生徒会長の立候補者を募って今日で2週間が経った頃。
『生徒会長候補!
可可にカメラを向けられているすみれは颯爽と音羽が画面内でプラカードを掲げている方へ走り、木の周りを覆っている丸型のベンチに足をどん、と乗せてポーズを決める。
『結ヶ丘〜〜! ギャラクシー!!』
「ああっ! 待って〜!」
すみれ考案の合言葉を声を大にして叫んだ瞬間、転がるボールを追い掛ける女子生徒が前を横切る。カメラに映るすみれの姿が阻まれた為、ボツだとみなした可可は問答無用でスマホの撮影終了ボタンに手をかけた。
「……オッケーデ〜ス」
「良いわけないでしょ!?」
宣伝の途中であったのにカメラを止めた
「何そのテンションの低さは! もっと本気でやりなさいったらやりなさいよ! ショウビジネスの世界で生きてきたこの私の力を持ってすれば、生徒会長にだってなれるに決まってるわ! 音羽! 次はあんたが動画撮る番よ! 準備して!」
「は、はーい……準備しまーす……」
可可には自分を真面目に宣伝する気が見受けられないと判断し、すみれは音羽に撮影者になってもらうよう指示し、音羽が携帯を取り出したところに
「どうだった?」
「今立候補が締め切られて、正式に
千砂都が皆に現状を報告する。もっと立候補者が募ると予想していたかのん達一行だったが、当選すれば結ヶ丘のこれからを背負うことになる生徒会長という責任に畏怖する生徒が多いのか、結局のところ音楽科と普通科で1人ずつ立候補者が出た形となった。その結果にすみれはニヤリと笑みを浮かべる。
「つまり
「とは言っても葉月さん、この学校の創立者の娘っていうし……」
「勝てる訳がありマセン……」
「僕はすみれちゃんなら勝てると思うよ! ……たぶん」
「味方が諦めてどうする!! あと何よ『たぶん』って! 『勝てる』って言い切りなさいよ!?」
かのんと可可の若干ネガティブな発言と音羽の曖昧な応援言葉にすみれは憤慨した様子で3人に対し文句を並べる。音楽科内で周囲から尊敬されている立場でもある恋を相手にするということは、生半可な選挙活動ですみれを生徒会長にするのは至難の業。音羽は今まで聞いてきた恋の評判を考えると『勝てる可能性は0ではないが、勝てない可能性が十二分にある』と悟らざるを得なかった。故に確信を持って勝てると言い切れない状態であった。
「でも、葉月さんも盤石って訳じゃないみたいだよ?」
既にほぼ諦めムードが漂う中、千砂都が冷静に音楽科の内部事情を語り始める。
「実際、音楽科ではクラス委員で皆をまとめてるし、人気もあるんだけど……普通科をちょっと下に見てるんじゃないかって噂もあって……」
「そうなんだ……おとちゃんのクラスってそういう雰囲気ある?」
現在、同好会の中で唯一音楽科に所属している音羽にかのんが聞いてみると、音羽は腕を組みながら唸る。
「どうなんだろう……そんな雰囲気今まで感じたことなかったけどなぁ」
「おとくんはもちろん下に見てたりしないって分かるんだ。でも一部の人がそうなんじゃないかって感じになってて」
千砂都は持ち前の他者とすぐに仲良くなれる術を持って色んな人達の話を耳にしている。良い噂も悪い噂も、須く千砂都の方に流れてくる為、音羽よりも学校の雰囲気や情報等に敏感と言える。千砂都の言葉を聞いたすみれはカッと目を見開いた。
「……それよ! 普通科の生徒は音楽科の3倍! その票をこっちに持ってこれれば……イッヒッヒッヒッ……」
「笑い方が怖いよすみれちゃん」
「そうと決まれば、教室に行ってみるわよ! 普通科の生徒に片っ端から声を掛けて、私への票を集めまくるのよ!」
冷静な音羽の突っ込みを歯牙にも掛けずにすみれはポジティブに提案し、皆で普通科の教室に足を運ぶことになったのだった。
早速教室に入ると、掲示板にはすみれと恋のポスターが貼られており、恋の方には選挙公約も共に載せられていた。
「『私、葉月恋は普通科と音楽科が手を取り合う学校を目指し、この秋の学園祭を共に盛り上げることを約束します』。だって」
かのんが公約を朗読し、内容を把握する一同。その先の理想と行動が明確に表された公約となっており、教室内の生徒が恋に対しての考えを改めたような会話をしながら出ていく様子を音羽は目にした。
「先手、打たれちゃったね」
「コレで終わりデス。勝てる訳ありマセン……」
「ま、まだ終わったって決まった訳じゃないから! 僕、選挙ポスター配ってくるね!」
可可の発言に音羽がすかさずフォローを入れ、手に持っている紙束を前に持ってきてアピールする。
「さすがおとちゃん! お願いね!」
「宣伝はしばらくあんたに任せることにするわ。音羽、ちゃちゃっと配ってきなさい!」
「わかってる! 行ってきまーす!」
大量の紙束を抱えて音羽は教室を後にし、周りの生徒にポスターを配り始めた。その様子にかのん達は嬉しく思うと同時に不安も募る。
「おとちゃんも頑張ってくれてるし、すみれちゃんに票が集まってほしいけど……」
「葉月さんの抜かり無さの方が1枚上手だったね……」
「音羽がいくら頑張ってもどうにもならナイ気がしてきまシタ……そしてスクールアイドルは……」
すみれと恋の評判の違いを目の当たりにした可可は、よからぬ事を脳内で想像する。恋が生徒会長になり、スクールアイドル活動が禁止される未来が思い浮かんだのだった。
「ふぅ。なんとか全部配り終わった……」
校内をひたすら周りながら行き交う生徒達にすみれのポスターを配り、予想以上の疲労に音楽科の廊下にぺたんと座り込んだ。そこへ、同じクラスの女子生徒2人が音羽の姿を見て声を掛けた。
「あれ、
「今、すみれちゃんの選挙ポスターを配ってて。ちょっと休んだら部室に戻ろうって思ってたところ」
「ん? すみれちゃんって、生徒会長に立候補したあの普通科の子だよね? 東君は葉月さんじゃなくてそっちを応援するんだ。なんか、意外」
もう1人の生徒からそう言われ、音羽は思わぬ方向から矢が突き刺さったような気持ちとなり、頬に冷や汗が流れる。
「そ、そうかな? すみれちゃんは同じ同好会の友達だし、応援しようかなって! さすがにだめだったかな? あははは……」
「いや、別に悪いことじゃないよ? ただ、音楽科のほとんどの人は葉月さんに票を入れるみたいだから……同じ音楽科なのに違う人を応援するのがちょっと不思議だなって思っただけ。ごめんね?」
言われてみれば確かに彼女らの言う通りだと、音羽は何も言わずにその言葉を受ける。同じ学科であるのなら、普通は恋を応援したり票を入れるのが自然であり、他の皆がそうしているのが1番の証拠だ。だが音羽にはそれが出来ない。彼は恋のことが決して嫌いな訳ではない。本来なら、創立者の娘で且つ学校や生徒を想う恋が生徒会長になるのが正しい。
けれどそうなった場合、音羽達スクールアイドル同好会の居場所が無くなってしまう可能性がある。せっかく見つけた自分の居場所、そして自分を助けてくれた人達が行なっている活動まで禁止されるのは彼にとって到底耐えられるものではない。恋とすみれ。今自分はどちらを応援すべきなのは分かっている筈なのに、それでも尚、心に癒着する言いようの無いモヤモヤが取れはしなかった。
「東君が応援したい方を応援すれば良いよ! 頑張ってね!」
「バイバイ東君! また明日!」
「ありがとう、じゃあね!」
音羽はひらひらと手を振って見送る。2人の姿が見えなくなったのを確認し、音羽は一段と大きな溜息をついた。今は関わりはなくとも、音羽にとって恋はたった1人の幼馴染であることに変わりはない。対するすみれは自分に喝を入れ、価値観を変えてくれた人物の1人。どちらか一方の味方しか出来ないのは、彼にとってひどく苦しい。
「……どっちの味方にもなれたら良いのに」
決して叶いはしない理想を小さな声で言語化し、音羽はその場で力無く項垂れた。