷いており、かのんはそれ以上は何も言えず、そのまま2人からの返答を待つ。

 

『単純に素晴らしかったから。特に、あのクリスマスのステージは……』

 

「摩央さん……」

 

『ラブライブ!』東京大会での『Liella!』が見せた煌めきが、今も2人の脳裏に焼き付いて離れない。冬の夜空をどこまでも明るく照らしたあのステージは、どのグループのパフォーマンスよりも輝いて見えた。お世辞抜きで心の底から素晴らしいライブだったと、摩央と悠奈ははっきりと答えられる。しかし、『Liella!』に勝ちを譲るつもりは毛頭なく、悠奈は自信に満ちた様子で口角を上げる。

 

 

『ただ、私たちはそれでも負けないけどね』

 

『私達ね、もう1度優勝したいって思ってるの』

 

『優勝』。摩央の口から出たその単語に、かのんは息を吞む。自分達が目指している目標は、どのグループも等しく抱くものだというのは百も承知だが、画面に映る2人の熱の宿った眼差しに彼女は圧倒され、一筋の冷や汗が頬を流れた。

 

『知ってる? 『ラブライブ!』の歴史上、連覇を成し遂げた学校はひとつもない。もし成し遂げれば、『Sunny Passion』の名前は『ラブライブ!』の歴史に……深く残っていく』

 

『学校の名前も、島の名前も……ね』

 

 悠奈の言葉に摩央も同調する。『ラブライブ!』に優勝経験のある学校はいくつか在れど、いずれも2年連続で優勝を果たした学校は未だ存在しない。悠奈の言う通り、もし2連覇を成し遂げることができれば間違いなく伝説として永遠に語り継がれるだろう。初めて聞いた事実にかのんは驚きを露わにし、そんな彼女を見て悠奈が目を細めて笑う。

 

『もちろん、とても高い壁だというのはわかってるけどね!』

 

「そんなすごいことを、目標にしていたんですね……!」

 

『『えっ?』』

 

「私、応援します!」

 

 かのんは真っ直ぐに2人に向かってそう伝える。高い目標を持って日々努力を重ねるのは悠奈と摩央も同じだというのを改めて知れたかのんは本心から彼女達に応援する旨を伝えたのだが、かのんの言葉が予想外であったのか、2人は揃って笑みを溢す。

 

『ふふっ……あははははっ!』

 

「ん?」

 

『それはとっても嬉しいけど、いいの?』

 

『私達が連覇するってことは、()()()()()()()()ってことになるけど……』

 

「うえっ!?」

 

 かのんが頓狂な声を上げ、2人はまたクスッと笑む。応援してくれるのは純粋に嬉しい事柄ではあるが、そうなると『Liella!』が『Sunny Passion』に勝ちを譲るということに繋がると指摘し、それに気付かされた彼女は後頭部に手を回して苦笑する。同じスクールアイドルとして悠奈と摩央を応援したい気持ちが前面に出てしまい、危うく勝ちを譲りそうになるところだった。かのん達だって、負けられない理由がある。今度こそ『ラブライブ!』で優勝し、学校に居る生徒全員で喜びを共有したいと誓ったのだ。その為には、今目の前に居る2人を超えなくてはならない。かのんはきゅっと唇を結び、摩央達を真剣な表情で見据える。すると摩央は安堵したように軽く息を吐いてから姿勢を正す。

 

『『ラブライブ!』で、また会いましょう』

 

『待ってるよ!』

 

 一言そう告げ、悠奈はひらひらと手を振って通話アプリを落とし、消灯した画面にかのんの顔が映り込む。ノートパソコンを閉じた後、かのんは自室で1人、気合いを入れる。自分達も負けていられない。負けたままではいられない。勝つ為に頑張っているのは皆一緒だ。であればもっと努力を重ねて高みへ向かう。今までだってそうしてきた筈だ。それを、これからも続けていけば良い。

 

「……よし!」

 

 早朝から10分刻みに設定されたスマホのアラーム画面を見つめ、かのんは明日の練習も頑張ろうと自分に言い聞かせるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

「うん、良い感じ! 今日はこのくらいにしようか!」

 

「はいっす! ふぅ……」

 

 夜の代々木公園にて。音羽(おとは)はきな子の自主練に付き合っており、だいぶ上達したと思えたタイミングで練習を切り上げようと伝え、きな子は同意しつつゆっくり呼吸を整えていた。

 

 音羽は全体の練習が終わって家に帰宅した後でもほぼ毎日外出し、マンツーマンできな子に指導を行っている。タオルで額の汗を拭いている彼女に、音羽は明るく話し掛ける。

 

「きなちゃん、動きにメリハリが増してきてすごく良いよ! 頑張ったね!」

 

「音羽先輩のおかげっすよ! 自主練にも付き合ってくれて、動きを丁寧に教えてもらえてるからっす! いつも本当にありがとうございますっ!」

 

「ふふっ。そう言ってくれると嬉しい。僕はサポーターとして当然のことをしてるだけだから。気にしないで!」

 

 きな子に日頃の礼を言われると、音羽は笑って言葉を返す。いつもと変わらない優しい微笑みにきな子はほっこりすると共に、先程部室で一瞬だけ見せた翳りがなくなっていることに気が付いた。恐らくもう大丈夫なのだろうとも思ったが、あの時の音羽の表情がどうしても脳裏を過ってしまう。音羽も、『Liella!』が目立った結果を残せていない現状を気に病んでいるのだろうか。そう思ったら、ひどく心が痛んだ。チクリと刺す胸の痛みを感じながら、きな子は不審がられない程度に思い切って音羽の気持ちを聞いてみることにした。

 

「音羽先輩は……今回のスクールアイドルフェスで、優勝したいんすよね……?」

 

 きな子から問われた音羽は、僅かな逡巡の後に小さく唇を震わせる。

 

「うん。良い結果を残したい、とは思ってるかな」

 

 果たして伝えて良いものなのかを考えた末に出した返答であることは、きな子でも分かった。音羽はいつも彼女に重圧(プレッシャー)を感じさせない振る舞いを徹底していて、少なくともきな子が居る前では結果にまつわる話等は一切しなかった。そんな彼が正直に『結果を残したい』と言ったのは、スクールアイドル部に加入したてのあの頃よりも自分を信頼していて、尚且つ期待してくれているのではないかときな子は思った。そうだとしたら、本当に嬉しい。けれど、自身の現状を鑑みると、音羽の望む『結果』に行き着く為には、あまりにも力不足だときな子は自覚する。未熟なまま音羽や他の先輩の期待に応えられないのは嫌だと強く思い、彼女は音羽の前に移動する。

 

「じゃあ……! もう少し練習続けたいっす! フェスのために、できることはなんでもやりたいっす!」

 

「きなちゃん……」

 

 熱を持ってそう言ってくれたきな子に対し、音羽はこんなに積極的に練習したいと言えるようになったのを心の中で喜ぶ。だが、夜の自主トレーニングが加わりただでさえオーバーペースな現状を考えると、サポーターの立場としてこれ以上練習させる訳にはいかない。

 

「ありがとう。でも、根を詰めすぎるときなちゃんの身体が壊れちゃう。今日のところはおしまいにして、また明日頑張ろう?」

 

「え……でもっ!」

 

 正直にきな子にそう言うと、彼女は今にも泣きそうな表情で音羽を見る。彼女が今どんな思いでいるのか、普段の姿や言葉、スクールアイドル部の中で音羽のみ唯一知覚できる彼女の『色』。それらを複合して考えるとすぐに答えが出た。音羽の心に、脳にきな子の気持ちが痛いほど伝わってくる。それでも、音羽はきな子の心身の健康を守る為に言葉を紡ぐ。

 

「皆とステージに立つから、足を引っ張りたくないって気持ち……わかるよ。その為に頑張りたいのも、重々承知してる。けど、僕はきなちゃんに無理してほしくない。それで結果を残せたとしても、皆は素直に喜べないと思う。もちろん、僕もね」

 

「音羽先輩……」

 

「僕は、できるなら皆と楽しく活動したいって……そう思ってる。今日、恋ちゃんが気付かせてくれた。フェスの結果よりもまず、目の前に居るきなちゃんの方が大事なんだ。だから……無理させる訳にはいかないよ」

 

 きな子の目を見て、音羽は自身の気持ちを素直に形にする。

 

「きなちゃんには、辛い思いをしてほしくないから」

 

「っ……!」

 

 音羽は先程、屋上で恋が言ってくれたことを思い出す。結果ばかりにこだわっていると、見えるもの……謂わば大切なものや人さえ見えなくなってしまう、と。結果に囚われて、すぐ側に居てくれるきな子や『Liella!』という大切な仲間達が見えなくなるのが音羽にとって最も恐れる事象である。故にこそ彼はきな子に無理を強いるようなことをしたくないし、彼女が倒れたり身体を壊す姿を見たくない。今はまだわからないが、『楽しい』と『結果』を両立する方法はあると信じたいと音羽は考えていて、それをこれからの活動で模索していきたいとも思っていた。その為にも、身近に居る人達の安全を1番に優先にすると決めたのだ。

 

「きなちゃんは、自分で思ってるほどダメじゃない。確実に成長してるよ。僕が保証する!」

 

「ほ……ほんとっすか!?」

 

「うん! 僕が言ったこと、しっかり意識できてるもん! 自信持って!」

 

「それなら……良かったっす! 音羽先輩にそう言ってもらえて、嬉しいっす!」

 

 音羽に褒められたきな子は嬉しそうに顔を綻ばせ、彼もにこやかに笑顔を見せる。実際、日頃から先輩達から受けた助言をメモし、言われたことを意識して直そうとひたむきに練習するきな子の努力が功を奏し、少しずつ確実に成長し続けている。

 

 その成長速度は音羽や皆にとっても想定外で、もう少しでステージに上がってライブを行って問題ないと言えるレベルに達している。1期生と比べると体力の面でどうしても劣るものの、これから徐々に向上していくと仮定すれば伸びしろが非常にある。なればこそ無理をさせて過度な練習をさせるのは言語道断であり、ゆっくり着実にきな子の成長を促す方が良いと音羽と千砂都も考えが一致している。急いでハードな練習をさせるのではなく、毎日の積み重ねで技術を上げていく方針で暫く様子を見てみることになっているし、今日新たに覚えた動きをほぼ完璧にできるようになったのを確認済みである為、音羽は今一度柔らかな声音できな子に話しかける。

 

「明日も元気に学校行けるように……帰ろう。きなちゃん!」

 

「はいっ……! 明日もお願いしますっす!」

 

「もちろん! 今日もお家まで送るね!」

 

「いつもすみません……きな子のために……」

 

「ううん。夜道は暗くて怖いし、1人で歩くのは危ないからね」

 

「そうっすね……ありがとうっす! 音羽先輩!」

 

「どういたしまして! さっ、行こっか!」

 

 楽しげに話しながら代々木公園を後にする2人を、ある人物が木陰から密かに見つめていた。

 

「……フン」

 

 半ば呆れたように小さく声を発し、黒い制服に身を包んだ少女は音羽ときな子とは反対の方向へと歩いていく。

 

 夜風が吹き、彼女の薄紫色の長髪がふわりと靡いた。

 

 

 

 

 

 

 




それは追い風か、向かい風か。




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