「うーん……なんなんだろうあの人……」
午前中の授業が終わった昼休み。独り言を呟きながら
『ウタ先生によろしく』。席は隣同士であるのだから授業が終わった休憩時間にその言葉の意味を聞こうと思っても、音羽が目を離している隙に彼はいつも忽然と姿を消し、授業が始まるギリギリのタイミングで教室に戻ってくるという事を繰り返している。昼休みになってもそれは変わらず、音羽が話しかけようとしたその時点でもう彼の姿が見えなくなっている。その神出鬼没ぶりが余計に怪しさを感じさせ、音羽の不安と謎が深まる一方である。
音羽が部室の近くに着いたその時。何やら騒がしい声が聞こえ、急いで階段を駆け上がるとそこにはいつものメンバーが揃っており、可可がドアをこじ開けようと力を込めていて、且つすみれが音羽の真後ろでいつもの如く『ギャラクシー』と叫んでいた。皆目見当もつかないその状況に音羽はただただ目を丸くする。
「スクールアイドルを続ける身として、この平安名すみれが……」
「かの〜ん!!」
「見なさいっ!!」
「……どちら様デスか?」
「知ってるでしょ!?」
「えっと……す、す……何たらさん?」
可可に詰め寄るすみれの後に着いていきながら、音羽はこの飲み込めない状況が何なのかを聞いてみることにした。
「これは一体……何の騒ぎかな……?」
「おとちゃああああんっ! 助けてええええっ!」
「かのんちゃん!?」
音羽の姿を見るなりドアの内側にいながら助けを求めるかのん。可可も音羽の方を見ながら込める力を一層強くする。
「音羽! 音羽も一緒にかのんを引っ張り出すデス!」
「な、何がどうなってるの……? すみれちゃん、教えてもらえる?」
「何で音羽が覚えててあんたは名前覚えてない訳!? すみれったらすみれよ! す・み・れ! メンバーの名前忘れてどーすんのよ!」
「すみません〜、新入りなもので……」
すみれは名前を言えなかった千砂都に対して怒るも、彼女はスッと姿勢を正しながら、入念にセットされた金色の髪をいじった。
「まぁ良いわ。生徒会長選挙と聞いて、正直それほど気は進まないけれど……」
「なら結構デス。間に合ってマス。おととい来やがれ、身の程弁えろ、デス」
「さらっと何ひどいこと言って……!」
「すみれちゃんっ!!」
可可がドアから手を離した隙に勢いよくかのんが部室から姿を表し、すみれの手をぎゅっと握る。
「ありがとう……! 全力で応援するから……!」
かのんの自分を求める眼差しにすみれは瞳を輝かせながら感嘆の声を漏らした。それらのやりとりを聞きながら、音羽はざっとこの状況を理解することができた。
「「ええー……」」
「えーって言うなっ!!」
「なるほどね。そういうことだったんだ。うんうん。わかったよ」
「今更!?」
音羽の言葉にすみれが突っ込みつつ、ひとまずこの異様な騒ぎに収拾がついたようであった。全員で部室の中へ入り、束の間の安息の時間に入った。
「生徒会長選挙ね。そういえば朝に先生が話してたなぁ」
「そ。だからこの私、平安名すみれに白羽の矢が立ったって訳」
「すごいじゃん! すみれちゃん、僕も応援するね!」
「聞き流して良いデスよー音羽」
「ちょっと! さっきから何なのよその態度はっ!?」
「あはは……」
部室で皆と昼食を食べながら、2学期から発足されることになった生徒会について、かのん達が音羽に概要を説明していた。今日から2週間の間で生徒会長の立候補者を募集しており、資格は音楽科と普通科どちらの生徒も有している。結ヶ丘をより良いものにする為にも、学科は関係なしに生徒の模範となって導く人間が必要だと学校側が判断したのだろう。よって、普通科であるすみれが立候補したというのが一連の流れ。本当は皆かのんを推薦していたのだが、彼女の猛反対によって代わりにすみれが請け負う形となった。
「おとちゃんは立候補しないの?」
「いやぁ……無理だよ。生徒を引っ張っていけるような素質が僕にあるとは思えないし。むしろそういうの、かのんちゃんが向いてると思うんだけど……」
「えぇー? おとちゃんもそう言うのぉ……?」
「音羽! あんた結局どっちの味方なのよ! 私を応援しなさいよそこは!」
「ひぃっ! 応援する! してるから! 怒らないでよぉ……」
「おとくんもそう言うってことは、やっぱりかのんちゃんが適任なような気もするんだけどねぇ……」
「あんた達ィ……」
音羽以外はすみれが生徒会長に立候補することに気が気でない様子であった。音羽はかのんもすみれも、どちらも生徒会長になれる素質はあると思っている。その為すみれに対しても皆とは違い応援の意向を示してはいる。
「噂によると、葉月さんも生徒会長に立候補するって聞いたんだけど、おとくん何か知ってる?」
「初耳だね。葉月さんも、立候補するんだ……」
恋も立候補すると聞いて、齧るつもりだったパンを寸前で止める。ある程度予想できてはいたが、スクールアイドルを嫌っている恋がもしも生徒会長になったら、本格的にスクールアイドル同好会を無くす為の行動をとるかもしれないという良からぬ事も想像の範囲内に在る為、音羽の心は未だ彼女に対してのやるせない気持ちで満たされている。
「これからもっと立候補者が増えるかもだし、私達にできることをしていこうか」
千砂都がそのように提案し、すみれは椅子から立ち上がって右腕を天に掲げる。『へあんなすみれ』と書かれた襷が改めて姿を表した。
「そうね。ギャラクシーな1票の為にも、かのんと音羽にはしっかり働いてもらうわよ!」
「……そうだね! すみれちゃんの為にも僕、頑張るよ!」
「あぁ……音羽の純心がグソクムシに弄ばれていマスぅ〜!」
「おとちゃんと私で出来ること、探してみるね!」
「かのんマデ〜!!」
「あんたは黙ってなさいっ!」
「痛いデスぅ!」
すみれは先程からの発言に耐え切れなくなり、可可の頬を抓って強制的に黙らせる。音羽はそのやりとりを見て笑みを溢すものの、その眼にはまだ惑いが残っている。かのん達という仲間……友達ができて、他者を信じる心を取り戻せたが、幼馴染であり親友でもあった恋に対してだけは、未だ迷いを吹っ切れてはいないようであった。音羽は少しでも気を晴らす為にストローに口を付けて喉を潤す。甘い苺と牛乳の風味が口内に広がると同時に、過去にあった恋との日々を思い返し、胸の奥に針が刺さったような痛みが走ったのだった。