「……ねぇ。ここでいつまでたたずんでいるつもりよ?」
「いいカラ黙ッテいるデス!」
自分達のライブを終え、帰宅する途中の歩道橋で暫し佇んでいた結ヶ丘スクールアイドル部、『Liella!』一同。重たい空気に耐えかねて発したすみれの発言を
代々木スクールアイドルフェスティバルは盛況で幕を閉じ、観客は皆満足そうに会場を去っていったが、今回の自分達の結果を省みると、とても観客と同じような思いにはなれなかった。
結ヶ丘高等学校スクールアイドル部、『Liella!』のライブステージの結果は『特別賞』。昨年と同様、優勝を勝ち取ることができなかった。それに加え、この結果は惜敗とはとても言えない。自分達より前にライブを行った、漆黒のドレスを纏った少女が魅せるスクールアイドルとしての輝き、パフォーマンス。その全てにおいて敗けたと言わざるを得なかった。
「優勝はできませんでしたけど……良いライブができたと思います。会場も、とても盛り上がっていました!」
「そうだよ。2年続けて特別賞だって、立派なことだと思うよ!」
悔しさを滲ませた顔で唇を噛む
「すみません。きな子が上手くなかったせいですよね……? 先輩達だけで歌ってれば、きっと……」
「そんなことない。なに言ってるの!」
負けたのは自分のせいだと口にするきな子に、かのんはそうではないと否定する。彼女の言葉を耳にしていたすみれはきな子の方を向きながら口を開く。
「そうよ。皆でステージに立っているんでしょ? 「誰のせい」とか「誰のおかげ」とかじゃない。皆で作り上げるものでしょ。スクールアイドルって」
全員の力を以ってしても、あの黒いドレスの少女に敵わなかった。それは事実だが、フェスで優勝できなかったのはここに居る誰のせいでもない。誰の責任でもない。昨年の『ラブライブ!』東京大会を経て、すみれはそのことを学んだのだ。敗北したのを全て自分1人のせいだと自暴自棄に陥った音羽と、今のきな子の姿が重なった。自分だけがステージに立っているのではない。皆で助け合って初めてライブが成り立つ。負けたのなら責任の押し付け合いをするのではなく、次に勝つにはどうすれば良いか考えるべきだという思考を持つに至った。きな子に伝えた言葉は至極正しく、皆は共感の意を表すように首を縦に振る。
「今回バカリはすみれの言うコトが正しいデス。すみれが言うと説得力ないデスけど……」
「どういう意味よそれ。あと音羽も。あんまり自分のこと、責めるんじゃないわよ?」
「うん。ありがとう、すみれちゃん」
きな子以上に責任を感じていそうな音羽にすみれは軽く釘を刺す。以前から分かっていることだが、音羽は『Liella!』メンバーの中で最も自責思考が強い。物事を他人のせいにしないのは褒められるべき点ではあるが、何かが起きればすぐに自分のせいだと考えてしまうのは見ていて辛くなる。『ラブライブ!』東京大会後のような事態は二度と御免だと思うが故に、すみれは彼にあまり気にしすぎないように声を掛けたのだろう。
「失敗は成功の準備運動! ツギはきっとウマクいきマス!」
「可可先輩……! はいっ!」
可可がきな子を励ましているところを微笑ましく見ていると、かのんのスマホから通知音が鳴った。確認してみると、チャットアプリでナナミやヤエ、ココノからメッセージが届いていた。『ライブお疲れ様! すっごく良かったよ!』、『興奮しちゃった!』、『お客さんが盛り上がってたの、間違いなくLiella! が1番だった!』等、好意的な内容であった。そこから立て続けにメッセージが送られてくる。
『きっと次は優勝できると思う!』、『頑張って!』と、励ましのチャットも届いた。彼女達の応援はとても嬉しいし、期待に応えたいとも日頃から思っているが、ふとあることに気付いたかのんはスマホの画面を消灯し、視線を落とす。
「また、気を遣わせちゃったな……」
『ラブライブ!』東京大会で1位になれなかった時も、今と同じように励ましてくれた。優勝できなかった自分達にポジティブな言葉を掛けてくれた。口には出さずとも負けたのは皆のせいじゃないと伝えたいのだとかのんは思い、尚更申し訳なさが募る。彼女達の気遣いが、ほんの少しだけ苦しいと感じてしまう。
「皆疲れただろうし、今日はもう帰ろう? また明日から頑張ろうよ!」
「そうですね。明日に備えて、今日は休みましょう!」
「だね! 皆、ゆっくり休んでね!」
「は〜い。千砂都もね。早くシャワー浴びたいし、帰るったら帰るわ。お疲れ」
「きな子も、お先に失礼しますっす! また明日!」
「きなちゃん、また明日ね!」
かのんの提案に恋と千砂都が賛成し、今日はここで解散することとなった。それぞれ帰路に向かう中、その場にかのんと音羽だけが残った。
「……おとちゃん」
「一緒に、帰ろう。かのんちゃん」
珍しく音羽からそう言われるとは思っておらず少し驚いた後、かのんは小さく笑って音羽の隣に移動し、ゆっくりと歩を進めるのだった。
「『優勝は、まだ中学3年生ながらその実力を認められて参加したウィーン・マルガレーテ』。……中学生!?」
自宅に帰り着き、自室でなんとなくネットニュースを見ていたかのんは、早速投稿されていた今日の代々木スクールアイドルフェスティバルについての記事に気が付いた。目を通してみると、先程会場内で流れたアナウンスでようやく名前を知った紫髪の少女……ウィーン・マルガレーテについての仔細が書かれている。突如閃光のように現れ、歌の実力を認められて今回のフェスに参加し、圧倒的なパフォーマンスで観客を魅了。SNSでは彼女のファンになったという呟きが多数見られたと記載されている。
初めて参加したスクールアイドルフェスティバルで優勝を勝ち取った事が凄いのは勿論、何よりも彼女の年齢にかのんは驚愕した。大人びた容姿だった為に高校生かと思っていたが、自身の想像とは異なり中学生だった。それでいてあの歌唱力と表現力を持ち合わせているとは、末恐ろしいことこの上ない人物である。優勝したというのに、微塵も嬉しくなさそうにトロフィーを手に持つマルガレーテの写真も載っており、その無表情な彼女の顔が、余計にかのんの悔しさを大きくする。
「中学生に負けたのか……」
年齢についてあれこれと言うつもりは決してないのだが、それでも自分達より年下の人間があのパフォーマンスを見せていたと思うと、悔しい気持ちでいっぱいになる。
他のメンバーはどうか分からないが、かのん個人としては今回のフェスはマルガレーテに完敗だと思った。あれ程のクオリティーのライブを1人で、誰の力も借りず自分だけで完成させているのは素直に凄いことだと認めざるを得ない。自分独りでは、あのようなライブを生み出せないことが嫌でも分かるから。
自分で思う以上に今日のことがショックだったのを自覚し、力なくベッドに横たわる。「結果を残したい」と話していた矢先にこれでは目も当てられないな、と心の中で自嘲する。悔しさを抱えながら、暫くクッションに身体を預けていたその時。窓の外から淡い光が見えた。その光は一定間隔で点滅しており、まるで自分を呼んでいるかのようだった。
かのんは急いで階段を駆け降り、1階の喫茶店の出入り口を開けると、建物の小階段を登って自分を見下ろす少女が目の前に居た。
ウィーン・マルガレーテ。ウェーブがかった紫色の髪、黒と赤を基調としたブレザータイプの制服。宝石のような薄緑色の瞳。今日の代々木スクールアイドルフェスティバルの優勝を掻っ攫った張本人がそこに立っていた。
「っ……あなた……」
「『ラブライブ!』ってすごい大会と聞いていたけど……あなた達が
マルガレーテは口角を上げてかのんを挑発する。その口ぶりから彼女も『ラブライブ!』に出場する意思があるのだと考えられるが、大会そのものを軽視する発言にかのんは首を横に振る。
「違うよ! 『ラブライブ!』はすごい大会! けど私達は……優勝候補じゃない」
毎年数多のスクールアイドルが出場して勝敗を競い、これまでにいくつもの感動と奇跡を起こしてきた……スクールアイドルにとっての夢と言える大会。それが『ラブライブ!』であり、決して軽んじられて良いものではない。しかし、その『ラブライブ!』の優勝候補だと周囲から噂されているが、本当はそうではない旨をマルガレーテに告げる。
「私達は……『ラブライブ!』で優勝したすごい人の目に留まって褒められただけ。何も結果は残してない。悔しいけど、それが事実なの」
マルガレーテに事実を伝え、かのんは奥歯を噛み締める。改めて言葉にすると、やるせない気持ちでいっぱいになる。『優勝候補』と謳われて良いだけの結果は、未だ残せていない。それを聞いたマルガレーテは、落胆したように冷たい視線を向ける。
「じゃあ、ここに来たのは無駄足だったって訳ね」
彼女はそう吐き捨て、かのんに背中を向ける。悔しさに歯噛みするかのんに対し、マルガレーテは更に続ける。
「少なくとも、今日聴いた中ではあなたには才能があった。歌のね」
今日のスクールアイドルフェスティバルでの『Liella!』のライブについて、率直に思ったことを言語化する。
歌とダンスでは何も感じなかったものの、『Liella!』が今回使用した曲に関しては、マルガレーテの琴線に触れていた。
「それともう1人……あの曲を作ったのは、
「……!? どうして……」
かのんの反応からして自身の予想が当たったのだと悟り、マルガレーテは振り向いて笑みを浮かべた。
「聴けばわかる。他の曲と比べて、完成度がまるで違う。あれ程の曲を作れる才能があるのに、何故あなた達のようなグループに就いているのか……理解に苦しむわ」
「っ……」
先程の無機質な声音ではなく、どこか熱を纏った口調で音羽が生み出した曲を評するマルガレーテ。今回のフェスで披露された曲の中で、彼の曲だけ群を抜いて完成度が違うと素直に認めていた。1度聴けば暫く頭から離れなくなるキャッチーなメロディー、且つ聴いている側を飽きさせない工夫が幾重にも重ねられた構成。まだ学生の身分であれ程の曲を作れる技量はマルガレーテから見ても異質であり、興味を惹くものであった。
「褒めているのよ。彼の類稀な才をね。あんなお遊びの大会に興味はなかったけど、収穫はあった。東家の1人息子が持っている才能は、眉唾ではないことがわかったから」
音羽が作った曲を聴き、彼の才能をしかと感じ取れたことは良かったと言いたいのは理解できた。マルガレーテにとってその言葉は賞賛に値するのだろう。けれど、笑みを浮かべたまま放たれた彼女のその発言に、かのんの中で猛烈な反発心が生まれる。
「才能才能って……おとちゃんをなんだと思ってるの」
何も悪びれない様子で僅かに首を傾げるマルガレーテに、更に怒りが湧いてくる。先程から黙って聞いていれば、音羽について話す時に持ち出すのは彼の才能のことばかり。名前を知っているくらいで他に音羽の内面や情報を知らないくせに、まるで才能だけが彼の全てと言わんばかりの、音羽の『Liella!』に対する想いや気持ちに唾を吐きかけるような言葉にかのんは固く拳を握り締める。
「おとちゃんは私達『Liella!』の大事なサポーター! まるで物みたいに……おとちゃんのことを値踏みしないで!!」
大きな声で自分に食ってかかり、こちらを睨み付けてくるかのんをマルガレーテは鼻で笑う。
「……へぇ。あなた、そういう顔もできるのね」
大切な仲間であることを加味しても、かのんが自分以外の他者のことでこんなにも怒れる人物だったとは意外であった。ならば話は早い。音羽のことがそんなにも大切なら彼にとって最善の選択を取るべきだと思い、マルガレーテは再度口を開いた。
「はっきり言ってあげる。東音羽はあなた達のグループに相応しくない。そんなに彼が大事なら、出してあげたら? 『Liella!』という名の鳥籠から……東音羽をね」
「なっ……それ、どういうことっ!?」
「言葉通りの意味よ。まぁ、どの道私の勝利は揺らがないけれど」
「あなた……」
先程の言葉に動揺しながら問い詰めるも、マルガレーテの視線に圧倒されて1歩後退るかのん。彼女を一瞥し、マルガレーテはくるりと後ろを向いた。
「あなたにもう用はない。負けて悔しいなら、せいぜい足掻いてみせなさい。澁谷かのん」
そう言い残して去り行くマルガレーテに何も返せないまま、俯く。『ラブライブ!』を軽視され、『Liella!』だけでなく音羽も嘲笑うような態度。マルガレーテが発した言葉達への怒りを鎮めるかの如く、熱くなった身体を夜風が冷ます。
スクールアイドルフェスで優勝できず、挙句敗北した相手から挑発までされてしまい、不甲斐なさを強く自覚したかのんは顔を歪めて、雲がかっていることで星ひとつ見えない夜空を1人見つめるのだった。
今年も星達のオーケストラをお読みいただきまして、誠にありがとうございました。2026年も引き続きよろしくお願いいたします。